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絶賛、生中継中!! -覗いてもいいのは、覗かれる覚悟のある奴だけだ-

作者: 暁空のら

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 00.プロローグ


「よし、成功だ!」


 暗闇の中、ガッツポーズを取り小躍りをする少年がいた。

 日頃から最弱と蔑まれるも日々の研究により、ついに魔法をライブラリーに登録する事に成功したのだ。


「これで誰でも気軽に魔法が使えるようになる。

 平和でみんなが安心して暮らせる世界が現実のものになるんだ」


 満足そうに呟くと、安心感と連日連夜の疲労による睡魔に襲われ、そのまま目をつぶると深い眠りについた。

 晴れやかな未来を想像しているのか、その顔は満面の笑みをたたえていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 01.世界会議前夜 -Tempest Before Dawn -


 月明かりに照らされた王城の大広間に繋がるバルコニーに一人の姿があった。

 誇りに思うよりも、それが当たり前だった。腰まであった金色の髪は、今ではくすんだ茶色に染められ、肩にも届かぬほどの長さで切り揃えられている。


「オルカ、ここにいたのか?」


 もう一つの人影が現れると最初にいた人影に近づいた。


「眠れぬのか?」


「──夜風にあたっていただけですわ。

 ──陛下こそ、どうしてこちらに?」


「我も夜風にあたろうと思ってな──

 全員王城から退避しろと命令したはずだが?」


 オルカはニコリと微笑むと主人の目を見つめて返事をした。


「ええ、全員退避完了を確認しました。

 ご報告が遅れてすみません」


「全員──」


 その言葉には“オルカ”も含まれているはずだった。

 レオナルドの視線がジトリと彼女を射抜く。だがオルカに動揺の色はない。


 ──まあよい。明日、世界は変わる。

 良い方に変わるか、悪い方に変わるか、それは蓋を開けてみないとわからぬが、世界は変わらねばならぬ」


「ええ、おっしゃられる通りですわ」


 そう答えるオルカがまとう気品は見るものが見れば唸るほどであり、今着ている服装が執事として着ているタキシードではなくドレスであったなら、舞踏会の一幕とも言っても不思議ではないだろう。


「奴らの元を訪れたという詐欺師連中は、お主の指図か?

 いや、責めはせぬ。

 それを契機に彼らが動いたという事実は覆らないからな」


「ええ、彼らにとって真実などどうでもいいのです。

 信じたいことだけを信じ、信じたくないことは拒み続ける。

 たとえ、それがどれほど明白な真実でも──彼らは“嘘”と呼ぶのです。

 そして、彼らにとって利になると判断した事柄を“真”と呼び、彼らの欲望を満たす口実にするのです」


 ため息と共にレオナルドが諭すようにオルカに話しかけた。


「お前は賢い。

 復讐など何も生まない。

 お前がその手を汚して復讐を成し遂げたところで、死んだ者たちは帰って来ぬ。

 この世界にたった一人残されたお前だからこそ、復讐などとはいう愚かな事にはとらわれずに自由に生きて幸せになって欲しい。

 きっとお前の親ならそう願うはずだ」


「それはあなたも同じでしょう。

 シルヴァネア王国の成り立ちについては諸説あるけれども、私なりに確信を持っている説がありますのよ」


 ふっと笑みをこぼし、少しだけ視線を伏せる。


「それに──」


 ゆっくりと顔を上げ、まっすぐレオナルドを見つめた。


「もう、私は一人ではない──

 そうでしょう?」


 二人を包むように優しい風が吹き抜けていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 02.閑話 −魔王の独り言−


  『20年前は人間の世界に気軽に扱える魔法なんて存在しなかったのだ。

 不便さを感じるかもしれないが元に戻るだけだ。魔法が身近にある生活に慣れたように、身近に魔法のない生活にもなれるだろう。

 この後の世界の変化に慣れてもらわないと困る。

 未来輝く、共存共栄の光ある進化の道よりも退化の道を選んだのは彼らなのだから』



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 03.無敵の勇者一行 -魔王城に到着-


 皇族の証である鮮やかな金髪と青い瞳を持つ勇者レオンはその仲間たちと一緒に魔王城の前にいた。

 拍子抜けするほど弱い敵ばかりで、抵抗といえる抵抗を受けずに魔王城までたどり着いた一行は、これから最終ボスである魔王と対峙する為に、その歩みを進めていた。

 勇者一行は勇者レオン、騎士ハルク、聖女ソフィア、魔法使いルルの四人で構成されており、顔馴染み、いわゆる幼馴染であった。

 ノクタリア王国の王子でもあるハルクは暑苦しいほどの筋肉重視で、“力こそ正義”だという父親の教えを守り、戦闘においても一切の魔法を使わず、身体強化魔法すら拒むほどの筋金入り。

 エルドラム王国の三女である聖女ソフィアは回復を担当しており、神へ祈りを捧げ味方を治癒する。

 魔法使いルルはルーメリア商国の王族というより、魔塔代表として参加していた。

 攻撃魔法に特化しており、門外不出といわれる殲滅魔法が得意である。


「門番すらいないのは不用心」

「泥棒が入り放題だな」


 ルルの言葉にレオンがチャチャを入れる。


「たいして盗む物なんて無いのかも」

「そうかもな。こんな田舎だものな」


 魔の森を抜け、さらに徒歩で一週間の距離にある魔王城。

 城下町は村と言われたら信じ込んでしまう程の規模である。

 人口からしても泥棒で生計を立てるのは無理であろう。


「だからといって油断は禁物。いつ不意打ちで襲い掛かってくるかわからないぞ」

「ええ、もちろん知ってるわ」

「大丈夫、準備万端」


 城門をくぐろうとした時、レオンの足が止まった。


「気を付けろ! 誰かいるぞ!!」

「やられる前にやる。それが鉄則」


 レオンの言葉にルルが反射的に答える。

 そのまま四人がお互いを守るように背を合わせて身構えた。


「何者!」


「ほう、私に気づきましたか?

 自称とはいえ“勇者”を名乗るだけのことはありますね」


「!!」


「あいにくですが、本日の受付は終了いたしました。

 お手数ですが明日、出直していただきたい」


 黒づくめの執事服を着た人物が、ゆらめきながら四人の前に姿を現した。


「ふざけた事を言うな!

 まだこんな日の明るい時間に、何が終了すると言うんだ!」

「丁度いい、こいつに魔王の所まで案内させようぜ。

 城で働いてるなら居場所くらい知ってるだろう」

「それはいい考えだな!」


「はて? 

