回転灯篭
気がつくと、私は草原にいた。
一面に続く緑と青をぶちまけた空に昇ったばかりの太陽が眩しい。
桜が私の小さな手に舞い降りる肌寒い春。
「ユタ。」
振り返るとにこにこ顔を輝かせるサカとミナがいた。
「なにしてるんだよ。早く行こうぜ。みんな待ってるよ。」
サカは得意げに言うと私の手を掴んで長く続く草原へ走る。
やっとのことで皆の所についた時、太陽はわたしの頭を見下ろしていた。
暖かい。向日葵が笑っている。
爪の伸びた手を気にしながら皆の所に駆け寄る。
「ごめん。気づいたら寝てたよ。」
足場の悪い砂利道を進みながら私は言った。
「全く、いつでも寝ることばっか。」
サカが口を尖らせて言う。起こしに来てくれたのは嬉しいが、その言い方はないだろう。
学生服を身にまとった皆はサカの話を聞いて笑っている。
全く、心外だ。
「そんなことより、早くしないと学校始まっちゃうよ。この川を越えたら学校なんだし、遅刻する前に行こうよ。」
成績優秀なタミはいつも学校のことばかりだ。
こんなに輝いて透けた水に目もくれず学校に行くなんてもったいない。
少し大きな岩に腰掛けて川を見渡す。
魚はいるんだろうか、どこかに仕掛けはないだろうか、その仕掛けにいたずらをしてやろうか、色々と考えたのだが、考えがまとまらない。
「川を越えたら学校か…めんどくさいなあ。」
これから始まる憂鬱な時間に思考が傾いてしまう。
「なっ、ユタ。学校の授業サボろうぜ。」
サカが微笑みながら私に手を差し出す。
骨ばってがっしりした大きな手。
私の手も大きい方だが、細くて、陶器みたいで、サカとは大違いだ。
私とサカは川を後にして、近くの街道に来た。
太陽は頭の上を通り過ぎ、沈み始めている。
空に壮大にこぼれた橙色と、それを広げる舞う橙色。
サカと紅葉の道を歩く。
「はあ…眠いなあ。」
異常な眠気が襲ってくる。大分温度も下がったものだ。
「ユタァ。寝るなよお。」
街道をぬけてついた所は、海を見下ろすことのできる大きな崖だった。
サカと並んで、永遠と感じるように流れる海を見つめる。
寒さが増してきた。手をすり合わせる。
マニキュアを塗って、キラキラ光る爪にふと、白い粉が落ちる。
「サカ、見て。雪だわ。」
沈みかけた太陽にサカの綺麗な輪郭線が浮き出る。
「ああ、綺麗だ。」
サカは、冷たくて、悲しげのある目をしている。なぜだろう。
とうとう太陽は沈み、吐く息は真っ白になる。あたりには漆黒の闇が染み込み始めている。
指先が悴んで動かない。
「寒い。川を越えましょうよ。」
サカは「仕方ないな。」というと、皺が刻まれて、冷たく悴んだ私の手を握って、向こう側への川を渡る。
雪が積もった川は幻想的に光り輝き、見る物を魅了する。
「綺麗ねえ…。」
恍惚とした表情で私は言う。
「そうだな。」
一方で、凍りついていくサカの表情。
川を渡り終えた後、サカは私をぎゅっと抱きしめる。
「ユタ。お前はこっちに来てはいけないんだ。」
「何言ってるのよ。これからもずっと、一緒じゃない。私たち。」
サカを強く抱きしめ返す。
「あぁ、そうだな。また一緒だな。ずっと、ずっと。」
サカが嗚咽し始めた。
そのサカと共に、川を後にする。
やがて、川のそばから彼女らの姿は消えた。
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一人、病院のベッドの上にいたユタの手が、だらりと下に垂れて、冷たくピクリとも動かなくなったのも、丁度その頃の話。
初投稿です。
拙い文ですが、読んでくださったことに感謝します。