非日常の中で感じる日常
2017/1111 本日1回目の更新です。
※
風呂やトイレに近いということもあり、どうやら2階が最も生徒たちに人気が高いようだ。
だからこそ、俺は迷わず5階に向かう。
周囲に人がいない方が落ち着く為だ。
案の定、人気は一気になくなった。
なくなったのだが……。
(……なんだ?)
一瞬、何かを感じた。
気配察知の効果だろうか?
しかし、やはり誰もいない。
(……気のせいか?)
俺は適当な扉――501号室をノックする。
誰もいないと思うが、念の為だ。
コンコンコン――返事はない。
(……大丈夫そうだな)
扉を開いた。
「……うん?」
やはり何かを感じる。
だが……部屋には誰もいない。
まさか幽霊……って、そんなわけないか。
自分で考えておいて、思わず笑ってしまった。
(……仮に幽霊が出たとしても、モンスターが出るこの世界で驚くような事じゃないわな)
俺はこの501号室を自分の部屋にすることに決めた。
ベッドに転がる。
綺麗なベッド……とは言えないが、それでも疲弊した身体には心地いい。
(……ああ、意識が吸い込まれそうだ)
眠い……。
この後、食堂に集まらなくちゃならないんだよな?
あ~でも、ダメだ。
少しだけ、少しだけ……。
そうこうしているうちに、俺の意識は落ちていった。
※
『ふむ……とりあえず、生き残ったようだが……』
なんだ?
艶めかしい女の声が聞こえた。
『お前はどうかな? 変えられるかな?』
何を言っているんだ?
『何にしても、早く私を使いこなしてみろ』
だからさっきから何を――。
『そうでなければ、死ぬだけだぞ?』
※
「大翔くん?」
「――!?」
俺の視界に勇希の顔が映る。
「おはよう」
「あ、ああ……おはよう」
あれ……? ここは……ああ、そうか。
俺は部屋に来て、そのまま……。
「体調が悪いなら、三間くんに伝えておくよ?」
「起こしに来てくれたのか?」
「起こしに……というか、みんなの部屋を、挨拶も兼ねて見回ってたの。
あ、ノックはしたんだよ。でも、鍵がかかってなかったから……」
念の為、部屋の中を確認した……というわけか。
「疲れてるだろうに、わざわざ挨拶してたのか?」
「うん。出来るだけみんなと話しておきたいの。
ほら、私たちってこんな事になっちゃって、まともに話も出来てないから」
「たくましいなぁ、勇希は……」
「うん。そうだよ――って言いたいところだけど、強がっていないと不安なだけなんだと思う」
不意に勇希の姿が、昔の彼女と重なる。
俺にとっては憧憬となっていた少女が、一度だけ見せた弱さ。
だからこそ俺は――彼女を守れるように、強くなりたいと思った。
「でも、こんな状況だからこそ弱気でいちゃダメだよね!」
直ぐに微笑みを浮かべた。
俺に心配かけまいと気を遣ったのだろう。
苦しい状況でも笑える強さ――変わらない彼女を見ると、嬉しくて、懐かしくて、でも同時に胸を締め付けられるような気持ちになる。
「勇希。俺が君に出来ることはないかもしれないけど、何かあればいつでも言ってほしい」
あの時に返せなかった恩を少しでも返せたら、そう思ってる。
たとえ勇希が、俺をあの時のヤマトだと気付いていなかったとしても。
「ありがとう、大翔くん。
出来ることがないなんて、そんなことないよ。
私のほうこそ、沢山迷惑を掛けちゃってる。
大翔くんにはもう二回も助けてもらってるんだから」
「なら、勇希だって俺を助ける為にダンジョンに来てくれたろ?
