表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

十二月二十四日 木曜日③

少し時間を戻って、優希人が浅陽達と二手に分かれて戦闘を始めた直後。

闇のプロテクターを纏う美那の猛攻を優希人は必死に捌いていた。



輝星美那は優希人の剣の師匠である彼の母親優羽にかつて格闘技の手解きを受けていて、全国大会で優勝する程の空手の達人にまで成長した。


念晶者クリスタライズ】に目覚めてから公式の場から身を引いたものの、技に磨きをかけ続けていた。



そして今、闇のプロテクターに纏われた彼女はその才能を引き出され通常の何倍もの疾さと力で優希人に襲いかかっている。


だが、彼女の意志の無い拳など優希人に届くはずがない。


「目を覚ませ、美那ッ!!」


優希人が呼びかけるが反応はない。返事の代わりに飛んでくる突きや蹴り。


「くぅッ!」


優希人は霊的なモノを断つ刃〈凪薙〉の刃を返して峰で迎撃する。その影響で拳や脚のプロテクターが〈凪薙〉に触れた所から霧散していくが、すぐまた〝補充〟され元に戻ってしまう。


蹴りを迎撃した反動で間合が少し遠のいた。


「やはり元となるあの首輪を破壊するしかないか」


優希人は改めて〈凪薙〉を構えた。




「優希人ぉ……」


美那は優希人が傷ついていくのをただ見ている事しか出来なかった。何も出来ない不甲斐ない自分に涙を流していた。


「なんで……、なんで目を覚ますことができないの? ボクの身体なのに……!」


「すみません、私のせいで」


「違うよ! 緋織さんのせいじゃない ! ボクが、ボクが弱いから優希人の足手まといになるんだ!」


「確かに人間は弱いものです。……ですが、そんな貴方がたでも運命を変えてしまう程強い〝力〟を持っているのを私は知っています」


「運命を変える程の強い〝力〟……? ボクにはそんな……」


その時不意に、美那の胸がドキッと高鳴った。


「え……?」


美那は無意識に、優希人へと意識を向けた。


「え? えぇぇぇぇっっっっっっっッ!!?」


美那の叫びが精神世界こころのなかに木霊した。




優希人に襲いかかる美那。

その猛攻を捌ききり、潜り抜け、その上で闇のプロテクターを斬り払う。それらをすべてやってのけた優希人は、


「はぁッ!!」


美那の首を傷つけないように、黒い首輪を斬り裂いた。


美那の身体がぐらりと揺れる。元々意識の無い状態で操られていたのだから無理もない。


優希人は〈凪薙〉を手放して倒れる美那を抱きとめた。だが……、


「美那……?」


首輪を破壊した筈なのに美那が目覚める様子は無かった。それどころか、


「ぐっ……!?」


優希人の胸の奥にズキンと引き裂かれたような痛みが走った。


「ぐ……ぅッ……!」


いつの間にか優希人の周りに黒い靄が集まっていた。そしてその黒い靄には覚えがあった。


「これ、は……?!」


それはつい今しがたまで美那の身体に纏われていた闇のプロテクターの残骸。〈凪薙〉で斬り裂いた筈のそれが今度は優希人に纏わりついていた。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




