二話「風呂には絶対に入りたい」
翌朝、前世でいう四時くらいだろうか。
なにか違和感を感じながらラジオ体操を行い、朝の散歩をした。散歩は、前世でかかさず毎日していたことの一つである。
「あれ、これ前にも言ってたようなと思ったそこの君!一旦黙ろうか?」
と誰もいないところに向かって笑いかける。そして、外出の準備をする。妙に生活感がある。
「さてさて、今日は何の魔法を練習すると思う?それはね防御魔法だよ。理由は単純。外出時に襲われても守るすべが必要だからだね。あと痛いのは普通にいやだからかな」
テンションは決して高くないのに言ってることは高い時の喋る速さなんだよねと自分で思った。そして、彼女が誰に向かって言っているのか…それは誰も知らない。異世界に来てから鈴乃の独り言の癖が始まったのだ。
私は外に出て、自分自身の周りに円状の風の壁を作るイメージをする。意外にもそれっぽいものはできていた。試しに真上に指の先と同じくらいの小石を投げ、風の盾を出す。小石は私の頭に当たらなかったが風の盾の中に入ってきた。
私は外部の攻撃を防ぐ、または、カウンターを狙える、そんな魔法を覚えたい。
これは、習得が大変だな…。
〈多風弾〉を成功させた時の仮説を思い出し、できるとポジティブに考え始める。
まずは、どうしたら防げるか考える。風属性魔法は、そもそも空気の動きを操作しているのか。ならば、空気をその場に固めれば弾けるのでは?早速実践する。だが、固めてるイメージの途中で意識がぼんやりし始める。魔力切れかな。できていたのかもわからないけど、自分の体の周り全てに〈風盾〉を出しても不安定で、安定させようと魔力をたくさん消費してしまったのが原因だろうか。
そんなことを考えながら、家に戻り休憩をする。
二、三時間休みだいぶ具合が良くなってからもう一度試すべく、風の盾を練習する。今度は入ったものを切り刻むイメージをしてみる。
小石は少し傷が残る。そして、ぽこっと音とともに頭の上に落ちる。
これも魔力の消費が激しいが、風って感じもするし、切り刻む方を〈嵐盾〉にするか、そもそも近づこうとするも、最終的に触れられなくなる。〈風盾〉にするか迷う…
後者は大学生四年生の時にあるアニメで似たようなものを観たことがある。なんか、そんなのパクりだと思った鈴乃は空気を固定する〈空壁〉と言う名前にした。空気を固めてしまえば大抵の攻撃は確実に防げるもん。未完成なので、名前は〈空盾〉。
その後、〈空盾〉の練習をしていたら、すぐ魔力切れを起こし、ぶっ倒れてました。スマホの充電が一瞬でゼロになる感じである。
数時間後、正午頃だろうか。目をパチリと開ける。死んでないから結果オーライ。今世はポジティブに行くのである。倒れても前向きで………
と思った瞬間、微かに感じていたある一つの違和感の正体が頭の中で思い浮かび、顔が真っ青になる。
「え……。ちょっとまって。私、お風呂って………。」
そう、『ナヴァ』に来てから四日目のもうお昼。お風呂に入ってないことに気づく。急いで原始的な方法、木に枝を擦ってその摩擦で火をつけるやつを実践する。
しかし、火は全くつく気もないらしい。鈴乃は焦りで一瞬、悲し涙を浮かべる。
「じゃあ私、ずっと臭い女ってこと…?いやだ!それだけは譲れない!」
「できる、できる!できる……。」
と少し狂ったように何十回も呟きながら、風魔法……ではなく、炎魔法をイメージする。がそんな簡単には出ず、熱だけが出る。
普段の鈴乃はここで諦めるのだが。今回は諦めなかった。体が臭いのがいやだからだった。そう、冷静な鈴乃は潔癖症で、たまに完璧主義なのである。鈴乃は極度に焦り、冷静さを失うとテンションが高くなったり、アホっぽくなる。
そして、彼女はお風呂に入りたいという焦りで炎魔法を起こそうとした行動によって〈温度調整〉と言う技能を身につけたのである。
「熱……。火でも炎でもないから新しい魔法ではないよね。てことは技能だね!たぶん!」
