怨嗟の叫び
20180614 更新1回目
一体、何があったのだろうか?
食堂に集まる女子生徒たちの多くが、敵意を剥き出しに久我を睨みつけている。
傲岸不遜が平常運行の久我も、今は戸惑うように狼狽えていた。
「マジ最低!
ほんと死んでくんない?」
「気持ち悪すぎ! あんたみたいな奴が一緒にいたら安心して眠れないんですけど!」
辛辣な発言をする女子生徒の一人は七瀬だった。
引き抜かれたばかりの三枝に積極的に話しかけていたので記憶に残っている。
もう一人厳しい言葉を向けていたのは、伊野瀬舞だったか?
彼女も七瀬と仲の良い生徒だったと思う。
二人と友人関係?にある三枝は、先程から複雑な面持ちで様子を眺めていた。
「やっぱり男子と一緒に暮らすとかありえない!」
「こういうことがあると、ちょっと怖いよね」
「ほんと有り得ないよね。
ナルシストだし、変な奴だとは思ってたけどさ」
久我が言葉を返す間もなく、一方的な罵倒が続く。
事情のわからない生徒は、呆然と状況を眺めていた。
「みんな、落ち着いてほしい」
そんな中、見兼ねて三間が口を挟んだ
「で、でも三馬くん、こいつは間違いなく浴室を覗いてたんだよ!」
その発言に数人の女子生徒が首を縦に振った。
同時に俺は何が原因で揉めていたのかを理解する。
正直、想定していたよりも遥かにどうでもいいことだった。
「だから違うと言ってるだろうがっ!」
女子生徒の言葉を久我は即否定した。
「久我くんも落ち着いて。
少し冷静になって話をしよう」
「ぼくは冷静だ!
この女どもがいきなりわけのわからないことを連呼してきたんだ!」
「嘘吐かないでよ!
みんながあんたのことを見たんだからね!」
互いに主張を譲らない。
このままでは平行線の会話が続きそうだが、状況が悪いのは久我だろう。
こいつは男女共に親しい生徒はおらず、性格的にも敵を作りやすい。
仮にこいつが事実を言っていたとしても、信じる生徒はいないだろう。
「待ってほしい。
僕も含め多くの生徒はその場にいたわけじゃない。
だから、状況を説明してくれないか?」
「三間くんは、うちらが嘘を吐いてると思ってるの!?
舞だけじゃなくて、心や泉も見たって言ってるんだよ!」
七瀬が声を荒げる。
どうやら目撃者は複数人いるようだ。
「そうじゃない。
僕は万一にも冤罪を避けたいんだ。
もしかしたら、勘違いや誤解があるかもしれない。
仮に罰を与えるとしても、それはみんなに事情を説明してからでも遅くはないよ」
三間の発言に一部の男子生徒は頷く。
「あー……そっか。
大した話も聞かずに女子の意見を鵜呑みにしちまったら、今後は気に入らない生徒を冤罪にできちゃうよな」
発言をしたのは……谷原だったか?
スポーツ狩りの男子生徒だ。
口調は軽いが、三間の考えを正確に捉えている。
一度でも事例を作ってしまえば、その流れができてしまう。
三間はそれを避けたいのだろう。
「ちょっと待ってよ。
うちらがそんなことするって言いたいわけ?」
「七瀬さん、そうじゃないんだ。
正しいからこそ、全てを正確にみんなに伝えるべきだよ。
罪を犯したら償う必要はある。
でも万一、久我くんが冤罪だった場合は絶対に禍根が残る。
だからこそ状況証拠から事実をはっきりさせよう」
七瀬たちは口を閉ざす。
それを見ていた男子生徒が、
「それとも、何か話したくない事情でもあるのかよ?」
挑発するように言った。
男子と女子の対立を深めるような発言だったが、
「っ――わかった。
そこまで言うなら全部話す。
でも久我がやったのは絶対に間違いないから!」
うまく誘導することに成功した。
とはいえ、久我の状況が厳しいものには変わりないだろう。
「なら順番に話を聞かせてもらっていいかな?
まずは七瀬さんたちから話を聞かせてほしい」
「うん……だいたい今から30分くらい前だったと思うんだけど……」
三間に促され、七瀬たちは話し出した。
話を簡単にまとめると――。
※
伊野瀬舞、曽我部心、丹村泉の三人は風呂に入っていた。
話をしていると浴室が開く音がした。
その時、三人は遅れて七瀬が合流したと考えたようだ。
七瀬は用事があり後から来ると話していたらしい。
だが、少し待っても誰も入ってくる気配はない。
おかしいと思い伊野瀬が扉を開くと、慌てて逃げる久我の姿を目撃。
この時、少し遠目からではあるが浴室にいた二人も久我の姿を見ているそうだ。
流石に追いかけることはできなかったが、浴室から飛び出す久我を、七瀬が目撃したそうだ。
七瀬グループの女子四人が同様の発言をしている以上、信憑性の高い情報だろう。
とはいえ……彼女たちが何らかの理由から嘘を吐いている可能性もあると思うが……。
※
「うちらは嘘なんて言ってないから!」
話を終えると、七瀬が念を押すように口を開いた。
他の三人も頷く。
小さな疑問はあったが、少なくとも現段階では嘘を言っているようには見えない。
「わかった。
話を聞かせてくれてありがとう。
次は久我くんに話を聞きたい。
「……ああ」
「久我くん……冷静に聞いてもらいたい。
七瀬さんたちが浴室にいたのは今から30分前……。
その時間、キミのアリバイを証明してくれる人はいるかい?」
それを証明できれば話は早い。
だが、
「……いない。
ぼくはずっと部屋にいたからな」
やはりそうか。
久我と一緒に過ごしたいと思うものは、うちのクラスにはいないだろう。
だが、自分が追い詰められた状況にも関わらず、一切の誤魔化しはない。
この男の性格を考えた場合……自分がミスをした時にこれほど上手く動揺を隠せるだろうか?
