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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第一部:“虹の瞳”を得るまで
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第四章:“銃使い”と“虹髪の賢者”

 さて、翌日の神殿書院では、普段の通りにラティル達が世界史編纂の為の諸作業を進めていた。

 そんな中で書院長であるティアスの静かな声が響いている。


「ラティル君、“大書庫”からこの目録に該当する書籍を持って来て下さい」


「……は、はい……」


「……ファーラン君、余所見は程々にね……」


「え? あ、はい!……すいません!」


「……ネイルさん、この史料を……」


 次々と上がる書院長の指示に対して、書院長付の神官達は各々返事の声を上げて、指示に従い各々の仕事を向かっていた。

 そんな中で、ラティルもティアスが差し出した目録を受け取り、世界史編纂室より出て“大書庫”に向かって早足で回廊を進んで行く。



 早足で回廊を進むラティルは、そのまま渡された目録の内容に目を通す。


「………………?」


 だが、目録の内容を確認していたラティルは、思わず足を止めて首を捻った。


 彼が疑問を持ったのは渡された目録の内容である。目録には、“帝国魔法”の基礎理論が書かれた解説書や、“聖蛇”に関する様々な伝承・事績等を書き連ねた書と言った類の書物の名が幾冊か列挙されていた。


 しかし、書院長――ティアス=コアトリアは、幼少期から青年期にかけて、“虹翼の聖蛇”エルコアトルに育てられ、その際に“全ての魔法系統”の奥義を伝授されたと噂される人物である。

 故にこそ、渡された目録に記された書籍の内容など改めて読まずとも、既に頭の中に入っている筈の事柄ではないか……と、ラティルは疑問に思わずにはおられなかった。とは言え、ティアス書院長自身ではなく、自分の様な院長付神官達が使う資料とするのかも知れないと思い直した。


 しかし、その目録の最後に書き込まれた文章を目にして、再び彼は首を捻ることになった。

 そこには、こんな文章が書き込まれていた。



  ‡  ‡  ‡  ‡


 ラティル君、今日の仕事が終わったら“山脈の泉”亭にやって来ること。


                 レインの父、ティアス=コアトリア


  ‡  ‡  ‡  ‡




  *  *  *



 その日の夕方、仕事を終えたラティルは“山脈の泉”亭を訪れていた。


 店の扉を開けた彼の前には、書院長ティアスが待っていた。ラティルが入って来たことに気付いたティアスは、穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで彼の許へと歩み寄る。


「良く来てくれましたね。では、上の階に一室借りたのでそこで話をしましょう……」


 そう言うと、ティアスは上階へと向かう階段を示した後、其のまま等の階段に向かって歩を進めて行った。

 即座に階段の方へと向かったティアスの姿に、一瞬呆気に取られたラティルであったが、直ぐに気を取り直し、慌てて書院長の後を追ったのだった。



  *  *  *



 前を行くティアスに案内されるまま、ラティルは二階の一室に入室した。


 先に入室したティアスは部屋の中央辺りに置かれた椅子に手をかけ、ラティルへは寝台(ベッド)に腰かける様に手で促す。

 その手に促された通りに、ラティルは寝台(ベッド)の方へと歩み寄り、そこに腰掛けた。そして、彼が腰かける姿を確認したティアスもまた、手を置いている椅子へと腰を下ろした。



 両者が互いに腰掛け、対面する格好が出来上がった所で、ティアスが口を開いた。


「……さて、最近のあなたの不調の原因は娘のレインに関する事なのですか……?」


「……えっ!……どうしてそれを……?」


「分かりますよ、それくらい……」


 和やかな口調ながら、唐突に紡がれた書院長の問いの言葉に、ラティルは狼狽の声が漏れる。

 そんな中、ティアスは目を細めて、動揺するラティルを見詰めていた。“無性体”の姿をしたティアスは、何処か人ならぬ雰囲気を漂わせている。そんな雰囲気を纏う彼の銀色に輝く瞳は、何処か聖霊や(ドラゴン)に睥睨されている様な言い知れぬ威圧感を見る者に与えていた。


「……書院長、実は……」


 そんな静かな威圧感に曝されたラティルは、重くなっていた口を否応なく開かされることとなった。



 そうして話し始めた内容とは、レインとの関係における彼の悩みであった。


 両親に似て才色兼備な上級騎士職を務める有力貴族の令嬢たるレインと、神官籍を保有して大神殿に務めてはいるものの高位の司祭職等とは縁が無いであろう平民出の冴えない男に過ぎない自分とでは、およそ釣り合うとは思えない。


 そう思えばこそ、意識・無意識に関わらず彼女(レイン)を避ける様な言動に及ぶことが多々あり、そんな素振りを見せることで何処か寂しげな表情を垣間見せる彼女(レイン)の姿を目にして、自身の罪悪感が募り、居た堪れない想いに苛まれてしまう。更には、彼女(レイン)と親しくする者達の姿を垣間見るだけで、不意に妬ましさが湧き起こってしまう。


 そんな心中の葛藤によって、鬱屈した思いを胸の内に抱え込んでしまっていたことを、訥々とした調子で語ったのだった。



 一頻り心中の鬱屈を吐き出したラティルは、項垂れた様子のまま自嘲の混じった言葉を絞り出す。


「レインさんは“両性体”ですし、男性であれ、女性であれの良縁な御話も多い事でしょう……それに引き替え……」


 そう言うと、彼は項垂れた姿のまま、更に肩を落として悄気返る。しかし、そんな彼に向けて、穏やかな笑みを浮かべたティアスは言葉をかける。


「……そうでもありませんよ。

 実の所、我がコアトリア家との縁組を申し出る方は少ないのですよ。私の様な人外ともとれる者に皆さん敬遠する様ですね。だからこそ、貴方の様な人に是非あの子と一緒になって欲しいのです」


 ティアスの紡ぐ言葉に、瞬く間に心躍る感覚を味わったラティルであったが、次の瞬間には自身の劣等感が冷や水となってその高揚感を萎ませてしまう。


「…………ですが……私なぞより相応しい魅力的な男性も女性もいるでしょうし……その様な方を探す方が……」


 そうして絞り出された卑下の言葉に、ティアスはその表情を曇らせて席を立ち、傍近くの机に置かれた細身の薬缶を手に取りつつ言葉を返した。


「そこまで、自分を貶めるものではありませんよ。

 しかし、自身が無いと言うのなら、この杯を飲み干して御覧なさい……

 これを飲むのなら、幾らかはレインに気後れすることも無くなるでしょう……」


 そう言葉を紡ぎながら、同じく机に置かれた茶杯の一つへ薬缶の中身を注ぎ入れる。そして、その茶杯を手に取ったティアスは、それをラティルに差し出した。その茶杯には何らかの薬湯が並々と満たされていた。


 微かに湯気が立ち上る薬湯を前にして、ラティルは一瞬の逡巡を見せた後、その茶杯を受け取った。そして、ラティルは受け取った茶杯を一息に飲み干した。



 受け取った薬湯を飲み干したラティルは、間を置かずして自らの意識を失った。



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