#1 転生
「……というわけじゃ。本当に申し訳ない」
「いやどういうわけですか」
真っ白な世界で地面に足がつかない老人を相手に率直な疑問を投げる。
一体どういうわけなのか。それは時間を少し前に遡ることになる。
「…………は?」
目が覚めるとそこは真っ白な空間だった。
誰もいない。何もない。空も地面も無い空間。
いや、比喩とかではない。自分の影を残して何も映らない完全な白だ。
トンネルを抜けるとそこは雪国だったみたいなノリ。
その癖に明るい。光源がおかしいのか部屋がおかしいのか。
自分の体に異変は無し。記憶も正常。確か今日は10月9日月曜日。
学校に行きたくないと喚きつつも行かなければならないと自転車を漕いだ。
……のだが、そこからの記憶はこの部屋のように真っ白。
自分の名前は思い出せるだろうか。『朝夏日鮫』。うん、ちゃんと覚えてる。
高校二年生男子、K県北部『県立天掴高等学校』所属。帰宅部。
どうやら全部記憶を落としているわけでは無いらしい。朝ご飯がベーコンエッグだったこと、両親が断固ご飯派なのでご飯と味噌汁があったことも覚えてる。
天気予報で雨が降ると言っていたので自転車で学校に行くか迷ったが、帰りがめんどくさかったので自転車で行くと決めたことまで覚えてる。
いや、そんなどうでもいいことすら覚えているのになぜそこだけ。
「それには深い訳があるのじゃ」
自分の横から声がする。確か誰もいなかったはずだが。
「正確には今やっと見つけたのだ。どこに行ったかわからんなってな」
そこにはぼさっとした白髪の老人が胡坐を組んでいた。・・・空中で。
白い一枚の布を巻いてきているようなローブの服装。確か中東のあたりにそんな民族衣装があったはず。問題なのは、自分が住んでいた国は日本で、その布すら地面に接していないということ。
「はあ…………は?」
「お前さんもうちょっとリアクションせんのか」
「……浮いてる!?やばっ、写真撮っておこ」
何か老人が話しているが興奮を抑えきれずにスマホの電源ボタンをプッシュ。
―――したのだが、何度押しても画面が一向につかない。
「……あれ?壊れたかな・・・?」
「ああ、その件じゃ。いや、スマホじゃないが少し関係がある」
「関係とかそれ以前にアンタ誰ですか」
宙に浮く御老体。なんか神聖っぽいがこちらにも聞く権利はあるだろう。
「なんと言ったらいいのか・・・人間風に言うと・・・『神』じゃな」
「あっ、僕家が無神教なのでそういうのはちょっと」
「そんな宗教の勧誘を断るように言わなくてもいいじゃろ」
神。確か万能であり人の上に立つ者だったはず。
『いやいやいやいや、まさか存在するわけないじゃないですか』
とは口が裂けても言えない。目の前で実際に浮いてるし、神と言うワードを聞いた途端にそれっぽくも見えてきた。世界史の教科書で見た事がありそうななさそうな。
「神・・・ですか。で、何で俺はここにいるんですか?」
「ああそうじゃ、それについてじゃ。それについてなんじゃが……」
「それについて?」
「……本当に申し訳ないが、お主は死んでしまったんじゃ」
「は?」
理解とかそういう以前に口から疑問符がこぼれるように出た。
死んだ?俺が?特に天罰を喰らうほど悪事を働いてもいないのに?
神らしき老人はローブの下から巻物らしきものを取り出す。そして巻物の巻いている方を適当に投げ捨て、先端の部分を両手で持つ。
「2023年10月9日月曜日午前7時42分。この時は雷雨だったじゃろう」
「雷雨?……ああ、確かに雨は降りそうだった」
「で、その時にお前さんは雷に打たれたんじゃ」
「は?」
普通そんなことがあるだろうか。確かに雷で死者は出ることはあるがなぜよりによって自分が?
「……理由を説明すると、天候は神世界で管理しておってな」
「いかにもな名前ですね、あとそれ『かみせかい』ですか、『しんせかい』ですか」
「『かみせかい』じゃな。で、今日は日本の関東上空に雨雲を置いたんじゃが……実は雨雲は上空から落とすのじゃ。雷が密集しとるからの」
「そんなもの都会に落としたら都市が崩壊しますよ・・・」
ただでさえ精密機械が密集しているような街に電力の塊を叩き落としたらどうなるか。惨状も被害も比較的容易に想像出来る。
「そう。……なのじゃが、今回は誤って地表近くに置いてしまっての」
「その密集した雷が俺に当たって感電死、と」
スマホが壊れた理由も分かった。雷でショートしたのだろう。さすがにその量の電力を喰らって壊れないスマホがあるはずがない。
「本当に申し訳ない、そこでお前さんに詫びなければなと言うことでわしが代表して」
「代表が来て謝るとかいかにも誠意が見えない謝罪方法なんですけど」
「神全員が持ち場を離れるのは危険なのでな・・・」
天候操作に神全員動員しなければいけないほどなのか。だったらそんな簡単にうっかりで人を殺すな。
「……で、詫びって一体なんです?」
「少しばかり旅行に連れて行ってあげようと」
「本当に謝る気あるんですか?」
「まあ聞くのじゃ。お主、ファンタジーは好きじゃろ?」
まあ、と答えておく。確かにファンタジーものの小説は今まで数えられないほど読んできた。昔から行ってみたいとも思い続けてきた。
「そんな世界に連れて行ってやろうかと考えてな。どうじゃ?」
「ハッキリ言って元の世界に帰りたいんですけど……」
やり残したことは沢山あるし、遺言書けてないし、親より先に死んだら親不孝になるし、SNSに浸っていたいし、学校で友達と喋りたい。やりたいことはまだある。
