010:常識を壊し続ける覚悟(1)
第一章:罠師よ、常識を壊し続けろ!!
010:常識を壊し続ける覚悟(1)
耳には心躍る食材たちが跳ね上がっている音。
鼻には香ばしいそれが何度も行き来しており、その香りに俺の腹は叫びを上げ続けていた。
先ほどパズルを解き明かしてから早数十分が過ぎていた。
当初は皆重い雰囲気を醸し出していたのだが、エリカさんが突然「お腹減った」と叫びを上げたことでそれは一変した。
何を思ったか、彼女は自分の持ってきた荷物から多量の食材と調理器具を取り出すと、なんの迷いもなく調理を始めたのだ。
もちろん、こんな魔物が蔓延る場所で調理をするなど、匂いでそれらをおびき寄せる恐れがあったので止めはしたのだが、そんな俺をナリィさんが「まぁまぁ」と静止してきたのだ。
全く何を考えているのか分からない。
魔よけをしているから大丈夫ということなのか?それとももっと別の理由があるのだろうか?
しかし、いくら疑問を浮かべようと彼女たちは話をしてくれそうになかったので、俺は半ば諦めてエリカさんが調理している様を眺めていたのだ。
そういえば、俺も目覚めてから何も食べていなく、腹が減っていたのだ。
エリカさんは普段からよく料理をしているのだろう。その手際には一切の無駄がなく、彼女が手にしているフライパンが動くたびにそこから漂う魅惑的な香りはナリィさん含め俺たちに高揚感にも似たものを感じさせていた。
早く完成しないのだろうか、とても待ち遠しい。
そう思っていたのはナリィさんも同様だったようで、エリカさんは目をキラキラと輝かせている俺たちを見て微笑すると、優しい声色で言葉を発した。
「 まだ完成には時間かかるから、待ってなさい 」
それを耳に俺とナリィさんが「え~」と言葉を漏らす。
その反応を見て彼女は再び微笑を行うと、調理に戻った。
その様を見て俺は彼女の強さを実感する。
「 ・・・凄いんだなぁ・・エリカさんって 」
おもわず呟きが漏れてしまった。
先ほどまで皆思考で塞ぎこんでいたというのに、彼女が行動を起こすと共にそれが一変されてしまった。
まだ問題は山積みだというのに、それもエリカさんのおかげで“とりあえず飯を食べた後にしよう”と思考が勝手に切り替えられるようになっていた。
不安などの暗いもので溢れていた心も、今となっては料理を待つ期待感で埋め尽くされている。
「 エリカのああいう所に毎回助けられてるのよね・・・私 」
ナリィさんが感慨深いといった表情を浮かべ、言葉と腹の音を上げた。
それにすかさず「台無しですね」と突っ込みを入れて、互いに笑みを浮かべる。
それだけなのに、俺の心はとても充実している。
なんだかずっと笑いというものを忘れていた気がする、そういえばこの森に来てからというもの全てが必死で、今みたいにリラックスできる状態なんてなかったっけ・・・
心が落ち着いたということもあり、もう一度冷静にこれまでの記憶を辿っていく。
俺はこれまで何度なくナリィさんやエリカさんに助けられては今みたいに笑顔をもらっている。けど、今回は違う。
エリカさんは“泣いて”いたのだ。
今だってそうだ。調理をして気を紛らわしているのかもしれないが、それでも彼女が思考を止めていないということは、二年と少しの付き合いの俺からしても手に取るように分かってしまう。
なら今度は俺が彼女の笑顔を取り戻すべきじゃないのか?
いつも与えてもらってばかりで、俺は全く恩を返してない・・・今だからこそ、こんな時だからこそ、勇気を振り絞って“戦う”ことを決意しないといけないんじゃないか?
何度目か分からないが拳へと勝手に力が篭っていく。
けど・・・俺にはそんな力は・・・
「 ・・・なら、強くなればいいんじゃない? 」
不意に再び思考が読まれたことに反応し、ナリィさんのほうへと向きなおる。
彼女は俺の思考を読み、「やれやれ」と呟きを漏らした。
「 簡単なことよ。教えてあげたでしょ?常識を壊し続ける限り、君はどこまでも強くなれるって 」
「 どこまでも・・・強く 」
俺の呟きに彼女は「そう」と素っ気無い返事を返すと、その場から立ち上がり手を差し伸べてくる。
「 君が “常識を壊し続ける”覚悟を決めるのなら、私たちは君が “助ける為の力”を手にすることに全力で協力するわ。けど君にその覚悟があるの? 」
「 ・・・・ 」
考える必要なんてなかった・・・
常識を壊し続ける覚悟。
それはつまり、“戦い続ける”覚悟。そして“思考をあきらめない”という決意を持ち続けるということ
俺は罠師だ。
本来なら非戦闘職で、後方にて待機し罠が正常に作動するかを待つだけの職。
けど、だからなんだっていうんだ?
罠師だから戦ったら駄目だと誰が決めた?
俺は欲しい、後悔しないための・・助ける為の力が・・・・それを手に入れるのに、覚悟が必要だというなら・・・
差し伸べられた手を力強く握り締める。
そして彼女のいうその覚悟を微笑で表し、ナリィさんへと言葉を向けた。
「 俺は『冒険者学園アスピド』で唯一の称号、トラップマスターを持つ一人の罠師・・・戦いは昨日始めてやったばかりのど素人だけど・・・ 」
重い腰を挙げ、彼女へと決意の眼差しを向ける。
「 俺・・・罠師ですけど、戦います!! 」




