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兄が悪役令嬢扱いされている。だいたい私のせい。

掲載日:2026/03/02

 兄が断罪されている。


「お前の悪事をここに告発する!」


 男が声高に叫んだ。反射でそちらを見たらこの様である。兄をあざ笑うように見下ろす男とその傍らで無表情の令嬢、子爵家の令嬢。男はエトマン伯爵家の令息、彼女はその婚約者だ。

 エトマン伯爵家は伯爵夫人が王家に連なる血筋であることを足がかりに人脈をひろげ力をつけ始めている。息子がそれを笠に着ていて、なかなかにうざ……めんどくさいのだ。

 

「なんのことだか……」


 兄がそう言うと、男はさらに語気を強く詰め寄る。


「フランソワにした悪事の数々。覚えていないとは言わせない」


 周囲の貴族たちは遠巻きに聞き耳を立てているだけだったが、この一言で決定的に見世物となった。

 兄はあの令嬢に何かしたらしい。おとなしそうな見た目の兄が令嬢にわざわざ何かしでかすとは思えないのだろう。

 私も思わず、乱入して根掘り葉掘り聞きたくなるほどだ。それに気が付いたのか傍らにいた婚約者が私の腕をがっしりとつかんだ。学園と同じく紳士服を身にまとっているのだから、そんな淑女(噂好きの少女)のようなことはしない。

 

「何をしたことになっているのか、伺っても?」

 

 兄が周りの目を気にするように見渡しなが話の続きを促す。注目を一身に浴びる男は、なぜか得意げに笑う。こういう時周囲の視線を、羨望のまなざしか何かと勘違いする輩が一定数いるのは不思議なものだ。

 

「彼女の大切なペンダントを壊したり、ありもしないうわさを流したり、今日の彼女のドレスも早く制作できないように手をまわしたのだろう!? おかげで今日のドレスに俺がどれだけ追加で金を払ったと思っている! いつもなら俺が言えば寝ずに作り上げたくせにあの服飾師め……」

 

 途中からよくわからなくなったが、なにか怒っていることはわかる。

 

「……それは、大変つらい思いをされたのですね」

「ここまできてしらばっくれるのか!」

「えぇ、全く身に覚えが……」


 そう言いながら兄は困惑した様子で一歩下がる。裾のレースが磨かれた床に模様を作る。

 そのまま目を泳がせるように周囲を見回している。私と目が合った。唇が動く。


 ――覚えてろよ。


 おっと、こちらに飛び火するのか。まぁ、兄がこの状況なのはほぼ私のせいであるだから当然と言えば当然である。しょうがない。


「第二王子の婚約者ともあろうオリビア・ローレンス嬢がこんな醜悪な女であるなんて!」


 男が口にした『オリビア・ローレンス』それは合図だ。

 その名前が響いたとたん、周囲にいた貴族たちは波が引いていくかのようにその場を離れていく。誰だって、巻き込まれるのはごめんだろう。


「……え?」


 その場に残るのは、伯爵子息、婚約者、兄。そして私。婚約者は貴族たちの動きに乗じて姿を隠した。

 会場の隅に残っていたエトマン伯爵が息子に駆け寄る。


「オリビア・ローレンスと、お前……いま、そう言ったのか」


「はい、彼女に嫌がらせをした女の名前ですが……」


 エトマン伯爵の顔から血の気が引いていく。次の瞬間、踵を返して走り出したエトマン伯爵に兄が足をかける。目の前で転倒した父とドレスがめくれることをまったく気にせず足を出した兄を混乱した様子で交互に見比べるバカ息子。


 ――さて、おいしいところをかっさらっていくことにしましょう。


「よく決心してくれたね。フランソワ嬢」


 私がそう声をかけると、フランソワは恭しく一礼した。


「オリバー様。えぇ、ほとほと、あきれました」


「だろうね」


 思わず肩をすくめて笑ってしまう。フランソワの顔がうっとりと溶けてしまったがまぁそれはそれ。


「お前、確かオリバー! フランソワに何をふきこんだんだ」


 声を大きくすることでしか強がれないアホ息子が私に突っかかり始めた。

 兄が転がった伯爵を引きずって、フランソワを伴って離れていく。うん、上々の展開である。


「エトマンくん。君、フランソワ嬢が話したこと何にも疑わなかったのかい?」


「なにをだ。彼女が嫌がらせを受けていないとでもいうのか!?」

「いや? 彼女が受けた嫌がらせはすべて事実だよ。ただ、受けた相手が違う」

「はぁ?」

 

 心の底から何を言ってるのかわからないという顔をする残念息子。思わずまだわからないのかとつぶやく。

 

「彼女の大事なペンダントを壊したのも、彼女の名前を勝手に出して品のない話を風潮したのも、ドレスの色をころころ変えて準備させなかったのも全部、君だろ?」


 この男、顔色一つ変えずにぽかんと口を開けている。本当にわかってないのか。

 

