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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第一部:“虹の瞳”を得るまで
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第一章:“銃使い”と“虹の魔槍士”

 本作は「少年少女文庫」等で掲載して頂いた『“虹の瞳”の物語』に加筆修正を加えたものとなっております。

 楽しんで頂けたのなら幸いです。

 そこは北方大陸(ユロシア大陸)西方域(ユロシア地域)――その北方有数の都市として知られる“神殿都市”セオミギア……その都市の中でも繁華街と呼ばれる区画の表通りから少しばかり奥まった場所に建つ店があった。


 その店の名は“山脈の泉”亭と言った。そこは少しばかり特殊な酒場兼宿屋を営むそれなりに由緒ある老舗の部類の店である。



「今回の冒険の成功を祝して……カンパーイ!」


「「「乾杯!」」」


 そんな雑多な喧噪が包む酒場――“山脈の泉”亭の中、涼やかな声音の戦士が発した音頭の元、(テーブル)を囲む一同は手に持っていた杯を掲げて打ち鳴らし、その中身である果実酒を飲み干す。

 そうして彼等は酒を酌み交わし、談笑を交し合う。



「今回は何のかんの言いつつ大漁だったよなー」


 先程、音頭をとった戦士が口にする。


 この人物は、男言葉を喋ってはいるものの、その容姿は艶やかな“虹色”の長い髪や整った顔立ちと細く引き締まりつつも優美な線を描く体形等を見れば、女性であるとの印象を感じさせる。ただ、その声は美声と言って間違いないが、男性にしては高く、女性にしては低い、どちらとも言えそうで言えぬ代物であった。


 小気味良く杯を呷る戦士に向かい、その対面の位置に座る少年より声が上がる。


「姉様、それじゃあ合成魔獣(キマイラ)に追い回された僕等に何か言っても良いんじゃない?」


「……あれは、不用意に扉を開けたお前の落度だ」


 しかし、その言い分は、少年の右隣に座る幾分年嵩の男性によってすげなく却下されてしまう。


 男性の言葉に、頬を膨らませて不満の意を表す少年の姿は、対面する彼が“姉”と呼んだ人物とよく似た顔立ちをしており、同じく“虹色”に輝く髪を持っていた。されど、二人の纏う全体的な印象を比べると、ある種の華を感じさせる“姉”と呼ばれた人物に対して、少年の方は何処か平凡な印象に感じられた。


 一方で、そんな少年に無言の抗議を投げかけられている男性は、素知らぬ様子で皮手袋に覆われた手が握る杯をゆっくりと傾け、その中の酒を舐める様に口にして行く。

 色白で神経質そうな雰囲気を纏う痩身のその男性は、只の人間ではなく“亜人”と称される者の一種であった。その証拠に、耳に当たる箇所からは鳥の翼の様な器官が生えており、皮手袋に越しに窺える指の形状は人間のそれとは若干異なる物であると判る者には見抜けるだろう。



 ともあれ、“虹髪”の戦士は、弟である少年と痩身の男の言い争いがそれ以上に大きくならない様に制止の言葉を投げかける。


「いいじゃないか、その事は……第一、あれはラティルが仕留めてくれたじゃない……ねぇ」


「えっ!?……ゴホッゴホッ!」


 そして、自身の右隣に座る青年に向けて優しげな調子で声をかけた。その青年とは、他の三人に比べて平凡な容貌と印象を受ける人物と言えた。

 その青年は不意に名を呼ばれた所為か、驚いて口にしていた酒がおかしな所に入ったのか盛大に噎せたのだった。

 そんな青年の姿を目にして話の出鼻を挫かれたのか、“虹髪”の彼女はがっかりした風情で顔を背けた。



  *  †  *



 さて、この卓を囲む四人は、ここ――“山脈の泉”亭、所か“神殿都市”セオミギアでは少しは名の知れた冒険者である。


 最初に登場した“虹髪”の戦士の名は、レイア=コアトリアと言い、“虹色の戦乙女”の異名でも呼ばれている。

  彼女の両親は十年程前まで冒険者としても活躍していた人物であり、“神殿都市”セオミギアのみならず北方大陸(ユロシア大陸)でも広く知られた人物でもある。父の名はティアス=コアトリア、“虹髪の賢者”の異名で称され、現在はセオミギア大神殿書院の長を務める高司祭であり、世界でも有数の魔法の使い手たる賢者として知られている。母の名はレイン=コアトリア、“黒き戦乙女”或いは“漆黒の姫将軍”の異名で称され、この都市国家――セオミギア王国が保有する騎士団である“白牙騎士団”の第二席副団長を務める女傑である。