「ほら! 三間くん、聞いたでしょ! やっぱりこいつが犯人なのよ!」
「これで決まりじゃない?」
「そもそも、うちら全員が見たって言ってるんだよ?」
ここぞとばかりに攻め立てる。
「……久我くん……なんでもいい。
君が部屋にいたという証明はできないかい?」
三間も厳しい表情を浮かべていた。
流石にお手上げだろうか?
(……この状況、勇希はどうするつもりだろうか?)
彼女の姿を探すと……扉の近くに勇希と三枝、此花の三人が並んで立っていた。
勇希は何か考えているのか難しい顔をしていたが……ふと【何かに気付いた】ように目を丸める。
彼女の隣にいる三枝は不安そうに、その隣の此花は冷静に状況を見守っている。
「そもそも……なぜやっていないのに、こんな詰問される必要がある!
貴様ら四人がぼくを見たと証明することも出来ていないだろうがっ!!」
「四人も目撃者がいるならそれだけで十分じゃない!」
ダメだ。
このままでは平行線になる。
いや……さっきよりも状況は悪い。
「……クソ女どもがっ!
最初からぼくを犯人にするつもりだったんだろっ!
これ以上、濡れ衣を着せるつもりなら容赦しない!
ぼくがその気になれば、いつでも実力でお前らを排除できるってことを忘れるなよっ!」
久我が七瀬に右手を向ける。
「な、何をするつもりよ?」
「実力で排除すると言っただろ!
お前らは、魔法を喰らったことがあるか?」
脅しのつもりだろうか?
いや――人は追いつめられた時、何をしでかすかわからない。
「久我くん、やめるんだっ!」
「うるさいっ!!」
突き出した掌に光が溢れる。
恐らく、使用する魔法は雷撃――。
「大翔くん!」
勇希が俺の名を呼んだ。
この状況で何を意図しているか……俺はそれを直ぐに理解した。
そして、
「悪いな、久我」
「……がっ!?」
雷撃が発射する直前、俺は接近して久我の身体を地面に叩き伏せた。
レベル差を考慮して力加減はしているが、体術が使えるわけではない為、手荒くなってしまった。
「……久我くん。
暴力行為は見過ごせない」
「こ、九重……!!」
苦渋の表情を浮かべた久我が勇希を睨みつける。
「……仮にあなたが犯人でなかったとしても……今の行動は全てを台無しにしてるよ」
「だったら……だったらぼくは――どうすればよかったっ!」
それは久我の心からの叫びだったのだろう。
久我の瞳からは涙が溢れている。
(……やはりおかしい)
嘘を吐いてるようには見えない。
そもそも、プライドの高いこの男が……覗きなどするだろうか?
疑問を感じつつも、俺は一つの可能性を思い浮かべていた。
だが……。
「何を言ったって説得力なんてないっての!
都合が悪くなったら暴力行為!
男なんてみんなそう!」
「……久我は勿論だけど……男子となんて怖くて一緒に生活なんて出来ないよね!」
「覗かれるだけじゃなくて……この先、襲われる可能性だって……」
不安が蔓延していく。
「おいテメェらっ! 男が全員危ねぇみたいな言いかたしてんじゃねえぞっ!」
女子の発言に声を荒げたのは野島だった。
「その言葉遣いがもう荒っぽいじゃない!」
「あんたなんて危険人物筆頭じゃない!
久我と同レベルだってーのっ!」
気の強い女子生徒が負けずと言い返す。
「んだとぉっ!!」
小さな火種は徐々に大きくなりつつある。
「……大翔くん、久我くんを一旦部屋に連れて行って」
「九重さん! それだけじゃダメだよ!
見張りを付けて!
この覗き魔が勝手に外に出て来ないように!」
「そ、そのくらいしてくれてもいいよね!」
「今日から部屋で何人かで集まって眠らない?
鍵があっても一人じゃ安心できないよ……」
七瀬のグループだけじゃない。
クラスの女子生徒の多くに、不安が伝染していた。
覗きは勿論だが……暴力行為――女子生徒にとって恐怖が強いのはこちらだろう。
今になって――いや、元々どこかで意識はしていたのかもしれないが……その行為を目にして、本能的な恐怖の渦が心の中に湧き上がっているのだろう。
(……犠牲者が出ていないのだが、不幸中の幸いか)
もしこれで死人でも出ていたら、完全におしまいだった。
「早くそいつをどこかへ連れて行って!」
「そうよ! 覗き魔な上に乱暴なんて……最悪っ!」
地面に拘束された無力な男に女子生徒は罵倒を浴びせる。
「クソッ! クソクソクソクソッ!
お前ら、ぼくはお前らを絶対に許さないっ! 絶対に許さないからなっ!!」
憎しみと怒りに久我は表情を歪めながら、怨嗟の叫びを上げ続けるのだった。