 君たちは何をしにここに──

 いや、その様子だと何も知らない様ですね──

 なら、どうやって入国しました?」


「入国の方法なんて聞いてどうするつもりだ?」

「意味不明、理解不能」


「今のこの国の状態を理解していないのは君たちの方だと思いますが──

 もう一度言います、ボランティア活動の受付は羊の刻《朝の7時》までです。

 現在は締め切っております。

 誠にご足労ですが、他人を労る気持ちがあるのでしたら、また明日の朝に改めて出直していただきたい」


「ボランティア?」


 言葉の意味を理解できずに、レオンたちは互いに顔を見合わせた。

 戸惑いが次第に苛立ちへ変わる。


「ふざけた事を言うな!」


 魔王退治に来た魔王城で門前払い、しかもボランティア活動と間違われるという事態に、王族であるレオンのプライドはひどく刺激された。


「訳の分からないことをほざいて、ここを通さないと言うなら、実力行使をするまでだ!」

「なるほど、封鎖されている国境もそうやって突破したのですね──

 今回もうまくいくと思うのは──」


(物理ならば痕跡が残る。

 なのに魔法だけ痕跡も残らない──)

 ルルの頭に、一つの漠然とした答えが浮かぶ。

 疑問は実践で解決する──それが真理の探究者である魔法使いの性。


「“宣言“敵を滅せよ“プチメテオ“」


 正体不明の人物が言い終わるより先に、魔法使いのルルが唱えた魔法が発動した。

 そのまま男に向かって、虚空から出現した隕石が落下する。


「このままで済むと思わない事だ──」


 最後まで言い終わることなく、その姿は消滅した。


「ふっ、たいしたことなかったな」

「口ほどにもない」

「神は偉大です」

「魔法こそ叡智の結晶」


(やはり──“剣”ではなくて“魔法”が正解。この現象は別の魔法が発動している──)

 正解を導き出したルルの心の中に別の疑問が生じた。


「それじゃあ、この調子でサクッと魔王退治しちゃおうぜ」


 レオンの明るい声に導かれ、四人は魔王城への一歩を踏み出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 04.世界を動かすものたち -世界会議場開催-


 見上げるほど高い天井から降り注ぐ暖かな明かりに照らされて、通常ならケバケバしくも見える鮮血にも近い赤い絨毯が厳かな雰囲気を醸し出していた。

 上下の区別がないという趣旨で置かれた円卓を囲む顔ぶれは各国の重鎮、一部、外相レベルの者もいるがほとんどが宰相、首相、国王といった国のトップと呼ばれる者たちだった。


「まったくどうなっておるんじゃ」

「わざわざこんな所に呼び出さなくてもいいじゃろうに」

「なぜワシが此奴の隣りに座らねばならぬ」


 会場にいる人々は年代層が高いせいか、口を開くたびに愚痴がこぼれた。

 個々は小さいものの、数の暴力で大きくなったざわめきも、耳が遠くなった彼らは気にならないのであろう。

 一向にやむ気配はなかった。


「!?」


 突然、円卓の中央上に映像が浮かび上がった。


「最新魔法か!?」

「いったい、何が始まるんじゃ?」


 初めて見る技術に全員、驚きが隠せない。

 映像が鮮明になると写っていた男が話し出した。


「突然で驚かしてすまない。

 初めて顔を合わせる方もいるようなので自己紹介からさせてもらおう。

 シルヴァネア王国で政治を任されてるレオナルド・フォン・サテンと申す。

 以後、お見知りおきを」


 一部、男の姿に視線を向ける者たちもいたが、ほとんどの者が新しい魔法に興味を取られ、男の言葉を気にもとめていなかった。


「あ、そうそう、諸君らからはこう呼ばれているそうだね“魔王”と」


 その言葉にその場にいた全員がびくんと身体を震わせた。そのまま震えが止まらない者もいる。


「諸君らをここにお呼びしたのは、招待状に書いてある通り、首脳会議をする為。

 なぜ、こんなまどろっこしい事をするのかと言うと、諸君らを安心させる為だ。

 今の様子を見ると、直接対面で話し合おうなどと言ったら大騒動だっただろ? 

 違うかね?」


 魔王の問い掛けに何人かが激しくうなづく。

 事実、魔王が来場していない事を警護兵に確認した上で、会場に足を踏み入れた者も何人かいた。

 そう、彼らは招待されたのではなく、呼び出されたのだ。


「そこで、騙し討ちのような形になったが、今回この様な形で集まっていただいた。

 直接ではなくて、双方向通信魔法での会話、これなら脅威も恐怖も感じないであろう?

 我はいまだに王宮にいる。

 ほら背景をよく見るといい」


 焦点が魔王から外れると背景に移った。

 整然と本が並べられた本棚や、魔王の傍らに控える執事が映る。

 そしてそのままズームアウトすると、どこかの執務室とおぼしき場所で、机を前に椅子に座る魔王の姿が映った。


 各国に届いた書状には

 ・今回の集まりに参加する事

 ・国の全権を有する者、もしくはその代理の出席

 ・欠席しても良いが会議で決まった事に対しての異議は認めない。

 無条件で従ってもらう。

 すなわち


『欠席裁判になっても文句言うな』


 との趣旨が書かれていた。

 差出人は不明だったが、開封と同時に内容を読み上げる魔法が施されており、まだどの国も保有していない魔法技術を保持している事をうかがわせた。

 無視するのは簡単だが、もし本当に重要な会議であれば最新魔法技術を手に入れる機会を逃す事になる。

 まして、本当に欠席裁判の形となり、一国だけのけものになるのはまずい。

 そのような重大な失態を国民に知られた場合、今いる地位から追われる事になりかねない。


『お主のところにもきたか?

 あんな子供じみた手紙を真に受けるものなどおらぬじゃろ?

 もちろんワシは出席などせぬ』


 そう互いに牽制し合ってきたのだが、蓋を開けてみれば一国の欠席もなかった。

 それゆえに席についてからもなお、愚痴が口から出るのが止まらなかった。

 思い返せば手紙を読み上げる男の声は正面の映像から流れ出る声と同じ、すなわち“魔王”本人のもので間違いない。

 一国の王の声すら聞き分けられないとは──

 そう気付いた瞬間に冷や汗が背中をつたり落ちた。


「そう固くならないでほしい。

 あくまでここは話し合いの場だ。

 別に取って食おうなどとは思っておらぬよ。

 人類の──諸君らの言葉を借りるなら人族と魔族と呼ばれる我々が共に暮らす未来と平和の為の話し合いだよ。

 お互いの現状認識の確認、すり合わせと考えていただいても構わない」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 05.魔王城内部 -知らされない真実-


「それにしてもだいぶ歩いたぞ。城下町の規模からしたら割に合わないくらい大きいな」

「一応、一国を治めてる王様が住む城だから見栄をはって大きく建てたんでしょうね」

「うちの城に比べたら犬小屋みたいなもんだけどな」

「まあ、確かにそうだけど。あなたのところと比べるのは無茶よ。なにせ、世界有数の大国ですものね」

「それは確かに言えるな」


 レオンより頭一つ大きいハルクがトレードマークともいえる赤髪を揺らし、着込んだ鎧をガチャガチャと鳴らしながらレオンの肩をバシバシ叩いた。

 もちろん手加減なしだ。


「レオンの常識はどこかズレてるんだよ」

「お前にだけは言われたくないぞ。

 この脳筋め、手加減くらいしろよ。

 魔獣よりお前からのダメージの方が大きいとか洒落にならないだろ」

「レオンが軟弱すぎるんだよ。

 リーダーなんだからしっかり頼むぞ」

「わかってるって。

 ルル、灯りを頼む。

 その後はみんなにバフを掛けてくれ。

 ソフィアは祝福を頼むよ。

 マジで洒落にならないからな、ハルク!」

「了解!

