三枝との約束
20171203 更新しました。
風呂から出た後、俺は大慌てで着替えて脱衣所から出た。
周囲の様子を窺うが、人が来る気配はない。
(……やはりこっちは男湯だよな?)
男湯と女湯は隣接しているが、男湯は通路の右側で、女湯は通路の左側になっている
そして、俺が今出て来たのは間違いなく右側からだ。
(……暖簾でもあればいいんだがな)
脱衣室の扉には、男湯とも女湯とも書かれてはいない。
これでは、三枝が間違えるのは無理もないかもしれない。
(……三枝のグループの奴らも、場所くらいしっかり教えてやればいいものを……)
いや、もしかしたら説明されたままで三枝が間違えた可能性もあるか?
少しそそっかしいところがあるからな。
まぁ、それは本人が戻ってきたら聞きたいところだが……次に三枝と会う時、まともに話せるだろうか……。
(……いや、無理だ)
絶対に気まずい。
どうしたものか?
(……というか、なぜ俺がこんなことで悩まねばならないんだ)
混乱した頭では、いくら考えたところで思考は進まなかった。
それから少しして……カチャ――という扉が開く音が聞こえて、
「……宮真くん」
「お、おう」
三枝が脱衣室から出てきた。
だが、お互いに顔を見られない。
や、やはり気まずい。
こういう時、どんな風に会話を切り出せばいい?
俺はそもそも会話を円滑に進ませるノウハウなど皆無だ。
そして三枝も同様に会話が得意な方ではないだろう。
(……と、とにかく、まずは俺が何か話さねば)
そ、そうだ。まずは謝罪を――
「さ、三枝――」
「み、宮真くん――」
うあっ!?
話し出すタイミングが被った!?
「な、なんだ?」
「な、何かな?」
再び声が重なる。
なんでこういう時に限って、お互いに間が悪いのだろうか。
「……」
「……」
そしてお見合い状態……になったのだが、
「……み、宮真くん!」
三枝は意を決したかのように、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「は、はい」
そのあまりに真剣な表情に思わず返事をしていた。
「あ、あたしは――気にしてないから!」
「き、気にしてないって……」
「見られても別にいいから――って、べ、別に誰にでも見せるわけとかじゃなくて、宮真くんだからで……はっ!? だ、だからって見ていいって言ってるわけじゃなくて!」
自分で言っておいて、三枝は顔を真っ赤に染めた。
「い、今のだとあたしビッチみたいじゃん!
宮真くんのバカ!」
「お、俺が悪いのか……」
「あっ!? ご、ごめん、そ、そうじゃなくて、今の勢いで言葉が出ちゃって……あ、あたしが……悪いんだよね? 入るお風呂、間違っちゃってた?」
「……まぁ、そうだな。女湯はあっちだ」
俺は女湯の方向を指差した。
「あうぅ……」
「まぁ、この時間だったからまだ良かったな」
室内の静けさからして、既に多くの生徒は眠っているだろう。
「ほんと、ごめん。
もう絶対に間違えないから!
あたし、今日のことは忘れるから!
だから宮真くんも忘れて!」
「……努力しよう」
なんで俺は馬鹿正直に答えてるんだ。
こういう時こそ、忘れると嘘を吐けばいいのに。
だが、努力してもインパクトが強すぎて忘れるのは難しそうだ。
「……忘れられないんだとしたら、宮真くんはエッチだからね」
「なっ!?」
拗ねたような顔を見せる三枝。
そんな反応されては、俺は何も言えなくなってしまう。
「なんてね。
ちょっとからかってみました」
「……あのな」
「ふふっ、ごめんね。
でも、もし宮真くんが気にしているなら、今の意地悪でお相子ってことで。
あたしは、ほんとに気にしてないから互いに気まずくなるのはこれで終わり!」
いきなり何を言い出すのかと思ったが。
どうやら、三枝なりに気を遣ってくれたようだ。
「……わかった。
ありがとな、三枝」
「感謝されるような事じゃないよ。
……むしろ、感謝しなくちゃならないのはあたしの方だもん」
「感謝?」
それこそ、俺には感謝されるような覚えがない。
「1組のみんなから聞いたよ。
ポイントを使って、あたしを1組に入れてくれたって」
「ああ、そのことか。
そういえば、お前には詳しい話をしてなかったもんな」
「うん……。
あの時は宮真くんが信じろって言うから、何も聞かされてなかったけど信じて待ってた。
でもあたし……ダンジョンで一人ぼっちで怖かったんだよ」
「まさかあの後、モンスターに襲われたのか?」
もしモンスターに襲われたら、階層攻略してしまって構わないとも伝えておいたはずだ。
3階層への扉は目の前にあったのだから、モンスターがいても逃げられるだろうに。
「襲われはしなかったけど、それでも怖かったの!
