過去を乗り越えて
20180728 更新しました。
一体、どこまで行くのだろうか?
疑問に思いながらも俺たちは二人を追うと、タウンを出て教室へ繋がる扉に入っていった。
「……どうして教室に?」
「何か忘れ物を取りに行ったとか?」
勇希と三間にとっても、三枝たちの行動は予想外だったのだろう。
「ここに居ても仕方ない。
扉の前まで行こう」
そして、タウンと教室を繋ぐ扉の前に来た。
この先に間違いなく三枝たちはいるはずなのに、一枚の扉に隔たれているだけなのに、何も聞こえてこない。
普段の学校生活でも、教室から廊下に声が漏れてくることは良くあることのはずなのに……だ。
小声で話しているという可能性はあるが、もしそうならタウンから離れる必要はない。
(……いや、そもそも――教室からタウンに声が漏れてきたことがあったか?)
教室からダンジョンも同様だ。
声が聞こえてきたことなど一度もない。
(……まさか)
少し前に――担任が言っていたことを思い出す。
エラーで予想外の場所に繋がってしまった……なんて言っていたが、扉は開くことで、初めて行先が確定するのかもしれない。
これもただの推測でしかないが……一度別の場所へ飛ばされている以上、そう考えてもいいだろう。
だとしたら、この扉を開いて初めて三枝と七瀬のいる教室に繋がるのではないか?
変身能力者がそれを知っているのかはわからないが……二人きりの教室は誰にも話を聞かれたくない時は最適の場所と言えるわけか……。
「少し扉を開いてみようか」
「……それしかないね」
俺が考えている間に、三間と勇希が行動を決めたようだ。
二人に視線を向けられ俺も頷く。
そして、三間が音を立てないようゆっくりと扉を開くと、
「おらっ! ぶっ倒れてんじゃねえよ」
「ぐっ……」
世界が繋がり合ったみたいな怒声が聞こえる。
合わせて痛みに喘ぐような苦悶の声も。
嫌な予感がする。
「あはっ! あははははっ! ひゃははははははははっ!」
「あぅっ……やめっ……」
弱々しい声とガタン! ――と、物が倒れる音が聞こえた。
教室の中を見なくとも暴力行為があることは明らかだ。
だが、違和感がある。
さっきから聞こえるこの笑い声は――
「突入しよう! これ以上は放ってはおけない」
最初に動いたのは三間だった。
勢い良く扉が開かれて――バン! という音が響く。
「なっ……!?」
視界の先に広がる光景を見て、三間は困惑したような声を漏らす。
それに反応して、三枝が俺たちに顔を向ける。
彼女の表情には驚愕の色が浮かんでいた。
「……ここまでするなんて」
机や椅子が倒れ無残なほどに荒らされている。
この短時間でどれだけ暴れまわったのか……。
三間は厳しい表情を浮かべて七瀬を見た。
「っ……」
しかし彼女は声すら出せない。
その瞳は恐怖で染まっている。
「……いくらなんでもやりすぎだよ」
三間にしては珍しく、問い詰めるような強い口調だった。
それほど凄惨な光景に映ったのかもしれない。
だが、俺にとっての問題はそこではない。
事態が呑み込めない。
だって俺は、
「……さ、さっき部屋でこいつに襲われたの。
それで、教室まで付いてくるように脅されて……怖くて……」
「だから三枝さんは、身を守る為に暴力をふるってしまったんだね……」
三枝が七瀬に襲われ暴行を受けている……そんな光景を想像していたのだ。
でも現実はその逆。
床に力なく倒れているのは【七瀬】の方だったのだから。
「うん。
また何かされるかもって……怖くて……身を守らなくちゃって……だから、これは仕方ないよね」
思っていたよりも受け答えはしっかりしている。
自分のしたことは正当だと訴えたいような口ぶりだが、三枝の立場からしたら当然かもしれない。
だが、あの三枝がここまで一方的に相手に暴力を振るうなんて……。
「あとね、みんなに報告があるの。
そこで倒れてる女――七瀬が、ううん。
2組の柊 友愛が変身能力者だったみたい。
全部仕組んだ犯人って白状してくれたよ」
変身能力者は柊友愛という名前らしい。
彼女は満身創痍と言った様子で床に倒れている。
その姿から、抵抗する意志などまるでないことがわかった。
「ほらっ! みんなに謝るんだろっ! このクズッ!!」
三枝が怒り――いや、憎しみを発露させるように、七瀬の身体を何度も蹴り、踏みつける。
すると、犯人である少女は反射的に身体を丸める。
そうすることで痛みを堪えているのだろう。
「ぅ……ぁ……ぐっ……」
人は追い詰められた時こそ本性を見せる。
だとするなら、これが本当の三枝なのか?
