遭遇
どうやらこのダンジョンは迷路のように広大らしい。
何か目印を残しておけばよかったが……。
(……あの時はそんな余裕もなかったもんな)
悔いても仕方ない。
歩きながらも情報を探る。
敵の姿は見えない。
仲間の姿も見えない。
声も聞こえない。
思っていたよりも、敵は少ないのか?
担任は100階層あるって言ってたよな?
そう考えると最初の階層にあたるここは、敵が弱く少ないと考えていいのだろうか?
だとしたら、俺が生き残れる可能性も上がるのだが……。
いや、楽観視するのはよそう。
他に何か情報は……そういえば。
俺は足を止めて、もう一度ステータスを見た。
気になったのはスキルの項目。
そこには、スキルとオリジナルスキルの二つがあった。
「オリジナルスキル……?」
そうだ。
炎の矢と共に、俺が最初から持っていた力。
「オリジナルって……つまり、俺だけが持っているスキルってことか?」
だとすると、このスキルだけは他人に使えないってことだよな?
どんな力なんだろうか?
俺はスキルの欄から選択して詳細を確認してみた。
――――――――――――――――――――――
○オリジナルスキル
・スキル名
一匹狼
・スキルレベルアップの条件
レベル:0 獲得済み(あなたは選ばれました)
1 クラスメイトの協力なしで、階層のボスを討伐する。
2 ???
3 ???
4 ???
5 ???
・スキル効果
レベル1獲得から発動可能。
効果時間は15分。
対象に対する自身の全能力値が10倍。
発動状態は獲得経験値量10倍。
レベルアップした際、獲得マジックポイント、スキルポイント10倍。
1度の使用で24時間のクールタイムが必要となる。
スキルレベルが上がる事に効果は大幅向上。
また、新たな効果を獲得する。
――――――――――――――――――――――
「全能力値10倍!?」
しかも経験値と獲得ポイントも……?
これ、スキルレベル1での効果なんだよな?
レベルが上がれば、これよりもとんでもない効果になるのか?
だが……スキルレベル1に上げる為の条件が厳しい。
「階層のボスを一人でって……」
ボスがいることすら、今知ったんだが……。
どちらにしても、ゴブリンとの戦いですら死にかけた俺には難しいだろう。
だが……もし達成できたとすれば、大きな力になるのは間違いない。
条件達成の可能性が出てきたなら、検討してみる価値はあるが……。
「そもそも生きて教室に戻れるかもわからないんだよな……」
そう思い再び薄暗い通路を歩き出した。
5分ほど歩いた先は、通路が左、右、正面と三方向に分かれていた。
(……こんなところ、さっき通ったかな?)
焦りすぎた俺が忘れているだけ?
いや、だが……。
俺はある可能性も考えた。
だがそれはまだ、あくまで可能性だ。
どっちに進むべきか……と悩んでいると――ぴょん、ぴょんと、正面の通路から跳ねるような音が聞こえた。
徐々にこちらに近付いて来る。
しかし暗くて良く見えない。
俺は暗闇を凝視した。
すると――薄暗い通路の中で真っ赤な鈍い輝きが動いた。
(……まさか)
いや、間違いない。
モンスターの瞳だった。
凝視してしまったせいで、目が合った……少なくとも俺はそう感じ、慌てて顔を隠した。
ゴブリンではない。
兎のような、だが通常の3倍は大きい。
赤い瞳が不気味に光り、頭部には一角獣のような鋭利な角が生えている。
あれで攻撃されれば、人の身体なんて簡単に貫通してしまいそうだ。
真っ直ぐに直進していたが、動きもかなり速い。
俺に気付いただろうか?
こちらから仕掛けるべきか?