「どうやら始まったようだね」


ノーブルが肩越しに背後を見ている。そして浅陽も同じ方を見た。


そこには闇のプロテクターから解放されて床に倒れている少女の姿が見られた。宣言通り優希人が彼女を解放したのだということが分かった。


しかしその代償なのか、優希人が闇に囚われている姿も見えた。


「穂村さんっ!!」


優希人に駆け寄ろうと立ち上がる浅陽。しかしその前にノーブルが立ち塞がった。


「今から素晴らしい事が起きるんだ。無粋な真似はやめたまえ」


ノーブルはそう言うと、右手をポケットから出して人差し指で空中に黒い円を描いた。そしてそれをピンッと描いた指で弾いた。


その黒い円は四つに分裂して浅陽とミシェルの両手両脚を瞬時に括る。駆け出そうとしていた浅陽はそのまま倒れ込んでしまった。


「ッーーー!!」


それどころか二人の覚醒装束が解除されて制服に戻っていた。


「その輪っかは君達の〝力〟を封じる上に決して切れないよ。あ、でも〈凪薙〉でならひょっとしたら斬れるかもしれないけど、使い手があれじゃあ無理かな」


今度は肩越しではなく、ノーブルは完全に優希人の方を向いた。今彼に起きている出来事を一瞬たりとも見逃さないように。


「さあ、その目に焼き付けるがいい! 神聖なる者が堕天ちていく瞬間をーーーッ!!」


「神聖なる者が堕天ちて?! まさか!!」


ノーブルの言葉を聞いて、ミシェルはその事実に目を見開いた。


「ミシェル、一体何が起きるっていうのよ!」


「ユキトが人間と天使の混血ハーフだというのは覚えているわね?」


「うん」


「神聖なる者というのは天使。そして天使が堕天ちるとなれば……」


「堕天使化ーーー!!?」


浅陽は再び優希人へと目を向けた。その彼は苦しそうに抗い、拒み、刃向かい、楯突き、足掻き、叫びながら踏み留まろうとしている。


「穂村さん……ッ!?」


手脚を拘束された浅陽はただ祈るしかなかった。




「優希人っ!!」


「どうやらまんまと嵌められたようです」


「嵌められた?」


「おそらく彼があの首輪を破壊することまで織り込まれていたのでしょう。そして破壊されると破壊した者に乗り移るといったところでしょうか。相変わらず抜け目がない」


美那の中から緋織がノーブルを睨みつけると、ちょうどノーブルもまるで彼女が見ているのを分かっているかのように肩越しに緋織の方を見ていた。


「このままだと堕天ちてしまいます」


「落ちるって……」


「はい。彼の中には父親の人間の血と、母親であり天使である優羽さんの血が流れています。そして彼は優羽さんの血を強く継いでいる」


「天使が落ちる……つまり堕天使になるってこと?」


美那の導き出した答えに緋織は正解だと頷く。


「このままでは優希人さんが優希人さんでなくなつてしまいます」


「優希人が優希人じゃなくなる……?!」


美那は産まれた時から彼を知っている。厳密に言えば物心ついた辺りからではあるが、それ位彼が近くに居たと思っている。


それこそ彼の事は知らない事は無いくらいずっと傍で過ごしてきた。お隣のお兄ちゃんが好きな異性に変わるまでそう時間はかからなかった。


「………………だ」


十六年。長い人生の中ではまだまだヒョッ子ではあるが、彼女も彼もそれなりに人格は形成される。


「…………や……だ」


それらを何処の誰かも知らない他人に、すべて無かった事にされるような気がして、美那は許せなかった。


「い…………や……だ」


彼の声を、彼の仕草を、彼の笑顔を、彼のすべてを否定された気がして、美那は心の底から憤慨した。


「そんなのいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!!」


美那の怒りが爆発した。




「え? なに?」


浅陽はその場の空気が一変したのを感じた。その原因から浅陽は目が離せなかった。


床に倒れていた少女がゆっくりと立ち上がる。その右手首には眩い光を放つ【念晶具クリスタル・ギア】。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」


