011:常識を壊し続ける覚悟(2)
第一章:罠師よ、常識を壊し続けろ!!
011:常識を壊し続ける覚悟(2)
全身に心地の良い風を感じながら、深く呼吸を繰り返す。
エリカさんが作ってくれた食事で英気を養った後、俺はナリィさんに連れられ崖下の森中心部となる草原へと足を運んだ。
そこはまるで決闘をするために用意されたかのように、一面は靡く木々によって円状に囲われており、辺りに視界を遮る障害物は何もない。一帯を茂る雑草だけが唯一そこにある植物といってもいいだろう。
俺を鍛える為の準備をするから待っていろと言われ、先ほどからこの場所で集中力を高めているのだが、もう二人がいなくなって十分以上は経った。
しかし、焦ることなく呼吸によって心臓を落ち着かせ、さらに高まった集中力によって俺に隠されている“可能性”のパズルを組み合わせていく。
気を失うまで感じていた疲労感もなく、体力、精神共にベストな状況だ。
今なら更なる力を“見つける”ことができるかもしれない。
瞬間、辺り一帯の空気が肌寒いものへと一転する。
『 綴られること無き聖域鏖殺を求めし侯爵獄につながれし我ら漣漣たる血涙を零し高庇無きそこでただ斬首のみを求め狂気の園へと身を捧ぐ綴られることなき語られることなき園にて我ら共に狂人の如く狂い踊ろう 』
不意にどこからともなく聞こえてきた“詠唱”に警戒を強める。同時に奥の森林から現れたナリィさん、詠唱を唱えていたのであろうエリカさんが視界に映し出される。そして俺の姿を確認すると同時に彼女は詠唱によって展開された魔法式に手を沿え、それを地面へと押し込み、そして・・・
「 シークレットテイル 」
詠唱魔法の発動キーを口にした。それにより辺り一帯に展開されるエリカさんの魔力。そしてそれは瞬時に草原を覆い隠すとまるで鏡のように全ての光景を反射させる性質をもったものへと変化した。しかしそれだけではない、一帯が完全に外の世界から孤立した瞬間に俺を襲う狂気。それはどこからともなく強烈な破壊衝動を生み出し、少しでも気を抜けば狂人となって我を忘れてしまいそうになるものがあった。
「 待たせてごめんね、さて準備はこれで出来たわよ 」
「 うっ・・準備って、こんな状況でどうしようっていうんですか? 」
「 こんな状況だからこそ、いいんじゃない 」
展開された魔力が安定すると同時に、エリカさんは「ふぅ」と息を吐き出す。その手には“見えない”何かが握られていた。
「 闇属性の結界狂化魔法を発動したわ、分かってると思うけど油断してると気が狂っちゃうから気をつけなさい 」
詠唱魔法は多量の魔力を必要とし、更にその中でもエリカさんが使用した“闇属性”の魔法は使うためには尋常じゃない程に精神をすり減らすらしい。しかし、そんな消費の激しい魔法を使用してもなお、涼しい顔を浮かべている辺り、やはりエリカさんの実力はかなりのものなのだろう。
彼女の後に続き、ナリィさんが口を開く。
「 これから君にはこの結界内で私たちが用意してきた魔物と戦ってもらうわ。強くなりたいならその魔物と戦い、学びなさい 」
そういって二人は結界の端へと移動し、そこにあった岩へと腰を下ろした。同時にエリカさんが掴んでいた“ナニカ”を手放す。
そして彼女がそれを手放すと同時に結界内へと響き渡る獣の咆哮。辺り一帯の空気を振るわせる三つのそれは一瞬にして俺の心臓を締め上げた。
「 A級危険種“オーバーリザード”。“今”の君では絶対に倒すことができない魔物よ 」
突如として視界へと映し出されたそれは、ハードウルフよりも巨大でトカゲに似た姿を持つ四速歩行の魔物であった。その全身には光沢を放ち一目でその鋭さが分かる程に鋭利な鱗を持ち、加えて四肢の先にある双爪は落ちることのない赤い粘液で塗り固められており、禍々しい塗装が施されたそれが持つ殺傷能力は、一かきで俺の命を奪うことができるであろうものが感じられる。
それが三体・・・大丈夫だ、とりあえず、何時も通りに・・・
腰を少し屈めいつでも飛び出せる準備をとり、短剣を構える。そして戦う為の準備、五感強化魔法の式を浮かべる。
「 ウェイク・・え? 」
瞬間、それを施すよりも先に一陣の風が俺を襲った。同時に腹部から感じられるこれまで体験したことが無い程の痛み。
何が起こったというんだ?