 “宣言”闇を照らせ“ライト”」

「仕方ないわね。次はないからね。

 “我願う”偉大なる神の祝福を“キュア”」


 物音すらしない魔王城の廊下に立つ四人の周辺では何も起こらなかった。

 しばしの沈黙の後にリーダーのレオンが慌てて口を開く。


「どういう事だよ? 詠唱に失敗したのか?」

「そんなはずはないわ」

「何かがおかしい」

「罠か!?

 くそ!

 小賢しい真似をしやがって」


 ハルクが三人を守るように背を向けると辺りをキョロキョロと見渡し索敵する。

 またしても沈黙が辺りを包んだ。


「さて、リーダーよ、どうする?」

「進むか退くか、選択を迫られてますね」

「魔王はすぐそこ」

「確かに魔王まであと少しだ。

 一度原因究明の為に戻り、体制を立て直して出直したとして、今回のようにスムーズに物事が進むとも思えない」

「順調すぎるくらい順調だったものね」

「抵抗らしい抵抗もなかった」


 四人は時を同じくしてうなづく。


「となれば──

 多少は無理をしてでも行くべきだな」

「回復薬と薬草ならカバン一つ分は準備してあるわよ」

「なら決まりだな。

 もし、魔王城内で魔法や祝福が使えないのなら条件は同じ、筋肉量でこちらが有利かもしれないぞ」


 根拠のない自信でハルクが胸を張る。

 魔王城内でも普段と変わらない掛け合いに、四人の腹は決まった。


「では、このまま進むぞ。

 油断するな」


 ******


 大広場の上空、虚空に勇者たち一行の姿が浮かび上がる。

《誰が何のために映しているのか、それを問うものはいない》

 それがリアルタイムで中継されている映像だと民衆は知っていた。

 見上げる彼らの熱い眼差しが、いつも以上に期待が込められていることを雄弁に物語っている。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 06.魔王執務室にて -威風堂々、勇者登場-


「ふむ、お客さんのようだ。

 下がっていなさい」


 男が手を挙げると男の傍にいた人物は一礼し、奥へと消えた。

 男の名前はレオナルド・フォン・サテン。過去の偉人にあやかって付けられた名前ゆえに、ごくごくありふれた名前だった。

 彼が平凡でないとすれば一国の王であるという点だ。

 肩まである黒髪に口角を上げるたびにチラリと見える牙がトレードマークともいっても良いくらい男には似合っている。

 その冷たく凍りつくような切れ長の目で見つめられた者は一瞬、時間が止まった感覚に陥る事すらある。


「時間通りだな」


 扉の向こうの喧騒に男が呟いた。

 ほどなくして、突然扉が開かれると若者たちの一団が部屋に雪崩れ込んできた。


「魔王! 覚悟しろ!」

「貴様らの悪行もここまでだ!」

「罪を償いなさい、魔王!」

「悪は滅びるが定め。

 つまり、殺しても良い存在。

 魔法研究の役に立てる事を光栄に思いなさい」


 扉を壊すほどの勢いのままに、お互いが話す順番など一切考慮する事なく、同時に話し出した。

 普段から部下たちや民衆からの陳情を聞いていなければ、男も彼らが何を話しているのか理解できなかったであろう。

 役に立たなくても良い能力だな、いや、ない方がマシな能力だ、と心の内で小さくつぶやいた。


「さて、諸君がどこのどなたかは存じないが、興奮した民衆が王城に侵入してしまう事は往々にして、稀ではあるが、よくある事だ。

 嫌々ながら歓迎させてもらおう。

 我の執務室へようこそ!」


 男は大袈裟に両手を広げると歓迎のポーズを取った。

 顔と体は勇者たちに向いている、だがその視線の先が彼らを見ていない事に勇者たちは気付いていなかった。

 男の視線は彼らの背後、開け放たれた扉の上に備え付けられたいくつもの大型モニターに注がれていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 07.魔王との対決 -正義の鉄槌-


「さて、まずは自己紹介させてもらおう。わが国“魔国”の王をしているからと言って“魔王”呼ばわりされるのは心外だ。

 そもそも魔の森を切り開いて作られた国だから通称として“魔国”と呼ばれているだけであり、正式名称はシルヴァネア王国。

 そして、我が名はレオナルド・フォン・サテン。

 レオナルドでも王とでも好きに呼んでくれたまえ。

 “魔王”と呼び続ける気なら、それはそれで止める気はないよ。

 まあ、君たちの常識を疑ってしまうがね」


 そう言い放つと、作業中だった執務テーブルの上を片付け、部屋の中央に移り、応接セットの上座に座った。

 本来ならば来賓という事で上座に座らせるべきだが、彼らも客としての対応を望んでいるわけではないだろう。

 それになんといっても、入り口の扉の上にあるモニターを見るにはベストポジション。それゆえ、先に座ってしまえば問題はない。


「命乞いなら無駄だ。

 魔王ともあろう者が見苦しいぞ!」

「魔王──

 シルヴァネア王国の王ともあろう者が──

 剣を抜け、相手になってやる!!」

「騙されませんわ!」

「先制攻撃。

 撃たれる覚悟のある者だけが魔法を撃てるのだ」


 部屋の入り口に立つ勇者一行は突入後に取った臨戦体制のまま、微動だにしないで叫んだ。


「むき身の刀剣を持って人様の執務室に押し掛ける方が見苦しいのでは?

 それとも無抵抗な者相手に暴力を振るうのが君たちの言うところの“正義”なのかね?

 親切に話しかけた村人に対して、彼らの顔を見、牙やツノに気付いた時点で攻撃を仕掛けていた君たちに、聞いたところで無駄かもしれないがね」


「そんな事はないぞ。

 魔族から攻撃されそうになったから反撃しただけだ!」

「そうだ、我々からは手を出していない」

「神は全てを救います。

 罪深いあなたですら救うでしょう」

「撃たれる前に撃つ、それが魔法」


 後ろめたい所があるのか、問いかけが終わる前に食い気味に反論した。


「ならば──

 まずは交渉、会話からだろう?

 ほら丸腰だ。

 心配なら剣はしまわなくてもいい。

 “魔の森”の影響で多少外見が変わって見えるかもしれないが、犬歯が伸びたり、額に小さなコブができたりする程度だ。

 本質は何も変わらない。

 我々は君たちと変わらぬ“人”だと思っておる。

 だから、“魔族”や“魔王”呼びは少し気に入らないのだよ」


 武器を持っていないと、両手を上にあげて、ひらひらと表と裏を見せる。

 ついでに肩をすくめて、首もコテンと横に倒す。

 この際、可愛いとか可愛くないとかは関係ない。

 ただ、控えの間から覗いているオルカの視線が痛く突き刺さった。


「オルカ、茶を。我は玉露でいい。

 客人たちには──そうだな、一番安い番茶を四つ」


 たまらず、控えの間にいるオルカに向かって叫ぶ。

 程なくしてオルカの視線を感じなくなった。


「なっ!」

「そんな安っぽい挑発にはのらないぞ」


 顔を真っ赤にして、勇者一行は苛立ちを隠せない様子。


「いいだろう、その挑発に乗ってやるよ」


 ドスン!

