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十二月十四日 月曜日

喫茶店『ミラージュ』は朝早くから営業している。モーニングをやっているだけでなく、部活の朝練に赴く寮生の為に朝食を用意している為だ。


その『ミラージュ』の従業員である『穂村ほむら 優希人ゆきと』は朝食や希望者の弁当の準備を終えて、窓際のテーブルを拭いている最中だった。


都会とは違い朝は然程混むわけでもない代わりに、二階から上に住む久遠舘学院の寮生の利用が多い。

その中でも際立つ存在が二人いた。


一人は銀色の髪の少女。いつも夜更かしをしているのか、眠そうな顔で降りてくる。


そしてもう一人は赤い髪の少女。毎朝早くから走りに出て夏はともかく冬でも汗だくで帰ってくる。


だが今朝はどちらの姿もまだ見かけていなかった。


「今朝は遅いな。寝坊でもしてるのか?」


土日で学院の修繕は終わり、週明けのこの日から授業は再会する事になっている。


優希人はふと窓の外を見た。


「今夜あたり雪でも降るかな」


視界に入った厚い雲に覆われた空を見て優希人は呟いた。その薄暗い空に優希人は一筋の光を見た。


「あれは、なんだ……?」


雲の切れ間から光が射す〝薄明光線〟という現象。優希人はそれを『天使の階段』と覚えていた。


その『天使の階段』の中をゆっくりと降りてくるモノが見えた。『ミラージュ』からは距離があるためハッキリと見ることは出来ないが、優希人の目には幾重にも重なる翼が見えた。


