状態異常の詳細
20181202 更新しました。
「これは、何らかの状態異常なのか?」
質問を口にした今も、泣き叫ぶ生徒の声が室内に響いている。
「……わからないの。
獲得した治癒魔法を試してみたんだけど、全く治る気配はなくて……」
俺の質問に矢那瀬が答える。
今のところ治療方法は不明のようだ。
「3組の生徒の中に、鑑定スキルを獲得している生徒は?」
「……いや、スキルポイントは武器技能系のスキルを獲得する際に使ってしまった。
鑑定というのは重要なスキルなのか?」
「使い勝手のいいサポートスキルだから、パーティに一人は獲得しておけるといいんだけど……」
実際に鑑定スキルを持つ三枝が困惑しながらも口を開く。
この状況で何を伝えればいいのか逡巡しているようだった。
「使うとモンスターの弱点がわかるんだぜ!」
「正確に説明すると、対象を選択して詳細情報を確認できるんだよ。
対象者が使用者よりもレベルが高いと効果はないけどね」
ザックリとした説明をする野島と、その補足説明を加える此花。
「確かに便利そうな力だな。
うちのクラスではまず、戦闘系のスキルと治癒魔法は獲得したんだが……」
「優先順位としてはそれで間違いない。
ただパーティを組み探索に出るのなら、それぞれが役割は持つべきだ」
3組の現状を考えれば、鑑定スキルの重要性に気付けていなくても仕方ないだろう。
恐らく、ここまでモンスターとの戦闘経験も大して積めていないはずだ。
クラス内の上位レベル者が、限られたマジックポイントとスキルポイントから選ぶのであれば他の力を獲得してしまうだろう。
「役割か。
パーティでの行動が可能なら、確かに効率的な探索が可能になるな。
うちのクラスは出だしが遅れたこともあって……」
攻略のノウハウを積むことができなかった……と、高無は言いたいのだろう。
そして気になることを言ったが、彼らにはパーティでの行動が不可能な理由があるのだろうか?
この他にもペナルティが……――いや、現時点で決めつけるべきではないか。
パーティ行動が不可能な理由など、いくつか考えることができるのだから。
「一つ提案があるんだが、鑑定スキルを使えば彼の状態異常を回復する術が見つかる可能性がある」
「本当!?」
矢那瀬が飛びつくみたいに反応した。
クラスメイトを助けられる可能性があることを喜んでいるようだ。
「鑑定スキルは対象者の詳細を確認することができる。
だから……彼に使うことでもしかしたらどんな状態異常に掛かっているかわかるかもしれない」
「な、なら直ぐにお願いしていい!?」
「彼らを助けられる可能性があるなら……頼む!」
音無たちが懇願するように頭を下げる。
クラスメイトを救いたい……という気持ちもあるのだと思うが、二人からはそれ以上の想いを感じた。
(……ペナルティを受けるリスク――その対象者がどう選ばれたのか)
担任がランダムに選択した……とは考えづらい。
非常に悪趣味な状況が生み出されたのは間違いないだろう。
「三枝……頼んでもいいか?」
「うん、もちろ――」
「待って」
鑑定を始めようとした時、勇希がその行動を制止するように声を上げた。
「一つ確認したいことがあるんだけど……いいかな?」
勇希に目を向けられて、音無たちは表情を硬くする。
彼女は一体、何を口にしようというのか。
重い空気が場を包んでいく中で、
「……私たちは今後、友好的な関係を築いていける。
そういうことでいいんだよね?」
その眼差しは真意を測るように3組の代表者たちに向いていた。
嘘を吐けばこの状況が破綻してしまうような、彼らはそんな激しい重圧に襲われているだろう。
「クラス同士の敵対関係は望ましくはない。
そうは思わない?」
唖然としたまま何も答えない二人を見て、勇希は拘束中の2組の生徒に目を向けた。
まるで2組の生徒に襲われた時のことを思い出させるように。
「――あ、ああ! 勿論、そのつもりだ!」
「悠乃たち3組が……どれくらい役立てるかわからないけど……一生懸命がんばるから!」
1組と3組――力の差は歴然。
その中で友好的な関係を築きたいと相手が申し出るのであれば、3組からすれば飛びつかない理由はないだろう。
あとは音無たちが上手くやってくれれば、1組と3組の協力関係は成立するはずだ。
これで俺たちは暫くの間は3組と争うデメリットを回避できる。