 先頭で部屋に突入してきたリーダー格の男が、音を立ててソファーに腰を下ろした。

 剣から手を離さずにそのまま足を組む。

 実に態度が悪い。

 どこぞのごろつきかと見間違えるほどだ。


「俺は勇者レオン。

 本名はレオニス・タルクだ。

 みんなからレオンと呼ばれてる。

 あんたもレオン呼びでいいぜ」


 リーダーが喋り出したのを確認すると他の三人も続けて話し出した。


「ハルク・オリバーだ。

 服に隠れて分かりづらいが、よく見れば貴様もいい肉体を持ってるな。

 オレと筋肉で語り合おうぜ」


 言い終わると共にマッスルポーズを決める。

 ポージングを変えるたびに鎧がカチャカチャと音を響かせる。


「私は教会から派遣されたソフィア・リーフレット。

 みんなからは聖女と呼ばれています」


 こちらを向いて軽く会釈をした。

 一国の王の執務室にノックもせずに入ってくるような輩の中にも、最低限の礼儀を知っている者もいるようだ。


「ルル・ココット。

 撃つは魔法、撃たれるは悪。

 悪は絶対許さない」


 黒一色の衣装をまとった、小娘と呼ぶに相応しい小さな少女が、モゴモゴと叫んだ。

 学芸会でももう少し声が出るだろう。

 傍目には残念娘が独り言を言ってるように映ってるはずだ。

 指向性の高性能マイクを用意しておいて正解だった。

 隠し撮りは良くない。

 それは“一般的には”であって、“不法侵入者の人権”にまで配慮する必要はあるであろうか?


 蒸らし時間を考えて、そろそろかな?

 そんなレオナルドの心を読み取ったかのようにオルカが部屋に入ってきた。


「お待たせしました。

 お茶でございます」


 お茶を置いたオルカが視線を上げ、一瞬、勇者レオンと目が合うが“何も起こらないまま”全員分のお茶を配り終えた。


「うむ、ご苦労。下がってくれ」


 お茶出しが終わったオルカをそのまま退出させると、目の前に置かれたお茶を手に取りすすった。

 いくら数年経って成長しているとはいえ、多少髪を変えて化粧をして、服装が変わったくらいで分からないものだろうか?

 女は魔物とはよく言うが、本当に魔物なのか、それとも単純に興味がなくて覚えていないのか。

 覚えていたところで何が変わるわけでもない。

 オルカの方に未練があった時は──その時だ。


「それで、どういった要件で来られたのかな?」


 うむ、うまい茶を飲むと甘い物が欲しくなるが、多くの観衆の眼下に甘い物好きを晒すわけにはいかない。

 ここは我慢して耐え忍ぶ。


「何をすっとんきょうな事を言ってる。

 決まってるだろ?

 魔王退治だよ」

「悪は滅びるべし」

「すべては神のお導きです」

「力こそパワーだ!!」


 こいつら脳筋しかいないのか?



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 08.世界会議 -守るべきものは何か-


「最近、我が国内で傍若無人な振る舞いを行う一団がいる。

 あなた方の国からの来訪者みたいだが、穏便にお引き取り願いたい。

 それなりに地位の高い方達のご子息だという情報があるので、こちらとしても事を荒立てたくないのだよ。

 まあ、こちらの法に則って粛々と取り締まり、処分しても構わないなら話は別だがね」


 一度言葉を切った後、噛み含めるように発言する。


「最高刑は死刑だ。

 やらかした事を考えれば当然だろ?」


 レオナルドの言葉にそれぞれの国の代表が即座に反応した。


「それは困る」

「お互いの国の間にしこりができるぞ」

「教会としても賛同いたしかねますな」

「魔塔としても反対だ」


 それまでの態度から一転、急に声を荒げて叫び出した。

 身内が起こした失態。

 追及をかわしたいのが本音だろう。


「そもそも、貴殿がいうところの狼藉者が我々の息子、娘であるという確たる証拠はどこにある。

 勇者と呼ばれるほどの者が、他国にてそんな行為を行うとはにわかには信じられん。

 もし、彼らに万が一の事があった場合は、然るべき責任を取らせるぞ!」

「まさにその通り」

「言い訳無用、天は全てを見ています」


 矢継ぎ早に言葉を重ね、数の暴力でレオナルドの発言を封じ込めようとする。


「なるほど、言いたい事はわからんでもない。

 だが、今は時期が悪い。

 他国からの入国制限を──

 ほぼ、入国禁止といっても間違いではないがね──

 している現状、国民も警察機構も治安部隊もピリピリしている。

 そんな中で要らぬ刺激を与えると、正当防衛として身を守る為に反撃する者が出て来てもおかしくない。

 そうではないか?

 彼らの身を守る為にも早めの回収をお願いしたい。

 不幸な事故が起きてからでは遅いだろ?」


 暗に“遺体回収は嫌だろう?”というレオナルドの言葉に、世界会議参加者が反応した。


「彼らは無事であろうな?」

「万が一の場合は、貴国にはきちんと責任を取ってもらうぞ」

「当然、犯人の引き渡しを要求する」

「貴国には来訪者の身の安全を保証する義務があるはずだ」


 回収を急ぐという発想より、すでに死んでいるという前提で発言が進む。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 09.勇者一行との対決 -正義の名の下に-


 自称“勇者御一行”

 問題はその素行だ。


「もう一度問い直そう。

 君たちは何のためにここに、我が城に訪れた?」


「決まってるだろ? 魔王退治だよ」

「年貢の納め時ってやつだ」

「観念してください、レオナルド国王!」

「不浄、滅せよ」


 ──これは話にならない。

 最初から会話が成り立つ相手ではない、と理解する。


 慌てて話を遮った。


「一方的に言われても困る。一つずつ確認させてもらおう」


「何を確認する必要がある?」

「いい訳無用、観念しろ」

「神は全てをご覧になってます」

「死ね、死んじゃえ!」


 軽薄、脳筋、宗教女に爆弾女の御一行。

 地雷臭しかしない。


「まず、近いところから順に聞いていこう。

 この国への入る際、入国許可を取ったかね?」


「なぜ必要?」


 勇者レオンが不思議そうに首を傾げる。


「そりゃあ、入国審査はどこの国でもあるだろう。

 誰でも彼でも勝手に出入りしていたら問題だ」


「魔王退治の為だからな」


 甲冑を着込んだハルクが鎧をガチャガチャ鳴らしながら、当然のように言う。


「今回、魔王呼びは横に置いておくとして──

 “退治のため許可は不要”という主張で間違いないか?」


「懺悔するには遅いのです」


 聖女ソフィアが両手を組み、祈るようなに呟く。


「何について懺悔を求められているのかね?」


「悪は滅びるが定め」


 魔法使いルルが右手の人差し指をレオナルドの顔に突きつけながら言った。


「まずは“悪”の定義を教えてもらわねばな。

 歴史を振り返れば、敵対する勢力全部を悪認定してきたのが人類。

 すなわち、敵対する全てを滅ぼしてきた人類が一番恐ろしい怖い存在になる。

 改めて問う、悪とは何だ?」


 一人一人の発言に答えを返す。


「そもそも、我々と人類は敵対した覚えはない。

 宣戦布告した覚えもなければ、された覚えもない。

 いつ敵対した?」


 わざとらしく首をひねる。

 観客がいる場合、こういう些細な仕草が結構効果を発揮する。


「魔獣がたびたび人間の街を襲う。魔王軍の仕業に違いない!」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 10.世界会議 -踊る世界会議、議題は踊らず-


「さて──

 ちらほらと小耳に挟んだのだが、各地で魔獣が出没し、被害が出ているとの話だが、それがなぜ我が国への非難に繋がるのか教えていただきたい」


「とぼけるでない!」

「すでに尋常ならざる被害が出ておる」

「村ごと全滅した所すらある。嘆かわしいことだ」


「それが我がシルヴァネア王国と何の関係が?」


「何を白々しい──!

