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2組の内情

         ※




 タウンから教室に戻ると、


「くそっ! あいつまた勝手な行動ばかり!」


 教室の中がやけに騒がしい。

 何があったのだろうか?

 俺は周囲の様子を観察する。

 ぱっと見た感じ、大きな問題はないようだが……。


(……うん? 三間がいない?)


 タウンに戻ったのか?

 俺が考えている間に、


「みんな、どうかしたの?」


 勇希がクラスメイトの一人に尋ねた。


「久我君が一人でダンジョンに入っちゃったのよ!

 それで三間君の班が慌てて追いかけて行って……」

「あんな奴、ほっとけばいいのに!」

「三間は人が良過ぎるよな」


 状況を見ていた者たちは不機嫌に声を上げた。


(……久我か。

 何かトラブルを起こしそうな奴だと思っていたが……)


 まさか三間を巻き込んでいくとはな……。

 流石にもう死んでいるということはないだろう。

 だが、ダンジョンの中を生き抜けるかは別だ。


(……救出するべきか?)


 三間はこのクラスにとって必要な人材だ。

 だから助けるべき……と俺は考えていない。

 俺にとって重要なのは、勇希をこの世界から救う為に必要な人材かだけだ。


「……ひ、一人でダンジョンにって、助けに行かないと……」


 三枝は戸惑いながらも、助けにいくべきと考えているようだ。

 俺に行動の指針を尋ねない辺り、成長が見られた気がする。


「助けるかうんぬんの前に、どうせ今からダンジョンに行くんだろ?

 なら、ついでに助けられりゃラッキーじゃねえか」

「ノジマの言葉は少し軽薄な感じだけど、行動の指針としてはボクも同意かな。

 ダンジョンには行くつもりだったんだから、優先順位は決めておこうよ。

 救出を優先するあまりボクたち自身が危険に合いたくはないしね」


 此花の意見は最もだ。

 俺自身、無理をしてまで三間たちを助けようとは思っていない。


「……わたしは助けたい。

 三間くんも、久我くんも、同じクラスの友達だもん!」


 放っておけば一人でも駆け出してしまいそうな勇希。

 いや、『駆け出してしまいそう』ではなく、『駆け出してしまう』だろう。

 仮にもし、三間と久我を救出すべきではない……という方針に決まった場合、勇希は一人でも三間たちを助けようとするんじゃないだろうか?


「あたしも助けたいと思う。

 無理のない範囲で……。

 宮真くんはどう?」


 三枝に聞かれた。

 彼女だけでなくパーティの全員が俺を見ている。

 まぁ、俺以外の全員の意見が出ているのだから当然か。


「多数決でいいいなら、助けに行くって方針で決定だろ?

 それで助けられそうなら助ける。

 無理はしない。

 こんなところでいいんじゃないか?」


 俺が確認を取ると、全員が問題ないと意志表示をしてくれた。


「じゃあ、行くか」


 そして俺たちは3階層へ向かった。


『2組が2階層を攻略しました。』


 そのタイミングで――2組の2階層攻略が告げられたのだった。




             ※




「意外と楽勝だったな」

「確かにね、ビビッて損したぁ~って感じだわ」

「あん? オメェー、ビビッてたのかよ?」

「いや、そりゃビビるっしょ?」


 ダンジョンを攻略したばかりの2組の会話だ。

 一見、活気に溢れていて、2階層の攻略を仲間と共に喜ぶ光景――にも見えなくはない。


「ま、こんなもんだろ」


 だが、一人の男が声を発した途端、視線が一斉に集まった。

 男を見る生徒たちの瞳には様々な色が浮かぶ。

 それは憧憬や尊敬、恐怖や嫌悪――内に秘める想いは様々のようだが、唯一つ共通していることがある。

 それは、この男の声を無視する者はいないということだ。


「ほんと、羅刹らせつが居てくれて助かったし」


 派手な女が男の名を呼ぶ。

 羅刹らせつ しゅう――それがこのクラスの支配者の名だった。


「それに比べて……何もしなかったクソどもはマジでぶっ殺したいわ」


 女の言葉に、数人の生徒は顔を背け委縮する。

 何もしなかった……というのは、ダンジョン攻略に置いて役立たなかったことを意味しているのだろう。


「柊……誰をぶっ殺すかはお前が決めることじゃない。

 必要があるなら、俺が決めることだ」

「ご、ごめん。それは、わかってるし……」


 柊と呼ばれた女は顔をひきつらせた。

 どうやら、


「で、でもさ、羅刹も言ってたじゃん。

 何も出来ない奴、力のない奴は奴隷にするってさ」

「奴隷とは言っちゃいないさ。

 俺はランク制度を作ると言ったんだ」

「それそれ。

 要するにさ、能力がある奴とか、結果を出した奴が上に行くってことっしょ?

