第七章:“酒場”での婚姻
「……うっ……?」
「……な、何だ、これ……?」
不可解な純白の光に包まれた二人は、全身に纏わり付く異様なまでに濃密な魔力を感じて狼狽得ていた。
しかし、その白い魔力は、凍て付く様な厳しさではなく、涼やかな優しさを感じさせるものであった。
「……この辺りで良いか……」
そうして暫し二人が白い光に包まれて後、“輝霜姫”は呟きを漏らす。彼女の呟きと共に、二人を覆っていた白い光は白い霧となって文字通り霧散して行く。
そうして霧が晴れた時、二人の姿は一変していた。
「「…………これは……!」」
自らの姿の変化に、二人は驚きの声を上げた。
レインは装飾が控えられたドレスであった筈が、今は装飾を凝らした儀礼用と思しき水晶の如き質感を持つ甲冑に身を鎧わせていた。
一方で、ラティルの側に目を向ければ、目を見張る変化を迎えていた。平服姿の男性神官と言った姿から一転、氷晶を縒り合わせて造れた様な華麗な装飾が施されたドレスを纏う美女の姿へと変じていたのだ。
その彼女が纏うドレスは、“輝ける霜雪の姫”が纏うそれに類似した意匠となっていた。
大きく変化した二人の姿に、本人達ばかりでなく周囲の人々が驚きでざわめきを見せる中、竜姫は従者たる老トートに呼びかけ、自らの傍らへと呼び寄せる。
そして、自らの纏う雰囲気をより厳かなものへと移り変わらせながら、姿を変じた二人へと徐ろに言葉を紡ぎ出した。
「……これより、“蒼き巨竜の瞳”と我等の母の母たる“闇神竜”……そして、この場に立ち会いし者達の前で問う……
レインよ……其方は、そこなラティルを妻とし、共に歩むことを誓うか……?」
「え?……はい、誓います」
突如として巻き起こった展開に、呆然とした様子ではあるものの、騎士姿となったレインはしっかりとした声音で返答を口にする。
そんな彼の騎士の様子を、竜姫は満足気に見詰めて頷きを見せる。
「よろしい……
では、ラティルよ……其方は、そこなレインを夫とし、共に歩むことを誓うか……?」
「……はい、もちろんです!」
半ば開き直った様子ではあるものの問われた花嫁姿のラティルより声高く返答を述べた。
そんな花嫁の返答に、竜姫は再び満足気な笑みを浮かべて頷いた。
「よろしい……其方等は、互いを互いの伴侶とすることを、妾とここに居る者等の前で誓った」
そう宣言した“白鱗の竜姫”は、傍らの従者へと振り返り、書盤と硬筆を手にした老爺へと問いかけた。
「……記したか?」
「……………は、こちらに……」
トート族の長老は、自ら記した書盤を恭しく“輝霜姫”へと差し出した。その書盤の内容に素早く目を通した後、竜姫――フィリアリーンは手の書盤を人々の前に掲げて高らかに宣言する。
「人の世の3043年目の火竜の蒼の月の16の日に述べられしこの誓いは、ここに記された……!
この書盤は、妾が然るべく我が叔父へと手渡し、その史書に書き加えられることだろう。
其方等に、我等が父の父たる御方、母の母たる御方の祝福があらんことを……!」
“白鱗の竜姫”の宣言と祝福の言葉が、朗々として酒場に響き渡った。その凛とした声色は、普段の猥雑とした雰囲気を持つその場に、“大神殿”の大聖堂にも負けぬ神聖な空気を満たしていた。
その清浄な空気が満ちる中、宴席の末席にある卓の一つに座していた一人が立ち上がる。その者とは、鈍色の翼を背に持つガルート――イェンフェイであった。
「この二人に“地母神”クレアフィリアの恵みあれ!……“聖鳥”ガルーフィニスの護りあれ!……二人の生に幸いあれ!」
鳥人族の男が述べた祝福の言葉は、その場に再度朗々と響き渡る。
そして、その声に呼応する様に其処彼処より宴席に集う人々が立ち上がり始める。
「……貴方達に“金竜王”シャオラーンの祝福あれ!」
「御二人に“海の女神”ネリーダの恵みがありますように……“虎王”ナグレブの護りがありますよう……!」
「……“大祖”ミギウの導きが其方等に照らされんことを……」
「二人に“黒竜王”ノルザリーンの護りがありますように!……“聖馬”フィーリニームの導きがもたらされますように……!」
立ち上がった人々は、口々に自らが信ずる神々や聖霊の名を口にして、二人への祝福の言葉を送って行く。
そうして歓喜と興奮の坩堝と化したまま、“山脈の泉”亭の夜は過ぎて行った。
その夏の夜に、季節外れの白雪が降ったことは知る者は多くなかったが、その一連の顛末を、天上より“蒼き巨人の瞳”と“漆黒の母神”は静かに見守っていたのだった。
ちなみに、裏設定を述べさせて頂くと……
ティアスとセイシアの結婚の際にも、同様の事件が起こっていたりします。(その所為で、古参の冒険者には耐性が付いていたと言う訳です。)
とは言え、来訪した賓客の顔触れは違う訳ですが……
その内訳が、祭司役に“黒竜王”ノルザリーンが立ち、記録役に“虹翼の聖蛇”エルコアトルが立つと言う、今回より一段上の顔触れでした。
当時は、“黒竜王の災い”が終息して間もなくの頃であり、ミゼル達による渾身の一撃から快復しきっていない状態だったので、ティアス達も驚く出来事だったりした訳ですが……
* * *
さて、これにて第三部は終幕と相成ります。
第四部の公開まで、幾許かの時をお待ち頂ければ幸いです。




