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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第二部:“剣撃ち”と呼ばれるまで
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第三章 :“異相体”の女神官と旧友

 “大書庫”での騒動の後……散乱した書籍を拾い集めて、所定の書棚への返却が終わった二人――ラティルとファーランは、共に昼食を取る為、書院所属の神官が利用する食堂に向けて歩を進めていた。そんな二人は何処か憮然としたまま黙り込み、何とも気拙い雰囲気を漂わせていた。

 そうした微妙な沈黙を破ったのはファーランであった。


「……ああ言うのは、なしにして欲しいよ……正直言うとさ……」


「…………ゴメン……」


 悄然として項垂れるラティルから小さく謝罪の言葉を漏れる。そんな彼女の姿に、ファーランは一瞬しまったと言った表情を覗かせた後で慰めの言葉を紡いだ。


「……分かってるなら良いさ、今後気を付けてくれたら……

 ほ、ほら、書院長も女性体に慣れたらこんな事も自然に治るって言ってたし……」


(……ぅぅぅ……こいつ本当にあのラティルなのかよ……?)


 愁いを帯びた彼女の姿と声を横目に見つつ、思わず慰めの言葉を紡いだ自分に気付き、内心で頭を抱えていた。それは自身の知るラティルと、今自身の隣を歩くラティルの懸隔に戸惑いを覚えずにはいられなかったからだ。



  †  *  †



 ほんの数日前、ティアス書院長が連れて来た“虹色”の瞳を持った美女が、女性体となったラティルであると紹介された時、書院所属の人々は驚いたものの、殆どの者がすぐに納得したのだった。

 それは、件の女性の容姿にラティルの面影が残っていることが見受けられたこともあったし、彼女の言動から窺える口調や仕草も書院の者達が知るラティルのそれであったことも影響があるのだろう。加えて言うなら、その性別や容姿を変化させるティアス書院長と言う前例を知っていたこともあるのだろう。



 さて、ファーランとラティルは学生時代からの付き合いがあり、同じ時期に書院所属の神官となった友人同士であり、その付き合いの長さは結構なものになる。そうした縁もあって、ティアス書院長の下で世界史編纂の作業を共に机を並べて進めている仲でもあった。


 だからこそ、女性体となったラティルの変化をファーランは間近で目にすることになっていた。


 確かに、“彼女”は仕事の処理速度は非常に早くなっていた。しかしその反面、仕事に付随する瑣末事で様々な失敗が増加していた。結果として差し引きした全体として見た場合には劇的なまでに早くなっていた訳ではなかった。

 むしろ、瑣末な失敗に同僚の神官達が巻き込まれることが頻発した。そして、こうした失態の煽りを真っ先に受けるのはファーランであることが少なくなかったのだ。


 とは言え、本人に悪気がある訳でもなく、今の所は取り返しのつかない深刻な失敗がある訳でもない。それに書院長からの一言もあって、ファーラン達はこの騒動を一応は静観することに決めていたのだった。



 ともあれ、女性の姿に変じてしまった同僚に対して、どの様に接したら良いのかと困惑するものは少なくなかった。



  †  *  †



 そんな悄然としたラティルと困惑気味のファーランは、唐突に背後より声がかけられた。


「おい!……君がラティル=ウィフェルか……?」


「……はい、そうですが……?」


 やや険のある声を耳にして、ラティルは困惑気味に声のした方へと振り返った。振り返った彼女の視界には、神経質そうな吊目(つりめ)の男であった。

 神官の衣装を几帳面に着こなすその男は、険の籠った声で言葉を続けた。


「なら、大聖堂でがなり立てている男を何とかしろ……!

 全く、男の癖に女性となるなんて馬鹿なことをする輩や、あんな男と知り合いな輩がこの“大神殿”の神官をやっているなぞ、何かの間違いであって欲しいものだ……」


 侮蔑の色を隠す様子もなく紡がれた男の言葉に、憤慨したのはファーランの方であった。彼は更に言葉を続けようとした男の襟首を掴んで、静かな凄味のある声で囁いてみせる。


「おい……聞き捨てならないな、その言葉……」


 そう口にした後、ファーランは男の姿を上から下へと睥睨した後、再び凄味のある声色で言葉を続ける。


「……お前、法院の神学士の様だが……ホリエルス派か、何かか……?