攻撃的で相手を傷つけることに躊躇いがない。
それとも……三枝も、勇希と同じように壊れてしまったのだろうか?
「やめるんだっ!」
三間が止めに入った。
見るに堪えない……というのは、俺も同じだ。
これではただのイジメだ。
一方的な暴力は身体だけじゃなく心を壊す。
まともな判断力すら奪われていく。
今の七瀬――柊の状態はそれだ。
「これ以上は看過できない。
もしも彼女に罰が必要なら、それはキミ個人が決めることではないはずだ」
「なら、三間くんは誰が決めると思ってるの?」
「それは……クラスのみんなで話し合って……」
「話し合って罰を決める? 断罪する為に?」
「もしもみんなが望むのなら……そうなるかもしれない。
でも――非人道的なやり方を僕は望まない。
出来る限り説得はしてみせるよ」
自身は平和的な解決を望んでいる。
そう主張するクラスのリーダーの意見を聞くと、
「なら――今直ぐ始めようよ。
みんなに伝えて罰を決めよう」
三枝はそんな提案を口にした。
「今から……?」
「犯人が捕まったことを伝えた上げたら、みんな安心すると思うの」
恐怖に脅えながら一夜を過ごすよりも、確かにストレスはないだろう。
生徒たちにとってはその方が喜ばしいことは事実だ。
だがこの状況で犯人を伝えれば……自業自得であるとはいえ柊は無事では済まない。
何もお咎めなしで許されるはずがない。
最悪は命すら……。
「……ほら、立ってよ」
三枝が柊の髪を掴む。
「っ――や、やめっ……」
「やめて? そんなこと言える立場だと思ってるの?」
構わずそのまま思い切り引っ張り上げた。
「……三枝、やめろ」
楽しそうに歪んだ三枝の表情が見ていられなくて、俺は彼女の腕を掴んだ。
弱い自分が嫌で抗っていた――弱い自分を受け入れ強くなろうとしていた彼女は、もういないのだろうか?
三枝にとって強くなるっていうのは、こういうことだったのか?
「どうして止めるの?」
「柊は傷付いてる。
少なくとも話を聞ける状態じゃない」
「宮真くんの言う通りだ。
少し休ませてあげるべきだと思う」
俺の意見に三間も同意する。
勇希は何も言わない。
何かを考えているのだろうか?
「……二人とも優しいんだね」
そう言って三枝は手を離す。
バタン――と、柊は力なく床に項垂れた。
(……流石にこのままにはしておけないな)
この先、こいつからは聞きたい話がいくつかある。
2組の内情、どうやって1組に忍び込んだのか、そして――本物の七瀬がどうなっているのか。
「動けそうか?」
俺は柊に近付き手を差し出す。
「ぅ……」
ゆっくりと彼女は顔を上げた。
虚ろな瞳は俺を捉えることはない。
暴行を受けたとはいえ、あの短時間でここまで人の心を壊せるのだろうか?
どうにも違和感は拭えない。
「無理そうなら、背負っていくしかないんだが?」
再び声を掛けると、
「ぇ……ぁ――!?」
柊の瞳に光が戻り俺を映した。
「……ぁ、みや――」
「いつまでボケっとしてるの?」
「ひっ!?」
何かを言おうした途端、柊の言葉は三枝の声に掻き消された。
身を守るように縮こまり柊は脅えている。
今のは、俺の名を呼ぼうとしていたのだろうか?
「……ご、ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
根っからの虐められっ子のように、人を怖がるみたいに、柊は謝り続ける。
「じゃあ、行きましょうか。
みんなに犯人は捕まったって伝えないとね」
満足したように三枝は笑った。
そんな彼女から、やはり違和感を拭えない。
これが変身能力を使い全クラスを陥れた上、一人で他クラスに潜り込んでくるような人間の姿だろうか?