「天……使………………?」


無意識に口から〝天使〟という言葉が出てきた。その瞬間、優希人の頭を締め付けるような痛みが走った。


「ぅッ……!?」


頭が痛むものの優希人ら〝天使〟から目が離せなかった。そして、


「すみません、羽衣ういさん! ちょっと出てきます!」


店のオーナー『天原あまはら 羽衣うい』のは〜いという返事を聞くや否や、優希人は風の如く駆け出した。




「あれは、なに……?」


浅陽の見上げた先の、雲間から射すスポットライト。『レンブラント光線』や『光のパイプオルガン』、そして『天使の階段』等と呼ばれる〝薄明光線〟と呼ばれる現象。


その階段を一段一段ゆっくりと降りてくるように降下してくる、十二枚の美しい翼を持つ女性。その腕には一人の少女を抱えている。


「天、使ーーー!!?」


恐る恐るミシェルが口にした。




ゆっくり、ゆっくりと天使は降りてくる。近付くにつれてそれが、この世のモノとは思えない、目を瞠る程美しい事が分かる。抱えられている少女も整った美しい顔をしている。


やがて天使は浅陽達の前に舞い降り、地上に降り立つ直前にふわりと空中で止まった。


その双眸が開かれる。


天使は辺りを見回した。そして浅陽を見ると目を見開いた。


『あなたは……!?』


「え?」


『……なるほど。〝ここ〟では無事乗り越えたようですね』


「???」


浅陽とミシェルは顔を見合わせた。


「あの、あたしが何か……?」


浅陽の声を聞いて天使が微笑んだように見えた。


『この子を頼みます』


「え……?」


天使が浅陽に向かって少女を差し出す。浅陽は少女を落とさないように両腕を掲げた。まるで天使の降臨を喜ぶ聖者のように。


天使の姿が徐々に薄くなっていく。やがて光になったかと思うと、少女の右手首の【念晶具クリスタル・ギア】へと吸い込まれていった。


そして綿毛程の重さしかないかのように少女の身体はゆっくりと浅陽の腕の中におさまった。


「……っとと」


急に少女に重さが戻ったので浅陽はバランスを崩しかけた。


「この子、【念晶者クリスタライズ】ね」


「え? じゃああの〝天使〟はこの子の能力だって言うの? 【念晶者クリスタライズ】が何かを召喚するとか聞いた事ないよ」


「ワタシもよ。それにしても……」


ミシェルは再び雲がかかり、〝薄明光線〟の消えた空を見上げた。


「女の子が空から降ってくるという物語の冒頭はよくあるわね」


「今終わったばかりなのに、これからまたなんかあんの?」


「さあ。それは分からないけど、そういった場合、たいてい主人公は男の子よね」


「そうだったね。じゃあこれで終わりね。それじゃあ早いとここの子を保護して……」


二人はこの場に近付いてくる息遣いと足音を聞いた。


「え?」


浅陽はその人物を見て思わず声を上げた。


「ユキト……?」


ミシェルがその人物の名を呟いた。


「なんで君達がここに?」


「あたし達はちょっと野暮用で。穂村さんこそ、どうしてここに来たんですか?」


「あの『天使の階段』を見たらなんだか胸騒ぎがして……」


優希人は浅陽の腕の中の少女を見て息を呑んだ。


「この子、知ってんですか?」


「分からない。でも見たことがある気が……」


その時ーーー、



『……が……、……が優希人の…………になる!』



不意に優希人の脳裏に見知らぬ光景が浮かんだ。そこは炎が燃え盛る場所で、少女が何かを叫んでいた。


それはノイズ混じりで何を言っていたのか分からないが、優希人を刺激するのには十分だった。


「……み………………」


「み?」


「…………な……」


「ミナ?」


「ぐぅッ……!?」


優希人がその名を呟いた直後、頭を抱えるようにふらついた為、ミシェルがそれを支えた。


「ユキト、どうしたの?」


「穂村さ……」


浅陽が声をかけた瞬間、不意に背後に気配を感じ取り彼女は振り向いた。


「オー……ナー?」


そこに立っていたのは、『ミラージュ』のオーナー、天原羽衣だった。


「二人にお願いがあるの」


「お願い、ですか?」


いつもとは違う剣呑な様子に、さすがの浅陽もたじろいだ。


「その女の子をウチに運んでもらえるかしら?」


羽衣は天使が運んできた少女を指して言った。


「え? でも……」


「梨遠には私の方から言っておくから」


「リオに……?」


「お前がそこまで言うのなら何か理由があるのだろう」


そこへちょうど榊原梨遠がやってきた。


「梨遠さん。でも……」


「問題ない。ちょうど情報操作、統制もしてもらいたいところだったしな」


「え?」


「羽衣は【異能研】の秘密工作班に所属している」


「ええ〜っ!?」


「これはあくまで機密事項だがな」


「約束するわ。必ず説明はするから」


羽衣は真摯な眼差しで浅陽達を見て言った。


「安心しろ。彼女は約束は必ず守るし、嘘は吐かない」


「梨遠さんがそこまで言うなら」


ミシェルも承諾するように頷いた。


