慢心からの油断
2018130 更新
覗き込んだ通路の先には――
「これは……」
人型ではあるが見た目は獣のモンスターたちが、まるでキャンプでもするかのように狭い通路で円を組んでいる。
「モンスターだったんだね……」
「宮真くん、どうする……? 一旦、引く?」
俺一人ならともかく、まとめて全てのモンスターを相手にするのは危険だろう。
少しずつ引き付けて倒すか……いや、それよりも先制攻撃を加えるべきか?
リスクを避ける為に、ここはまとめて一層してしまってもいいかもしれない。
(……まずは三枝に鑑定スキルを使ってもらって、モンスターの詳細を調べるか)
モンスターを観察しながら、討伐する為の作戦を思考していると……。
「何かしようとしているよ?」
円陣を作っていたモンスターたちが、丸太のように太い木を持ち上げたかと思うと、ドガン! ドガン! と打ち込むようにして地面に突き立てた。
(……なんだ……?)
疑問に思い様子を窺う。
良く見るとモンスターたちは丸太以外にもいくつか道具を持っているようだ。
突き立てた丸太を固定するように、釘や縄を打ち込み始める。
統率の取れたその動きは、このモンスターたちが明らかに知性のある生物ということを証明していた。
続いて、モンスターたちが何かを抱え起こした。
それは、
「ねぇ、あれって!?」
声を上げた勇希だけではなく、俺たち全員が気付いた。
モンスターが抱え起こしたのは、俺たちのクラスメイトである久我だ。
気絶しているのか、身動き一つ取ろうとしない。
「久我くん……!?」
「彼、死んでるの?」
「まだわからないよ!」
抱え起こされた久我は丸太に張り付けられて、縄でぐるぐる巻きにされていく。
まるで俺たち人間に対する見せしめのように……。
(……もし死んでいるのだとしたら、ここで戦闘を起こす意味はないんだが)
ここで引き返そうと提案した場合、勇希がなんと言うか……。
俺は後ろにいる勇希に顔を向けた。
「助けよう!」
そう言うよな。
OK……想定通りだ。
ヒーローは困っている人間を見捨てるわけがない。
この場に一人だったとしても、助けに行ってしまうだろう。
「わかった。
だが一人で突っ込まないでくれよ。
三枝、まずはモンスターに鑑定スキルを」
「もう調べてあるよ!」
どうやら、俺に言われる前に既に行動していたらしい。
これまでの流れから、三枝は学んでいるようだ。
「モンスター名はコボルド。
種族は妖精、属性は闇、弱点は光。
個体差があってレベルは3~5と、一体だけ鑑定スキルで詳細を調べられないモンスターがいる」
鑑定スキルは使用者のレベルを超えるモンスターには通用しない。
つまりモンスターの群れに中にはレベル6以上の3階層で遭遇した中では、最もレベルが高いモンスターが混じっているようだ。
さらにスケルトンと同じ闇属性ということは、光属性以外は耐性持ちだ。
アンデットと違い治癒魔法でダメージを与えることもできないだろう。
だがそれでも、倒すだけならどうにもなるが……。
「まず、魔法で先制攻撃。
俺以外にも攻撃魔法が使える奴は……」
俺が聞くと、勇希と此花が挙手した。
「雷撃を獲得してるよ」
「ボクは氷槍って魔法を獲得してみた」
「OK。
なら俺の合図で魔法を使ってくれ。
その後は後衛で支援を頼む」
俺の指示に二人は頷いた。
「三枝と野島は前衛を頼む。
魔法で敵が怯んだ後に、一気に畳みかけるぞ」
「わかった!」
「おう!」
作戦はシンプルだが、今回は魔法の威力も手加減なしだ。
「それと作戦を開始する前に、全員に補助魔法を掛けさせてくれ」
まずステータスを強化する魔法。
攻撃強化3、魔法強化3、速度強化3を使用。
これらはスキルレベル3の時点で能力を10%向上させる。
続けて物理防御3、魔法防御3を使用。
魔法の効果が切れるまでは、敵の攻撃を受けても致命傷は防げるだろう。
「凄い……なんだか力が湧き上がってくるみたいだよ!」
「これならきっと、久我くんを助けられる!」
「だな! 今なら負ける気がしねえぜっ!」
「これが補助魔法の効果か。
なんだかヤマトの愛を感じるよ!」
