支配者の余裕
20180209 更新1回目
「三枝――鑑定スキルで2組の生徒を調べられるか?」
「……」
「三枝……!」
「え……あ――う、うん! やってみる!」
二度目の呼びかけでやっと反応する三枝。
この様子では、まだ動揺が抜けてないようだ。
「大丈夫か?」
「……平気! ごめんね。
平均レベルは低くて、全員1~3レベル」
「他には?」
「ごめん……モンスターと違って、多くのことはわからないみたい。
装備の性能は、あたしたちが使ってるのと大差ないよ」
速いな。
もうそこまで調べたのか。
1階層の攻略を三枝のみに任せていたこともあり、2組の生徒のレベルは低い。
これなら俺たちが負ける要素は皆無のように思える。
しかし対人戦闘への迷いや恐れが、2組は比較的薄い気がした。
対して1組と5組は相手を傷付けることに対して恐怖し、思うように動けていないように思う。
レベルの差はあっても、敵の鎮圧が上手くいかないのはこの辺りが関係しているのだろう。
「OK、十分な情報だ! 助かる」
俺は駆け出した。
敵は残り9人……まずは1人1人倒していこう。
まずは最も近い奴から狙っていく。
既に交戦中の生徒たちは、自分の戦いに夢中で周囲が見えていない。
だからこそ、背後は隙だらけだった。
「よっ!」
「うおっ!?」
背後から接近して回り込み、側部からの顎のあたりを殴打。
手刀で気絶させる……みたいな技が使えればいいが、残念ながらそんな漫画みたいな事はできない。
手加減した一撃だったが、上手く気絶させることが出来た。
「宮真……! 助かる!」
「鷺ノ宮、他の生徒の救援に行ってくれ!」
「おう!」
鷺ノ宮は指示を受け、5組の生徒の救援に向かう。
(……次だな)
俺は戦闘中の野島と此花の下へ走った。
(……少し、今後を考えた戦い方をしてみるか)
最悪、もし俺たちの身に危険が迫るようなら、相手を殺すことを躊躇するつもりはない。
だが、殺さずに鎮圧する。
その為の手段を身に付けておくことは無駄ではないだろう。
「……雷撃」
俺は呟くように魔法を唱えた。
だが、それは敵に向かって放ったわけではない。
自らの拳に微力な雷を纏わせたのだ。
魔法をただ使うのではなく、応用した戦闘手段。
一つの魔法で、工夫次第では様々な戦い方が出来るのではないか?
以前から考えていたことを、俺は初めて実戦で試す。
「ふっ!」
「うぎゃ……あぁあ!?」
触れられた生徒の身体に電流が流れる。
そしてビクッ! と震え膝から崩れ落ちていく。
(……悪くないな)
殺さずに鎮圧する……という点を考えれば、雷撃をぶっぱなすよりは使いやすい。
触れるだけでいいのも好印象だ。
「テメェ! 何しやがった!」
「お前も喰らってみろ」
「あばばばば!?」
そしてもう一人バタンと倒れた。
痺れているのかピクピクしている。
「……暫く大人しくしててくれ」
「宮真くん、助かったぜ!」
「ヤマト、さっすが~! この調子でみんなやっちゃって!」
言われなくてもそのつもりだ。
「野島、此花、こいらを拘束しておいてくれ」
伝えて、俺は再び疾駆した。
そして次々に敵を鎮圧していく。
やるべきことを決めた上で迷いを消せば、レベルのアドバンテージと数の優位がある為、負ける要素はなかった。
あっという間にほぼ全ての敵を拘束完了。
「……後はお前だけだな」
俺は羅刹に伝えた。
するとぼっちになった支配者は、ニヤッと挑戦的な笑みを浮かべる。
「そうみたいだな。
腑抜けばかりでつまらねえと思ってたんだが、面白い奴がいるじゃねえか」
従者を失った支配者は、ただの孤独な人間だ。
もう支配する民もいない。
にも関わらず、この男の余裕はなんなのだろうか?
「……羅刹くん! もうやめて!」
勇希が一歩踏み出す。
彼女だけではない。
1組と5組の生徒たちの表情が、もう終わりにしろ。と告げている。
「あん? やめる?」
「戦いを終わりにして!
生徒同士で戦う理由なんてないよ!」
「戦う理由……? ははっ、ははははははっ!」
羅刹は可笑しくて仕方ない。
そんな笑い方をした。
「……何がおかしいの?」
「おかしいさ。
知らないのか? 人は争いが大好きなんだ」
「そんなこと……!」
「歴史がそれを証明してる。争いのない世界はない」
そうだ。
人は争いを繰り返す。
羅刹の言っていることは正しい。
殺し合い……という極端な話を除いたとしても、競争は戦いだ。
学園内で起こるイジメだって、自分の居場所を確立する為の争いの一つだ。
「だとしても、諦めていたら何も変わらない!」
「意地を張り続けるの構わないさ。
だが意地を張り通すには力が必要になる。
お前にその力があるのか?」
「……それは……」
「口で言うだけなら、誰にだって出来るだろ?」
「羅刹くんの言う、戦う力を私は持っていないけど……それでも、私たちは話し合うことは出来る!」
「出来ないね。
話し合いってのは互角の力を持つことで初めて成立するんだ」
互角の力?
この状況を考えるのなら、羅刹は圧倒的に不利な立場にあるはずだが。
「弱者とであれば、話し合う価値もない。
少なくとも俺は、お前と話す価値を感じない」
ダメだ。
勇希が何を言っても、羅刹には届かない。
二人は対極にいる。
どちらが正しいとか間違っているとか、そんなことを俺は言うつもりはない。
だが、俺自身は羅刹の思考に近いものを持っている。
少なくともリアリティがある以上、説得力があるのは羅刹の方だ。
「それとな勇希……お前は今、戦う理由はないと言ったが、あるんだよ」
「私たちは同じ人間で仲間だよ!
助け合う理由はあっても、傷付け合う理由があるわけない!」
「あるさ――」
一体、どんな答えを口にするのか?
俺たち全員は羅刹の言葉を待った。
「――俺自身が戦いを望んでる。そんなシンプルな理由がな」
「……戦いを、望む?」
勇希にとっては信じられないことだったのだろう。
羅刹を見て、彼女は呆然と立ち竦む。
羅刹は既に勇希を見ていない。
「無駄な会話は終わりだな。お前……名前は?」
俺を見る羅刹。
「さ~な」
「はっ、答える気はないか。
その舐めた態度、たまらないねぇ。
……この感じだと、三枝を引き抜いたのはお前か?」
そんな探りを入れてくる。
これ以上の会話はリスクしかない。
「答える理由はない」
「はっ、まぁいいさ。
潰しがいがありそうなのを見つけた。
それだけでここ来た価値があった」
「潰しがい……か。
さっきから偉そうなことを言ってるが、この不利な状況で良くそんなことが言えるな?」
「不利……? 俺がか? はは、はははははっ!」
なんなんだこいつは?
自分の優位性を信じて疑わない。
いや、確信しているような態度は、あまりにも不気味だ。
こいつに何か切り札があるのか?
「強がりはやめろ。勝ち目はない」
「……だったら――試してみるか」
羅刹は親指と中指を合わせ、弾く。
ダンジョンの中でその音は面白いほどに響き渡った。
直後――羅刹の周囲が闇に覆われる。
そして、
「さぁ……続きだ。
俺を楽しませろよ」
好戦的に笑う支配者の周囲に――無数のモンスターたちが召喚されていた。




