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十二月十八日 金曜日

この日はどんよりと雲が低く立ち込めていて、そのせいか久遠舘学院高等部一年三組の教室は重苦しい雰囲気が漂っていた。


「……ねえ、浅陽ちゃん」


休み時間、岳中秋穂はその雰囲気になんとか抗いつつ隣の浅陽に声を掛けた。


「なに、秋穂? ってか顔色悪くない?」


「体調は平気。それよりも……」


秋穂はちらりと秋穂の後ろの席を見た。


「ああ。なんか昨日からこんな感じなのよね」


彼女の言わんとした事を理解したのか、浅陽はあっけらかんと言った。


「昨日? お店出た時はなんともなかったよね?」


「あの後に何かあったらしいんだけど何も話してくれないのよね」


浅陽は正確な事情までは知らなかったが、近くで〝異変〟があったことには気づいていた。だからそこで何かあったのだろうと踏んでいるのだが、ミシェルが固く口を閉ざしていた。



当のミシェルはと言えば、前の日に起きた出来事の整理はとっくについていた。


「(なるようにしかならないし、ワタシがあれこれ考えたところでどうにもならないのだけど……)」


むしろ彼女は別の問題で頭を抱えていた。




その頃、『ミラージュ』にはとある要人が訪れていた。


「いやぁ、実に素敵なカフェだ」


ブロンドの髪をオールバックにした紳士が、給仕に来た優希人に向かって言った。


「ありがとうございます」


「もしかして君がユキト・ホムラかい?」


「ええ、そうですが……」


「なるほど、貴方がユウの」


「え?」


ブロンドの紳士の正面でずっと黙っていた、珍しいクチナシ色の綺麗な長い髪の女が優希人をじぃっと見ている。


「(ゆう……?)」


一瞬優希人の頭には空から降ってきた少女の顔が浮かんだがすぐに消えた。その響きに優希人を温かく包み込むモノがあった為だ。

それにあの少女の名は〝みな〟と自分で口にしていたのを思い出した。


「ああ。申し遅れました。僕は『ジョシュア・シェフィールド』。ミシェルの父親をしています」


戸惑っている優希人に助け船でも出すかのようにブロンドの紳士は名乗った。


「ミシェルの? 苗字……ファミリーネームが違うようですが?」


「いわゆる育ての親というやつです。詳しい事は彼女に……と言っても簡単に話してくれるとは思いませんけどね。それとこちらが『リリィ・フェニックス』女史。僕の友人です」


ジョシュアが正面のクチナシ色の髪の女性を手で指した。


「どうも」


優希人が目を向けると、リリィ・フェニックスと紹介された女性と目が合った。


「貴方のその髪……」


リリィに髪を指摘されて優希人はドキッとした。


「これは……」


優希人が朝起床して顔を洗おうと鏡に向かった時にそこに映る自分の姿を見て彼はビックリした。


昨日までは黒かった髪が、毛先から三センチくらいにかけて銀白色に変わっていたからだ。


「今朝起きたらこうなってて……」


「とても綺麗だと思いますよ」



ーーーその髪綺麗だね。



「え……?」


不意に優希人の脳裏に声が響いた。


「どうかしましたか?」


リリィが優希人の顔を覗き込む。


「はは〜ん。さてはリリィに言われて照れちゃったんだろう?」


茶化すようにジョシュアが言う。しかしリリィの目は対照的に少し真剣だった。


「前に……、あなたと同じ事を言ってくれた人がいた……気がして」


「気がする……? 覚えていないのですか?」


「……はい」


「貴方もしかして……」


リリィが手を伸ばし、優希人の額に触れようとした。


「ッ!?」


だがその手を優希人が振り払った。


「ッ!? し、失礼します」


優希人は心の中を覗かれた気がして、その場から逃げるように立ち去った。




席に座っている二人は優希人の後ろ姿を見送った。


「どうしたんだろうね、彼?」


「……少し覗き見が過ぎたようです」


「そいつはよくないなぁ」


「そう言いつつニヤニヤしているのは何故ですか?」


「いやぁ、どうだったのか気になってね」


「どう、とは?」


「彼の心の中さ」


リリィは溜め息を吐いた。


「……何もありませんでした」


「何もない? それはつまり……」


「彼には過去の記憶が無いようです。というよりも心の奥底に埋もれてしまっているようですね」


「ふぅん。何があったんだろうね」


ジョシュアが興味深そうに優希人が消えた店の奥を見た。


リリィは優希人に振り払われた手をジッと見つめていた。


「(あの感覚。まさか……?)」




バックヤードに逃げるように駆け込んだ優希人の心臓はバクバク言っていた。


「手が、勝手に……」


優希人はリリィの手を振り払った自分の手を見つめていた。

彼女の手が伸びてきた瞬間、優希人の手が、彼の意思とは関係なく勝手に動いた。


『今アイツにいろいろと詮索されたくなかったからな』


不意にまたあの声が聞こえた。


「(アイツって、知り合いなのか?)」


優希人は心の中で声の主に訊いた。

我ながら慣れてしまったなと、優希人は前の日の事を思い返していた。




優希人は立ち去るミシェルの背中を見送った。


『お人好しなのは変わらないのだな』


「? ところで……」


『なんだ?』


「あんた誰なんだ? 敵とか別の人格ってわけでも無さそうだけど」


『私の事を教えるのは吝かではないが、私と話す時は声に出す必要はないぞ。周りを見てみろ』


「え?」


優希人は言われた通り周りを見回した。辺りはすっかり通常空間に戻り、傾いてきた西陽がいよいよ赤くなっていた。そしてそこには当然人の行き来があって、優希人を怪訝そうに見て通り過ぎていく。