あんな場所に一人で置いていかれたら、やっぱり心細いもん。
……宮真くんの言葉だから信じられたけど」
文句を言いつつも、なんだかんだで信用はされているようだ。
「でも、まさか1組の生徒になるなんて、思いもしなかったよ」
「約束しただろ?
お前を取り巻く環境を変えてやるって」
「だからって、普通は思わないんじゃないかな?
他のクラスから生徒を引き抜こうなんて」
「……出来るんじゃないかと思っただけだ。
仮に出来なくても、別の方法を考えていたからな」
「別の方法……?」
まぁ、それについては今、話しても仕方ないだろう。
こうして三枝は一組の生徒になれたのだから。
「それよりも……三枝――俺との約束、忘れてないな?」
「……うん。忘れてない。
絶対、忘れない。
あたしは、宮真くんと――自分に誓ったから」
俺と三枝がした約束。
それは――【強くなることを諦めないこと】。
「お前がどう変わっていくのか、これから見守らせてもらうよ」
「そ、そう言われると、ちょっとだけプレッシャーだけど」
「ま、慌てる必要はないさ。
でも、お前の【戦い】はまだ終わったわけじゃない。
2組の生徒はまだ、この世界にいるんだからな」
「……うん。
もしかしたら、ダンジョンでバッタリなんてこともあるかもしれないもんね」
「ああ。
……最悪は戦う覚悟が必要だぞ」
「……うん。
喧嘩とか、荒っぽいことは苦手だけど……でも、あたしは負けない。
自分の心にだけは、負けたりしないから」
強さとは何か?
その定義は人によって様々だと思うが、三枝の求める強さは心の強さのようだ。
「……あまり頼られても困るが、どうしても辛いなら言えばいいさ。
出来る限りで助けになろう。
……一応、同じパーティなわけだしな」
「うん! あたし頑張るから!
ダンジョンの探索も、足を引っ張らないようにするからね!」
ぎゅっと両腕を胸の前でグッとさせる三枝。
どうやら気合は十分のようだ。
「ま、無理のない程度にな。
それじゃ、俺はそろそろ風呂に行ってもいいか?」
「……あ!?
宮真くん、お風呂に入りに来たんだもんね……。
長々と話しちゃってごめん。
それじゃあ、あたしは行くね」
「ああ。またな」
ばいばい。と別れ際に三枝は手を振ってきた。
俺はそれに、軽く手をあげて答え、そのまま脱衣室に戻った。
そしてようやく風呂に入ることが出来た。
身も心も癒されていると、
【5組が2階層を攻略しました。】
通知があった。
5組――扇原たちだ。
俺たちから少し遅れる形ではあるが、やはり順調に攻略してきたか。
2階層の攻略通知がないのは、後3つのクラス。
(……そろそろ部屋に戻るか)
他のクラスも、そろそろ2階層の攻略に近付いているかもしれない。
全クラスが2階層を攻略したのなら、3階層の攻略が始まるはず。
あまり時間を無駄には使いたくない。
(……休める時に休んでおこう)
そう決めて。
俺は風呂を出て部屋に戻ると、直ぐに眠りについたのだった。




