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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第一部:“虹の瞳”を得るまで
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第二章:“銃使い”の悩み 其ノ一

 セオミギア大神殿の一隅――大神殿書院の一室……


 そこは、書院の主要な役目とされている世界史編纂の作業が行われている部屋である。ここでは、書院長であるティアス=コアトリアと彼に付き従う神官達の手によって世界中の様々な史料・書籍が収集・研究・編纂されて、メレテリア世界の歴史を纏め上げる作業が続けられている。



 そんな部屋の中で、物静かな声が響く。


「ラティル君……手が止まっていますよ」


「えっ?……あっ、申し訳ありません!」

(……ああっ……あああっ、なんて事だ!書院長にお叱りを受けるなんて……!)


 響いた声の持ち主は、この部屋――いや、この書院の主であるティアス書院長である。書院長補佐の役職を預かる神官の一人であるラティルは、尊敬し崇拝していると言って過言ではない上司より注意を受けると言う失態を晒したことを、深く恥じ入っていた。



 ともあれ、この事自体に部屋に詰める一同から批難の類が生じた訳ではなかった。むしろ、この程度のことは日常茶飯事の内と言えた。


 この書院の仕事とされるものは、“知識神”ナエレアナ女神を祀るこのセオミギア大神殿が所有するほぼ全ての書物の管理と、メレテリア世界の世界史を記した歴史書の編纂の二つの作業に大別される。

とは言え、先代書院長以前においては、書院が抱える神代の遺物たる“大書庫”に収蔵されている蔵書の確認や北方大陸(ユロシア大陸)の大陸史の編纂だけで手一杯と言う状態が長く続いており、“神殿全書物の管理”や“メレテリア世界史の編纂”と言った事柄は名目上のものとなっていたのだった。


 だがしかし、現書院長にして、その髪の色や容姿より“虹髪の賢者”とも、その左腕の義手を指して“銀腕の賢者”とも称されるティアス=コアトリアが書院長に就任してより、名目上とされた仕事も自分達の仕事であるとして、徐々に処理して行く様になっていた。これは彼自身の並外れて高い知性による情報処理の巧みさが実現していた出来事と言い表すことが出来るだろう。しかし、それでも彼一人が担うには、書院が抱える“本来の仕事”と言うのは膨大に過ぎるものであった。

 必然、当代の書院長補佐職に就いている神官達は、自然とその仕事量は膨大となり、日常的に激務に曝されることになっていた。それ故に、書院長ならぬ補佐職の諸神官は、何がしかの失錯・失敗を犯すことが見受けられる様になっていた。


もっとも、温和な性格のティアス書院長は、大抵の場合において叱責を与えることなく、事態を即座に収拾させる手腕を持っていることもあって、大きな問題に至ることは余りなかったのだった。



  *  †  *



 とは言っても、ラティルが狼狽えるのには理由がある。


 それは第一には、彼が書院長の崇拝者の一人だと言うことにある。

 件の人物――ティアス=コアトリアは、“神殿都市”セオミギアはおろか大陸西方域(ユロシア地域)において“生ける伝説”と呼んで過言ではない経歴の持ち主である。誕生して間もなく“虹翼の聖蛇”エルコアトルに拾われて、その御許で成長し、16歳になって下山して“神殿都市”を訪れ、そのままセオミギア大神殿神官として或いは様々な魔法を操る冒険者としての数々の事績を積み上げて行った。そして現在では、“知識神”に使える聖者として、全ての系統の魔法を操り、神代・古代の忘れられた知識すら修めた賢者として高い名声を得た人物となっていた。

 そんな彼は、その出生からある種独特な神族観を有しており、“聖蛇”エルコアトルに関する独自の解釈を提示していた。このことから、彼――ティアスへの崇拝者や、彼の唱える説に同調する者達によって、“コアトリア派”と呼ばれる神殿内教派が形成されつつあった。


 ある意味当然の帰結として、書院――特に書院長補佐に属する神官の殆どが“コアトリア派”に属するものとなっていた。そして、ラティル=ウィフェルも“コアトリア派”に属する神官であった。更に言い添えれば、その中でもティアスの説の賛同者と言うより、崇拝者――むしろ熱狂的崇拝者の部類に類別(カテゴリー)に分類される人物の一人であった。


 そして第二には、ラティルの手を止めさせた物思いの内容に理由があった。その物思いの内容とは、まさに注意を受けた書院長と同じ色合いを持つ髪を持つ想い人のことを考えていたからだ。

要するに、昨晩の宴席での不義理――早々の退出――を後悔していたのだ。席を立つ際に見えたレインの寂しげな、或いは悲しげな表情が悪いことをしてしまったとの念を強くしていたのだ。


 そんな時に、想っていた彼女の父にして、崇拝する上司である書院長に注意を受けたのだ。自分の中の疾しさを指摘された様に感じて、普段以上に恐縮してしまったのだった。



  *  †  *



 その場は書院長に注意を受けたものの、それ以上の醜態を皆に晒すことなく仕事は続けられた。とは言え、普段の彼を知る者の中には、彼の様子に不信を抱かせるものがあった。


 やがて、その日の分とされた仕事を終え、使い終わった多数の史料を“大書庫”返還する為に、ラティルはそれら史料を抱えて執務室から退室する。そして、“大書庫”の管理執務室に向けて廊下を進んで行こうとした。

 そんな彼に向けて声がかけられる。


「おい!……待てよ、ラティル!」


「……何だ……誰かと思えば……ファーラン、何の用だい?

