#3 ギルド
「……これどこまで行くんですか」
「すぐそこ。そこにアジトっぽいのがあってね」
ルリアという女性に案内されること5分ほど。辿り着いたのは路地裏の地下へ続く階段。
薄暗さに小汚さ、いかにもファンタジーっぽいが、これはこれで良いのか悪いのか。
「……なんかすごい雰囲気なんですけど入っていいんですかこれ」
「大丈夫大丈夫、あと君は一応来ておいた方が良いと思うよ?」
「へ?なんでまた……」
「いや、この街って基本的には亜人種は差別されるから」
そんなことは初耳だ、は普通のリアクションだろう。まあどこでも平等に受け入れてもらえるような者とは思っていない。
「なるほど、早めに知れてよかったです」とでも返しておこう。
そして階段の奥にあったのは古臭い木材性のドア。
「そしてこのドアをー……こうッ!!!」
一瞬視界から消えたと思ったら後方からドロップキック。
階段上から角度をつけてのキックは流星の如く、木製のドアは一回バウンドした後に方向転換して飛んで行った。
「さぁ、入るよ!」
「もうテメェは入ってくんな!」
吹き飛んだドアの裏側から少し年の食った男性が怒声を飛ばす。ドアを蹴り飛ばしてからの反応速度が尋常じゃない。
「帰るたびドアにキックしやがって!直すの何回目だ!」
「それ言うの何回目?いい加減ボキャブラリ増やしたら?」
「何回も言わなきゃならない程に繰り返すな!……お、新人か?」
「まあそんなとこ。ウチ入るでしょ?」
先程までのとりあえずおいでよ感はどこへ、まったく事情が飲み込めない。
「その様子だとまともに伝えずに連れてきたな…………」
髭の生やした老け顔の男性はこちらをジロジロと眺める。
「……竜種か。なら来て正解だろうな、コイツに出会ったのは不運だろうが」
「ちょっと!?リーダー私なんですけど!?」
「じゃあお前以外全員がお前に巻き込まれた被害者ってことになるが?」
「ぐぬぅ…………」
「コイツは昔から五月蠅いから慣れろ。まあ中にでも入れ、歓迎するさ」
「あの……ここは?」
「ここはそのうるさいお嬢様が作ったギルド……まあ見たらわかる」
壊されたドアの先にあるドアノブを捻る。そこにあったのは―――。
「これが俺達の避難所兼仕事場。ここはギルド『アルゴノーツ』ってとこでな。……つくづくお嬢様のネーミングセンスを疑うよ」
白髪の髭を生やした高身長の男性は部屋の中を説明する。
だが、それらはすべて自分の耳に届いていなかった。
地下の大広間のようなスペースにたくさんの人。今は食事時らしく皿を持って騒がしく賑わっている。現実じゃ見れないような、まさしくファンタジーを物語る光景。
「どう?ここが私のギルド。あと補足すると8割くらいが亜人種よ」
「……こんなに……えっ8割!?」
「間違ってないどころかそれ以上だろうな。他の国から興味半分で来た奴がいろいろ言われる前にここに隠れるのさ」
先程、ここは避難所兼仕事場と呼んでいた。この国にうっかり流れ着いた人が騒ぎになる前に見つけて匿っている場所なのだろう。
「……まあお嬢様が引き込んでるだけなんだけどな」
「いいでしょ!実際被害はまだ出てないんだし、それにみんな居心地良くてこうやって残ってくれてるんだし!というかジルオもそうでしょ!」
「俺は未だに後悔してるからな……お前さんもちゃんと悩めよ?」
「悩むって……ここに残るかですか」
「そうだな。……お嬢様の顔は見ない方が良い、めっちゃ笑顔だからな」
むしろそれはとても気になるのだが今はスルー。
今の自分の状態は生命維持的にとてつもなく危い。
金無しで宿なし、それでいてこの街は亜人種差別。この身に救いがあるのかないのか。
これはもう選択肢は一つしかないようなもの、元から選択肢が沢山あるようなイージーモードで生きてはいない。
「危なっかしい」とか「まだよくわからない」以前に「いつ死ぬかわからない」なのだ。
何もしなくても一応は生きていられる日本の感覚は切り捨てなければ、ふとした要因で急に死ぬ。
横からルリアが意気揚々とした声で話しかけてくる。
「で、どうする?ウチに入る?まあ他にもギルドはあるけど……」
「入ります」
自分の出した声に芯がありすぎて自分自身でビックリした。
こんな声が出せるなら高校一年の時の学年集会の時に出したかった。
あの時にこんなに自信ありげな声を出せたなら緊張しなかっただろうに。
「他のギルドを覗いてないからまだわからないけど、亜人種を受け入れてくれるところは少ないと思います。それに……なんか、この、わちゃわちゃ雰囲気、好きです」
自分自身でそれっぽくない事を言ってしまった。転生する前のクラスの隅にいた、暗かった頃の自分ならこんなことは到底言えなかっただろう。
「よっしゃぁ!一名御新規様でぇぇぇぇぇぇぇぇす!!!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「よしきたッ出番だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ルリアの合図でつい先ほどまで喋りながら食事していた人達全員がこちらを向いて謎の咆哮。
「……えっ何!?何ですかコレ!?」
「はいジルオ解説よろしく!」
「よし解説だ。ウチの団は入るのに『試験』が必要でな。まあ使えるやつかを見極めるためなんだが……どいつもこいつもやりたがるから誰が新人の相手をするかで毎回揉めるんだ」
