目を覚ましても、夢をみているようだった。
※
「……や……く……」
ん?
「や……と……くん」
なんだ?
「大翔くん!」
「!?」
「あ――やっと起きた!?」
目を開くと、俺を心配そうに見つめる勇希がいた。
あれ?
なんで俺……こんなところで眠ってたんだ?
少し前の出来事を思い出す。
そう……確か、入学式が終わった後、教室にいて……。
「そうだ……担任――クマがいた、よな?
あのクマはどうしたんだ?」
「……わからない。
でも、気付いた時にはもういなくなってたの」
「いなく……?」
周囲を見回す。
ここは確かに教室の中だ。
が、担任と名乗ったあのクマはいない。
それに……。
「窓の外が……」
「私が起きた時には、もうこうだった……」
快晴の青空が消え、暗闇に覆われていた。
この状況は夜ではない。
そんな中途半端な暗闇ではない。
窓に近付く。
が、窓の外は闇一色。
何も見えない暗黒だった。
一体、何が起こっているのだろうか……?
ここは確かに教室。
だが、明らかに異常な世界がここにはあった。
「あ……そうだ。
他のみんなも起こさないと……」
俺が状況を確認している間に、九重はまだ眠っている他の生徒に声を掛けていた。
徐々に生徒たちが目を覚ましていった。
だが、
「よ、夜……?」
「え? なんで? ここ教室だよね……?」
「ね、ねえ、外の景色おかしくない!?」
目覚めた生徒たちは、この状況に戸惑いの声をあげていく。
だが、この状況を説明できるものは誰一人としていない。
「ねえ! あの変な奴、あいつはどうしたの!?」
「そうだ! あいつなら何か知ってるんじゃ!?」
生徒たちがクマの姿を探すが、当然のようにどこにもいない。
「とりあえず、先生に報告した方がいいんじゃない?」
「そ、そうだね。じゃあ僕が行ってくるよ」
見るからに爽やかでイケメンオーラを放った生徒が席を立った。
こういう奴がリーダー的な資質を発揮してクラスを纏めていくのだろう。
だが自主的に動いてくれる奴がいるのはありがたい。
何か情報が欲しいのはこの場にいる全員が同じだろう。
とりあえず俺は、暫く様子を窺って――。
「はいはーい! 注目~! クラス内放送で~す!」
校内放送に使われるのスピーカーから声が聞こえた。
この声は、あの時のクマの声だ。
「みんな戸惑ってる~? 戸惑ってるよねぇ~?
そう思ったから、今から特別に説明してあげる!
なにせワタシは担任なのですから~! これも義務ってやつですよね~」
教室内の騒ぎが広がる。
が、そんなことはお構いなく、スピーカーの声は止まらない。
「まずキミたちがしなければならないこと。
このクラスの目標を話すね」
目標?
「キミたちには、ダンジョンを攻略してもらいます!」
は?
ダンジョン?
俺と同じような疑問を、クラスメイトたちが声にした。
「そうだよ~!
扉の先にはダンジョンが広がっています~!
モンスターもいっぱいいるから要注意!
油断してると、本当に死んじゃうからね~!」
は……?
ダンジョン? モンスター?
しかも、死ぬ?
意味が分からない。
が、こういう時こそ冷静でいる必要があるだろう。
この情報が無駄だと決まったわけでない。
俺は話の内容を記憶していく。
「ちなみにダンジョンの数は100層。
各階層を【攻略したクラス】には、特別ポイントが支給されちゃいます~。
攻略した順番によって得られるポイントは変わるからね!
特別ポイントは色々な事ができるんだけど、今はその説明は省くね」
話はどんどん進んで行く。
「ここに来た時点で、君たちには特別な力が芽生えていま~す。
詳細はステータスを確認してみてね。
ダンジョン内には装備とか、アイテムとかも落ちてるよ。
この辺りもゲームと一緒!
あ、でも気を付けて、死んだらキミたちは生き返ることはできないから!」
これは、新手の新入生歓迎会……というわけではないのだろう。
「それと、他のクラスに負けないようにね!
ビリのクラスにはペナルティがあるからね~! ちなみに教室の中は安全。
モンスターは入って来ないよ。だから、休憩するなら教室でね!
じゃあこれで説明終了! みんな――ダンジョン攻略いってら~」
気楽な声が響いた直後、スピーカーはぷつりと途絶え――
「あ、ごめんごめ~ん。一つ言い忘れてた。
さっきワタシがスマホを壊しちゃった子がいたよね?
君にはサービスしておくから! それじゃあね~ん!」
スマホを壊しちゃった子って……俺のことか?
サービスって?
「い、意味わかんねぇよ!?」
「だ、ダンジョン攻略って、死ぬって、どういうこと!?」
再びクラス内は大騒ぎが起こった。
担任からの説明が終わっても、これが事実だと受け止める事は難しいだろう。
「……おいおい。馬鹿じゃねえの?
