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とある人間

「返信待ち」


「また、送れなかった。」


スマホの画面には、打ちかけのメッセージが残っていた。


"今日、話せて楽しかった。ありがとう。"


たったそれだけの言葉なのに、送信ボタンを押す勇気が出ない。


誤解されたらどうしよう。重いと思われたらどうしよう。


そんなことばかり考えているうちに、時計は日付をまたいでいた。


結局、文字を全部消して、スマホの画面を閉じる。


これで何回目だろう。



---


彼女とは同じ学校だった。


話すきっかけは、本当に些細なことだった。


落としたシャーペンを拾ったこと。


その一言から少しずつ会話が増えて、廊下ですれ違えば挨拶をするくらいにはなった。


友達は言う。


「もういけるだろ。」


「告白しろよ。」


簡単に言う。


でも、好きだからこそ怖い。


今の関係が終わるくらいなら、このままでいい。


そう自分に言い聞かせていた。



---


ある日の放課後。


教室には夕日が差し込んでいた。


彼女は窓際で笑っていた。


その笑顔の先には、自分ではない誰かがいた。


楽しそうに話している。


胸の奥が少しだけ痛くなった。


「お疲れ。」


帰り際、彼女が声をかけてくれた。


「お疲れ。」


それだけ返すのが精一杯だった。


本当はもっと話したい。


「今日どこか寄らない?」


その一言が言えない。


彼女は手を振って帰っていく。


見えなくなるまで、その背中を見送った。



---


家に帰ると、またスマホを開く。


SNSには彼女の写真。


「今日は楽しかった!」


その投稿には、昼間一緒に笑っていた男子も写っていた。


胸がざわつく。


何も知らないくせに。


ただの友達かもしれない。


それでも勝手に落ち込む。


スマホを伏せて、天井を見上げた。


恋って、こんなに苦しいものだったのか。



---


季節は冬になった。


街にはイルミネーションが灯る。


カップルが笑いながら歩いている。


その横を、一人で歩く。


「来年こそ。」


そう思うのは今年で何度目だろう。



---


卒業式の日。


体育館には拍手が響いていた。


もう、この制服を着ることもない。


式が終わり、人が少なくなった校舎。


彼女を見つけた。


今なら言える。


そう思った。


足を踏み出す。


一歩。


また一歩。


でも、彼女のところへ先に駆け寄った人がいた。


「好きでした。付き合ってください。」


少し離れた場所でも聞こえるくらい、真っすぐな声だった。


彼女は驚いた顔をして、それから少し笑っていた。


その先の返事は聞かなかった。


聞けなかった。


踵を返して、その場を離れた。



---


春。


制服は私服に変わり、通学路も変わった。


新しい生活が始まる。


それでも、ときどき思い出す。


もっと話せばよかった。


もっと誘えばよかった。


もっと勇気を出せばよかった。


「もし」を並べても、時間は戻らない。


恋は終わった。


何も始まらないまま。



---


ある夜、スマホの写真を整理していた。


文化祭で撮った集合写真。


端っこには、自分と彼女が偶然並んで写っていた。


その一枚だけ、消せなかった。


未練ではない。


たぶん、忘れたくないだけだ。


あの頃、誰かを本気で好きになれた自分を。


いつかまた、誰かを好きになる日が来るかもしれない。


その時は、送れなかったメッセージも、言えなかった「好きです」も、ちゃんと相手に届けられる人になりたい。


そう思えた瞬間、春の夜風が少しだけ優しく感じられた。

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