未だに内情がわからない4組に関しても、もしかしたら3組から確認することができるかもしれない。
当面の問題が2組――いや、羅刹であるからこそ、勇希は他クラスとの争いを回避する為の状況を整えておきたかったのだろう。
「わかった。
なら1組と3組の協力関係は成立だね」
これでもし、鑑定スキルで詳細を確認した結果が効果的でなかったとしても、一度成立してしまった関係は覆しにいく。
「……勇希、これでもう構わないな?」
「もちろん。
彼らを救う為に全力を尽くそう」
彼女の言葉に嘘はない。
誰かを助けることは、九重勇希とっては当たり前のことなのだから。
(……でも、そんな彼女がわざわざ、言葉に出して関係を確認をした)
大きな変化が続いている。
勇希が羅刹修と対峙した時から――彼女の心は壊れ続けたままなのだろう。
でも、そんなことは関係ない。
俺のやるべきことは――勇希や三枝と共にこの世界を生き抜くことだけなのだから。
「それじゃあ、鑑定スキルを使うね」
そして、ベッドに倒れる二人に三枝は鑑定スキルを使った。
結果は直ぐにわかったようで、
「……状態異常に掛かってるのは間違いないみたい」
「詳細は?」
「二人の状態は生体変化。
だけど回復手段までは……」
三枝は申し訳なさそうに視線を落とした。
現時点では治療法は不明のようだ。
「……生体変化……それが彼らに掛かった呪いの名前か」
思わず音無の言葉に反応して彼を見た。
直ぐに失言であったことに気付き、音無は俺から視線を逸らす。
だがベッドで苦悶を浮かべる生徒たちの人間とは思えない姿を見てしまったら、そう思わずにはいられなかったのかもしれない。
「それと各能力にも異常があるみたいで、鑑定スキルで表示される能力が安定しないの」
「あん? そりゃどういう意味だよ?」
「数値が上下してるって……言えばいいのかな?」
「つまり、常に変化し続けてるってこと?」
俺が火傷を負った際にも体力が常に増減していた。
が……今回はそれだけではなく、ステータス全てが増減しているらしい。
「た、体力は大丈夫なの?
0になったら、死んじゃうんだろ?」
矢那瀬が慌てて三枝に問う。
この様子だと3組はまだ死者は出ていないようだ。
「うん、それは大丈夫みたい」
「そ、そうか……」
ほっと一息吐く矢那瀬。
こいつ自身は優しい奴なのかもしれないが、周りばかり気にしすぎていては身が持たなくなるだけだ。
最悪、切り捨てる覚悟も必要だろう。
「……死ぬ危険はない。
それがわかっただけでもありがたい」
「でも、この先はどうなるかわからないから……悠乃たちが早く助けてあげないと」
この世界で状態異常を回復させる手段は限られている。
一つは魔法。
もしかしたらこの状態異常を治癒可能な力を獲得できるかもしれない。
もう一つはオリジナルスキル。
だが、これに関しては期待すべきではないだろう。
現段階で判明しているオリジナルスキルの中に治療に使えそうな力はないし、他の保持者の持つ能力が都合よくこの以上に効果があるのかもわからない。
そしてもう一つはアイテム。
この世界には数多くのアイテムが存在している。
その中には治療に役立つものもあるだろう。
最後に――。
「ポイントを使えば彼らを助けられるかもしれない」
言ったのは勇希だ。
おそらくそれが最も手っ取り早い手段だろう。
この世界におけるポイントの有用性は現実の通貨どころではない。
担任たちがペナルティを与えたのであれば、ポイントを支払うことでそれを解除させることも可能である……と、考えられる。
「ポイント……でって、どういうこと?」
「何か可能性があるのなら、話してくれないか?」
やはり3組は、ポイントの本当の意味での有用性に気付いていなかったようだ。
「一度……情報交換をしない?」
あまり長時間、話をする余裕はないが……次に3組と会える保障がない以上は、時間は効果的に使うべきだろう。
勇希の発言に皆が頷き、俺たちは部屋を――。
「……?」
悪寒がして振り返る。
一瞬、ベッドに繋がれた二人の生徒が、部屋を出て行く俺たちに強い殺意をぶつけてきた気がしたのだが……恐らくそれは俺の気のせいだったのだろう。
「宮真くん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
立ち止まる俺に声を掛けてくれた三枝に返事をして、俺は部屋を出たのだった。