 貴国の魔の森より流出した魔獣が各国あちこちで被害をもたらしておるのじゃ。

 この責任をどう取るつもりじゃ?

 言い逃れはさせぬぞ」


「もちろん言い逃れなどする気はない。

 ただ、一つずつ事実確認をさせてもらいたい。

 よろしいかな?」


「ふん、見苦しい言い訳など聞かぬ──続けよ」


 投影された幻影だとわかっていながら、レオナルドにジロリと睨まれノクタリアの王は口をつぐんだ。


「では、我からも言わせてもらおう。

 今我がシルヴァネア王国は大洪水に見舞われ、その復旧を最優先にしている為に余力はない。

 これは各国共に周知の事だと思う」


 レオナルドは一度言葉を区切ると参加者の顔を見渡した。

 遠隔地にいるはずのレオナルドが、まるで眼前にいるかのような仕草をする様子に、誰も微動だにせずにいる。


「これは魔の森の上流に建設されたダムが決壊した結果であり、大雨の影響とはいえ、施工した者たちの責任を追求したいと思う」


「それと本件は関係ない話では──

 いや、続けたまえ」


 話に割り込もうとしたルーメリア商国王は、レオナルドの視線に射抜かれ沈黙した。


「魔の森より魔獣が氾濫したのも、このダムの影響だと判明している。

 近年の少雨による慢性的な水不足、人道的な見地から近隣諸国へ水を分け与える事を許可し、水路を設置するまでは承認したが、ダム建設まで許可した覚えはない」


「それは──」

「契約書をきちんと読まぬものが悪いのじゃ、取水の手段については規定されておらぬ」

「分水路を設置するだけでは取水がうまくいかず、複数にわたる各国の民が使用する必要量が確保できなかったのじゃ。

 その為に大小、その大きさに関わらず、水を蓄えておくダムは必要だったのじゃよ」


「そちらの言い分はわかった。それではなぜ──」


 淡々と静かに語るが、その間がレオナルドの怒りを表していた。


「──ダムに貯めた全ての水を水路に流したのかな?

 かの河の下流は干上がり、動物たちの水飲み場すら無くなった」


「水量についても、規定はなかった──」


「常識の範囲という文言を“規定なし”と解釈するのならそうなのだろう。

 我の認識とは大きな齟齬があるようだ」


「魔国──

 いや、訂正する、シルヴァネア王国には水源として利用してる河川がもう一つ存在しており、主にそちらが利用されていると聞き及んでいる」


「だから、全ての水を横取りしても問題ないと?

 無断で水を盗んだ盗人の言い分を飲めと申すのか?」


「それは──」

「こちらにも国民を守る義務がある」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 11.魔王執務室 -リンクする空間-


「魔獣か。森で勝手に繁殖してる魔獣の管理を我が国がしてると言い、さらにそれに対する責任もこちらにあると言うのか?」


「当たり前だ。問答無用!」


「どうしてそうなる?

 飼っているペットならまだしも野生の魔獣だ。なぜ、その責任をわが国が取らねばならぬ?

 勝手に川の上流にダムを作って水を独占したり、大雨でダムが決壊して下流域が水没したりしたなら、ダムを作った国の管理責任を問うべきだと思うがね」


 自称勇者御一行の背後を鋭い視線で睨みつける。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 12世界会議場 -世界は共存で成り立っている-


「今回は人道的な見地から目をつぶろう。

 だが、魔の森の河がその方たちが建てたダムによる人為的な渇水におちいり、そこに住む動物たちは水飲み場を失った。

 そうすると彼らはどうすると思う?」


「さあ──?」

「勝手にするのではないか? 所詮は動物」


「そうだな。彼らも生きる為に水を求めて移動する。

 なら魔獣たちもそうだとは思わぬか?

 水不足に陥った魔獣たちが水を求めて、水路による供給で水が潤沢にある近隣諸国の村や町に行くのは、自然な流れではないかな?」


 レオナルドの問いかけに誰も答えられずに沈黙が続く。


「その責任を我がシルヴァネア王国が取れという。

 それがどれほど滑稽な事かそちらには分からぬのか?

 それともわかった上で難癖を付けておるのかな?」


「決してそのような意図はない」

「民衆たちが騒いでおるだけで──」

「だが、実際に魔獣の襲撃による被害が出ているのは事実だ」


 “被害“

 彼らの口からその言葉が飛び出すのを待っていたかのようにレオナルドの言葉のトーンが変わった。


「──そう、被害だ。

 我が国におけるダム決壊による下流域の水没被害は甚大である。

 余力を残す事なく持てる全てを投入して復興作業中だが、それでも足りない。

 インフラを維持する力もない為に、主要な輸出品の魔牛の提供が滞っているのは心苦しいが寛大な心で待ってて欲しい。

 話がそれたな、本題に戻ろう。

 各国への支援要求、救助要請がことごとく断られている。

 これはどういう事かな?」


「我が国も懐事情が苦しいのだ、他国に支援するだけの余裕がないのだ。

 心苦しいが許して欲しい。

 こんな老ぼれの頭で良ければ何度でも下げるぞ」


 議場がざわつく。

 どの国も似た様な言い訳を心の中に用意していたからだ。


「そもそもダム建設はルーメリア商国、さらには辺境伯が独断で行った事であり、その責は辺境伯が負うべきであり、我々は関係ない」

「そうだそうだ」

「いかにも」


 責任を押し付けられる相手が見つかったのでこれ幸いとみんなしてそれに便乗する。


「水路の水は使うが責任はない。

 ダム建設に使う資材も金も出すけれど、被災地に回す支援も金もない。

 魔獣がはびこる原因を作るが、責任はシルヴァネア王国に押し付ける──」


 レオナルドの言葉に会議場が静まり返る。


「──責任を取る気のない相手にいくら話しても無駄のようだ。

 これ以上は水掛け論になるのでこの話題は一度中断して休憩を取ろう」


 ため息を吐き出すとレオナルドは頭を左右に振った。


「簡単なものだが食事を用意させてもらった。

 ご賞味していただこう」


 レオナルドの言葉と共に扉が開き、次々と料理が運ばれて来た。



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 13.魔王の憂鬱 -若さゆえの特権、若さゆえの暴走-


『物流が止まってるだと!?』


 執務室で対峙している勇者一行。

 彼らのような他国から来訪した立ち位置が微妙な人物たちであっても、本来ならば横暴な振る舞いの中で明らかな暴行や傷害、犯罪に類する行為を行った場合、直ちに警察機構が駆けつけて身柄を拘束する。

