カラスの露天
珍しく僕より遅く登校して来た彼女はえらく不機嫌だった。昨日も朝の一件以来、放課後に勉強を彼女に見て貰う時ですら碌に目も合わせてくれなかった。
そんな訳で僕はこれ以上機嫌を損ねないよう彼女に出された宿題をそっと渡した。
「君のおかげでかなり解けた気がするよ」
僕が言うのに頷いて、彼女は立ったまま僕から宿題を受け取るとぱらぱらとめくり始める。
「近所に光り物を集めるカラスがいるのよ」
彼女は僕の隣に腰掛けるなり世間話を始めた。
僕は身を硬くする。
「ガラスでも金属でも掠め盗っていく迷惑な奴なの。私もお気に入りのヘアピンを盗られたわ」
頭痛の種ですと言わんばかりに側頭部を指で押さえる彼女。
ヘアピンを盗られたのが不機嫌の原因だろうか。それともやはり昨日の一件か。
「そんなカラスが昨日、公園の端で戦利品を並べていたのよ」
戦利品という事は光り物か。コレクションを綺麗に並べて悦に入るのだろう。
「並べ終えたカラスが翼で地面を叩きながら大きな声で鳴いたかと思うとあちこちから沢山のカラスが餌をくわえてやって来て、次々と盗品と餌が交換されていったの」
彼女が窓の外に目をやる。視線を辿ると一羽のカラスが電線の上で翼を休めていた。
「そう、私が戦利品だと思っていたのは商品だったのよ」
カラスの露天商。売り物は盗品だから元手はゼロか。面白そうだし見てみたい。
「結局、商品は一つを残して餌と交換されたわ」
「残った一つは?」
彼女は盛大なため息と共に吐き出した。
「私のヘアピンよ」
忌々しいと口調の端々に表れていた。
「真っ先に売れるはずなのに……。本当に腹立たしいわ」
彼女はイライラと外のカラスを睨みつける。可愛そうに、と射竦められたカラスへ同情の眼差しを向ける僕に彼女は宿題を突き返してきた。
さっさと受け取れと鼻先に突きつけられたそれを僕は手にとる。
彼女の話は喩え話だろう。
ヘアピンに当たるのがこの宿題だとすると、彼女の期待を裏切って……。
背筋がぞっとした。恐る恐る見れば、カラスに向けていたよりずっと冷たい彼女の眼差しとぶつかった。
そんなに間違いだらけでしたか……。
せめて採点だけでもして貰いたいと請う僕に全て見直せと非道な言葉をぶつける彼女。
「自信を持つ前に実力をつけなさい」
泣き言を許さないとの宣言は本気らしい。