疑念が増すごとに嫌な想像が働く。
複数の最悪が浮かび上がってくる。
もしもこの考えが正しいのなら――
「……」
言葉は出さない。
ただ――俺は柊の手を握り瞳を見つめる。
もしもお前が柊ではなく――本物の彼女なら。
なんでもいい。
答えを返してくれ。
「っ……ぁ……」
俺の想いに反応するように、少女は何かを訴えるように口を動かす。
だが、それは形にはならない。
彼女の妨げになっているのは恐怖だろう。
人が弱いなんてことよく知ってる。
俺自身がそうだから、お前の気持ちはわかるんだ。
だけど、それでも――
「約束、しただろ?」
「ぅ……っ……!」
俺の目の前にいる少女は唇を噛み締める。
震える身体を――恐怖に苛まれる自分を鼓舞させるように。
そして彼女は手が、俺の手を握り返した。
(……ああ、そうか……やっぱりお前は――)
それは弱々しくとも十分に伝わった。
彼女が、強くなることを諦めていないと……その意志を俺に伝えたことを。
だから俺は、涙を流す三枝の手を強く握り返す。
お前を信じる。
そんな想いを込めて。
姿は違くとも――変わらぬ証拠を得ることが出来たのだから。
「っ……うう……っ……ごめん、ごめんね……宮真くん……」
その謝罪の言葉にはきっと、色々な想いが含まれている。
「あははっ、おっかしい! なんで急に泣いてるの?」
隣に立つ女が笑う。
傷付いてボロボロになって、それでも負けることなく戦った。
そんな少女を見下すように。
俺の知っている三枝勇希ならこんな、他人の心を壊すような真似はしない。
「……なぁ、柊」
そして俺は立ち上がり、三枝に化けた変身能力者に顔を向けた。
「え……?」
「お前が柊なんだろ?」
「な、なに言ってるの? うちは三枝だよ。
見ればわかるでしょ?」
明らかな動揺。
それはそのはずだ。
こいつは三枝の姿に化けた――柊という生徒だと。
「……見た目は確かにそうだ。
でも……明らかに中身が違う。
行動も思考も」
それでも直ぐに別人だと判別できなかったのは、やはり視覚で得た情報が大きな判断基準になっているからだろう。
改めて人間の欠点を思い知った気分だ。
「そ、そんなの、勝手に宮真くんが誤解してるだけだよ!
ねぇ……みんなもそう思うでしょ?」
勇希と三間に目を向ける。
どうやらまだ白を切り通すつもりらしいが――柊は気付いていない。
既に証拠は複数あるのだ。
「ねぇ……柊さん」
「こ、九重さんなら信じてくれるよね!」
「勿論――」
勇希を見つめる三枝に化けた柊の顔が明るくなった。
しかし、続く言葉は――
「信じられないよ」
「え……?」
「三枝さんはね……自分のことを【うち】とは言わないの。
折角の変身能力なんだからもっと慎重に使えば……大きな効果があるのに詰めが甘いよ」
勇希も気付いていたようだ。
ほんの少しの違和感が重なり大きな矛盾となっていく。
「そ、そんなことで――ねぇ、三間くん」
「……僕は三枝さんのことを深く知っているわけじゃない。
でも……指摘されてみるとおかしな点が多かった」
三間の言う通りだ。
「みんなおかしいよ! わたしを見てよ!
どこをどう見たってわたしは三枝勇希でしょ?」
姿だけ見れば疑う余地はない。
完璧だ。
だが、柊友愛という生徒が変身能力者であるならば、ある推測をすることができた。
「もし2組の変身能力者が、姿を変える対象を選択できるなら、お前が本物の三枝七瀬の姿に変えている。
そんな推測をすることだってできる」
「……どうあっても、信じてくれないの?」
「俺たちの答えは変わらない。
七瀬……そうだな?」
俺が声を掛けると、三枝の威圧的な視線が、七瀬に向く。
異常な執念を伴う眼差しは、余計なことを口にするなと脅しを掛けるようだった。
七瀬は恐怖に視線を逸らす。
恐らく……以前、彼女が話してくれた2組にいる虐めの首謀者というのは【柊】のことだったのだろう。
だからこそ、七瀬はこんなにも脅えているのだ。
過去のトラウマが呼び起こされ、脅され……恐怖に怯える。
「……か、彼女は――」
「おい、辞めろ! クソ女、テメェ、余計なことを言ってみろよ!」
脅しを掛けるに声を張り上げる。
三枝は床を見つめ身体を震わせる。
「……これからも逃げ続けるのか?」
今を逃せば三枝は過去を乗り越えることができなくなる。
一生、トラウマに縛り付けられたままだろう。
だから、三枝勇希が向き合って戦って打ち勝たなければならない。
「――ずっと脅えながら生きていくのか?」
問い続ける。
自分で立ち上がる切っ掛けを与える為に。
助けるわけでもない。
助かるわけでもない。
この先だって辛いことなんていくらでもある。
生きることは戦うことなのだから。
だけど――それでも戦い続ける意志を三枝が持ち続けているのなら――それを信じて俺は、背中を押し続ける言葉を掛ける。
「そんなの嫌だよな」
彼女が勇気を出せるように。
「それが嫌なら、負けるな――三枝勇希!」
「っ……!!」
ゆっくりと三枝は顔を上げた。
その瞳は涙を流しながらも、決意の光に満ちていた。
そして彼女は勇気を振り絞り、
「彼女が――柊友愛。
九重さんの言っていた通り、変身能力者で間違いない」
自分の宿敵から目を背けることなく、その名を口にしたのだ。
「クソ女がっ!! いい加減なこと言ってんじゃねえよっ!!」
怒声を上げながら、柊が三枝に掴み睨みつける。
だが決意を固めた少女は逃げることなく、その視線を受け止めた。
「いい加減じゃない。
三枝勇希は世界であたしだけだ!