少女が雄叫びをあげる。華奢で可愛らしい外見からは想像も出来ないくらいの力強さで。


「今君が立ち上がったところで何が出来ると……」


「ボクは優希人の居場所になるって決めたんだッ!! だから……」


ギンッと少女ーーー輝星美那はノーブルを睨みつけた。


「ボクの優希人に手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


念晶具クリスタル・ギア】が放つ光が爆発したように弾ける。その光が美那の全身を鎧い纏う。


脚には純白のグリーブ。腕には同じく純白のガントレット。


レスリングのユニフォームのような黒いアンダーアーマーの上からは、腰を守るフォールドの役割を持つ山吹色のミニスカート。


腹部にサラシのように巻かれた黒い腰布は左後ろ辺りからヒーローの赤いマフラーの如くヒラヒラさせている。


胸部のブレストプレートは輝く山吹色をしていて、その上からは純白の胴着を思わせる陣羽織を羽織った。


そして鉢金のようなヘッドギアは美那の綺麗な青みを帯びた黒髪をポニーテールに纏め上げていた。


最後に光輝く剣が美那の目の前に現れた。


「剣……?」


それを見て美那は困惑していた。


「この気配……!? まさか、〈星刃セイバー〉!!」


ミシェルが驚きの声を上げた。


「でもボク剣なんて…………え?」


剣はすぐに光の粒子となって美那の右手に宿った。


「こうすれば、いいの?」


誰かと話しているかのような美那は右手を高く掲げた。その手の形は拳ではなく手刀。そしてその手刀をノーブルに向けて振り下ろした。


瞬間、空気を、否、空間を断った。


「ーーーッ!!?」


ノーブルは咄嗟にその軌道から身を逸らした。その軌跡は浅陽とミシェルの間を抜けていった。


浅陽は顔のすぐ傍を駆け抜けていく斬撃・・を感じた。


「なッーーー!?」


そしてその軌跡は、カマイタチで切れた皮膚のようにパックリと、床に底の見えない裂け目となって現れた。


「わおっ! 〈聖剣エクスカリバー〉!? …………じゃなくて〈星剣アストライヤー〉って言うんだ」


美那が独り言のように言った。


「アスト、ライヤー? 星の女神……? 星の、第七の〈星刃セイバー〉?!」


星刃・・って、どういうことよ?」


浅陽もミシェル同様に驚きを隠せないでいる。


「ワタシにも分からない。でも……」


「でも?」


「やはり〈星刃セイバー〉はまだワタシ達の知らない事が多過ぎるようね」


浅陽は同意を示すように頷くしかなかった。


「うん。分かった」


美那はまた誰かと会話しているかのように応えた。その相手は緋織ではない。彼女もまた美那の中からいきなりの出来事にただ呆然と見ているしかなかった。


美那は右の手刀を振り上げ、優希人に向き直った。


「人に手を出すなと言っておきながら自分の手で彼を殺すのかい? 愛しい彼を」


ノーブルが嘲るように言った。


「悪に堕ちてしまうならいっそのことという事かい? まったく人間というのは理解し難い。理解し難い程に・・・・・・・僕らと似ている・・・・・・・


美那はノーブルの言葉の一切を無視して、手刀を振り下ろした。




闇に侵食されている優希人は、その精神を心の奥底まで追いやられていた。


「〝忌み児〟、か……」


ノーブルやヤグルシは終始優希人のことを〝忌み児〟と呼んだ。


それは彼の事を揶揄していてだけでなく、彼に対する呪い・・であった。


その呪い・・を彼に対し放ちいい続ける事で彼を闇に堕とさせる下準備は着々と進められていった。


そして闇の封環を破壊させるように仕向け、優希人は完全に闇に堕ちる手筈だった。しかし、


『ボクは優希人の居場所になるって決めたんだッ!! だから……』


そんなセリフと共に闇の中に光が射した。


「美……那?」


そして、


『ボクの優希人に手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!』


ドクンッと心臓が大きく脈打つのを感じた。次の瞬間、光が闇を斬り裂いた。




風を切る音が優希人を駆け抜けた。

だが優希人が真っ二つになることはなかった。


「な、に……?!」


それに驚いたのはノーブルだった。


そして優希人の影には、翼でも生えたかのような、黒い水飛沫が散っていた。


「……う…………ッ」