 そんな些細なことをネチネチ言いたくるから、神学士止まりなんだよ……!」


「…………」


 ファーランの悪罵に対して、男は顔を紅潮させ憤りを見せながらも、反論の言葉を紡ぐことは出来なかった。



  *  †  *



 “神学士”とは、神殿に仕える者の内で、“神霊”や“聖霊”を見聞きして“聖霊魔法”を行使することの出来ない者達へ与えられた呼称である。


 基本的に、“聖霊魔法”の使い手である“神官”と区別する為に用いられる呼称と言える。

 建前の上では、“神官”と“神学士”は同格であり、司祭や司教、或いは大神殿院長と言った役職に就く神学士もいない訳ではない。しかしながら、 “神々”の声を聴くことが可能であり、奇跡の技を行使出来る“神官”の方が様々な面で優遇される傾向にあった。


 更に言えば、身に纏う神官服の意匠も微妙に異なり、神殿における神官籍でも区別して登録されている。



 さて、 “厳格派”とは、神殿内教派の中でも厳しい戒律による厳格で禁欲的な生活を送ることを旨とする一派の総称である。


 厳しい戒律で禁欲的で清貧な生活を旨とする厳格派神官は、ある意味で神に仕える神官として相応しい姿に人々の目に映る傾向にあるらしい。

 しかし、その厳格な戒律に縛られることで信仰の形骸化を招き易い弊害があるのか、神学士の占める割合が多い傾向にあった。



 そして、“ホリエルス派”とは古代紀初期の法院長ホリエルス1世の提言を基に成立した教派である。

 さらに言い添えるなら、“セオミギア大神殿”の中でも厳格派に区分される教派の中で最古最大の教派とされている。


 肉食・飲酒・妻帯、それに武器の携帯や戦闘を禁止し、世俗権力との癒着を忌避するその姿勢は、厳格派と称される教派の中でも特に厳格な戒律を規定している教派であると言えた。

 その長い歴史を持つ教派と言うこともあり、“セオミギア大神殿”の中でも有力な教派の一つではあるものの、その厳格な戒律が裏目に出て“聖霊”を見ることなく終わる者も少なくないと陰口を叩かれる教派の一つでもあった。



 結果として、女性体を得てレインとの結婚を控えたラティルに対して、ホリエルス派を代表する厳格派に属する者達には隔意を抱いている者が少なくない数が現れていた。


 更に、そうした隔意の中に“神官”に対する“神学士”の妬心を隠して敵愾心を湧き立たせる者も少なくない様に、ティアス書院長と親しい者達は感じられていたのだった。



  *  †  *



 ともあれ、男性神学士に荒っぽく凄んだファーランの腕へ、ラティルは腕を伸ばした。


「……ファーラン、やめろよ。それで、大聖堂で騒いでいる方って……?」


 憤るファーランを諌めたラティルは、次いで男性神学士に向けて詳しい事情を問いかけた。



 その神学士の話によると、突如として大聖堂に板金鎧(プレート・メイル)に身を包んだ男が踏み込んで来たと言う。


 鎧装束等の武装した姿で“大神殿”に訪れる者と言うだけなら、多くはないながらも例がない訳ではない。この都市の国軍たる“白牙騎士団”の騎士等は状況によっては武装した姿で“大神殿”を訪問することはある程度見られることであるし、他国の貴族や騎士にしても同様の例はある。

 しかし、今回はそうした例と異なり、今回現れた男は女神像への一礼をすることも、神殿や神官への礼節を見せることもなく、場違いなまでの大音声でラティルの所在を尋ねたのだった。それは下町の破落戸(ゴロツキ)共の如き無頼さであったらしい。


 ともあれ、そんな無頼な振る舞いを見せる男に対して、その場(大聖堂)にいた祭事院所属の女神官が声を抑える様にと注意し、用件を尋ねたのだった。そうして、この男の用件がラティルとの対面を要求していることを聞き出したらしい。

 一連の騒動のお蔭で、対応した彼女もラティル=ウィフェルのことは知っていたらしい。しかし、書院所属のラティルがいるであろう“世界史編纂室”は、基本的に一般信徒の立ち入りが禁止される区画である。そこで、自分が呼び出すまでここで待って欲しいと申し出た所、急に怒って再び大音声を上げて騒ぎ出したらしい。


 そこで、その場にいた神官や信徒の有志がラティルを探しに出たらしく、この神学士もそうした有志の一人と言う訳だった様だ。



 ともあれ、一通りの話を聞き終えたラティルは、急いで“大聖堂”に続く廊下を駆け出した。そんな彼女の背を見たファーランも、興味半分心配半分と言った様子で、その後を追って歩を進めることにしたのだった。



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