「そうは言っても肉体が完全に焼け焦げてしまったしのぉ……出来なくはないがリスタートになるんじゃよ」
「……あっ」
そうか、一応できる事にはできるのか。ただ『記憶を保持できず、性別も維持できない』。つまり死んだ本人に生き返るのは不可能。
十代半ばで体は縮んで離乳食を食べ、見知らぬ男女親と呼ばなければならないなんて苦痛にも程がある。
「でも、旅行って?」
「正確には移住じゃ。この空間にずっといるのも苦じゃろ?」
「まあ確かに……じゃあそれで」
「なら良し!じゃあアバターでも作るかの」
「ちょっと待って、俺行くの電脳世界なんですか!?」
「いや、そうじゃないが……今のお主の体はもうないからの。新しく作り直さないといけんのじゃよ」
当たり前と言えば当たり前なのだが、自分を作るとなると何か抵抗感が。
「パーツはこんな感じにあるから、まずは作ってみるとよいぞ」
ローブの下から謎のタブレット。『SKIN CUSTOM』と書いてある。
神がタブレット端末を使うのはどうなのかと一瞬考えるがそういうのもあるのだろう。なんか一瞬でどうでもよくなった。
「じゃあ……」
それからどれくらいが経っただろうか。体感は10分位だった。
「でき、た……けど」
「……お主本当にそれで……?」
オレンジ色のストレート、つむじからアホ毛が2本、まるで取っ手の如くうねった頭にある2本の黒い角。種族は竜っぽい感じの見た目。
「……これでいいのかな……」
異世界転生ライトノベルでありがちな設定をありったけ盛ったような、作った自分自身でも見てて痛々しくなる。そしてこれが後で自分になると思うともっとそうなる。
「ところで転生先ってどんな世界なんですか?」
「いかにもな世界じゃ。奇跡も魔法も異種族もいるの」
「割と武器とか手に取って戦う世界だったり……?」
「お前さんが好む世界はそんな感じじゃなかったかの?」
「そうですけど……」
そう、確かにそうなのだ。違う世界でヒーローのように振る舞える世界。
ただ自分に『そんなことが本当にできるのか』なのだ。
学校の体育の授業は剣道だったがあまり得意ではない。どちらかと言うと不安要素の方が多いのだ。
「じゃあ転生先の世界のルールを話しておくが……」
「……と言う感じじゃ。わかったか?」
「ファンタジーって事だけは分かりました」
「なら良し。じゃあこれで送るからの。あとは……そうじゃ、何か一つだけ持って行けるとしたら?」
「何ですかその『無人島に何か一つだけ持って行けるなら何がいい?』みたいな質問は・・・スマホですかね」
「いかにも最近の子らしいの・・・まあいいじゃろ」
「あ、これ雷で壊れてるんですけど」
「じゃあ修理して新しいのに変えておこうかの」
「『Ipohne』の一番新しいやつで」
「図々しいのぉ……これでよいか?」
壊れたスマホを手に取って力を込める。緑色の光が手に密集し、スマホは傷一つなく、中の写真などのデータも残っていた。
「おおっ、ほんとに直ってる……ありがとうございます」
「まあ今回はこちら側の失態もあったからの。礼には及ばん」
神は左手で指を鳴らす。突如現れる謎の大穴。
中は七色に光っていて、周囲の壁が渦を巻いていた。
「これを通れば転生じゃ。では、いい旅行を」
神はそう告げると右手で指を鳴らす。その音と同時に神は消えた。
真っ白な空間に残されたのは自分と新しい身体の設計図とスマホ。
「……まさか自分がすることになるとは思わなかったな、異世界転生」
やり残したことは沢山ある。いつか帰りたいと思うかもしれない。
でも今はそれ以上に、次の世界への期待が大きい。
ずっと昔から夢見ていた世界。この渦に飛び込めばすぐ行ける。
「・・・さて、それじゃあ行きますか!」
十分な助走をつけて、その渦に今は亡き体を投げる。
「お?」
遠くで鳴いている小鳥の囀りで目が覚める。
どうやらなだらかな丘に生えている木の下にスポーンしたようだ。
・・・出現をスポーンと言ってしまうのはゲーム脳だからだろうか。
身体を両腕を使って起こす。立ち上がって見回してみれば見渡す限りの大草原。
適度な温度の風が心地よい。こんな光景日本だったら見られないだろう。まさにファンタジーと言ったところか。
「……あっ」
思い出したようにスマホを取り出して内カメラで姿を確認。
「おおおっ、角が生えてる……」
指定した通りの容姿。底はさすが神といったところだろう。
服装も黄緑のフード付きパーカー、ズボンはベージュ色の半ズボンとも長ズボンとも言えない微妙な長さのものと、完全に休日の服装を再現してくれた。
角のサイズピッタリにフードにスペースがあるのも神の粋な計らいなのかもしれない。
「ふう、まずは街とかに行くべきなんだろうな……お腹減るし」
だが目で捉えられる距離に建物は確認できない。視力はそのままにして貰ったが元から視力測定は両目A。
悪くは無い方だ。それでも確認できないあたり根気が必要だろうと考えさせられる。
「結構歩かないといけないか、日が暮れるかもな……」
この世界は分からないことがかなりある。もしかしたら1日が24時間じゃないかもしれない。今は13時、昼過ぎだろうか。
「とにかく街を探さないと……あっ、そういえばGPSって使えるのか?」
ふと疑問に思ってGO○GLEマップを起動。既にいる場所は日本ではない。おそらく全然違う国だ。
ちゃんと表示されるのだろうか。そしてそこに表示されたのは。
『ネットワークに接続されていません』
「…………あれ?」
もしかして……電波ない?