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1日1000円分のしあわせ。  作者: ゆるゆん
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大切なことを大切に。

「はぁぁぁぁ 疲れた。」

海は運びたてのベッドに倒れ込んだ。

朝早くから 叔父と両親ともに 荷物を運びこみ、お昼には蕎麦を振る舞った。少ない荷物とはいえ、引っ越しはやはり大変だ。ダンボールや家電を運び、配線は全て父と叔父が手分けして行ってくれた。こういう時、海は少し大袈裟に、父を頼りにする。正直 荷物を運んでくれる友達もいるし、配線だって自分でできる。でも父にお願いする。

「お父さんお願い」と甘えてみる。孫を見せてあげていない、海の小さな親孝行のつもりだった。

途中 空親子がやってきて飲み物を差し入れてくれ、孫の登場で小さな家の中がずいぶん賑やかになった。

ほんのつかの間、暖かく それでいて炭酸が弾けるような楽しい時間が過ぎ、空が帰った後は淡々と掃除をし、そしてみんなが帰った午後5時、海はやっと肩の力を抜いて横になることができたのだった。

改めて、ベッドに仰向けになり部屋の中を見渡す。


なんとなく、おばあちゃんの気配が残っていて、家のどこかにおばあちゃんがまだいるような気がした。

来週には おばあちゃんが帰ってきて、一緒に暮らし始めるような。

海はベッドの上に正座した。

「おばあちゃん、よろしくお願いします」

ここにいてくれているかわからないが、海は挨拶をした。


こんなとき、海は少しだけ、自分を(勝手だな)と思う。亡くなった相手は何も応えないから、応えないからこそ 生きている私たちは思い思いのことを話してしまったりする。お墓に向かって、位牌に向かって。生前 面と向かっては絶対言わなかったハズのことまで。

心の中のおばあちゃんは いつもゆったり、笑っている。優しく頷いてくれる。自分本位に作りかえたおばあちゃん。

本当は生きている頃はイライラしたり、むっつりして怒っていたり、キツいことを言われたりしていたのに。


「おばあちゃん、私、絵を描くからね」


海は母にも空にも言っていないことを天井に向かって静かに宣言した。


海は、これを期に 新しい生活をしようと考えていた。実は海は この遺産相続の話をもらうまで、別の意味で、生活を一新するつもりでいた。

それは、就職である。

34にして フリーターではまずい、まっとうな生活をしようと思ったのである。

いつまでたっても 売れないイラストレーターでは老後が心配になったのだ。

テレビの情報によれば 老後、何千万という貯金が必要だというではないか。

それならば、ここらを潮時として 真面目に働こうではないか。

海の決心は固まっていた。


しかし 海はおばあちゃんのスケッチブックを見てしまった。見てしまったのである。


スケッチブックの、死ぬまでに書くための大切な10のリストのページ、『望んでいながら行動しなかったこと』には《好きなことを生業にして生き

る》と書いてあった。おばあちゃんの好きなことを海は知らない。『行動しなかったリスト』には他にも おばあちゃんの後悔が列になって綴られていた。

後悔。

誰かの妻になり、母になって、子育てに生きたおばあちゃん。

そのページを見たとき、お腹の中で鳥肌が立つように 海の心はザワザワと揺れた。

大好きな絵をやめて、老後の保険の為に、貯金の為に働く。それなら 私は老後の平和の為に生きているということか。生きる意味なんて大袈裟だし、毎日が健康で、普通に生きられたら もちろんそれで充分なのは分かっている。


でも、老後の自分の為に 今の自分が好きなことを諦めて 特に好きでもない仕事を始めるという選択肢は正しいだろうか?

いや、人生の選択肢に正しい、間違っているなどない。選んだ道をどう生きるかが大切だ。

それならば 自分の心を無視せずに生きる道を選びたい。自分で納得して選んだ道ならば、辛いときも精一杯頑張れる。


海は自分のスケッチブックを開く。

大きく書いた、一番大切なこと。

大切なことを大切にしていきたい。

シンプルだけど難しいそんなこと。

実行していくのは、なかなか大変なようだ。

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