だからお相子だ。
でも、出来れば……あんまり無理はしないでくれな」
「う、うん。でも、それは大翔くんもだからね」
「ああ」
短く答えた。
話し過ぎると、嘘がバレてしまうと思ったから。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだな。直ぐに行くから、先に向かってくれ」
「わかった。二度寝しちゃダメだからね」
俺たちは部屋を出て、食堂に向かった。
※
階段を下りて食堂に繋がる扉を開くと、食欲をかきたてる香りを感じた。
「いい匂いだね」
「ああ……」
食堂に入る。
「あ、二人とも席に座っていて」
キッチンで料理をする三間と二人の生徒が、俺たちに話しかけてきた。
「りょ、料理……?」
「うん。みんな疲れていると思ったから、料理くらいはしないとと思って」
「私も料理は好きだから、手伝わせてもらってるんだ」
「気分も紛れるから、ちょうどいい」
三人は、率先して自分の出来ることをしてくれていたようだ。
(……なるほど)
モンスターと戦えずダンジョン攻略が出来ない生徒には、こういった仕事を持ってもらえばいいのか。
それぞれが出来ることをしてもらう……というのが、生きていく上で最も効率がいいだろう。
勿論、ダンジョン攻略をする人間は絶対に必要になる為、それ以外の役割は最低限の者だけということが理想だ。
「ありがとう、三間くん。
加賀沢さんに長谷部さんも。すごく助かるよ! 私も手伝――」
「九重さんは座っていて」
「そうそう。ダンジョン攻略の立役者なんだから」
「宮真くんも、休んでいてね」
「え?」
「九重さんと一緒にダンジョン攻略を頑張ってくれたんでしょ?」
「いや、俺は別に……」
「いいからいいから!」
あ、あれ?
勇希はともかく、なんで俺までこんな扱い?
まぁ、休めるなら助かるけど。
「宮真くん! こっち、こっちだぜ!」
「ヤマト、ボクが席を取っておいたよ!」
自称舎弟と自称奴隷が俺を呼ぶ。
互いに別の席に座っていた。
「おいテメェ! 宮真くんはオレと飯を食う約束なんだ」
「ヤマトはボクと食べるって約束したの!」
生徒たちの視線が俺に集まる。
完全に悪目立ち。
この煩い奴らをどうにかしろと言われている感じがした。
(……仕方ない)
俺は適当な席に座るり、二人に手招きする。
「二人とも座ってくれ」
「ヤマト、もしかしてこの目付きの悪い彼も一緒なの?」
「そうだぜ宮真くん。男の語らいに女はいらねぇだろ?」
「ダメなら俺は一人で食べるからあっちに行け」
「ぇ!?」「なっ!?」
二人は、世界の終わりみたいな顔をしていた。
「わかったら、大人しく料理ができるのを待とう」
「……ヤマトのイジワル」
「宮真くんがそこまで言うなら、仕方ねぇな」
二人とも不服そうだったが、大人しく従ってくれた。
野島が俺の正面に、此花が俺の隣に座る。
「ふふっ。仲良しグループ結成?」」
勇希は、野島の隣の席に腰を下ろした。
「ココノエさん。
グループじゃなくて仲良しなのはボクとヤマトだよ」」
「あ、あのな、あまりくっ付くな」
「え~? ハグくらい普通でしょ?」
俺に抱き着いて胸を寄せてくる。
この距離感は俺には辛い。
「ったく。宮真くんが迷惑してんだろうがっ!
九重からも何か言ってやってくれよ」
「仲良しなのはいい事だよ。
少なくとも喧嘩をしているよりは、ずっとね」
「そうそう。ボクとヤマトは仲良しなの!
……でもボクは、ココノエさんとも仲良くしたいと思ってたんだ。
もしよければ、友達になってくれる?」
「もちろんだよ。此花さん、これからよろしくね」
勇希はともかく、此花が積極的に誰かと友達になろうとするのは意外だ。
俺の奴隷になると言ったり、ギブ&テイクの協力関係を望んできるような奴だからな。
今のところ100%打算があるのは間違いない。
常に警戒しておくべきだろう。
もし此花が勇希に害を為すのなら。
こいつの力がどれだけ有益なものだろうと、俺は容赦なく切り捨てる。
「みんな、料理が出来たよ!」
「お皿に盛るから取りに来てね!」
食堂にいた生徒たちから歓喜の声が漏れる。
なんだかんだで、みんなお腹を空かせていたのだろう。
「私たちも取りに行こうか」
「宮真くんの分はオレが取ってきますよ!」
「いや、そのくらい自分でやるって」
「じゃあヤマト、一緒に行こう。
それで食べさせっこしよう!」
「……しない」
そして俺たちは料理を受け取りに行った。
やっと訪れた食事の時間――三間たちが作ったのはカレーライスだった。
いつでも食べられるはずのその料理を、生徒たちは心底美味そうに食べている。
だが俺自身も、今まで食べたことがないくらい美味く感じた。
それは空腹を感じていたからだけではなく……非日常の中に少しだけ、日常が戻って来たと感じた安心感からなのかもしれない。




