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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第三部:”虹の瞳”の結婚
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第六章:予期せぬ賓客

 やがて、“蒼の月(“蒼の巨人”の瞳)”が中天に皓々と輝き、宴席に集う人々の興も盛り上がりを見せる頃、夏も盛りと言う時期に似合わぬ涼風とともに二人の人物が酒場の扉より現れた。

 その二人とは、一人の女性と一人の老爺であった。


 この二人の内で、女性の方が賑わう酒場を見回した後、傍らに控える老爺に問うた。


「……ここが、叔父上の仰った酒場かえ?」


「はい、その様に御座います、殿下」


 そう答えた後、老爺は深々と頭を垂れた。

 そんなやり取りを交わす二人の姿は、宴席に集った人々の耳目を自然と集めていた。



 衆目の視線を集める二人の内、その一人である女性は、独特な威風と優雅を纏い、雪の如き白い肌と水晶の如く澄んだ純白の長い髪を持つうら若き令嬢であった。

 その瞳には鋭い眼光が宿り、身に纏う氷雪のドレスと相俟って、冷たくも硬質で汚れの無い氷晶を想起させる美女であった。そして、その頭部――蟀谷(こめかみ)から(うなじ)の上部にかけて冠上に伸びる六対の角や瞳の形状に気付いた目敏い者達は、その正体を悟って目を剥いた。


 一方で、その女性の傍らに控える老爺とは、トート族の老人であった。その顔や四肢には、相当の齢を重ねたと察せられる深い皺が走っており、その瞳には堅固な意志と深い知性を宿していることが窺えた。

 この様な相当な齢を重ねた老いたトート族が人間の町を訪れることは稀なことであり、女性の正体に気付けなかった者を中心に、訝しげな視線が老爺へと集まることになる。



 そんな宴席の人々の中にあって、激烈な反応を示す者達があった。


「「!……あの御方は!」」


 それは、この場において逸早く氷晶の如き令嬢の正体に気付いた二人――レイランとリテルであった。

 彼等は慌てて女性の前へと躍り出た。そして彼女に向けて、レイランは拝跪し、リテルは平伏した。その様子を目にして、古参の客達は彼女の正体を概ね悟ることとなった。


 その様な周囲の喧騒を鷹揚な態度で無視した上で、彼女は首を垂れる二人へと一瞥を送った。そうした後で、彼女等は宴席の中で立つとある人物の許へと歩み寄り、言葉をかけた。


「久しいな、ティアス。叔父上や父上、それに伯母上に頼まれてな、其方(そなた)の娘等のこと、観に参ったぞ」


「それはそれは、光栄の至りでございます。“黒竜王”陛下や“白竜王”陛下、それに我が養父エルコアトルにお変わりはございませんでしょうか?」


 鷹揚とした口調でそう語る淑女に対して、対面する“虹髪”の人物――ティアス=コアトリアは深々と頭を垂れた後で言葉を返した。

 そんな恭しい態度で言葉を紡ぎ上げるティアスに、少しばかり眉を顰めて言葉を返す。


「……白々しいことを……妾の父と其方の父たる叔父上は相も変らぬ。伯母上も、其方等が負わせた傷も癒えて執務に滞りはない。

 そのことは、其方の様な魔力を読む者には自明であろう?」


「……これは、失礼致しました。

 人の世での日が長くなり、つい詮無きことを申しました」


 そう言ってティアスは、氷晶の淑女へと謝罪の意を込めて再度頭を垂れたのだった。



 そうしたやり取りの間に、彼等の許へとティアスの家族達が集まって来ていた。

 特に、最初にやって来た黒衣の騎士服を纏う彼の夫人は、夫と相対する淑女の姿を目にして驚きに目を見開いていた。


「……輝、“輝霜姫”……!」


「久しいな、ティアスの想い人よ……つい二十年ばかり振りかな……?」


 驚きに声を上げた彼女に向かい、氷晶の淑女は優雅で威厳のある素振りで言葉を返した。


「……覚えて頂き光栄の……」


「その様な礼は無用じゃ、神霊の御使いよ。妾達――“公竜”に膝を折らずとも良い」


 礼の言葉を述べようとする彼女の言葉を、淑女――“輝霜姫”は穏やかでありながら強い口調で遮ったのだった。



 さて、“虹髪”の夫妻が“氷晶の姫君”と言葉を交わしている間、姫君の従者を務めるトート族の老爺は一人の同族を自らの前に呼び寄せていた。


「これ、セスタス!……盗賊なぞと言う罰当たりな真似をまだしておるのか?」


「…………長老……なんで、こんな所に……?」


 叱り付ける様な老トートの言葉に、“虹の友人”の異名を持つトート――セスタスは困惑と狼狽の色が混じった声を漏らす。そんな彼に向けて、老トートは矍鑠たる声音で返答の言葉を張り上げる。


「“白竜王”陛下の御息女の一柱たる殿下の御付の者として参ったのじゃ!