痛みと共に起こる混乱から目の前のそれへと視線を向けると、そこにいたはずの魔物の数が一体減っていたことに気づく。
思考が現状についていけない。
混乱を残したままゆっくりと痛みのあるそこへと目をやるとそこには、ぱっくりと横一線に開かれた俺の腹部、そしてそこから多量の赤いそれを噴出しているという光景が視界に映し出された。
「 そ・・んな・・ウグッ!! 」
自覚と共にようやく思考が追いつき、それは先ほど以上の激痛を脳へと走らせる。おもわず片膝をつく、同時に込み上げてきた赤の混じった胃液が俺意思とは関係なく噴出された。
俺は攻撃を受けたんだ・・・今の一瞬で・・
激痛をそのままに背後から聞こえる獣の吐息へと向き直ると、そこには片足の爪を俺のモノによって一層に赤く染めているオーバーリザードがいた。
そしてそれはまるで俺をあざ笑っているかのように、その場に留まっている。
「 く・・そ・・てめぇら・・・ぶっ殺してやる!!!・・・っ!! 」
脳裏を埋め尽くしていた思考が、湧き上がる破壊衝動によって掻き消されていく。しかし、叫び終わると共に背中へと感じる二つの風。それは新たな激痛を全身に巡らせ、目の前にいたはずの俺を見つめる魔物の数を再び“三体”に増やした。
「 ぐぅ・・がはっ!! 」
全身の力が抜けていく感覚、しかし俺の身体は地面へと倒れこむことを許されず、吹き荒れる風によって何度となく切り裂かれ、弾き起こされてゆく。
目の前にいたはずの魔物が消えては現れてを繰り返し、その度に俺の身体には激痛が駆け巡っていた。
このままじゃ・・死ぬ・・・冗談じゃない、殺すのは俺の方だ!!俺がヤツラを殺すんだ!!
「 はい、ラウンド1終了 」
瞬間、耳に“エリカ”の声が入ると同時に身体が“見えない糸”によって引っ張られ、遥か後方へと引き剥がされる。
そして勢いよく飛んだ俺の身体をいつの間にか先ほどの岩元から離れていた彼女が優しく受け止めた。
「 がはっ、はぁ、はぁ 」
肺をやられたのか上手く呼吸することができない。そんな俺を見て彼女は「やれやれ」と溜息を吐いた。
「 言っとくけど、あんたが相手したっていう“ハードウルフ”と同じようにしてたら、絶対にあいつらには勝てないわよ。怪我は私が何度でも治してあげるけど、死んだらそこまでなんだから、瞬殺されるとかは勘弁してよね 」
そういって彼女は指先を細かく動かし、俺に撒きついたままの見えない魔法糸を操作し始めた。痛みによってはっきりとしない視界には傷を治すために動かしている片腕とは別にもう片方の腕で別の魔法糸を操作し、向かってこようとしているオーバーリザードたちを拘束している彼女の姿を映し出されている。
A級危険種三体を相手に片手だけで対応しているなんて、改めて深すぎる実力の差を感じる。
激痛を残しつつも、先ほどまで開いていた傷口は“エリカ”が操作している魔法糸の縫合によって塞がりつつある。その経過を見て“エリカ”同様にいつの間にか近づいていた“ナリィ”がスカートのポケットから二本の注射器を取り出し、その中身を俺へと注入していく。
それはどうやら回復アイテムの類だったらしく、身体を巡る激痛が和らぎつつあった。
全身に力が戻っていく感覚。
これならもう動ける、これならヤツラを殺せる!!