だが、こちらに気付いていない可能性もある。
周囲は薄暗い上に、俺は気配遮断スキルを獲得している。
その効果を信じ、俺は身を潜め様子を窺った。
すると――ぴょんぴょんぴょんと、巨大な兎は通路を直進して進んでしまった。
(……気付かれなかったか)
早速、スキルの効果が出たのかもしれない。
もっと試してみたいが、その為だけにモンスターと接触する度胸もない。
しかし、余計な戦闘が避けられて良かった。
一角兎が見えなくなったのを確認して、俺は再び通路を進もうとしたのだが、
「ちょ、マジっ!? ふざけんなし! く、くるなっ!」
通路に響き渡るように、女性の叫び声が聞こえた。
どうやら、あのモンスターと遭遇した生徒がいるらしい。
誰の声かはわからない。
間違いないのは勇希の声ではないということ。
だが、おかしい。
向こうは、教室の通路があった方角ではないはずだ。
ダンジョンの構造は複雑の為、俺が気付かなかったルートがあったのかもしれないが……。
(……どうする?)
メリットとデメリットを天秤にかける。
助けに行けば、モンスターと戦わなければならいリスクはある。
だが、この先にいる生徒が、教室までのルートを記憶しているかもしれない。
このまま俺一人で行動するよりは、生存の確率が上がる可能性が高い。
なら……助けに向かい、この先にいる生徒と合流すべきだ。
そこまで決めて、俺は声の方向に走った。
「ちょ、マジふざけんな! あっち行け!」
通路の先で、ギャル風の女の子が一角兎に睨まれていた。
広いフロアならまだしも、ちょうど逃げ場のない一本道だ。
動物を扱うように、しっしと追い払おうとしているが、モンスターには逆効果だろう。
「シャアアアアア!!」
モンスターが毛を逆立て、威嚇するように鳴いた。
「ひっ!?」
ビックリしたのか尻餠を突くギャル。
「や、やだ……こ、こないで、こないでよぅ……」
さっきの強気な態度はどこへやら。
泣きそうな顔で、ビクビクと震えている。
俺は周囲の様子を窺う。
他の生徒はいない。
あの女は一人でここまで来たのだろうか?
それともクラスメイトとはぐれたか?
いや、そんなことよりも気になるのは、このギャルが【俺のクラスメイト】ではないことだ。
(……まさか別のクラスの生徒と遭遇するなんてな)
可能性はあった。
あのスピーカーの声――俺たちの担任を名乗るクマは、『ビリのクラスにはペナルティがある』と言っていた。
つまりクラスは複数ある。
ここに来ているのは、俺たち1組だけではないということだ。
もしかすると全クラス――いや、全学年がこの学園の生徒がここに飛ばされた可能性もあるのか。
(……さて、どうする?)
他のクラスと関わるデメリットはあるか?
現在の情報だけで言うのなら、おそらくはほぼない。
強いて上げるなら、ペナルティの存在だ。
もしペナルティが最悪なもの――たとえばクラス内の人物に危害を加えるようなものだった場合、俺にとって他クラスの生徒は敵同然となる。
どんな不条理な世界だろうと、どんな犠牲を払おうと、俺は勇希のことだけは絶対に守ると決めた。
競争相手の戦力は少しでも減らしておくべき……だが、それ以上にモンスターの存在は驚異的だ。
情報が少ない以上はデメリットばかり気にしていても仕方ないだろう。
現状は生き抜く為の戦力は、大いに越したことはないのだから。
「シャアアアアアア!!」
ダンッ――と一角兎が地面を蹴った。
鋭い角を向け、ギャルに向かい突撃する。
「ひっ!?」
グサ――と、ギャルの身体が貫かれたかに見えた。
が、角が突き刺さったのは、真後ろ石壁だった。
その衝撃で石壁が崩れていく――すると、その先は道が広がっていた。
(……嘘だろ!? 壁の後ろに通路が!?)
しかも、ちゃんとこの先に進めるようだ。
「う、うぅ……怖い。
や、やだ……やだよぅ……パパ……ママ、たす、けてぇ……」
せめて逃げればいいものを……ギャルはただ泣いて、震えているだけだった。
無能の馬鹿かこいつは?