「試験!?って俺、魔法の一つも無いんですけれど!?」
魔導書のようなスマホならあるがそれ以外は何も無し。魔法も何が使えるのかが良く分かっていない。だというのにいきなり対人戦闘とは。
「まあ戦えなかったらなかったで向こうも加減してくれるさ。礼儀でもあるからほら行って来い」
背中を押されて前に出る。大食堂のテーブルは今の間に撤収されていた。
「さて、俺が相手になろう。デルマ・グランツ、人狼だ。よろしく」
いかにもな獣耳と金髪の長い襟足。この世界は人に個性があって覚えやすいから助かる。現代日本は黒髪で髪型はどれも似たり寄ったりだから男子はともかく女子は見た目が似てて良く分からなくなる。昔から人を覚えるのは苦手なのだ。
「えっ、あっ……どうも、アサカ・ヒサメ、16歳の竜系亜人種です」
礼をしながら握手を交わす。学校の剣道の授業で相手と礼をするときは15度が最適だと先生に教わった。
……まあ、あまり意識はしていないから意味は無いのだが。
審判役にルリアが入り、ここぞとばかりの赤と白の旗を用意する。
「両者ステージ端に移動!勝敗はノックアウトまたは場外押し出し!以上!」
簡潔に説明がされた。ステージが丸型なのでプロレス感がある。
プロレスと違うのは組み合い以前の問題が発生するところだろうか。
「準備は良い?レディー…………」
向こうはとっくに戦闘態勢のようだ。さりげなく右手でスマホをポケットから取り出す。
「ファイッッッ!!!!!!!」
開始の合図がした途端に、目の前から何かが飛んできた気がした。
速すぎて気がしたとしか言えないのだ。もはや直感で右に体を傾ける。
それが功を奏し、鋭く尖った爪の初撃をかわすことを可能にした。
「むっ・・・今のを避けるとは」
「ッ・・・風切り音スゲェ・・・!」
口からは格好良さを褒める言葉しか出ていないが、その時の内心では―――。
(なんだ今のおおおおおおおおおい!?どう考えても殺しの威力だったろ!避けれなかったら俺の顔面が風通し良くなってたやつだろ絶対!)
そんなことを思っていても二撃目は容赦なく飛んでくる。
目で追いきれないほどの爪のラッシュ。右手の横振りをしゃがんで避け、左手の突きを体を左右に振りながら間一髪で逸らす。
(うおおおおおおおおお!?無理!この狭い円の中でこれ避け続けるのが無理!どうにかしないと……!)
横目でスマホを開いてアプリ一覧を見るがハッキリ言って勝てる気がしない。
そもそも魔導書としての機能を使ったのは電話しかない。しかも今は到底使えそうにない機能。どうしたらいいものか。
(相手の弱点に当てはまりそうなもの……!狼、狼……耳?)
そうだ、狼には耳がある。あの特徴的な耳が、人よりも比べ物にならない程いいと言われるあの耳が。
「となればあの弱点には……あった!」
滅多に使わないアプリを纏めているものから一つのアプリを引き出す。名前はボイスメモ。
(きっとコイツの中に・・・ある!深夜テンションの俺の奇声!!!)
何でこんなものが入っているかはあまりよく覚えていないが、大方、友人を驚かせるためとかだろう。
円の中を逃げながら右手に力を入れてスマホに魔力を注入。これを大音量で流せば―――。
「……あれ?」
画面に出てきたのは『あなたの伝えたい言葉は何ですか。』という文。
今回は日本語。なぜ電話の時に出てきた文は英語だったのだろうか。
とにかく、ボイスメモの場合は流してくれるのではなく『一瞬だけ記録して大音量で流す即席スピーカー』にでもなるということだろう。
というかそうでなければボイスメモである必要が無い。メガホン変わりだとしてもボイスメモである理由にはならないが。
「ほらほら、逃げてるだけじゃ……」
「……申し訳ございませんね、生まれてきてから逃げを重ねて十六年ですよッ!」
右足でブレーキをかけて振り向いてスマホを口元に。息を吸い込む。
『すうっ・・・あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
いきなり響き渡る轟音。地下なこともあって反響に反響を繰り返して超音波のようになっていた。自分自身でも耳を傷めてしまいそうなほど。
周囲に寄せていた机は振動で揺れ、重ねて置かれていた食器が吹き飛び、皿の上に置かれていたフォークが壁に突き刺さる。
「ハァー……ハァー……ゼェ、ェゲホアッウォェッ!」
吐き気すら出てきそうなほど叫んだ。部屋の中が静まり返る。
ひっくり返ったルリアが人の山をかき分けて立ち上がった。
「……えーっと……グランツの押し出し負け、新人君の勝ち!」
「……えっ」
自分の口からこぼれ出た疑問符は人の山から湧き上がる歓声に揉み消された。旗を床に投げ捨ててルリアが笑顔で寄ってくる。
「結構強いじゃない!今の何の魔法!?さっきの小さい板なに!?」
「あー……えーっと、その……」
色々疑問を投げかけられてどれから答えようかと思った時。
その返答に答えるかのごとく腹から音が鳴った。
「……よし、まずは飯ね!その時にいろいろ教えて!生まれた国の事とか!」
食道のテーブルはもう既に出されてて、先ほど閉まっていた料理と『新人さんおめでとう』と書かれた使い回しされてそうな古い横断幕が飾られかけていた。
「…………あっ」
声を出してしまうほど今更な疑問があった。転生前に聞いておけばよかったと後悔する。
(……前の世界の話ってしていいのか?)