「すまんな。それと羽衣。事後処理が終わったら店の方に行く」


「わかったわ」


「あ、オーナー。じゃなくて羽衣さん、って呼んだ方がいいのかな」


「好きな方でいいわ。それで何かしら?」


「この子、一度病院で診てもらった方がいいんじゃ……」


浅陽が少女を指して言った。


「その子は右腕の小さな傷以外に大した外傷はないわ。魂の〝力〟が少し弱まっているだけみたいだから」


「え? 今なんて……?」


「お願いね」


羽衣は優希人に歩み寄る。


「優希人くん。歩ける?」


羽衣に肩を貸されながら、力無く頷くと優希人はふらふらとしながら歩き出した。




「ふふっ、見つけた」


その様子を見ていた小さな人影が笑う。


「こんな〝ずいぶんと面白い場所〟に流れ着いていたなんて」


小さな人影はすぐに消えた。




ランチタイムも終わり、ちょうど『ミラージュ』の店内に客がいなくなった時に狙ったかのように榊原梨遠がやってきた。


「さてと。早速話を聞かせてもらおうか」


そしてカウンター席に座るなりそう言った。


「せっかちね。今コーヒー淹れるからちょっと待ってて」


「個人的にはビールの方が嬉しいんだがな」


「ウチは昼間はアルコール出さないわよ」


「知っている」


梨遠はおもむろにタバコを取り出し火を点けた。


「そうそう。表の札を〝CLOSE〟に変えといてもらっていい?」


「あいよ」


梨遠は立ち上がり扉の外側に掛けられた札を裏返して〝CLOSE〟が外から見えるようにした。


「変えといたぞ」


「ありがとう」


ちょうど羽衣がカウンターにコーヒーを置いたところだった。


「今そっちに行くから」


羽衣は洗った手をペーパータオルで拭くと、自分の分のコーヒーを持ってカウンター席の梨遠の隣に腰掛けた。


「さて。じゃあ何から話そうかしら」


「私が到着する前の事は聞いてるな?」


「ええ。【念晶の輝き】に関する事件ね。既に情報操作、報道管制は完了しているわ」


「さすが仕事が早いな」


「お店だってあるしね」


【念晶の輝き】に関するテロ未遂事件は、代表の高村正信の命令で始められた非合法の人造念結晶の実験が表沙汰になり、逮捕される前に高村が姿をくらました。


という風な顛末とされた。建物が一夜にして変わり果てたのも、会員の【念晶者クリスタライズ】が幻でそれらしく見せかけていたという設定だ。


黒い塔の方はと言うと、朝から雨が降っていたこともあって、目撃証言が一件も無かったのが幸いだった。


「それじゃあ本題に移りましょうか」


まだ湯気が上がっているコーヒーを一口飲むと、羽衣は話を始めた。




「よかった……」


浅陽からのメールですべてが無事に終わった事を知らされた秋穂はホッと胸を撫で下ろした。


この日、浅陽とミシェルは事後処理や報告等に追われ学院を休んでいた。ある意味当事者である秋穂は事情を知っていたが、HRでは単に公欠と知らされただけだった。


「さてと。今日も働きますか」


秋穂は今日も穂村優希人に会えると思うと、胸の高鳴りを覚え自然と笑みがこぼれた。


「ふふ……」


そんな彼女の携帯がメールの着信を伝えた。


「また浅陽ちゃんかな?」


だが、メールの送信者を見て秋穂は首を傾げた。


「オーナーから?」


メールは彼女がアルバイトをしている喫茶店『ミラージュ』のオーナー、天原羽衣からだった。そしてその内容とは……、


「臨時、休業……?」


それはランチタイムが終わり次第それ以降は今日はお店を閉めるという内容だった。




羽衣の話が終わると梨遠は大きな溜め息を吐いた。


「アルコールが入ってる時に聞きたい話だな」


「残念だけど、これは本当の事なの」


「ああ。お前がウソで言ってないのは長年の付き合いで分かる。だがどうしてそんなことを知っている?」


「それは、今はまだ言えない」


羽衣はすこし目を伏せた。


「どういうことだ」


「まだその時じゃないの」


「……その時ってのはいつ来る?」


「そう遠くない未来。その時が来たら必ず話すわ」


「……わかった」


「ありがとう」


「だが、これは私がお前を信頼してのことだからな」


梨遠は真剣な眼差しでそう言った。


「わかってる。私は貴女を〝決して〟裏切らないし嘘は吐かない」


羽衣の目は決して嘘ではないと語っている。


「だが、一つ納得がいったことがある」


「何に納得したの?」


「〝彼〟についてだ」


「彼?」


「お前の甥である、穂村優希人の事だ」

Materia×Crystaシリーズ第二弾です。


このエピソードは以前書いた物を新たな設定やら名前やらを見直した上で書き直した物です。


このエピソードから少しずついろんな事を小出しにしていってます。それが集約するまではもう少しかかりそうですが、お付き合いいただけたら幸いです。

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