『心の中で呟けば十分聞こえる』


「(……で、あんたは何なんだ?)」


『分かってはいるが、寂しいものだな』


「(何がだ?)」


『こっちの話だ。私の名はあき……、いや、タスクという。タスク・ヴァルカン・シャヘルだ』


「(タスク・ヴァルカン・シャヘル……)」


優希人はその名を聞いた事がないはずなのに、どこか懐かしさを感じていた。


『どうした?』


「(聞いたことの無い名前なのに、何故か不思議と懐かしい感じがするんだ)」


『それは何よりだ。まあしばらくは厄介になるだろうから、よろしく頼む』




そんな感じで否応無しにというか、なし崩し的にというか優希人は妥協せざるを得なくなり、自分の中に誰かいるという嫌悪感もどういうわけか特になく現在に至る。


『少々昔にな』


「ってことはあの人もただの人間じゃないってことか」


人間であるかどうかすら怪しいのかと優希人は思っていた。


『そんな所だ。幸い他に客もいないことだし奴らが帰るまでカウンターの奥に引っ込んでいてはどうだろう?』


「(そうだな。あんたがあの人の手を振り払ったおかげでちょっと気まずいしな)」


『まあそう言うな。お前の為でもあるんだ』


「(俺の為……?)」


『アイツが頭の中を覗いたことで、お前の眠った記憶が無理矢理引き出され、精神に傷がつくかもしれん。それくらいお前達人間・・・・・の記憶というやつはデリケートなんだ』


「(眠った……俺の記憶……)」


『アイツは人間のことを・・・・・・まだ分かって・・・・・・いないからな・・・・・・


人間でないのは確定のようだった。


「何か込み入った事情がありそうだね」


ジョシュアがカウンターに寄りかかって、内側にいる優希人に話しかけてきた。


「今日のところは帰ることにするよ。また会えるのを楽しみにしているよ、ユキト」


「あ、は、はい」


二人を見送る為に優希人はカウンターから顔を出した。


「ッ!?」


途端にリリィの鋭い視線が優希人に突き刺さった。


「あ、あの、さっきは何ていうか、その……すみませんでした、手を振り払ったりして」


思わず優希人が頭を下げると、リリィはキョトンとした顔になった。


「別に気にしていません」


「じゃあ何で……そんなに怒ったような顔を?」


貴方にでは・・・・・ありませんので・・・・・・・安心してください」


優希人はジョシュアを見たが、彼は大袈裟に肩を竦めてみせただけだった。友人である彼にも分からないらしい。


ようやく・・・・逢えたのに・・・・・、なんで……」


今度は泣きそうな顔でそう言ってリリィは店から出ていった。


「それじゃ、失礼」


彼女を追うようにジョシュアも出ていった。


「何があったんだよ?」


タスクからの返答はいつまで経っても無かった。




放課後。この日も浅陽は『ミラージュ』でのんびりしていた。


「なに? お前暇なの?」


カウンターの一番奥に座る浅陽にココアを運んできた杉崎哲哉が彼女を見て言った。


「せめて平和って言ってくれない?」


そう言い返すと浅陽は杉崎から視線を外した。その先では岳中秋穂が前日とは打って変わって溌剌と働いていた。


「あの子も結構現金なとこあるよね」


浅陽はカウンターの中に目を向ける。そこには穂村優希人の姿があった。元気を取り戻したことに浅陽も安堵したが、その変化には少々戸惑いを覚えていた。


「(あの輝くようなプラチナの毛先……。なんだろう? 呪力や魔力とは違う不思議な〝力〟を感じる。カナなら分かるかな……?)」


本人曰く、朝起きたらなっていた。……とのことだ。


「すみませ〜ん」


浅陽の思考は他の客の呼び声で遮られた。


「あ、はい。今行きます」


杉崎がその客の下へ向かった。


「にしても……」


浅陽は一度店内を見回した。


「今日に限ってミシェルがやけにここに来るの渋ってたけど、なんにもないじゃない」


数時間前までミシェルの身内が来店していたことなど彼女が知る由も無かった。


そうして浅陽が店内に背中を向けた瞬間、


「ーーーッ!!?」


得も言われぬ戦慄が浅陽の背中を駆け抜けた。反射的に浅陽は振り返った。


「………………?」


そこはさっきまでと変わらない店内だった。


「どうしたの、浅陽ちゃん?」


ちょうど通りかかった秋穂が目を丸くしていた。


「……ううん。なんでもないよ」


「そう? じゃあおしぼり持ってくるね」


「おしぼり?」


「だって浅陽ちゃん、汗かいてるよ?」


「汗? そんな今は冬だよ」


浅陽は何気なく自分の頰に触れてみて動きが固まった。秋穂の言う通り汗をかいていたのだ。浅陽は瞬時にこれは冷や汗だと悟った。


「暖房強いのかな?」


そう言って秋穂はおしぼりを取りにその場から去った。


「(今のは何……? 気のせい? それにしては悪寒がまだ……)」


浅陽は再び店内を振り返る。しかし、いつも目にする店内の光景だった。





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