表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1話 野良魔王 再誕

 きっかけは一つの痛みだった。

 

 闇よりも暗い黒の世界でまるでスイッチでも入ったかのように、衝撃が走り、そこに溶け込んでいた自我、そして身体が切り離されてもごもごと動き出した。

 輪郭が切り離されたら、今度は再生が始まった。全てのパーツが記憶を頼りに作り上げられる。眼が出来て、黒という色を思い出し、手足に血が通って不自由という言葉を思い出し、出来たばかりの舌で小さく舌打ちをして、その音を耳が拾う。

 ここに溶け込む直前の記憶だったからだろうか。ご丁寧に腹には大きな穴が空き、それ以外にも身体中傷だらけで、そこから出来たばかりの血がポタポタと流れ出る。冗談じゃないと強い感情で揺さぶると、それらはじきに治ってきたが、思い出してしまった傷に纏わる嫌な記憶だけは忘れる事が出来ない。

 

 そうして、記憶も感情も全て再生された個体は、その記憶を頼りに身の回りの物の再生を始めた。着る事も無くその出来上がった身体に服を纏い、何も無い空間からかつての愛剣を引き抜き―――、


 パリン、と音を立てて黒の空間が割れて現れた鎖にその身体を引きずり出された。



     ♦     ♦     ♦     ♦

 

  「あれ……人型の魔族。思ったより大物が来たのね」


 黒の次は白。突然現れた鎖に絡め取られ、引きずり出された先は真っ白な空間だった。だが、先ほどの空間とは違い、地面はある。久しぶりに身体の重さを感じながら這いつくばると女の声がした。

 剣は……手の中にあるが、腕ごと完全に封じられてしまっている。黒の世界では形がわからなかった、その背の高い男の形をした存在は、首だけ動かして声がした方向へと目を向けた。

 その先には銀色に光る魔法陣の真ん中に、金色の髪をした若い女がいた。瞳の色は紫。肌は白。彼女は、繊細な印象を与えるその精緻な容貌にあまり似つかわしくない驚いたような表情をしながら、手に持っていた本を閉じた。


 「……もしかして相当弱った状態だったのかしら?でも、男の人型かぁ。ちょっと迷いどころだわ」


 彼女は白い指を顎に手を当ててアレコレと自問自答を繰り返した後、多少の警戒をしながら這いつくばる男へと近寄っていった。


 「その気になったらこの鎖も千切られるんじゃないかしら?」

 「……試してみるか?」

 「あら、言葉は通じるのね。知性もあるなんて、コレは本格的に大当たりかも」


 吐き捨てるようにしゃがれた声で男が答えると、女はクスッと笑った。


 「でも、先ほどの言葉には『万全ならば』って枕言葉が付くのよ。目に見えて憔悴している君では無理だと思うよ?龍すら抑え込む鎖だから」

 「チッ……」


 言われずともただの鎖では無い事ぐらいわかっている。空間を裂いて出てきた鎖だ。ただ、それでも理不尽な状況に対して男は思わず舌打ちをする。どれぐらい経ったのかわからないが、自我を取り戻し、自分の姿を取り戻してからいきなりコレだ。戸惑い、混乱を表に出して無様を晒すぐらいならば、主犯と思しき目の前の女に反抗した方が早い。

 問題はどうやって反抗するか、だ。

 身体は戻った。が、本調子とは言い難い。まだどこかフワフワしているのか、自分の身体じゃ無いようにも感じる。

 指ならば動く。だが、身体の中に渦巻く懐かしい力は弱々しい。流石に指だけでひっくり返せというのは難しそうだ。

 それに、と男は白の世界に映える紅い瞳を女に向ける。ほんの少しだけ身体の中の力を集中させると、彼女が纏う力の流れがくっきりと見えた。

 自分の事をわざわざ「魔族」と呼んだ辺り人間なのだろうが、彼女単体もかなりの量だ。そのままかつて自分が居た所に行ってもそこそこ通じる。だが問題はそこじゃ無い。


 「魔導書……か。相当なシロモノだ」

 「よくわかったね。その魔眼のおかげかしら?」


 焦点は彼女の手の中にある本。ただの古ぼけた本に見えるそれに、思わず声に出してしまうほど、異質な力が集結している。その度合いは、本自体が強大な力そのものと言っても過言ではない。本来ならば、そんな強大過ぎる力は反発、暴走を起こしてしかるべきなのだが、その力は相当彼女と親和性が高いらしい。全部の力を引き出しているとは言い難い状態だが、それでも今の自分の状態では相手が悪すぎる。


 彼我の状態を冷徹に分析し、男は諦めたように一つため息をついた。折角、自我が蘇ったのだ。やり残した事もある。ここはどんな目に遭おうとも、耐えるべきだろうと。


 「……どうするつもりだ?」

 「どうしようかなと思っていたんだけど―――そうね。こうするわ」

 「ッ!?」


 吐息がかかる程の距離に女の顔が迫り―――そして不意にされた接吻に驚きながらも、歯を立てて反抗すると、血の味が口の中に広がった。それと同時に身体の周囲に魔法陣が光りはじめる。


 「何をした!?」

 「……予想通りの反応ありがと。でもそれが狙いなの。私の血を呑ませる事が、ね」


 輝く魔法陣の光の奥、女は口から血を微かに流しながら、少しうっとりとした表情で笑う。


 「―――契約は成った。最低のファーストキス分の働きはしてもらうわよ?私の使い魔」

 

 宣言の瞬間、再びパリンッと音を立てて白の空間がまるでガラスのようにはじけ飛んだ。男はその光景を深い後悔で歯噛みしながら呆然と目に焼き付けていた。


 

 人が営む世界の隣には『魔界』と呼ばれるもう一つの世界がある。その世界は時として人に手を貸し、人と対立しながら存在する人とも縁の深い世界だった。

 その世界にはかつて5人の魔王が居た。世界を統べる者。ただ至高の魔術を求めた者。最強の種族を統べる者。おおよそ人間の想像する王とはまた違った形態を持つ、実力社会の頂点に立つ5人。


 その5人の王の中には、何も統べず、誰とも群れず、ただ放浪する魔王が居た。

 野良魔王、放浪の魔王、孤高の魔王と呼ばれ、恐れられたリエル・ラプス。

 

 しばらくの雌伏の時を経て、人間界に顕現。


 ……使い魔として。

 

お読みいただき有難うございます。

ヒロインの名前は次回に。


あ、ちなみに他にもこんなん書いてます。

http://ncode.syosetu.com/n2536cm/

既に知っていた方は、「あ、新作もギャグ大目になるんやな」と苦笑いして頂けたら幸いでございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