「 よしっ、いくぜ!!!あいつらぶっ殺してやる!!! 」
身体を勢いよく起こし、短剣を手に飛び出す。
それに対して、すかさず二人の片手が俺の襟元を掴み、無理やりに全身を地面へと押し倒された。重い衝撃が全身にかかる。
「 くそっ!!なんだよ!!放せ馬鹿野郎!! 」
全力を持って身体を起こそうと試みる。しかし、どこにそんな力があるのか二人の腕は一ミリたりとも動かない。不意にナリィの取り出した銃が俺へと向けられた。
「 君の覚悟はこんなものなの?・・・五秒待ってあげるわ、それで元に戻らないなら君は置いていく 」
そして言葉を終えると共に、ナリィはゆっくりとカウントダウンを開始する。
なにがいけないっていうんだ?俺はヤツラを殺したいだけだ!!!何故邪魔をする!!!
湧き上がる怒りが全身をたぎらせる。しかし、どれだけの力を籠めようと俺の拘束は一向に弱まることはない。
カウントは残り二秒・・・
思考を凝らす。
もう相手なんてどうでもいい!!邪魔をするなら目の前にいるこいつらも俺の敵だ!!!
俺ができる攻撃を見つける為に、必死に脳内のパズルを組み合わせていく。しかし、無理やり組み合わせようとしてもそれは何も導き出さない。
なんでだ!!ハードウルフとの“殺し合い”では新しい攻撃法なんていくらでも浮かんできたのに!!
『 闇属性の結界狂化魔法を発動したわ 』
欠片の一つ。僅か一分ちょっと前にエリカが口にした言葉が脳裏を巡る。
結界狂化魔法・・・!!
脳裏で忙しなく動いている欠片たちを止め、それによって溜まっていた熱い息を吐き出し、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。そして今だ精神を支配しようとしている破壊衝動を集中力によって押しとどめる。
そんな俺の行動を見て、ナリィ“さん”は突きつけていた銃を下ろし、笑みを浮かべた。
「 すみません、我を失ってました 」
「 集中しなさい、この狂気の中でも塗りつぶされることのない集中力を手に入れることがこの特訓の目的の一つなんだから。まだ戦いは始まったばかりよ 」
彼女の言葉に「はい」と力強く返答を返す。
そして短剣を構えなおし、オーバーリザードの元へと駆ける。それにあわせてエリカさんがそれらを拘束していた魔法糸を解除した。
考えろ!!相手が高速で動くなら、俺はどう立ち回ればいい!!?
瞬間、再び目の前の三体が姿を消し、風となる。
咄嗟にバックステップをとり、0コンマ一秒であろうとそれらが俺の身体を爪が引き裂くまでの時間を稼ぐ。そして・・・
「 ネメア!!・・ッ!! 」
硬化魔法を全身に巡らせる。しかし、それよりも早く左腕、そして脇腹に走る激痛。
やっぱり速い!!けどっ!!
思わず口元がにやけてしまう。同時に背後から発せられる咆哮。
俺がダメージを負ったのは“二箇所”つまりそれは一体の攻撃は防ぐことができたということだ。咆哮を発した魔物へと視線を向けると、予想通り、それの片足の爪が大きく欠けていることが確認できた。
ネメアは“上級硬化魔法”だ。その強度の前ではただ速いだけの一撃など、かえって反動によるダメージを受けるだけで無意味なのだ。
三体の魔物は砕けた爪を睨み、脚を止めている。
「 ウェイクセンス 」
その行動が動揺によるものなのかわからないが、急いで五感強化を施す。
これなら少しは相手の動きに対応できるはずだ。
しかし、そんな俺に対して目の前のそれらは今だその場に留まっていた。
相手がどんな攻撃手段を持っているか分からないため、こっち仕掛けるのは良くない気がする。最もその考えは、戦士じゃない俺の勘によるものなので、間違っているかもしれにあが、今は本能に従うことにする。
短剣を強く握り締めオーバーリザードたちを睨みつけた。
その間にも再び内から破壊衝動が浮かび上がるが、それを留め、集中力を更に高いものとするために、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
「 まぁ、普通なら相手の出方を見るってのはいいことなんだけど、オーバーリザードを相手にそれは一番やっちゃぁいけないことなのよね 」
不意にエリカさんの声が耳に入る。同時に目の前のそれらに変化が起こった。