優希人が膝から崩れる。それを美那が受け止めた。


「美那……?」


「おはよ、優希人」


「……ああ。お前にしては随分と寝坊したな」


「その分活躍するから見ててよ」


「悪いが、頼む」


優希人は苦しい筈なのに笑みを浮かべてみせた。と、そこへタスクとリリィが駆け込んできた。


「凌牙さん。ちょうどよかった。優希人のことお願いします」


「美那。その格好は……」


「ボクの新しい〝力〟、凌牙さんも見てて」


美那はノーブルに向き直った。


「一人で僕に勝てると思っているのかい?」


「それはやってみないとわからないけど。でもね……」


美那はスッと腰を落として構えた。


「お前が優希人にした仕打ちを、ボクは絶対に許さないッ!」


フッと美那の姿が掻き消えた。その行方は、


「なッ!?」


ノーブルのすぐ目の前にあった。ノーブルは完全に虚を突かれた。いや、タカが人間と油断していた。


「吹き飛べッ!!」


美那の天を穿つような正拳がノーブルの下顎に決まった。


「ガッ!??」


美那のセリフそのままに吹き飛ぶノーブル。だがそれで終わりではなかった。


追撃の為に跳び上がった美那は両拳を組んでノーブルに叩きつける。しかしノーブルは床直撃の瞬間に漆黒の翼を広げ落下を免れた。


「調子に乗るなよ」


若干キレた様子で落下してくる美那に向かって飛び上がる。


激突する瞬間、美那は指揮者のように手刀を振り下ろした。幾重もの〈星剣アストライヤー〉の斬撃がノーブルに襲いかかる。しかしそれはあっさり避けられた。


「自由に飛べる僕にそんなモノが通用するとでも思っているのかい」


瞬時に美那の背後に回り、お返しとばかりに拳を組んで叩きつけた。


「ぐぅッーーー!?」


何とか身体を翻して辛うじて着地する美那。そのことからも彼女の身体能力がかなり高い事が伺える。


が、さすがに衝撃を殺しきれなかったのか、脚が少し痺れていた。


「さて、僕に攻撃を当てたご褒美をあげないとね」


ノーブルの背の漆黒の翼に大きな〝力〟が集中していく。


美那は笑みを浮かべた。決してノーブルのその〝力〟を感じて諦めたとか、〝力〟の差を思い知ったからではない。彼女の瞳は変わらず勝利を確信しているかのように輝いている。


「気に食わないな」


ノーブルは諦めを知らない美那の目が煩わしくて仕方がなかった。


しかしその瞳は、ノーブルを見ていなかった。視界には入っているのだが、彼女の焦点はノーブルの後方に合わせられている。


「二度と転生出来ないくらい魂をズタズタに……」


ノーブルが溜めた〝力〟を解き放とうとしたその時、


彼の漆黒の右の翼を炎が、左の翼を氷が斬り裂いた。


「ーーーッ??!」


炎である赤髪の陰陽剣士と、氷である銀髪の魔術師が美那を挟んで降り立つ。言うまでもなく浅陽とミシェルだ。


美那が下から襲い来るノーブルへと放った手刀アストライヤーは、彼を狙ったモノではなかった。彼が避けるのを見越した上で、浅陽達を拘束していた封環を切断する為に放ったのだった。


そして脚の痺れが取れた美那が立ち上がり三人が揃い踏みした。


「二人ならやってくれるって思ったよ!」


美那は満面の笑顔で二人を交互に見た。

しかしその二人はまだ緊張を解いておらず、上空を見上げていた。




浅陽達の見上げた先、そこには斬り裂かれた翼とは別に五対十枚の翼をはためかせて飛ぶノーブルの姿があった。その顔には既に余裕はなく、威圧するような鋭い眼差しで浅陽達三人を見下ろしている。


その視界の端にはタスクとリリィの姿も確認していた。


「あの姿。そしてリリィ・フェニックス。そうか、あの女が【聖櫃アーク】を持ってきてたのか。それではヤグルシだと荷が重いな」


そして優希人を一瞥した後、再び美那に目を向けた。


「第七の〈星刃セイバー〉、か」


彼自身もう一人のーーー三人目の〝継承者コスモダスター〟がいたならば危ういと言ったが、実際三人いたとしてもまだノーブルに分があるだろう。


しかし、この場にタスクどころかリリィまで居るとなると天秤は明らかに相手に傾いているとノーブルは不満でも判断せざるを得ない。


「やれやれ、とんだ骨折り損だな」


始めから乗り気がしなかったのもあったが、途中優希人という獲物を見つけてからは色々と立ち回った。しかし結局獲物は得られず、それどころか新たな脅威まで生み出してしまった。