私はすぐ頭の中であることを思いつく。
だが、まずは冷静さを取り戻すために、頭を〈温度調整〉を早速使い、脳を物理的に冷やして休ませる。その後、すぐに井戸から綺麗な水を汲んできて風呂に流し温水にする。〈温度調整〉で水に魔力を流すことで水温を調整したのだ。シャワーを浴びたかったが、とりあえず風呂に入ったので安心し、体を休ませた。四日ぶりのお風呂は、とっても疲れが飛んだ。
お風呂から上がり、風魔法と〈温度調整〉を併用して《熱風〉という技能と魔法の組み合わせ技を即座に身につけ、体を乾かした。
「そう言えば女神様の用意した家の食料がもう無いんだよね」
異世界初の食料調達で、異世界初の遠出、この家から離れることが親の元を離れる時の寂しい感覚と同じ感じがした。
現在時刻は、前世で言う一時頃だろう。夜になれば危険な予感がした。つまり、今日食材を取らなければ食生活的に問題が出る。不安はあるけど、やるしかない。
そして、家を離れ、森の奥に入る。緑の海に足を踏み入れる。
数分後、木の実を見つけた。その木の実は林檎と全く同じ見た目だった。しかし、どこか豪華な感じがした。
ゴクリ……と一拍おいて、思いきって食べてみることにした。
「なにこれ、超おいしいんだけど」
甘みがじわっと広がる。自然が本気出してきた味だ。
そして、魔力が枯渇しかけていた状態だったのに少しだけ回復したような感じがした。
豪華そうな林檎を集めていると、パキッと枝の折れる音と何かの鳴き声がした。
目線の先には、耳の長い小さな子供が猪のような動物に襲われそうな所を見つける。
咄嗟に〈風弾〉を放つ。
ポコッと皮膚に当たり、猪がこちらに体の向きを変えて、ものすごい速さで突進してくる。
怒りの矛先が完全にこっちに向いた……。
え、私の〈風弾〉って弱すぎない?とかなりヘコんだ。
あ、そんなことより。
「君、今のうちに逃げて!」
私の声に気がついた少年はすぐさま森のさらに奥へと逃げていった。風に紛れるように。
ほっと安堵したのも束の間三メートル差で突進してきていることにようやく気づく。猪の突進を間一髪で避ける。
土が跳ね、木に思いっきりぶつかる。しかし、倒れたのは木のほうだった。
「ひぇー。なんなのこの猪。どうしたら木のほうが倒れるんだよ!」
とツッコみながら、距離をとって魔法をくりだす。しかし、これではさっきと同じ結果になるだけだと思った鈴乃は考える。
今度は、初めて魔法の出力調整を試みる。十キログラムの重りをたくさん、思いっきりぶつけるイメージで〈多風弾〉を放つ。
次の瞬間――バキッ。ボキッ。と何度か骨が折れる音がした。それは、初めて聞くような…。とにかく不快な音が立て続けに鳴り響く。
「ギュォォォォォォ」
と大きな鳴き声を発して巨大な猪の体はゆっくり倒れる。そして、地面がわずかに揺れた。頭が潰れていたのだ。
「やった、食料ゲット!……じゃなかった。あの子大丈夫かな」
周りを探すともう少年の気配はなかった。森は何事もなかった顔をしている。
ちょっと落ち込んだあと、猪の頭に赤い石があるのを見つける。
拾おうと触ると…
「あっつ!」
この魔石……?なんか、かなりの熱を持っているようだった。蟻みたいに小さい、ライターの火みたいに。
〈温度調整〉で風の膜を冷やしながら手を覆うことで、なんとか持つことが出来た。透明な手袋のようだった。
日が沈み出す――静けさが降りてくる。
沈み出すと同時にどこか不穏な雰囲気を感じ猪の遺体をすばやく家の貯蔵庫に運ぶ。
家に着く頃には二十時を回っていたと思われる。不穏な雰囲気は家に入っても消えない。
そんなことを忘れるかのように魔石を見つめる。
この魔石がなにに使えるのか、とりあえず魔力を流してみる。すると、首飾りと猪から取った魔石が共鳴し光り出す。魔石に魔力を送ると熱がより増した。
「〈温度調整〉なしで、火起こせるんじゃ……。」