お前ら今の話マジで信じてんのかよ?
ダンジョンなんてありえねえだろうが」
「で、でも……」
「ビビッてんじゃねえよ」
髪を金色に染めた三白眼の男子が立ち上がり、扉に向かった。
「おらお前ら、よく見ろ」
そして勢いよく扉を開いた。
「ほらな。
ダンジョンなんて――ぇ!?」
情けない声が漏れ、
「う、嘘だろ……?」
「な、なんだよ、なんなんだよこれええええ!?」
絶叫が響いた。
扉の先には――物語に登場するような迷宮が広がっていたのだ。
(……どうして、こんなことになってる?)
ただ俺は静かに生きたかっただけなのに……。
傷付かず誰も傷付けず、今度こそ上手く学生生活を過ごす予定だったのに……それが、なんでこんな……。
「意味わかんないよ!
ダンジョン攻略って、本当にモンスターと戦うの?」
「戦うって私たちが!?」
扉を開いた生徒の行動力自体は大したものだが、突然現実を突きつけられた生徒たちはさらに混乱し騒ぎが広がることとなった。
俺も未だにこの状況には付いていけていない。
だが、突き付けられた現実は受け入れなくてはならない。
状況を整理する必要がある。
ここが本当にダンジョンなら、クマの言っていたことは生きる為に必要になってくる情報のはずだ。
俺は情報を整理する為に、ノートに担任の発言を書き出していく。
それと同時に。
「九重……確認して欲しいんだが、スマホの電波って繋がってるか?」
「ぁ……直ぐに確認してみる!」
自分のスマホを確認できれば済む話なのだが。
残念ながらクマに何かされたせいで、俺のスマホはなくなってしまった。
「ダメ……電波がない。電話もアプリも繋がらないよ」
「……そうか」
救助を呼べればと思ったのだが、どうやら不可能のようだ。
そして電波が繋がらないということは……やはり、ここは俺たちが通うはずだった高校ではなく、どこか別の場所――それこそ異世界のような場所に転移したと推測するべきなのだろうか?
未だに不明点は多い。
そういえば、ステータスがどうとか言ってたけど……。
意識した途端――
―――――――――――――――――――――――――――
○ステータス
名前:宮真 大翔
年齢:15歳
レベル:1
体力:38/38
魔力:28/28
攻撃:20
速さ:18
守備:10
魔攻:20
魔防: 5
・魔法:炎の矢
・オリジナルスキル:一匹狼
―――――――――――――――――――――――――――
ステータスという言葉を思い浮かべただけで、頭の中に詳細が流れ込んできた。
まるでゲームのステータスの概念そのままだ。
本当に魔法が使えるのか?
ダンジョンの先には、モンスターがいるのか?
調べる必要がある。
だが、一人で教室の外に行くのは自殺行為か?
クラスメイト数人で行動した方がいいかもしれない。
現状で、冷静に行動を起こせる生徒がどれだけいるだろうか?
不安で仕方ないのはわかるが、阿鼻叫喚の騒ぎが治まる気配はない。
「……みんな、落ち着こう!
気持ちはわかるけど、慌てたって仕方ない。
まずは状況を整理しないと!」
そんな中、立ち上がりクラスメイトたちに呼びかけたのは、教師を呼びに行こうとしていた爽やかイケメンだ。
冷静に生徒たちをまとめようとしている。
このままクラスのまとめ役になってくれるとありがたいのだが……この状況でどこまで上手くいくだろうか?
「じょ、状況を整理って……」
「まずはスマホで連絡を呼べないか確認してみよう」
「あ、もう確認したよ。
ダメだった。電波は届いてないみたい」
イケメンの言葉に、九重が返事をした。
「そうか……。救助は呼べない……か。
もう少し色々と整理していこう。
あ――名前だけは伝えておかないと不便だよね。
僕は三間 秀だ」
そして爽やかイケメン――三間を中心に状況の整理が始まった。
しかし、突然の事態だったこともあり、スピーカーから流れる声を冷静に聞いていたものは少なかった。
その為、クラスメイト全員合わせても、俺が紙に書きだした情報すら集まってない。
(……仕方ない)
俺はクラスメイトに情報を提供することにした。
だが、俺から発言するような真似はさけたい。
目立つことは何かしらのリスクに繋がる。
だから、最低限のリスクで情報を伝えたい。
「……九重」
俺は小声で話し掛けた。
「ん、何かな?」
「これを九重の意見として、みんなに伝えてやってくれ」
「え……?」
紙を手渡す。
その紙を勇希が見た。
「これって……」
「この状況を俺がわかる範囲でまとめた。
担任が言っていた事も記述してある」
「だったら大翔くんが……」
「俺は人前に立って何か言うのが苦手なんだ。
頼む……」
「…………わかったよ。
ありがとう、大翔くん!」
小声での会話を終えて。
「みんな、ちょっといいかな!」
そして勇希は、俺が紙にまとめた情報をクラスメイトたちに伝えた。