 しかし、問答無用で広範囲の爆撃魔法を街中であろうがどこであろうが所構わず発動するイカれた集団に抵抗された場合、受ける必要のない被害を受ける事が想定された。


 それゆえに、一般市民には、勇者たち一行と遭遇した場合、差し当たりのない態度、会話で接し、彼らから受ける多少の被害は我慢した上で、後日王宮が被害額を補填するので被害届を出すように指導がされていた。

 警察機構には、見かけたら口頭で注意し、反抗的な態度で武力行使に出そうなら、そのまま見逃せとの通達が出されていた。

 さらに全ての国民に対して、万が一、攻撃してこようものなら、一目散に現場から逃走し、我が身の安全を最優先で確保するように厳命している。


 魔法については元より保護機構が働くが、凶刃に対してはそうはいかない。

 魔の森を含む広大なシルヴァネア王国内において、全てを守るような強力な魔法は現実的ではない。

 国内に施されている防護魔法の効果は致命的な物理攻撃を少し和らげる程度しか効果はない。

 被害を受ける前に逃げる。

 それが一番の正解だ。


 それでも、遠距離攻撃魔法、広範囲攻撃魔法からは完全に逃げきれず、攻撃を喰らい、備え付けられている安全保護機能の発動により、保護官が待機している王宮の一室に被害者が転移魔法で転送される回数は数えきれなかった。

 保護官による聞き取り調査で作成された“自称勇者一行”による被害調書は優に100枚を超え、シルヴァネア王国における記録を現在進行形で更新し続けている。


 そのイカれた集団がフリーパス状態で魔王城に乗り込んでくる。

 これは予想された事であり、早いか遅いかは時間の問題であった。

 事前に準備するのは当然であり、それに合わせて世界の首脳たちとの会議をセッティングし、それらを中継する準備も進められていた。


「物流が止まってるだと!?」

「嘘だろ?」


「先ほど言ったように、上流にあるダムの崩壊による河川氾濫で下流域は水没して大混乱。

 さらに復興するのもいつになるか未定。

 魔牛牧場も牛の体調管理や保護するのに手一杯で出荷まで人手を割ける状態じゃない。

 当然の事だが、有事ゆえに物流は被災地への救助物資や支援品が最優先。

 被災地の復興が落ち着き、物流が平常時と同様に元の状態に戻るまで、魔牛の出荷は止まる。

 いや、止めざるを得ないのだよ」


「じゃあ、それはなんだよ。

 どう見ても魔牛のステーキだよな?」


「これは税として“物納”された魔牛を王宮内で解体し、料理長が丹念に熟成させた最後の一頭で貴重品なのだよ。

 アポなしで来訪されて準備が間に合うはずないだろ?

 相手の為、ひいては自分の為に普通は事前にアポを取るものだ」


「そんな言い訳はよせ。

 あるだけ持ってこいよ」

「魔牛ステーキ、肉厚な濃厚ステーキ、よだれが止まらない」


「いやいや、勝手に押しかけてきて、あるだけ魔牛のステーキを出せとか意味不明な事を言われても困る。

 とにかく今は物流が止まってるんだ、勝手なわがままは許さん」


「使えないな」

「軟弱、軟弱!」

「悪は滅びるべし」


「被災地支援を応援するとかならまだしも、直接動かずに文句だけ言うとは、何様のつもりだ?

 君たちの国は契約を盾に取水を許可した河の最上流にダムを建設して、根こそぎ水を奪う。

 森を流れる川が干上がった為に水を求めて魔獣たちが森の外に移動。

 その際、森に隣接する人間の街にも魔獣が行く事もある。当然だろ?

 動物、魔獣に人間が決めた国境がわかるのか?

 そもそも魔獣たちの大移動の原因となった水不足は人間の仕業であり、その責任が我が国だという主張を受け入れるなど、到底できないという事をわからないのか?」


「四の五の屁理屈ばっかり言って、魔王ともあろうものが往生際が悪いぞ!」

「筋肉こそ全て」

「神のみ心のままに」

「魔獣滅びるべし」


 魔牛食わせろと言う口で滅びろとは、これ如何に? 

 意味不明すぎる。



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 14.世界会議 -腹が減っては戦はできぬ-


「さあ、腹が減って頭が回らない状態ではまともな考えも出てこぬだろう。

 遠慮せずに食べてくれたまえ。我が国の自慢料理だ」


「これは!」

「なぜここに?」

「昨今、流通が止まってると聞いていたが──」


 会議室がざわめきで包まれた。


「ほう、さすがは御歴々、お目が高いようだ。

 お察しの通り、我が国が誇る魔牛のさらに希少部位を使ったステーキを御賞味あれ」


「この柔らかさは普通ではないぞ」

「さすがはブランド牛」

「舌の上でとろける、たまらぬわ」

「それでいて脂がしつこくないのが年寄りにも食べやすい」


 先ほどまでの緊張感はどこへやら、口々に称賛の言葉を発しながら夢中になり食べている。


「現在、諸事情で流通が止まっており、申し訳なく思っている。

 それも後しばらくの辛抱、すぐに販売が再開されるだろう。

 それらの事を含めて、この世界会議を開催したのである。存分に心から話し合いを突き進めようぞ」


 食べることに夢中になった彼らの耳には、もはやレオナルドの言葉は届いていなかった。



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 15.オルカの過去 -邂逅-


 過去、その存在を疑えば消えてしまう不思議な存在や事象、現象を魔と呼び、それらを扱うものを魔物や魔人、魔法使いと呼んだ。

 その理を解き明かしてライブラリーに登録し、呼び出すことで誰でも“魔法“を使えるようになった。

 そして“魔法”は"技術”となり、今日の世界では無くてはならないものとなる。


 魔法体系が構築され、魔法を専門とする魔法使いではない一般人ですら、簡単に魔法が扱える様になってから、早くも二十年が経とうとしていた。

 そうして、生まれながらにして魔法がある社会で育ち、魔法を不思議と思わず、使えるのが当たり前として受け入れて育ってきた世代を“ナチュラルボーン”と呼び、彼らは後天的に覚えた世代とは異なり魔法の扱いに長けていた。

 勇者一行もそうだった。

 剣技、魔法共に扱える勇者。

 剣技とパワーを武器にして防御に特化した騎士。

 “祝福“と呼ぶ奇跡を主体とし、後方での一行のサポートをする聖女。

 吹けば飛ぶような外見からは想像がつかない強力な広域魔法を得意とする魔法使い。

 ティーンエイジャーでしかない彼らが勇者一行と呼ばれるのは、個々が一騎当千の武者でもあるからだ。



 彼女──オルカが助かったのはただの偶然だった。

 助けようとしたわけでも、救わねばという思いすらなく、ただ同胞からの魔法攻撃を受けた為に保護機能が働いて、シルヴァネア王国の王宮に飛ばされてきただけだった。

 同様に同胞からの凶刃に倒れた彼女の父母兄妹は皆、天国へと召されていった。

 勝利の印とされて掲げられて、彼女の父母の首は一週間、王宮から見下ろせる広場に掲げられていた。

 オルカが見知らぬ一室で気がついた時、傍らにレオナルドがいた。

 何も話さず、ただ黙って外を見続ける横顔を眺めてるうちに、オルカはここが天国ではなく現実世界だと気がついた。

 魔法攻撃により焼き殺されたはずの自分の身に何が起きたのか疑問は尽きないが、身動き一つしない傍らの男に声をかけていいものか、踏ん切りがつかなかった。

 しばらく静寂が辺りを包んだのち、オルカが勇気を出して男に声を掛けた。


「あの、ここはどこでしょうか?