あたしの格好をして、あたしの姿で、みんなを――あたしの友達を騙そうとするなっ!」
「っ――その生意気な目で、うちを見るんじゃねえよ!!」
柊は拳を振り上げる。
だが、振り下ろされる前に、俺はその手を掴む。
「良く頑張ったな」
「……っ……」
もう泣いているのに、泣くのを我慢するみたいな顔で、三枝は頷いた。
「……ぐっ、離せ!!」
「離すかよ。
やっと変身能力者を捕まえたんだからな」
「どうして? どう見たって三枝勇希はうちだよ?
こいつが嘘を言ってる可能性を考えないの?」
「ねぇ……柊さん」
白を切り通すつもりの犯人に、勇希が近付く。
「あなたが三枝さんじゃないって証明するのはもう、簡単なことなんだよ」
「な、なにを……?」
「変身能力の詳細を私は知らない。
でも、ここまでの会話でわかったことがあるんだよ。
姿を変えられるのは間違いない。
だけど、記憶はどうかな?
個人のプロフィールは?
誕生日や家族構成や好みはわかる?
好きな人や嫌いな人――そういうの個人の趣味嗜好まで完全に真似できるのかな?」
「……っ……」
動揺を見せる柊。
勇希はその一つ一つを調べていけば、犯人にたどり着けると言っているのだろう。
だが、そんなことをしなくても柊は詰んでいる。
俺が用意した保険を使えば、こいつは終わりだ。
「違うよね?
だってあなたは、三枝さんだけじゃなく、『七瀬さん』に姿を変えていた時も、一人称も間違っていたんだから」
「あ、あたしは犯人じゃ――」
「なら――証拠を見せてよ」
不気味なほどに色のない瞳で、勇希は柊を直視する。
「しょ、証拠なんて……そ、そもそも、そっちの女が三枝だって証拠はない」
「そうだね。
でも……吐かせるのは簡単だよ」
「え?」
「正直になるまでどちらも尋問すればいい。
どんな手段を使ってでもね……」
「ぇ……どんな手段って……?」
微笑を浮かべる勇希。
だが、その目は一切笑っていない。
これはただの脅し……いや……勇希は最悪――どんな手段を使ってでも吐かせるつもりでいたのかもしれない。
「正直に慣れないなら……直ぐに始めるしかないね。
大丈夫……魔法で治癒できるから死んだりしないよ。
あぁ……でも、何度何度何度も――死にたくなるほど痛みを味わえるかもしれないね」
「そ、そんな脅し……」
「大翔くん――手を放して」
「あ、ああ……」
何をするのか?
そう思った直後、
「――雷撃」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
勇希は迷わず魔法を放った。
稲妻が柊の身体に迸る。
「て、テメェ……い、いきなり何を……」
「……教室からタウンに声が漏れないとわかったのは都合が良かったなぁ。
さぁ、もう一度――」
「お、おいっ……やめっ――」
「やめてほしかったら、本当の姿を見せてよ。
あと……こちらの質問に全部答えてもらうよ」
言いながらもう一度、雷撃を放った。
「うあ、ぎゃあああああああああああああああああああっ!?」
柊の絶叫――その凄惨な光景に三枝は目を閉じ耳を防ぎ、三間は困惑の表情で見つめる。
まともな精神では見続けることなんてできないだろう。
勇希はただただ無表情のまま、自分がすべきことをしている。
だからこそ見る者に恐怖を畏怖の心を植え付ける。
この世界を壊す為なら……勇希は絶対に止まることはない。
それが、みんなを救う為になると――絶対的な正義であることを勇希は信じている。
俺は目を逸らすことなく彼女の行動を見届けよう。
それが勇希の心を守ることが出来なった俺の贖罪でもあるのだから。
「こ、九重さん!? やめるんだ!? いきなり何を!?」
正気を取り戻したように、三間が慌てて声を上げる。
「なにって……尋問だよ?