此花の意見はともかく、それぞれが補助魔法の効果を実感しているようだ。
これで現状できる万全の体制は整えた。
「全員、準備はいいな?」
俺の言葉に全員は頷いたのを確認して、
「カウント開始……3、2、1――放て!!」
攻撃の合図と同時に、勇希と三枝は先制攻撃となる魔法を放った。
「――ライトニングボルト!」
「――アイスランス!」
その声にコボルドたちは振り向く。
だが、気付いてからでは遅い。
「「「「「ぐぎゃああああああああああああああっ!?」」」」」」
二人の放った魔法は数体のコボルドに直撃、数体のモンスターを怯ませた。
そして、
「――ファイアアロー!」
俺は無数のファイアアローを同時に展開し発動させた。
空間に浮かび上がっていた炎の矢が一斉に発射され、火花を飛び散らせながらコボルドたち目掛けて飛び交う。
圧倒的な数の暴力。
それを回避する手段などコボルドたちは持ち合わせていなかった。
無数の矢がコボルドたちに突き刺さり、業火のようにその身体を貫き焼き尽くす。
属性耐性があろうと、これだけの数の矢を受けて立ち上がれるコボルドはいない。
矢を受けたコボルドたちは倒れ伏したまま、消滅を迎えたのだった。
『レベルアップです。
あなたのレベルは19レベルになりました』
そしてまさかのレベルアップ。
低レベルモンスターでも、あれだけの数を倒すと多少の経験値になるようだ。
「あ、あたし……何もしてないんだけど……。
ぜ、全部……倒しちゃったの……?」
「三枝、そりゃオレもだ……。
だが、流石だぜ宮真くんだけどよ……作戦の意味、あったのかこれ?」
「ヤマト、すごすぎだよ! あ~ん、なんだかボク、悶えちゃう!」
悶えるな。
(……それにしても、想定以上の威力だったな)
魔法のコントロールは完璧だったが、一本でも久我に当てっていたら危うく焼き殺すところだった
「久我くんを助けてあげないと!」
勇希だけは今起こったことを気に止めず、慌てて飛び出していった。
そして丸太に磔にされた久我の前で足を止め、身体を縛るロープを解こうと手を伸ばした。
俺も手伝うか。
別に久我のことはどうでもいいが、勇希だけに任せているのも悪いからな。
そう思い俺が歩き出した。
直後――丸太の影から何かが飛び出した。
「え……?」
突然のことに、勇希の身体は硬直する。
飛び出した影――コボルドは持っていた石斧のような武器を振り上げた。
このモンスターはずっと、こちらの隙を窺っていたのだ。
(……間に合わない!?)
考える前に俺は駆け出していた。
だが、コボルドの渾身の一撃が勇希に叩き込まれる。
――ガン!
鈍い音が響いた。
それは勇希の頭頂部が砕かれた音――ではない。
補助魔法――物理防御による見えない壁が、勇希に振るわれた鉄槌を防いだのだ。
必殺の一撃を防がれ、今度はコボルドの顔に驚愕の色が浮かんだ。
が、それも一瞬で、
「……おい、何してやがるクソ化物が……」
俺はコボルドの胸元に剣を突き刺す。
全速力の疾走――最大加速を加えた一撃だった。
「ギャアアアアアアアアアア!?」
獣は咆哮を上げ、怒りの形相を見せた。
そして、力なく武器を落とすした右手を俺に伸ばす。
無念、屈辱、怒り、悲しみ、どんな感情が入り混じっていたのかはわからない。
その手は結局、俺に届くことはなかったのだから。
あったとしても、化物の心に俺は興味などないけれど……。
「勇希……大丈夫か?」
力が抜けたようにその場に腰を落とした勇希に、俺は手を伸ばす。
「だ、大丈夫……ごめん、でもちょっとびっくりした」
力ない微笑みを向ける勇希。
彼女が無事なことに俺は心底安堵する。
(……念の為、補助魔法を掛けておいて正解だった)
もし慢心していれば、勇希を失っていた。
いや――勇希を危険に晒したこの状況自体、そもそも慢心が生み出したものだ。
もっと最善を尽くさなければならない。
(……そうだ。
まだ敵が隠れているかも……)
気配察知のスキルを使い、周囲の様子を窺う。
この場にある気配は6。
パーティメンバーは俺を含め5人。
気配が一つ多いわけは……。
「ぅ……」
「久我くん!?」
どうやら、久我が生きているからのようだった。




