#4 生活
「……人が多すぎる……」
そう呟きながら広めの部屋に置かれた机に俯せになる。
ここは先ほどまでいた大食堂の上にあるアパートのような宿舎。
そこに部屋を一つ丸々貰ってここに住むことになった。机にベッド、本棚と窓が二つ。
窓を見るともう日が暮れている。こんな疲れた日はすぐにベッドダイブでもしてやりたい気分だ。
そもそもなぜこんなに疲れているのか。そう、人が多すぎるのだ。
時を遡る事大体1時間くらい。新人歓迎会の時だ。
「新人にとりあえずメンバー紹介するぞー。まず俺がジルオだ」
「先ほどルリアさんに言われてましたね」
「老いぼれのドワーフだ。まあ見た目でわかるだろうがな」
そう言いながら笑う姿は老人らしさを感じさせない。
元々は黒髪だったのだろうが、年老いて白髪交じりになっている。
「今さっき戦ってた奴が狼男のグランツ。人間単位だと20歳くらいだ」
「ちなみに私が24だよ!私そこそこ年あるからね!」
横からルリアが出てきてついでとばかりにアピール。
「で、お前さんが街で出会った双子がそいつらだ」
ジルオが指差した少女二人はこちらを見て寄ってきた。
少しばかり背の高い方が金髪、もう一人が銀髪だ。
「姉のレイラよ」「妹のルイラです!本日はどうも!」
金髪セミロングの姉と銀髪ショートヘアの妹。……うん、覚えるのはまだ楽な方だ。
「え?ああ、別に助けたのは俺じゃないし……」
「いやあ、ルリアさんって呼ぶのすごい大変なんですよ。なにせここからなかなか出ようとしないし、出たら出たで帰ってこないし……」
「……あの……」
「お前さんも分かったか?お嬢様がお嬢様と呼ばれる理由が」
「……自由なんですね……』
「じゃあ次。純血ワイバーンのライネス」
そう呼ばれて指差された男性は机に座りながら笑顔でこちらに手を振った。
「あいつは生まれつきで喉が潰れてるから気にするな」
「それ結構な障害ですよ!?」
「基本的にテレパスで喋るから気にしなくていいぞ。次は―――」
そんなノリで60人ほど。情報量が多すぎる。
あと普通の人間が10人ちょっとしかいなかった。しかもいろいろと癖のある人たち。
むしろ普通の人間の方がここにいるのは大変なのかもしれない。
「ふう……さて、現状整理でもするか」
スマホを開いてメモアプリを起動。魔力を入れてない時は普通のスマホ。
まず疑問その一、「スマホの事は話しても大丈夫なのか」。
一応食事の時にルリアさんに状況は説明してみた。でも口外するなとの天の声もないし、言おうとしたら頭の中の何かが蠢いて言えないみたいなことも無かった。
ルリアさんには『その板みたいなのが魔導書!?すごいコンパクトねー……』とは言われた。
そんなに気にはされていない様子。なぜだ。
ともかく翌日以降に何かがあるかもしれない、まだ安全とは言い難いだろう。
続いて疑問その二、「言語は通じるのか」。
異世界転生物語などは大抵が日本語。なぜなのか昔からずっと疑問に思っていた。
そして転生してみて分かった事だが恐らく日本語ではない。イントネーションに若干の訛りがある人がいたりする。
これらの事からの推測だが、この身体に転生した時に何かが施されている。
耳か口か喉か、もしくは全部。『違う言語を自分の聞こえる言語に翻訳する何か』が施されてる。……と予想。
スマホを起動してあまり使わないアプリを纏めているフォルダを開く。そこの中にはあまり使ったことはないが翻訳アプリが存在している。
このスマホを魔導書として使うときは魔力を注がないといけないが、コントロールセンターなどの身体系は魔力を入れなくても発動するらしい。
翻訳アプリもそんな感じに「常時起動されているタイプ」のアプリなのかもしれない。
そして疑問その三、「一日の時間はどうなっているのか」。
これは先ほどルリアさんに聞いて教えて貰った。
本人曰く『まず日が昇ってるのが24時間、日が沈んでるのが24時間。その後に日が12時間昇って12時間で沈む。これが一周期だよ』との事。
「いや、ややこしいにも程があるだろ……」
つまりは一日72時間ということ。太陽が二つあるんだとか。
しかも国ごとによって違うらしい。別の国では日が一度も昇らなかったり、逆に日が沈まない国も存在すると聞いた。
「太陽が二つあって、この星を中心に回転していない……?いやそもそもこの星ってどうなってるんだ?地動説だとしたらどっちの太陽の周りを回ってる?」
考えることは山ほどある。一応理数系を選んでいたおかげで天文学の知識はある程度は存在しているのだが、さすがに望遠鏡作って星までの距離を調べるほどの行動力と計算スキルは持ち合わせていない。
どうしたらいいものか、と呟いた時。かんしゃく玉がはじけるような音でドアが開いた。
「ヒサメさん、お風呂が沸いてます!!!!!!」
「……びっくりした…………」
鼓膜が裂けるかと思った。ドアが壁に当たる音と声の大きさが絶妙に重なって心臓を確実に狙いに来ていた感覚。
「あっ、風呂?風呂ね……えーっと……」
連絡してくれたお礼を言おうと名前を思い出す。銀髪で元気な方だから……。