 ポイントも好きにしちゃっていいわけっしょ?」

「そうだ。

 何もかもが奪い合いの世界で、無能を養ってる余裕はねえ」


 2組は羅刹という絶対的支配者が君臨することにより、着々とクラス内での制度を固めていた。

 自らが生き残る為の盤石な基盤を作る為に。


「だったら奴隷がどうなったって、羅刹は気にしないでしょ?

 勿論、殺したりはしないけど……たとえばストレス発散に使ったりとかさ」

「ランク上位の人間が、下位に何をしようと自由にすりゃいいさ」

「ふふっ、ふふふふふふっ! あはははははっ!!

 なにそれ、最高、最高じゃん!

 ならさ、さっさとそのランクを決めてよ!」


 この日――2組には明確なヒエラルキーが生まれた。

 支配者である羅刹を頂点に、その下に支配階級。

 この階級の人間は特権としてポイントを与えられる。

 さらにクラス内で強制命令権を持つ。

 命じられた支配階級以外の生徒は従わなければ罰則を与えられる。


 そして、もう一つは一般階級。

 生活に問題ない程度の最低限の保証は与えられる。

 しかし特権は何一つない。


 2組の生徒数は39名。

 そのうち7名が支配階級。

 27名は一般階級となった。

 そして残りの5人は……。


「あ、あの……羅刹、くん……」

「わ、わたしたち……まだ名前を呼ばれてないんだけど……」


 恐る恐る、支配者の顔色を窺う生徒たち。


「残りの5人は……ランク外。

 さっきの柊の言葉を使えば、奴隷階級ってとこだ。

 テメェーらは人間ですらねえ。

 少なくとも、この中ではな」

「なっ……」

「一般階級以上は、ランク外を好きに使っていい。

 殴ろうが蹴ろうが犯そうが、何をしたって構わねえ――俺が許可する。

 ただし、殺しだけはするなよ」


 殺さないことは慈悲ではない。

 羅刹はこう考えている。

 どんな無能にも使い道はある。

 使い道を用意する。


「ま、待ってくれ! 次は僕も攻略を手伝う!」

「わ、わたしもがんばるから……だからお願い、こ、こわいことしないで!」


 奴隷に指名された生徒たちは無我夢中に必死に懇願する。

 恐怖に支配された彼らに選択肢などなく、床に額をこすりつけプライドを捨て土下座すら厭わない。

 だが、


「口で言っても意味がねえんだよ。 

 ランクを上げたいなら結果を出せ。

 それが出来なきゃ、テメェーらは永遠に奴隷だ」

「そ、そんな……」

「ぅ……うぅ……」


 慈悲はない。

 だが、望みはある。

 結果を出せば奴隷すらものし上がれる。

 羅刹の作った世界は、そういうルールなのだ。


「……マジで何してもいいの?」

「いいんじゃね? ここに居て何もしないとかクズっしょ?」

「確かにね~。そんな奴ら奴隷で当然じゃない」

「うちもそう思う。

 普通、協力しようって思うよね。

 戸惑ってんのはみんな同じだっつ~の」


 人の順応性は恐ろしいもので、ランク制度はあっという間に機能を始めた。


「次の階層攻略までは各自好きにしろ。

 支配階級と一般階級にも食事を提供する。

 奴隷どもはせいぜい人間様に恵んでもらうんだな」


 自らの理想とする国が形作られる様を眺めながら、羅刹は満足そうに笑っていた。


「……ねぇ、ところでさ~羅刹。

 1組に引き抜かれた三枝はどんすんの?

 うち、あいつを一番ぶっ殺したいんだけど。

 ううん、生かさず殺さず……虐め抜いて上げたいかな……」


 柊は美しい表情を醜く歪ませた。

 その眼差しは不思議なほど憎悪に満ちている。


「三枝なんてどうでもいい。

 が……俺の許可も取らず勝手なことをしやがった1組に礼はする」

「なら3階層でもし三枝を見つけたら、うちが好きにしていい?」

「……好きにしろ。

 そんなことよりも……」


 羅刹は引き抜きを行った1組の生徒について考えていた。

 面白いポイントの使用方法だと思う。

 だが、思い付く者も少なくはないだろう。

 このアイディアの問題は、実際に行動に移すことの難しさだ。

 大量のポイント、引き抜き後のトラブルなど問題は山積みになる。

 しかし、それを覚悟の上で実行に移せるだけの人間が1組にはいた。

 その事実を知った時から、


「羅刹、どうしたのよ?」

「いや……3階層の攻略ついでに、1組の連中を探してみようかと思っただけだ」


 羅刹にとって『ただ生き抜けばいいだけの退屈だった世界』が、少しだけ面白くなった瞬間だった。

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こちらが書籍版です。
『ダンジョン・スクールデスゲーム』
もしよろしければ、ご一読ください。
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