 所で、どうなんじゃ?……まさか、あの様な馬鹿馬鹿しいことに(うつつ)を抜かして、我等が医術の秘伝、忘れ果てたなぞとは言うまいな?」


「……まさか……それはちゃんと精進してるさ……」


睨み付ける様に問い詰めるトートの長老に向かい、憮然とした面持ちでセスタスは返事の言葉を紡いで見せていた。



  *  *  *



 そうしたやり取りが繰り広げられる中、宴の主役たる二人がその場にやって来た。

 やって来た二人の内、青年の方――ラティルが来訪した“氷晶の淑女”の姿を目にして、彼は自らの師にして舅である人物へと何処か虚ろな表情で問いかけの言葉を漏らす。


「……書院長……この、方々は……?」


 驚愕の色が微かに覗く問いの言葉を紡いだラティルであったが、その問いの答えを彼自身は察していた。ただ、彼自身に確信出来ずにいたのだ。


「妾は、“白竜王”フォルグローンの末娘、“輝ける霜雪の姫”の呼び名を持つ者じゃ」


「「…………!」」


 だが、そんな逡巡も淑女の一言で木端微塵に打ち砕かれた。その一言で宴の主賓たる夫婦やその周囲の人々――特に若年の者を中心とした幾人かが絶句する。



  *  †  *



 “輝ける霜雪の姫”――“輝霜姫”フィリアリーン……

 “六大竜王”の一柱にして、“氷の精霊力”を司る“白竜王”フォルグローンの末娘であり、父神たるフォルグローンの膝元たる“聖蛇山脈”を鎮座地に定める白鱗の公竜(ノーブル・ドラゴン)である。そして、彼女が父神――フォルグローンより、大陸西方域(ユロシア地域)における冬季の招来を始めとした、この地の冬に関わる諸気象を司る役目を委ねられている。

 故に、竜を信仰せぬ大陸西方域(ユロシア地域)の民の間でも、“冬の女神”として崇め奉る者も少なくない。



  *  †  *



 この様な場末の酒場に、降臨するには予想外以前の有り得べからざる来客と言うべき存在であった。


 そんな神々の一柱に数えられる高位竜族の登場に、動揺し静寂が拡がる宴席に対して、冬の女神たる氷晶の淑女は半ば呆れ混じりに言葉を響かせた。


「そこまで驚く必要もあるまい……“義理の”とは言え、妾の従弟殿の娘御が迎える晴れの席に顔を出しただけのこと……

 つい先頃も、伯母上がこの場を訪れたと耳にしておるがな……」


 “輝霜姫”が紡がれた言葉に、彼の姫君を注目していた若者達は仰天する。しかし、そうして驚く若者達が周囲へと顔を巡らすと、古参の冒険者を中心にしたり顔で笑い返す姿があったのだった。


 そうして、当時の驚嘆すべき出来事の思い出を古参の冒険者達が次々と口にし始める。そんな彼等の話に、若者達も耳を傾けたのだった。



 その場の雰囲気が次第に“白鱗の竜姫”から逸れて行く中、ティアスは“冬の女神”たる姫君へと囁く。彼の囁きを耳にした姫君は、同意の頷きを見せた後、宴の主役たる二人へと声をかけた。


「……さて、レイン、ラティル……其方等は此度、婚姻の儀を結んだそうじゃが……

 其方等二人とも両の性を併せ持つ者……夫婦の誓約は二重に交わしたのかえ?」


「「……え……?」」


 姫君の問いかけに、その意味が分からぬまま、二人はキョトンとした様子を見せる。

 そんな二人を目にして、“白鱗の竜姫”は呆れ混じりの溜息を漏らした。


「……なるほど、その様子ではしていないとみえるな。仕方がない……」


 そう口にした彼女は、自らの腕をゆっくりと振るった。それは呪文の詠唱もなく、魔法の為の結印の類でもなかった。

 しかし、“白鱗の姫君”の差し出された手より白く清冽な魔力の奔流が溢れ出す。その魔力(白き光)の奔流は、対面する二人を瞬く間に包み込んだ。



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