「……降参だ」


そう言って深く溜め息を吐いた。




「………………は? 降参?」


敵将の思わぬ発言に浅陽は一瞬聞き間違いかと思った。


「そうだよ、降参だ。いくら僕でもこれだけの相手に一人で挑もうとは思わない。僕は勝てない戦はしない主義なんだ。だから……」


ノーブルは自身の身体を包み込むように翼を畳んだ。


「今日のところは退散させてもらうとするよ」


「させるか!」


それを読んでいたタスクが左右二枚の翼を顕現させて飛び上がる。


「君とこうして向かい合うのは〝あの時〟以来かな」


「今日こそ逃すものかよ」


タスクの〈クレイヴ・ソリッシュ〉とノーブルの漆黒の翼が交叉する。


「待ってくれ!」


鍔迫り合いのような状態でタスクが下を見ると、声の主は真剣な眼差しで上空の二人を見上げていた。


「待てとはどういうことだ、優希人?」


「ごめん、凌牙さん。どうしてもそいつに聞いておきたいことがあるんだ」


「聞いておきたいことだと?」


ノーブルと間合いを取ってタスクはもう一度訊き返した。


「うん」


優希人の目はノーブルに向いた。


「いいよ。僕の罠を乗り越えたご褒美だ。何でも訊くといいよ、ユキトくん・・・・・


ノーブルは〝忌み児〟とは呼ばずに名前で優希人を呼んだ。


「俺が訊きたいのは一つ。母さんのーーー穂村優羽の行方だ」


「優羽さんの行方……。そう言えば知っているような素振りだったな」


タスクも彼女の行方には興味があるようで、再びノーブルに向き直った。


「タスクが知らないのは無理もないとして、そっちは知ってるんじゃないかな?」


そう言ってノーブルは一人の人物に目を向けた。


「私は……」


口を開いたのはリリィ・フェニックスだった。

全員の目が彼女に向けられる。


「私も噂でしか聞いたことがありません」


「噂?」


優希人が訊き返して、それにリリィが頷く。


「地上で任務に就いていた者が人間と恋に落ちたことで強制送還されることは稀に発生します。少し前にもそういった話があったと実しやかに囁かれていました」


「恋に落ちただけで?!」


美那が驚いて優希人と顔を見合わせた。


「それじゃあ母さんは天界にいるって言うんですか?」


「おそらくそういう事だろうね。それも最も重い罪を犯した者に科せられる《一兆年の氷結刑》を科せられているかもしれない」


「《一兆年の氷結刑》……!?」


地球が誕生してからおよそ四十六億年。

ビッグバンが起きてから約百三十八億年。

それですら膨大な年月なのに、さらにその一〇〇倍近い果てしない年月に優希人は目の前が真っ暗になった気分だった。


「最も重いって、恋に落ちるのがそんなにいけないことなのか?」


「そもそもユキトくん、君達人間と僕ら・・では価値観が違うんだよ」


ノーブルは敢えて僕ら・・と言った。それは彼が元々天界に居たからなのか、それともその天界とすらも違う価値観を持っているという事なのか彼から読み取ることは誰にも出来なかった。


「君らにとって神聖な事でも、僕ら・・にとっては禁忌である事もあるんだよ」


それでも優希人は納得のいかない顔をしている。


「……恩赦とか減刑されたりした前例はないんですか?」


そんな優希人の問いにリリィはただ首を横に振った。


「そうだな……。例外があるとするならば、今現存する全ての世界が滅亡の危機にあったとして、それを防ぐ手段を知っているとか、もしくはその手助けをすることが出来たなら、恩赦もありえるかも……」