 そして、彼女自身は父譲りの魔法の才と母譲りの武芸の才を活かして、巧みな槍術と高度な帝国魔法を操る魔法戦士として、また両親と同様に女性でも男性でもある美人として、男女を問わず人気を集める人物であった。


 次に、彼女――レインの対面に座る彼女の弟の名はメルテス=コアトリアと言い、“虹の声”の異名で知られる吟遊詩人でもある。

 ちなみに、レインとは両親の立場が入れ替わり、セイシアを父とし、ティアスを母として誕生している。

 そんな彼は、父セイシアや姉レイン程には武芸の類に興味はなく、むしろ母ティアスが時に扱う古代の英雄譚等に興味を示し、吟遊詩人としての道を志したのだった。そうして、彼は変幻自在な声色を操る歌声や流麗な舞踏の巧みさ等で注目を集めつつある。


 更に、少年――メルテスの右隣に座る痩身で年嵩の亜人の名はセスタスと言い、“虹の友人”との異名を奉られている。

 彼は、この都市の北に聳える“聖蛇山脈”に住まうトート族の呼ばれる種族の者であり、“虹の賢者”ティアスとは幼馴染と言える間柄の人物だ。トート族は、“知識神”の眷属にして“魔法の神”として崇められる“虹翼の聖蛇”エルコアトルに仕える亜人種であり、多く薬師や賢者と言った職を生業とする者が多いことで知られている。

 しかしながら、そんなトート族の中にあって、彼は盗賊を自らの生業として選んだ異色の人物として知られている。盗賊と言っても、古代の遺跡に挑む冒険者としてそれである。また、同時にセオミギア大神殿薬院において薬師としての腕を振るうことも知られている。今は、ティアス夫婦に頼まれたこともあって、幼馴染の子供達の世話役と言った役所を自任しているらしかった。


 最後に、レインの右隣に座っていた青年の名は、ラティル=ウィフェルと言う。“銃使い”の異名で知られつつあるセオミギア大神殿書院付の神官である。

 くすんだ金髪に緑の瞳を持つ童顔・華奢なこの青年は、自身の直属の上司にして神官としての師匠に当たる書院長ティアス=コアトリアの勧めに従い彼女等との冒険行に参加していた。その際に譲られた古代武器が、彼の異名の由来となっていた。



  *  †  *



 そうして彼女等のささやかな祝宴は、夜半を迎える前にお開きとなっていた。

 それは酒に然程強くないラティルが、自身の体質や神官職であること等を理由として早々にこの宴席を立った為である。


 一方で、ラティルが席を立ち酒場を去った途端、レインの虫の居所は急速に悪化していた。先程までラティルの傍で機嫌良く酒を飲んでいた様子から一転、殺気すらも感じられるまでに険しい表情を浮かべて、レインは黙々と杯に酒を注ぎ、黙々と酒の満たされた杯を呷って行く。


「…………」


「……姉様、そんな飲み方、身体に悪いよ」


 不機嫌そうに次々と酒を呷る姉――レインの姿に、弟――メルテスより声がかけられる。だが、レインは即座に弟を睨み付ける。


「……うるさいぞ!」


 怒鳴り返された弟――メルテスは、一つ溜息を吐いて、憮然とした呟きを漏らす。


「…………まぁ、ねぇ……最近避けられてるからって、こっちにまで八つ当たりするの止めて欲しいよね……」


何時(いつ)八つ当たりなんてした!」


「おお、こわ……」


 自身の呟きを耳にして再度怒鳴り声を上げた姉の姿に、メルテスは芝居がかった調子で肩を竦めた。

 結局の所、この姉弟は姉であるレインが呑み潰れた夜半を大幅に過ぎた遅い時分になってから家路に着くことになったのだった。



(はぁ……レインさん、怒ってるだろうなぁ……)


 二つの月と街灯に照らされた薄暗い通りを大神殿の神官寮へ向かいながら、ラティルは先程の自身の行いを振り返り、思わず溜息を漏らしていた。


 あの時、彼が席を立ったのは、神官たる者は日々の節制を心掛けるべきであると言う理由等は、所詮言い訳に過ぎない。本当の理由は、酒に弱い自分が酔いに任せて、レインに向かって自身の気持ちを吐露してしまうことを恐れていたからだった。


 そんな不甲斐ない自分に肩を落としつつ、ラティルは自身が寝泊まりしている神官寮へと向かって歩を進んで行った。


『……本当に……それで良いんですか……?』


 人気(ひとけ)のない夜道を進む彼に向け、何処ともなく声がかけられる。

 しかし、彼は敢えてその言葉を聞かぬ振りを通したのだった。



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