人の不幸は
昨日に投稿した『猫の逆立ち』が日間文学ランキングのトップになった嬉しさから続編を書いてしまいました。
「私は『人の不幸は蜜の味』って言葉がとてつもなく間抜けに思えるのよ」
早朝の涼しい風か吹き込む教室で隣に座る彼女が唐突に言い出した。
僕の方に身を乗り出して、開いた小説を指さしている。指の先には彼女が間抜けと評する言葉が書かれていた。
小説の前後を確認する。どうやら、話の流れが間抜けている訳ではないらしい。
「道徳的に問題はあるけど、人の本性を表した上手い表現だと思うよ」
僕は一般的だろう意見で彼女の言葉を否定する。
僕の意見に頷いた彼女は小説を閉じた。
「確かに、そういうある種の醜い部分があるのを否定しないわ」
「君なら尚更そうだよね」
常日頃の復讐を兼ねて悪態を吐く僕に対して、楽しそうにそれでいて何時も以上にあくどい笑みを浮かべる彼女。
「その悪口も蜜を味わいたいから口をついて出るの」
綺麗に受け止められてしまった。
彼女は話を展開する。
「人は皆その蜜を吸いたがる」
だからこそ、と彼女は言葉を繋ぐ。
「人の不幸を聞いたら足下に注意すべきなのよ」
……確かに示唆に富んでいる。いささか殺伐とした嫌いはあるけれど。
特に突っ込んで聞くところが見あたらない。彼女は何時も僕をやりこめて楽しむはずだからこれで終わりとは思えないのに。
「この前提で考えると、あなたが言った先ほどの悪口が気になるわ」
そこに繋げるのかと思うと同時に彼女が浮かべたあくどい笑みに合点がいった。
「つまり、あなたは本当に間抜けね」
僕を罵倒した彼女はとびっきりのお菓子を頬張ったような表情。
それはそうだ。
彼女にしてみれば、悪態を吐いて軽く受け止められた揚げ句に、注意不足だこの間抜け、と言われた僕の不幸。さぞかし甘い蜜だろう。
「やっぱり楽しんでるじゃないか」
僕の指摘に彼女はクスクス笑う。
「ちゃんと注意しているわ。そして、あなたをやりこめて足下に敷いておくの」
どうやら、彼女は養蜂家にでもなるらしい。
間抜けな働き蜂たる僕はため息を吐いた。