 そして、なぜ私がここにいるのでしょうか?

 私は死んだはずでは──」


 ゆっくりと振り返った男と目が合った瞬間、オルカの心の隅にざわめきが走った。

 多分、聞くべきではなかったのだ。

 ゆっくりとレオナルドが口を開いた。


「ここは、シルヴァネア王国の王宮、魔王城と呼ばれる場所だ。

 とんだ災難だったな。

 君は革命に巻き込まれて命を落とすところだったが、偶然助かった。

 残念だが他のみんなは死んだよ」


 淡々と答える口調は詩か何かを朗読するかのようだった。


「そう──ですか」


「ああ」


「誰も助かりませんでしたか──」


「ああ」


「幼い弟も妹も──」


「ああ、血族が残っていたら面倒だと下水道からドブまで血眼になって探し出した。

 せめて国外に脱出できれば何とかなったんだろうが、すでに国境は封鎖されていたからね」


「用意周到ですわね」


「ああ」


「とても市民活動から発展した革命とは──」


「そこまでだ。

 深く考えずに今は休め。

 まずは身体を回復させるのが優先だ。

 身の振り方はその後ゆっくりと考えればいい」


 そんな会話を交わした後、気が付いたらオルカは魔王の背後に立ち、どこにでも行く時でもついて回るようになった。

 そして、根負けした魔王が侍女ならぬ執事としてオルカを正式採用したのだった。


 後日、オルカは王城の一室に転送された者たちに対して決まった口上が述べられている事を知った。

 自分が聞いたのとは少し違うセリフだった。


「致死に至る攻撃魔法を受けた者はこちらに転送される保護プログラムが組み込まれている。

 攻撃者には攻撃が当たって死亡した様子が眼下に広がっているはずだ。

 そういう幻覚魔法が発動するようになっている。

 君が選ぶ選択肢は三つ

 一つ目は、ここで目覚めた記憶を消して元の日常に戻る。

 当然、攻撃した相手の記憶も消すさ。

 これが一番おすすめだ。

 二つ目は、ここで目覚めた記憶を消して、どこか違う場所で暮らす。

 最後はこのままこの国で暮らす。

 これはお勧めしない。

 そう遠くない未来、魔の森の影響を受け、君も我らと同様に人とは違う異形の者と化し、人からは魔族と呼ばれるようになるだろう。

 今のままの姿でいたいだろう?」


 実にレオナルドらしいなとオルカの頬が緩む。

 意識して見せないようにしてる笑顔。

 その笑顔を見せた時に見える常人の倍近くあるレオナルドの尖った犬歯も嫌いではない。

 たとえ頭にツノが生えてきたとしても、中身は人間と変わらないのは王宮で他の人と接し、暮らしているうちに理解した。

 命を救われ、与えられた居場所にいる事を誰が否と言うだろうか。



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 16.魔王執務室 -無茶と思える要求も外交戦術-


「そうだ! 良いこと思いついたぜ!

 こちらでも育てればいいんだよ」

「どういう事だ、レオン?」

「つまり、我々の国で魔牛育成をすれば、物流が止まっていようがいまいが関係なくなる。

 いつでも好きな時に魔牛ステーキが食えるって訳だ」

「なるほど、いい考えだ! 冴えてるな」

「魔牛ステーキ、濃厚な肉厚ステーキ、よだれが止まらない」

「なら決定だな!

 魔王よ、魔牛育成のノウハウを提供しろ」


「ほう?

 では、その対価に何を支払う?」


「意味不明な質問だな。

 なぜ我々が対価を支払わなければならない?」


「それはどういう意味かな?」


「物流停止で魔牛が届かない。

 それを補う為に我々の国で魔牛育成してやるんだ。

 いわゆる損害賠償ってやつだよ。

 それなのになぜ対価を支払わなくてはならない?」


「一国の産業を奪い衰退させる発言をしてると、君たちは理解しているのかな?」


「それは俺たちには関係ない話だ。

 そんな小難しい話は国の大臣とか偉いさんとしてくれ──

 とにかく魔牛を早急に食べれるようにしろ」

「うむ、筋肉を育むためにも肉は必須」

「魔牛ステーキ──

 お腹すいた」


 彼らは自ら話す内容について、論理が破綻している事すら理解していないようだ。



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 17.世界会議場 -奪える物は全て奪う-


「物流停止でしばらくはこれが食えぬとは──」

「これが最後の一口のとなるやもしれぬか、まことに残念じゃのう」

「嘆く事はないのでは?」


 ヴァルグレイス皇帝の呟きに会場内のざわめきが止まった。


「どういう事じゃ?」

「何か名案でもあるのか?」

「何、簡単な事じゃ──

 我々の国でも魔牛育成をすれば良い。

 皆もそう思わないか?」

「なるほど!」

「その手があったか」

「物流が止まっても、止まってない国から輸入する事ができて、安定して入手可能になるな」


 してやったりと、ヴァルグレイス皇帝の顔に笑みが浮かぶ。


「魔王──

 いや、シルヴァネア王国の王よ。

 我々は物流が停止した事により受けた被害に対して、魔牛育成のノウハウを対価として要求する。

 いやとは言わせぬぞ」

「うむ、当然の権利だな」

「むしろ自ら提供すると言い出すのが筋である」


「なるほど──見事な茶番劇だ。

 なら、我も最後まで付き合う事にしよう。

 魔牛育成のノウハウ、これを提供する事は無理だ──」


「何を言う!」


「まあ、最後まで話を聞け。

 魔牛はシルヴァネア王国以外では育たぬ。

 いや、語弊があるな、正確にはシルヴァネア王国以外で育てれば普通の肉牛でしかない」


「信じがたい──」


「我々も色々と調べたのだよ。

 だが事実だ。

 調査チームの報告では餌、つまり食べている牧草がシルヴァネア王国以外では育たぬ種類らしく、それ以外の物を食べて育った魔牛はただの肉牛でしかない」


「そんな戯言を信じると思うか?