だが、それでも……俺の現状を考えれば助ける価値はある。
モンスターが俺に気付いてない今なら、
「――炎の矢」
焔を纏いし一矢を、モンスター目掛けて放った。
突然の不意打ちに、一角兎は動くことも出来ず――
「っ!?」
その身体に炎の矢が突き刺さった。
ぐだり……一角兎は倒れて、光の粒子と共に消滅していく。
さっきのゴブリンの時には気付かなかったが、倒した魔物の死体は残らないのか?
『ドロップ:ホーンラビットの角』
『ドロップ:ホーンラビットの肉』
システム音が頭に響いた。
もしかして、モンスターを倒したことで、アイテムがドロップしたということなのか? どうすれば確かめられるのだろうか――と思ったが、今はそれよりもあの少女に話を聞こう。
「ぁ……」
ギャルは呆然としていたが、次第に自分が助かったことを理解したらしい。
そして矢が飛んできた方向――俺に向かい目を向けた。
「……無事か?」
倒れる少女に駆け寄り手を差し出す。
今来ました。という演技も兼ねてだ。
「え……ぁ――」
「立てるか?」
「……あ……う、うえ~~~~~~~ん!
こ、怖かった。怖かったよぅ……!」
その場で大泣きだった。
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。
助かったことや、人に出会えた安心感もある為なのだと思うが……。
「まぁ……怪我がないようで良かった」
とりあえず、そう言っておく。
「う、うん……怪我はしてない。
あの、ありがとね。
あたし、モンスターに襲われて、気が動転しちゃって……もう、わけわかんなくて……」
「仕方ないだろ。
いきなり、こんなわけわからない所に連れてこられたらな」
「……あ、やっぱあんたもそうなんだ」
少し落ちついてきたのか、少女は笑みを見せてくれた。
第一印象はギャルと思ったものの、化粧はほとんどしていないようだ。
しかしなんというか特徴がギャルっぽいというか。
一番近いたとえが、ファッション誌とかに載っている女子高生モデルのような雰囲気だ。
制服の着こなし方からして、真面目系な雰囲気ではない。
ブレザーを脱ぎ、両袖を結び腰に巻き付けている。
白いシャツは首元のボタンを外して、首回りを少し開いていた。
ちょっとだらしない感じもするが、この少女にはそれが似合っていた。
髪の色は薄い金髪、髪型はポニーテール。
それは二重のぱっちりとした目が、活発な印象を与えるからかもしれない。
容姿からして一目で印象に残るというか、可愛いと言って差し支えないだろう。
「あ、あたしは三枝 勇希」
「ユウキ……?」
「えと……い、いきなり呼び捨て?」
「あ、いや、すまない。
知り合いと名前が同じだったから、ちょっと驚いた……」
「知り合いって、クラスの人?
あたしの名前は漢字だと勇気に希望なんだけど?」
「……驚くべきことに、漢字も一緒だ」
勿論、ユウキちゃん――九重勇希とは似ても似つかない。
泣き虫なところなんて正反対だ。
だが……なんの因果なのだろうか?
こんな異常事態だからこそ、何かが仕組まれているのではないか? と勘ぐってしまう。
勿論、考え過ぎだろうけれど。
「……俺は宮真大翔」
「ヤマト?」
「どうしたんだ?」
「ご、ごめん。
あたしの方も、友達の名前と同じだったから」
は?
「マジか?
「マジ! でも、名前だけだけどね。
ところでさ、あたしは2組なんだけど、宮真君のクラスは?」
「俺は1組だ。
三枝は、クラスメイトとはぐれたのか?」
「あ、えと……」
三枝は返答に戸惑った。
言いにくいことがあったのだろうか?