「まぁ、覚えがないならそれでもいいさ。私は彼女から相談を受けていてね。君と家のことも調べさせてもらったよ。いやぁ、いろいろ手広くやってるね」


 顔色が変わる。

 

 少し調べただけで、税金の過剰徴収と執拗な取り立て。国に納めるべき税の過少報告、横領。果てはその金で近隣国からの武器の密輸入まで出てきた。

 立派な国家反逆罪である。

 

 そのすべてにこの息子がかかわっているわけではない。しかし、武器の密輸入はこいつが主体で動いていたことはわかっている。

 

「ねぇ、あんなにいっぱいの火薬で何をしようとしていたんだい?」


 やっと男の顔色が真っ青になった。


「オリビア・ローレンス! あの女のせいだ!」


 男が取り乱し始めた。ここで暴れ始めたら、標的は私だ。少しくらいのケガは覚悟するかと、身構える。


「君がその名を何度も口にしないでくれるか」


 凛とした声が響いた。革靴の高い音が規則的に近づいてくる。


「オリビア・ローレンス、僕の愛しい人の名前だ。誠に不本意だが、これは合言葉なんだよ。大罪を犯した人間をあぶりだしたというね」


 我が国の第二王子、イアン・ノルワール。私の婚約者である彼は、この国の諜報、粛清を担う立場である。


「大丈夫かい? オリビア」


 私を心配そうに見つめるイアン。私が微笑むとイアンは不満そうに口を尖らす。


「だから最後は僕がやると言ったんだ」

「一番おいしいところは譲らないわよ」

「……こういう場面をおいしいっていうのはオリビアくらいだよ」


 そう話していると、男が大声で叫び始めた。


「そいつは、男だろ!? 学園でもオリバーと…… だましてたのか! 告発してやる!」


 やけっぱちになったのか告発だなんだと叫びつづける男にイアンが静かにそれはかなわないよと告げる。


「君と話ができる人は僕で最後だからね」



 ********


「あぁ、愛しい我が妹。お楽しみは終わったか?」

 

 美しい兄妹愛のような呼びかけからずいぶんな急転直下である。兄は不機嫌をまったく隠そうともしない顔でこちらをにらみつけている。

 

 ――とりあえずしらばっくれることにしよう。

 

「あぁ、愛しの兄上。そんな怖い顔を向けないでくださいまし。あなたのか弱い妹は兄上の笑顔がみとうございます」


 精一杯のかわいい顔を向けてみた。大丈夫だ。兄はそこそこちょろい。いける。

 

「おい。ふざけるなよ」


 無理そうだ。

 これは誠心誠意謝るしかない。


「ごめんなさい! 怒ってる……よね」

「怒ってなどいない。次のパーティーではこれを着て淑女のふりをしろとだけ言われてドレスを渡された結果、とんでもない濡れ衣を着せられて知らない男に詰め寄られたが、怒ってなどいない」

「怒ってる!」

「そもそも、令嬢役はお前がやれるだろ? なんで、その姿である必要があった」


 私はイアンとの婚約が決まったその日から基本的に男装している。

 学園ではオリバーと名乗り、ローレンス家次男という架空の人物を装っていた。女であることを隠すようなことはしていないようだが、積極的に触れ回っているわけでもない。結局、私の周りにはいつも明らかに友人以上の感情を持っていそうな令嬢が集まっていた。


 今回はその中の一人が情報源だったのだ。


「その方が、フランソワ嬢が安心できるでしょ?」

「……その心は」

 男装しているときにちやほやされるのは嫌いじゃない。パーティーの時でも浴びてみたかった。それがバレている。

「えへ」

 ごまかして笑う私の顔を見て、兄が大きくため息をつく。


「相変わらず仲がいいな。妬けてしまう」


 イアンの声に振り向く。イアンは面白いものを見たような顔で笑っている。


「君がとても優秀な諜報員であることは理解している。けれどそれと同時に心配する兄心もどうかわかってほしい」

「余計なことを言うな!」


 兄は、次はないからな、と言い残して部屋を出ていった。ちらりと見えた耳が真っ赤だったので後で思いっきりからかおうと思う。



 そう思っていると、イアンが私の手を引いて抱き寄せる。


「どうしたの?」

「……オリビア。やっぱ合言葉変えない?」

「なんで?」

「君の名前を悪人に呼ばせるなんて耐えられないんだけど……」


 ふてくされた子どものようなイアンの顔に私はつい笑ってしまう。


「そんな、気にしなくていいわよ」


 そう言うとイアンは私の肩に顔を寄せ、何度も私の名前を呼ぶ。

 

「オリビア」


 その嫉妬と愛情の熱のこもった声が好きで、私は合言葉を変えていない。


「えぇ、私はここにいるわ」


 なんて、口が裂けても言わないけれど。

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兄がいるので悪役令嬢にはなりません

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