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1日1000円分のしあわせ。  作者: ゆるゆん
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おばあちゃんのスケッチブック

これからは、1日1000円で暮らしていく。

春の始まりのまだ肌寒さが残る今日、谷口海はそう決めた。


谷口海、34歳。双子座 B型。

職業イラストレーター、としているが、その収入は雀の涙であり、生活の大部分をアルバイト収入に頼らざるを得ない毎日である。


その海の祖母が先月亡くなったことにより、海の人生が今、転機を迎えているのであった。


「おばあちゃんのことで話があるから、とりあえず帰っておいで。空も来るから。」

空、とは海の3歳下の妹である。

母親からの電話で海は実家に呼び出された。 


すでに20代で結婚し、2人の子供のいる空は専業主婦であり、アルバイト暮らしの私とともに娘2人、呼び出されれば すぐに集まれる距離感であった。


「うみちゃぁーん」

空の長女、仁子が大きな声をあげて駆け寄ってくる。

「ニコー!」

海は両手を広げて仁子を呼んだ。すっかり海に懐いている仁子は 全力で海の腕の中に飛び込んできた。

「また背が伸びたねぇー。」

そういって仁子の髪をなでた。

海にとって 仁子と花子は自分の子と言っていいくらい可愛く、愛おしくてたまらない存在だ。

この子たちが近くにいるなら、自分は出産しなくてもいいとすら思ってしまう。

母だって片方の娘が2人も孫を産んでくれたら そこそこ満足だろう。

空がしっかり家庭を築いていることで、私は肩の荷が下りた気分で、シングルライフを満喫させてもらっているのだ。

「かこちゃん、ねんね」

舌足らずに仁子が話す。

「ねぇー。かこたん、ねんねちてるねぇー。」

仁子と花子といると完全に頭のネジがゆるみ人格崩壊である。


「おばあちゃん、あんたたちにも遺産、残してたよ。」

ネジのゆるんだ頭に唐突な母の言葉である。

海と空は顔を見合わせて目を丸くした。

祖母が亡くなったからといって孫の自分が遺産相続するつもりなど毛頭なかった。それは空も同じだろう。

「遺産って?私たちに?」

困惑している私たちに、母は一冊のノートを差し出した。

テーブルの上に置かれたそれは使い込まれた、スケッチブックだった。

「見てみて。」

母に言われて 娘2人はまた顔を見合わせ、空がスケッチブックの紐をほどいていく。

海が姉であるが、ずんずん前をいくのは こんな風にいつも空だった。

表紙を開けてすぐ、祖母の懐かしい、頼りがいのある大きな字で 「死ぬ前に書くための大切な10のリスト」とあった。

「なんだろ?おばあちゃんの字だよね?」

「うん。書いたの、おばあちゃんだね。」


そこには、

最も助けてくれた人、影響を受けた人、最高の友達、忘れがたい場所、喜びを与えてくれた所持品など、たくさんのリストが書き込まれていた。

何度も消した跡があり、後から書き加えられていたり、何年もかけて書き込み続けていた様子が伝わってくる。

「おばあちゃん…最良の贈り物のとこ、私たちの名前書いてる」

確かにそのリストには、海と空を始め、孫たちみんなの名前が書かれている。

「これ映画?知らない名前だね。あ、相棒シリーズって書いてる」

母娘3人は、ほんのり涙を浮かべて、それでも笑顔になって、祖母が相棒シリーズを楽しみにしていた様子を思い出した。


さらに後ろのページには、祖母が亡くなったら誰に知らせて欲しいかリスト(電話番号付き) 斎場も決めてあり、葬儀の内容、戒名の希望、遺影、全て祖母が生前に決め、なんと支払いまで済ませていたようである。

海は驚きとともに、感動していた。

この間の葬儀は全て祖母が取り仕切っていたのか…

皆から尊敬される色々な意味で大きな人だったが、ここまでだったとは…


「大変なのは、もっと後ろ。」

母に即されページをめくった先には、祖母の全財産とその分配方法が細かく記されている。

「これね、案外きちんと書かれてるらしくて、遺言として成り立つらしいの」

そのスケッチブック遺言によると、海には祖母が亡くなる前の最後の10年程を暮らした、小さな平屋建ての家と小屋の中間のような建物を贈与したいとのことだった。

「あの、おばあちゃんの家…」

海は度々おばあちゃんに会いに行った小さな家を思い出した。

ちなみに 空には現金であった。結婚して家庭がある者には現金が一番使い勝手がいいだろう。おばあちゃんはそれぞれに合った遺産を考えに考え抜いたようで そのページは何度も触って くたびれ果てている。なんだかこのスケッチブックが おばあちゃんそのものの様に思えてきた。

「家って…なんでまた家…私に…」

ただでさえ姪に会ってゆるんだ頭のネジが驚きと混乱でポロリと落ちて無くなりそうである。

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