せっかく〈温度調整〉を身につけたのに…。
技能を使いたい気分だったから〈温度調整〉で猪を調理する。
魔石は木製の家に置くことが難しいので、かまどの下に置いた。
まず、〈風刃〉で肉を切る。
猪の肉を七十度から九十度で一時間から二時間ほどじっくりと煮ることで、臭い成分が水に移るみたいなことをネットで言ってたような。
臭みを取ったあと、お馴染みの〈温度調整〉を使い中まできちんと焼き、久しぶりのちゃんとしたお肉を食べる。
「お、お、おいしい!!なにこれ、これが自給自足っていうのかな。」
味はとても美味しかった。初めての狩りに成功した報酬とでも言うのだろうか…。お肉で力がみなぎるような感じがしていた。
そして、食べ終わり。明日の事を考えながら外を眺める。
すると、ドアをノックする音が聞こえ、咄嗟に〈風弾〉の魔法陣を展開し構える。
「誰ですか?」
ドアがゆっくり開く。そこには、昼間、猪に襲われていた長耳の少年と女性が立っていた。
「先ほどは、うちの息子を助けていただき、ありがとうございます」
親子は深くお辞儀する。私は、魔法陣がなかったかのようにすぐさま隠した。
「よかったら明日、里に来てくれませんか」
近くに里があるのかな。
それにしても明日は異世界初の遠征(仮)か…。
不安な気持ちでいっぱいだったが、大きくうなずく。
「わかりました。今日は夜遅いですし、よかったら泊まっていきますか」
「え、でも申し訳ないですよ」
「そんな事ないですよ。訪問者は初めてですので」
と半ば強制的に家に泊まらせることに成功した。
「申し遅れました。私の名前は、ラナ。息子がコルニです」
続けて私も名乗るが、珍しいのか少し驚いていた。
親子の服が薄汚く、風呂の場所に案内する。しかし、長耳親子はとても驚いた。
「お風呂があるんですか!?貴族の方とはつゆ知らず…。申し訳ございません!!」
土下座をしようとしていたのですぐさま止め、私はすぐさま貴族ではないことを訂正させる。
なるほど、お風呂は貴族が保有するものなんだな。
風呂上がりに種族を尋ねる。
「私たちは妖精族の眷族で、エルフと言う種族を名乗っております。」
エルフ!?前世ではプライドが高いとか聞いていたけど…。祖先は妖精族で伝説の種族なのか。
「私は一応人族に入ってるんだよね」
と独り言を呟くとコルニは目を星のように輝かせていた。
「ママ、鈴乃さんは伝説の種族だったんだよ!!あの強さは間違いない。伝説の中の伝説。勇者だよ!」
と大きな声を出して喜んでいた。
なるほど、この『ナヴァ』にはやっぱり、勇者がいるのか。
「勇者ってなんですか?」
と大まか知ってはいるが、あえて知らないフリをする。理由は至ってシンプル。なんか他にも情報があると思ったからである。
「鈴乃様は、勇者をご存知でないのですか?」
とラナさんは、少し疑いを見せるが間髪入れずにコルニが話に割り込む。ほんとに子供だわーと感じた。
「勇者はね!『ナヴァ』が危ないときに人族の間に生まれる伝説の中の伝説なんだよ。勇者はどんなに強い悪者をもやっつける最強なんだよ!」
ほう、それはそれは一度見てみたいものだな…。と思いながら、ニヤリと微笑をする。
「それは凄いね。でもごめんねコルニ君、私は勇者じゃないんだよ」
コルニは嘘だと思っているらしい。実際にこちらに疑いの睨みつけをしてきた。
「うちのコルニが迷惑をかけてほんとうに申し訳ございません」
「いえいえ、これぐらい子供なんですからいいんですよ」
話をしていくうちに外は静まり返っていた。やはり夕方頃からの不安は消えない…。
「そろそろ寝ましょうか」
「はい、コルニもう寝なさい」
そして、自分の部屋で親子を寝かせ、不安を探る。昼間あの猪が倒した木を〈風刃〉で片手で持てるぐらいの大きさに切り、松明として持ち、外に出る。
すると、目の前には昼間の猪より大きい猪が数体、妙な紋様が背中に刻まれており、瞳が赤く光っていた。