「……ルイラか」
「名前思い出すの遅くありませんか!?」
幾ら特徴的で覚えやすいとはいえ自分の頭が追いついて無かったら意味は無いらしい。
「さて風呂か……確か一階一番東に……あっ」
頭を掻きながら建物内の構造を思い出すタイミングで別の事を思い出した。最重要レベルな忘れ物。
「……服って、どうするんだ……?」
疑問その四、「替えの服はどうするか」。
ハッキリ言ってどうにもならなかったのでギルド特注の甚平を借りた。
パーカーとズボンは洗濯乾燥機らしきものに入れておいた。見た目がどうも歪んでいて怪しかったが多分あってる。
洗面所にある斜めの丸型ドアの回転するものだから多分洗濯機とかで合ってる……と思う。
何で甚平なのかは分からない。話を聞いた感じだとルリアさんと一緒にギルドを作った人の一人がこの服をデザインしていったそうな。
「この世界に日本は存在しないのに甚平……それっぽい国があるのか?」
そんなことを風呂場で髪を洗いながら口からこぼす。
人が多いからか浴槽も大きく、体を洗う場所も四人分のスペースがある。
前世とは違って目立つオレンジ色の髪。鏡で見ると本当に自分なのかが分からなくなるが異世界転生した主人公の八割くらいは同じ悩みを抱いていると願う。
「この角も妙にうねってて洗いにくいんだもんなー……まあデザインしたの俺なんだけど」
堅くて武器になる、無用の長物でないだけ良かったと言える。
結構堅めの垢擦りタオルを手に取って体を洗おうとした時。
「……ん?」
首のあたりを洗っていて謎の違和感を感じた。何かで固定されていて、首の皮が伸びない感じの違和感。
「何かがくっついてるのか……?鏡………………」
右の首筋を鏡に向けてみて絶句。触ってみて戦慄。
「はあああああああああああああああああああああああう!?!?!?」
思わず風呂場で叫んでしまった。風呂場に誰もいなかったのが功を奏した。
そして風呂から出た後に洗面所で鏡を見てみても幻ではないと再認識する。
「…………いや、どういうことなんだよ……」
伝わりやすく簡潔に説明しよう。左の首筋に充電穴が存在しているのだ。
コンセントではなく、今自分が持っているスマホの充電穴と同じ形の穴。
「俺自身を充電するのか……?でも充電コードは無いし……」
風呂に入って新たな疑問が生まれてしまった。今は頭を回転させながらタオルで頭を拭いて部屋に戻る最中。もう夜だしいい加減布団で寝たいこの頃。
ふと、廊下を通る時に会話が聞こえた。一階のロビーからだ。
ロビーは最初にドアをルリアさんが蹴り飛ばしたために入れなかった場所。地下の食堂から上がってきたのでロビーは最初に通っていないのだ。
どうやらあの物騒な道は裏側の入り口だったらしい。表側はさっぱりとした事務所の見た目をしているとか。
部屋の見た目はただのギルドとは思えないほどの清潔さ。地下の食堂の汚さと比べると建物が違うように思えるほどだ。
(何してんだろ……明日の事とかかな?)
ロビーのドアに張り付いて中の話し声を盗聴。―――しようとしたのだが。
耳をドアに当てた途端にドアが開いた。廊下が案外狭いので反対側の壁に叩きつけられる。
「ぶぅっ!?」
「あっ!?ごめん!」
「……ルリアさん……このドア改善した方が良いですよ……ガラスにして反対側見えるようにするとか……」
叩きつけられた廊下の壁は若干へこんでいた。既に何人かが同じ被害に逢っているのだろう。
「いやあ、丁度良かった。呼びに行こうかと思っててね」
「へ?俺を?」
「そうそう。……あ、レイルイ姉妹も呼んで来て。作戦会議があるの」
「作戦……会議?じゃあ俺、初仕事ですか?」
「まあそうなるんだけど……今回は全員総出の大仕事だね」
そっとロビーを見てみたが本当に全員収集しているのだろう。人が多い。
「ここ空にしちゃっていいんですか?そんな大仕事って……」
「この国最大級の任務だよ。『王城に奇襲を仕掛け、一夜のうちに城を陥落させる』」
「………………はい?」
「要するにこの国の王を引きずり降ろして新しい国にするのさ。ね?大仕事でしょ?」
腕を組みながら作戦内容を読み上げるルリアに恐れの色は無かった。
『この街って基本的には亜人種は差別されるから』『まあお嬢様が引き込んでるだけなんだけどな』
数時間前のルリアとジルオの言葉が脳裏に浮かぶ。そうか、「亜人種を隠れながら引き込んで」「亜人種が差別されない国に作り替える」のが目的か!
「ウチの団は種族混合ギルド『アルゴノーツ』、亜人種と手を組み、亜人種を虐げる者を虐げる。人類と亜人種が手を組むのに最適解を選んだギルド。そういうとこだよ」
人望と覇気。仁王立ちと言葉の圧力から感じられたのはその二つ。
人の為に動き、人の上に立つ行動力がある。革命扇動者特有の風格だ。
「もしこの夜襲が成功しなかったらこの団は指名手配されて壊滅。捕まったら国家反逆罪で死刑確定コースね。それでも君は参加する?」
「……奇遇ですね。国家転覆って一度くらいやってみたかったんですよ」
どうやら俺は、とんでもない場所に入ることになってしまったらしい。