タスクはそう言いながら突然、何かに気がついたようにハッとして、ノーブルを見た。


「なんだい、タスク? 僕が優羽さんを助ける為に世界を滅ぼす側に回ったとでも? ハハッ! 面白いね。でも僕はそんなお人好しじゃないよ」


「だがお前にだってあの人に少なからず恩があるはずだ」


「それとこれとは別だよ。あまり都合のいいように考えちゃダメだよ、タスク」


飄々とした口調で忠告すると、ノーブルは十枚の翼を羽撃かせた。


「ノーブル!」


「ご褒美の時間は終わりだ。それじゃあ諸君。また近いうちにお会いしよう」


漆黒の翼が一枚一枚ノーブルを包み込むように畳まれると、そのまま闇に溶けるように彼は姿を消した。


「そっか……。生きてるんだ……」


色々と納得出来ない部分もあるが、それでも母親が生きているという事実が分かっただけでも優希人は嬉しかった。


「優希人っ!!」


美那が飛びつくように優希人に抱きついた。


「美那」


その勢いのままぐるっと一回転して止まった。


「よかった……。優希人があんなヤツらとおんなじになるなんてボクには耐えられないから」


「お前のお陰で助かった。ありがとな、美那」


「えへへ〜。ところでさ」


「ん?」


「ボ、ボクは自分の気持ち、伝えたよ? だから、その……」


優希人は思った。

これは二年前の、自宅の玄関先で二人して顔を真っ赤にして見つめあっていたあの時の続きのようだと。


「『ボクの優希人に手を出すなぁ』か。お前らしくもない男前なセリフだな」


「だってアレは必死で……ッ!!」


優希人は美那のセリフを遮るようにして抱き締めた。


「ありがとう。嬉しいよ。俺もお前のことが……」


そこで優希人は言葉を切った。


「優希人?」


美那が自分の額の高さ辺りにある優希人の顔を見上げると、これでもかと言うくらいに真っ赤になっているのが見えた。そして美那も気づいた・・・・・・・


浅陽が少しニヤニヤしながら、ミシェルはほんの少し顔を赤くして二人の様子を伺っていた。そして、


「こほん」


凌牙タスクが控え目に咳き込む。


「お前達がお互いを想い合っているのは知っているが、もう少し人目を気にした方がいいぞ」


「あ、あはは……」


優希人が乾いた笑みを浮かべた。


「凌牙さんさ」


美那がジト〜っと凌牙を見る。


「どうした?」


「そんなに寄り添い合ってる人にとやかく言われたくないんだけど」


美那の言う通り凌牙がリリィを抱き寄せているように見える。だが実際は密着するリリィに凌牙が少し困っているといった状態だった。


「リリィ。少し離れろ」


「離したらまた・・何処かに行ってしまいませんか?」


「行かない。……と思う」


『ダメですよ、兄さん。彼女は凛々しそうに見えて結構寂しがり屋なんですから』


すぅっと美那の背後霊のように緋織ルージュが姿を現した。


「ルージュ様」


いつの間にかミシェルが傍に寄ってロザリオを差し出した。


『ありがとうございます、ミシェル・J・リンクス』


緋織がロザリオを受け取ると、少しずつ実体化していく。やがて丈の短い白のワンピースにデニムパンツに身を包んだ長い黒髪の美しい女性の姿が顕現した。


「これでやっと落ち着けるので嬉しいのですが、その反面美那さんの心の声が聞けなくなるのは寂しいですね」


そう悪戯っぽく微笑んだ。


「ちょっと緋織さんっ?!」


「ふふっ。ほら、通常空間に戻りますよ」


誤魔化すように緋織が上を指差すと、西洋の城のような空間に亀裂が入っていく。そしてふと、美那の目の前を白い物が舞い降りてきた。


「雪だ……」


「ホワイトクリスマスになるかもな」


「クリスマス? じゃあ今は十二月なの?」


「そうか。お前ずっと眠ってたもんな。今日は十二月二十四日だ」


「クリスマスイヴじゃん?! ボク何も用意してないよ!!」


「出来てたらすごいよ。……そうだな。またケーキでも焼くか?」


「うん!!」


二人は空を見上げる。

雪はしんしんとふたり目掛けて舞い降りてくる。


夜の闇の中からポツリポツリと光が生まれ二人を通り過ぎていく。


二人はそっと手を繋いだ。

すると宇宙空間を手を繋いで飛んでいるような気分だった。