 今、忙しいんだけど……」


 背後からの声に振り返った彼の目に飛び込んで来たのは、執務室から出て来た同僚の姿があった。彼の名はファーラン=ザントア、学院生徒時代からの腐れ縁で、この書院付神官の中でも親しい者だった。

 そんなファーランは、ラティルに向けて駆け寄り、陽気な口振りで言葉を続けた。


「まぁ、そう思うから、手伝ってやろうかと思ってさ」

「その前に、あの古潭の要約、終わったのか……?

 それが今日の仕事だったろう?」


 陽気なファーランに向けて、ラティルは胡乱気な視線と共に言葉を返す。そんな彼に向け、ファーランは胸をそらせる様にして言葉を返した。


「な~に……目処が付いたから、手伝いついでにお悩み相談でもしてやろうかとね。

 今日のお前なんか変だったしな……」


「…………!」


「おっ、図星か……じゃあ、書院長の娘さん絡みってとこかな?……振られでもしたか?」


 確信に近い所を突くファーランの軽口に、言い淀み口を噤んでいたラティルは激昂して言い返す。


「ファーラン、いい加減にしろ!……大体、お前のその軽薄さは神官籍を持つ者として相応しくないぞ!」

「……お前、何時から“ホリエルス派(保守厳格系教派)”に宗旨変えしたんだ……?

 そんなこと言わずに、抱えてる本、幾つか渡せよ。それだけ積み上げてると、前も見えないだろ?」

「結構!……お前に手伝って貰わなくていいよ」


 ファーランが紡ぐ揶揄する言葉に、眉を顰めた様子を見せたまま、ラティルは足早に廊下を歩み去ったのだった。



  *  *  *



 …………ダン……ダン……ダン……



 日も暮れようとする夕暮れ時に、断続的に鈍い音が響き渡る。


 そこはセオミギア大神殿戦院の弓等の射撃武器を訓練する為の射撃訓練場である。戦院とはセオミギア大神殿とそこに務める神官達、そして信徒等を守護する神官戦士達を統括する部門である。故にこそ、戦院には神官戦士達が武芸・武術の修練を行う為の各種訓練場が設置されている。

 ここもそうした訓練場の一つであった。


 しかし、先程からこの訓練場を使用しているのはたった一人の人物であった。その者こそ、ラティル=コアトリアである。


 これらの訓練場は、戦院付の神官戦士のみならず、冒険者業を営む神官等に対してもある程度解放されている。

 弓矢と言った射撃武器に高い適性を持つラティルは、度々この訓練場を利用していた。これには、優れた射手としての適性を見せるラティルの存在が、戦院付の神官にとっても良い刺激となるとして、戦院側も彼の訓練を歓迎していたことも影響しているのだろう。


 とは言え、今日のこの日、この時は、ラティルは少々無理を頼んで一人でこの訓練場を使用したいと申し出ていたのだった。



  *  *  *



 …………ダン……ダン……ダン……



 ラティルが見据える遥か先には、四半尋(約45㎝)程の直径をした的が設置されている。設置されているその的は、そのど真中に掌程度の穴が穿たれていた。

 それは、ラティルが夕暮れ時に訓練場へ入ってより撃ち続けた、数十発の弾丸によって穿たれた結果である。北方共通銀貨と同程度の直径を持つ球体の弾丸を数十発も叩き込まれて穿たれた穴が、当の弾丸の三倍程度の直径の穴に納まっていることは驚異的と形容しても過言ではないだろう。



「…………ふぅ……」


 一頻り弾丸を撃ち続けたラティルは、小さく息を吐いた。そうして、気が済んだのか手にしていた魔力銃を下ろし、後片付けに取りかかったのだった。



  *  *  *



 そんな訓練場を見下ろせる一室にて、二つの人影が後片付けに動き回る彼の姿を見詰めていた。


「……こんな所にいらっしゃるとは……何かありましたか、ティアス殿?」

「……分かりますか、ゲオルグ猊下?」


 窓際に立ち部屋の外を見下ろす人影に向けて、その人影より一歩奥に立つ人影から声がかけられる。その呼びかけに、窓際の人物は声がかけられた背後の方へと振り返りながら、言葉を返した。


「……ティアス殿、その猊下は止めていただけぬか。我等は同格の院長職にある身、むしろ、書院の方が戦院より上位でありましょう。

 それはともかく、普段であればもう一回り小さい狙いで撃ち抜いていますからな……何かの雑念を振り払いたいのでしょうな。」


 窓際の人物より返された言葉に、奥の人影は僅かに肩を竦め、苦笑染みた声音で言葉が返し、次に苦笑染みた口調を改めた上で言葉を続けた。

 そんな人影の言葉に、窓際の人物もまた微かに肩を竦める様な素振りを見せた上で言葉を返す。


「各院に上下の差を付けるのは如何かと思っているのですが……

 そうですね……最近、様子がおかしい所があるのは気付いていたのですが……相談に乗ってあげることにしましょうか……」


 呟くように紡がれた窓際の人物の言葉に、奥の人影より問いの言葉が漏れる。


「……その様に目を掛けるとは、何故ですかな……?」


「……極めて個人的な事ですから……」


 問いの言葉は、微笑を含んだ声によって返されたのだった。



 その場に立つ二人の人物は、何れもこの大神殿に九つある院の長を務める者である。


 窓際より幾分奥に立つ一人の名は、ゲオルグ=シェルブレーク……セオミギア大神殿戦院を預かる戦院長であり……


 窓際にてラティルの姿を見詰め続けていた者の名は、ティアス=コアトリア――セオミギア大神殿書院長たる“虹髪の賢者”であった。



 戦院長に向けて言葉を返した書院長は、淡く輝く“虹髪”の影に隠れた瞳の中に何等かの感情の光が宿っている様に、対面していた戦院長――ゲオルグには感じられた。



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