何かしらの情報は引きだしたいが……無理に聞き出して関係を悪化させるリスクは避けたい。
「言いたくないなら、話さなくていいぞ」
「え……?」
「それよりも、2組の教室の位置はわかるか?」
「ごめん、わかんない……というか、わたしが教室を追い出されたのと同時に、扉が消えちゃたんだ」
「は……?」
「あ!? ――お、追い出されたっていうのは――」
「扉が消えたっていうのは、どういうことだ?」
「っ――!? み、宮真君!?」
ビクッと震える三枝。
驚愕しすぎて、思わず三枝の肩を掴んでいた。
「悪い……でも、扉が消えたっていうのは、どういうことなんだ?」
「わかんないよ。
でも、本当に消えちゃったの。
扉だけじゃなくて、その場所自体が変わっちゃっていうか……」
「場所自体が……?」
ダンジョンの構造が変化しているのか?
それが事実なら、一度教室を踏み出せば戻れなくなるってことか?
だとしたら最悪だ。
モンスターと戦い続け、いずれここで死ぬことになるのか?
(……勇希のことも守れず……俺は……)
いや、冷静になれ。
まだ死ぬと決まったわけじゃない。
本当に助かる道はないのかを考えるんだ。
「なあ、三枝。
互いに出来る限りの情報共有をしないか?」
「OK!
わたしが知ってることは少ないと思うけど……」
そして俺たちはこれまで遭遇した出来事を伝え合った。
入学式からここに来るまでの出来事や、スピーカーを通して担任からされたこの世界についての説明もほぼ同じだ。
違う点と言えば、
「担任を名乗った人は、クマじゃなくてパンダの着ぐるみだった」
こんな情報だけだった。
だが、俺のクラスと三枝のクラス。
どちらもおかしな格好の担任が、ダンジョンを攻略しろという指示を伝えたのだとすると。
恐らく他のクラスも似たような状況なのは間違いなさそうだ。
(……誰か、他の生徒と合流出来ればいいだが……)
三枝のクラスメイトは期待できないだろうな。
何があったかわからないが、さっきクラスを追い出されたとか言ってたくらいだ。
入学早々、クラスメイトとの関係は最悪なのだろう。
こんな状況じゃ、弱い人間から切り捨てられるのは仕方ないかもしれないが。
「ねぇ宮真くん。
ここじゃ、さっきの怪物がまた出るかもしれないんだよね?」
「そうだな」
「もし迷惑じゃなければ、暫く一緒に行動させてくれない?」
三枝がグッ――と身体を寄せて、窺うように俺を見た。
その瞳は不安そうに揺れている。
「ダメ、かな……?
あ、あたし、出来る限りの事ならなんでもするから……」
俺自身、最初から行動を共にするつもりだった。
貴重な人的資源を見捨てるメリットがないからだ。
もしここで俺が死ぬことになろうと、少しでもモンスターを減らしておくことが出来れば、勇希を助けることに繋がるかもしれないからだ。
勇希の為なら、俺は利用できるものは全て利用する。
「三枝、俺は最初から一緒に行動するつもりだったぞ?」
「あ――ありがとう!
ありがとうね、宮真くん!」
三枝の目がキラキラと光た。
そしてギュ――と俺に抱き着いてきた。
「ちょ、あ、あまりくっ付くな」
「だって、だってあたし、嬉しくて……!
もう、ダメだと思ってたから……宮真くんは、あたしの恩人だよぅ……!」
喜んでいたと思ったら、今度はポロポロと涙を零した。
安堵感からだろうか?
俺たちの状況を考えれば、安堵している余裕などないのだが。
(……それにしても、泣き虫な奴だな)
俺の考えを知ったら、どんな顔をするのだろうか?
もっと、泣き出すだろうか?
そんなことを考えていたら……胸がチクチクとした気がした。
多分、気のせいだけれど。
「……三枝、悪いが泣いている暇はない。
いくつか確認がある。
まずはお前のステータスを教えてくれ」
「ステータス……って、なに?」
そこからか。
俺は三枝にステータスの確認方法を伝えた。
「あっ……す、すごい!? これがステータス?」
「そうだ。どういう感じなんだ?」
「え、え~と……」
彼女の口から伝えられたステータスは、こんな感じだった。