比翼の鳥の様な不滅の絆が二人を結びつけていた。




「ともあれ一件落着、かな」


浅陽がポツリと呟いた。


「そうね。でもまだ終わりじゃない。まだ薄っすらとしか見えないモノもあるわ。それこそこの雪景色のように」


夜の雪は夜の闇を一層深く見せる。


「……だね」


そんな闇の中で浅陽はふと、優希人と美那が見せた〝力〟はこの闇を照らしてくれる光になるのではないかという気がした。


「輝く天使の混血ハーフに、煌めく星の〝継承者コスモダスター〟か」


「輝煌の比翼鳥、といったところかしら」


「比翼鳥って、あんたよくそんなの知ってるわね」


「各地の神話や伝承は一通り目を通している、から……」


不自然に言葉を途切らせたミシェルを不思議そうに浅陽は見た。


「(この胸の奥に何かが引っかかるような感覚は何……?)」


しかしそのミシェルの心の引っ掛かりは、次の瞬間にはもう闇の中に紛れていった。


「ミシェル?」


「……いいえ。何でもないわ」


雪は降り積もる。まるで見え隠れする謎を覆い隠すかのように。


「帰りましょう」


「そうだね。さすがに疲れたわ」


二人が帰路に着く。その後について優希人達も歩き出す。


「そういえばさ」


美那が口を開いた。


「天使は恋に落ちちゃダメって言ってたけど」


そう言って凌牙と彼に寄り添うリリィの方を見た。


「天使だって恋をするのですよ、美那さん。ただそれは天使同士に限られていますけど」


横から緋織が補足した。


「ってことは優希人のお母さんーーー優羽さんは禁断の恋をしたってこと?」


緋織はただ苦笑しているだけだった。


「禁断の罪を犯してまで産んだ子供。だからノーブルは俺の事を〝忌み児〟って呼んでたのか」


「優希人……」


心が沈んだ優希人を気遣うように美那は彼の手を握った手に力を込めた。


「禁断の罪を犯した者を神は絶対に許さないでしょう」


そう言ったのはリリィだった。いつの間にか凌牙から身を離して優希人の前に立っていた。


「しかしそれが本当に・・・禁断の・・・罪であるならば・・・・・・・、貴方が産まれてくることはありません」


「そうだな。産まれてくる前に母胎ごと消滅させるくらいはされるだろう」


凌牙が恐ろしい事を平然と口にし、リリィがそれを肯定するように頷いた。


「ですが母胎である優羽さんは囚われの身で済まされ、貴方はこうして産まれることを許されて、今日まで生きてきた」


「それは、つまり……」


リリィは頷いて続ける。


「貴方の母親ーーー穂村優羽の犯した罪は、禁断の罪ではない・・・・・・・・


「でも天使と人間の恋は禁断の罪だって……」


「先程、凌牙タスクが示した例外の他にもう一つ例外があります」


リリィが優希人の言葉を遮って言った。


「その例外とは、そこに真実の愛・・・・があった場合です」


「真実の、愛……」


「だから貴方は産まれてきた。……神の祝福を・・・・・受けて・・・


神の・・祝福・・…………!?」


優希人は心の中に光が射した気がした。それはとても暖かで、懐かしい温もりを思い出させた。


「本来、産まれてくる子供に罪は無い。罪は周りの大人が後から勝手に押し付けてくる。両親の過去や育った環境、二人の関係なんかでな」


「そしてそういった試練しがらみを潜り抜け、貴方がた人間は成長していくのでしょう」


「そう、ですね」


優希人は空を見上げる。空からは相変わらず蛍のような光が降り注ぐ。やがて東の空が俄かに明るくなってきた。


「夜明けだ」


美那も東の空を見上げる。

すると、雲間から光が射した。


〝天使の階段〟ーーー。


清々しい朝の光のスポットライト。


ーーーおめでとう……


「え?」


優希人はとても懐かしい声を聞いた気がした。


「どうしたの、優希人?」


「……いや、なんでもない」


優希人は笑顔で返すと再び空を見上げた。


「(母さん。この世界で俺は頑張って生きているから。どうか、見守っててくれ)」


雪は降り続ける。

しかし優希人の心の中は晴れ渡っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