うめき苦しむかのような咆哮を上げたかと思うと、それらは四肢からどこからともなく赤の粘液を噴き出す。
「 なっ、なんだあれ? 」
警戒を強める。すると目の前のそれらは四肢からそれを流れ続けているにも関わらず、俺の元へと駆け出した。
かなり速いが、その動きをどうにか強化された視力で捉える。
ネメアでヤツラの攻撃は防げる、なら防御を捨て攻撃が命中した瞬間を狙って一撃食らわせることができるはずだ。
短剣を握る力を更に強め、攻撃の瞬間に備える。
そして俺と三体との距離が縮まると同時にその内の一体が、専攻して飛び掛ってきた。
それに合わせて、強化を施すには、時間が足らなかった為に速度の付加がないままの短剣を突き出す。
リーチの差でオーバーリザードの攻撃が先に命中するだろうが、それも発動している硬化魔法によって防ぐことができる。そうすれば、今度は俺の突き出した短剣がダメージを与えることができるはずだった・・・
「 なっ、なんで!!ぐぁっ!! 」
肩に走る激痛。
硬化を施していたはずの全身は、しかし飛び掛ってきたオーバーリザードによって貫かれていた。同時にそれの後ろから迫っていた二体の攻撃も俺の発動している硬化を貫き、激痛と共に赤のそれを噴き出させる。
傷を押さえ俺を通り過ぎていった三体へと視線を向けると、目の前のそれらは自ら四肢より噴出させた赤の粘液を“武器”として爪に纏わせていた。
「 オーバーリザードは自らの血液を四肢に纏わせることでその殺傷能力を格段に上昇させる特性をもっているわ。あいつらを倒したいのなら、それをされる前に仕留める必要があるのよ。強化されたやつらは・・・学生レベルで手に負えるものじゃないわよ 」
なんとか聞き取れたエリカさんの声を脳が認識した瞬間、彼女の言葉は現実に再現された。
それはまるでスプラッター映画を再現しているかのようだった
映画の主役である俺は、その片腕を激しい赤の噴水と共に空へと無残に放たれ、瞬時に潰された片目にただ絶望だけを映し出す。
絶望が、死への恐怖が俺を完全に支配していく。
しかし絶叫を上げるよりも先に、俺の側を駆け抜けた風がもう片方の腕を奪っていく。そして残された目に映る光さえも・・・
「 っっっ!!!・・・あぁ、あぁぁぁx!!! 」
のたうち廻ることさえできず、身体を包む風はただ激痛だけを運び続ける。
そして再び、身体がその場から引き剥がされる感覚と共に、俺の意識は闇の中へと沈み込んでいった・・・
――――――
それからのことはハッキリと憶えている。
俺の飛ばされたはずの腕はエリカさんによって縫合され、潰された両目も支給品であったレアアイテムによってなんとか回復した。そして再び戦闘に戻る。
一度目の敗北。
またも強化された魔物たちに手も足も出ず、今度はそれらに内蔵をグチャグチャに掻き抉られ、生死の境をさまよった。
五度目の敗北。
ウェイクアップの精度を上げることに成功し、なんとか三体の動きを敗北以前よりもハッキリと捉えることができるようになったが、肉体がその動きについていくことができず、首元を深く抉られた。
三十七度目の敗北。
三体の動きをどうにか把握し始め、自らの臓器を犠牲にどうにか一体討伐したのだが、「そんな勝ち方は認めない」と指摘され、魔物の数を二体増やされて再戦。五体となったそれらに体中の骨を砕かれた。
七十四度目の敗北。
俺は気がついた。ハードウルフと戦っていた時のようにトラップカードを使用していたのでは五体の魔物たちを討伐することができないということに、そして様々な戦闘方法で戦ったが先に俺の魔力が尽き、身体の各器官が停止し、気を失った。
八十度目の敗北。
更に戦闘方法を追求、今まで使用していなかったトラップ、使う必要がなかった魔法、スキルの一つ一つに思考を凝らし、結果ある仮説に辿りつく。しかし、仮説を実証する際にその制御に失敗し、全身に火傷を負った。
全ての戦闘が数秒で繰り広げられていたうえに、支給されたレアアイテム、エリカさんの高速施術があったお陰で、張られている結界の奥では今だ夕日が浮かんでいる。
そして現在八十一度目の戦闘。
それが終わったのは闘いが始まってからの数秒であった。
俺の足元には焼け転がった五体のA級危険種・・・
「 化けたわね 」
遠くで岩に腰掛けていたナリィさんが俺を見て微笑を浮かべた・・・