まぁ……こんなことしなくても犯人なのはわかってるけど……素直になってもらうにはこの方が都合がいいでしょ?」
「都合がって……こんなやり方は間違ってる」
「彼女は三枝さんをこんなにボロボロにしたんだよ?
それに変身能力を使って他のクラスの人も襲った。
そんなの……まともな人がすることじゃないよね?」
「やられたらやり返す。
そんな理屈が通るのはおかしいと思わないのかい?」
「話が通じる人が相手なら、きちんと言葉を交わせばいい。
でも――それが通じない相手がいる。
解決できないことがある。
この世界に来て私はそれがわかったよ? 三間くんにはわからないのかな?」
険悪な雰囲気が場を包む。
「……何か方法があるはずだよ」
「なら三間くんが今直ぐ、私より上手く問題を解決してよ」
「……」
三間の口から答えは出ない。
「ほら……言葉だけじゃ――何も解決できないんだ」
その勇希の言葉は、過去の自分自身に対する戒めなのだろうか?
このままでは話は平行線のまま……最悪はクラスのリーダー格二人の関係を悪化させるだけになる。
ようやく変身能力者を捕らえて、クラスの不和を取り除けたというのに……これでクラスが分裂することになんてなれば余計な厄介が増えることになってしまう。
そうなるくらいなら、
「……勇希、三間も聞いてくれ」
視線を交差させていた二人が俺に目を向けた。
「此花――入ってくれ」
俺が呼びかけると、教室の扉が開いた。
少し勿体ない気もするが、用意していた保険を使わせてもらおう。
「ヤマト……今でいいんだね?」
「ああ」
「じゃあこれで貸し一つだからね。
動けないみたいだし丁度いいや」
ここまでの話は全て把握しているのだろう。
タタタタタと此花は柊に近付き――彼女の唇に自分の唇を触れさせた。
「……?」
「こ、此花さん、な、何を!?」
突然現れた此花の謎の行動に皆が目を丸める。
それから十秒ほど口付けは続き。
「……ぷはぁ……あぁ、キスって結構苦しいんだね。
ボク、初めてだったからさ」
ようやく此花は唇を離した。
「それで、どうだ此花?」
「試してみるね…とりあえずヤマトで」
言って彼女は俺に触れる。
すると此花の全身が黒く覆われた。
そして、
「どう?」
此花が――俺と全く同じ姿になっていた。
「……これで確定だな」
「大翔くん、説明してくれるかな?」
勇希に問われ、俺はこの作戦の直前、此花に協力を頼んでいたこと。
そして――
「これはボクの持つオリジナルスキル――演者の効果だよ」
此花が自身の力について説明した。
端的に言ってしまえば、これは相手の魔法やスキルを劣化コピーする力だ。
コピーした力を、此花はレベル1の劣化状態で使用することが可能になるらしい。
役立たない能力にも思えるが、オリジナルスキルすらもコピー可能ということもあって、汎用性は高いと俺は考えている。
発動条件は相手にキスすること。
その際、相手が持っている能力について指定する必要があり、当てはまらなければ適当な能力が一つコピーされてしまう。
またこの能力自体の使用回数は10回、コピーした能力の使用回数も10回で、同じ力は二度とコピーできず、力を使い切るまで別の能力をコピーできないなど……制限が多い。
「……此花さんもオリジナルスキルを持っていたんだね」
「あはは……みんな、隠しててごめんね」
俺の姿をした此花が軽い謝罪を口にした。
本当は伝えずに済めば良かったのだろう。
だからこその貸し一つだ。
「ううん。
助けてもらったのには変わりないから」
「此花さんのお陰で……変身能力者もわかったわけだからね」
勇希も三間も、この場では納得してくれたようだ。
「一応、言っておくと……コピーしたスキルの詳細に関してはボクの方でも完璧に把握できてるから。
キミが変身能力者だっていうのはこれで確定」
此花は元の姿に戻り、もう逃げ場がないことを伝えた。
そして勇希は柊に目を向ける。
「終わりだね……嘘吐きの柊さん」
「ぁ……ぁ……うあああああああああああああああああああ……!」
絶望の悲鳴と共に、変身能力者との戦いが終わりを告げたのだった。