 種牛と牝牛をセットで提供する事を要求する。

 これはここに居る全員、いわば世界全体の要求と思ってもらって構わないぞ」

「そうだ、そうだ、魔牛を寄越せ」

「うむ、おとなしく引き渡すのじゃ」


「よかろう、そこまで欲するなら──

 自分たちの目で確認するがよい。

 後でつがいの魔牛三組を引き渡せるように準備させよう。

 それに付随して育成マニュアルも一冊用意させる」



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 18.世界会議は止まらない -歩み寄る終焉-


 《各国は己が行った行動について、何らかの不都合が生じた場合には、その責を負う》


「我々が結んだ不可侵友好条約に明言されていたはずだが、ルーメリア商王国が建設したダムが崩壊した事による河川の増水、氾濫で下流域が甚大な被災を受けた。

 これについての救助要請にも応えない上に、責任も負わないと?」


「貴国の領土内で起こった災害であり、自然現象に起因するものであり、その責任を我が国が取る必要はないと考えている。

 支援については別の話だ」


「なるほど、ルーメリア商王国の主張はわかった。

 では、ルーメリア商王国が建設したダムが原因で、魔獣が森から溢れ出しているのに、我が国がその損害を補償しろとはどういう了見かな?」


「言葉通りだ。

 大量の魔獣が貴国が領有する魔の森より我が国に侵入し、甚大な被害を出している。

 当然、補償してもらわねば困る」


「原因は貴国のダム建設では?」


「その点については複数の調査機関が“関連性なし”と結論を出している。

 無関係な話を持ち出すのはやめていただきたい」

「そうだそうだ」

「魔国はきちんと責任を取れ」

「世界に対して誠意を見せろ!」


「では、ダムが無関係だという証拠は?」


「資料が膨大すぎて、今回の会談には持ち込めなかった。後日、改めて提示しよう。

 もちろん、第三国──名前は伏せるが──が公平に審査した結果だ。

 その判断は尊重すべきだな」


「なるほど、話し合いという名の恫喝だな」


「恫喝とは失礼な。

 本来、外交とは利を奪い合う場だ。

 ぬるま湯外交で腑抜けてる奴らが間抜けなのだ」


 事前の根回しが功を奏し、各国がルーメリア商王国の肩を持つ発言をした事に気をよくしたのか、国王からは驕った発言が飛び出した。


「お得意の魔法でも使うかね?

 魔王様よ──」


 してやったりと得意顔を見せる。


「──だがその時点でお主の負けじゃ。

 国際会議の場で、言葉の刃ではなく、武力を振るった時点で負けなのじゃ。

 さあ、反撃なら受け付けるぞ。

 お主の口撃など痛くも痒くもないわ」


「ふう、そう来たか──」


 レオナルドは深いため息をつくと、右手を挙げると背後にいる執事に声をかけた。


「オルカ、茶を入れてくれ。うんと熱いやつを頼む」


「無駄な時間稼ぎを」

「まあ、哀れな魔王に情けをかける意味でも少しくらい待つのもやぶさかではないですよ」

「ふふふ、これまでだな」


 色めき立つ各国首脳陣を尻目に、レオナルドが額に右手を当てている姿が映され続けた。



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 19.世界の不平等 -開かれた競争という名のまやかし-


「先ほど取水量について、契約書に書かれていないと言っておった。

 なら、水の使用料についても支払う気はないようだな?」


「何の事を申しておるのか、理解しかねますな」

「契約書には書かれておらぬ」

「そもそも人道的支援であろう。それを対価を求めるとは人の心をお持ちでないのか?」


「人道的支援──

 うむ、聞こえはいいが、その実、貴国らは何をしているのだ?

 工場への給水は立派な商業活動であろう?

 使うなとは言わぬが、経済活動ならばその対価として金を払うのは当然の事である。

 しかも、庶民に対しては水道の利用料金を三倍以上に吊り上げているそうだな?」


「インフラ整備には金が掛かるのだよ」

「施設使用料というものがあってだな──」


「人道支援というのなら無償で提供するべきだろう?」


「他国の内政に干渉するのはいただけない」

「さよう、さよう」

「若い、若い。青臭くてたまらんな。

 綺麗事だけでは、国を運営していく事はできぬのじゃよ」


 ヴァルグレイス皇帝は嘲るような口調で楽しそうに語る。

 レオナルドを追い詰めているとの実感があるのだろう。


「それならば、きちんとロイヤリティを支払う約束をしている魔法の使用料が支払われていない件はどうなる?

 魔塔も教会も未払いだぞ」


「ほほほほ、確かに魔法の使い方については貴国から学びましたが、それを根拠に使うたびに魔法使用料を支払うなんて馬鹿げてます。

 そもそも使用回数をどうやって数えるのです?

 自己申告でいいなら、0回です。

 すなわち支払いはありません」

「神より賜りし奇跡の御業を金銭に変えることなどできません」


 信者から治療費と称して金品を納めさせてる聖職者が宣う。


「世界の役に立つ魔法は独占するものではなく世界で共有するべきものだ。

 魔塔は断固反対します」


「魔法使用料については契約書にも書かれているが──

 踏み倒す、という認識でいいのだな?

 それならそれでこちらにも考えがあるぞ」



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 20.信念の崩壊 -神の名を騙るな-


「君たちに言っておかないといけなかったな。

 残念だが、もはや魔法を使うことは叶わない。

 もう少し、世界が謙虚であれば違った結果になったかも知れぬがな──」


 遠くを見つめるレオナルドの視線は彼らを見ていなかった。


「魔法が使えない?

 そんな嘘には引っかからないぞ」

「筋肉があれば大丈夫!」

「神の名の下に皆平等です」

「死ね、死ね、死んじゃえ!

 ここに“宣言”する、エクスプロージョン!!」


 魔国から技術提供をしてもらい、使えるようになった魔術を使って、恩人であるはずの魔国民を傷付けようとする行為は、冷静に考えても常軌を逸している。

 今回も執務室内で魔法を発動させようとしている仲間を止めようともしない。

 それが異常だと気付かない事が問題なのだ。


「そうか!

 城内で魔法や祝福が使えなかったのはお前の仕業か!!」


「やっと気づいたのか」


「つまり、元凶であるお前を倒せば元に戻るはず!

 覚悟しろ、魔王!」


 剣に手を掛けて立ちあがろうとするレオンをレオナルドが片手を上げて静止した。


「勇者とあろう者がそんな短絡的な思考でどうする?

 もっと思慮深く行動するものだ。

 これは年長者からのアドバイスとして受け取ってもらって結構。

 我々を討つにしても最後まで話を聞いた方が良いのではないか?」


「そんな口車には乗らないぞ!」

「語るのは筋肉だけで十分だ」

「神は全てを御存じです」

「魔法こそ至高!」


「なるほど、勇者ともあろう者が丸腰の人間を撃つを厭わないと。

 それならば致し方ない──

 茶が切れたな。オルカ、新しいお茶を入れてくれ」


 レオナルドの指示で背後に立つ男は奥の部屋へと消えた。


「茶なんか、のん気に飲んでる場合か!

 誤魔化されないぞ!」


「多勢に無勢。さらにこちらは丸腰。

 討つなら好きに討てばいい。我も好きに語るだけだ。

 これがお互い様ってやつだよ──

 違うかね?」


「──」


 レオンたちはお互いの顔を見合わせた。

 “魔法が使えない”との重大な発表をしたにもかかわらず、その後も態度を変えない。

 武器を突きつけられても平然としているその姿に不気味さすら感じ始めていた。


「よし、話は聞いてやる。

 その代わり、話が終わったらちゃんと俺たちに討たれろよ」


「そうだな──

 君たちの気持ちが変わらないなら好きにすればいい。

 オルカ、客人たちにも熱いお茶を出してくれ」


 レオナルドが奥に向かって叫ぶと、しばらくしてお盆に五つの茶を乗せてオルカが戻って来た。

 順番にお茶を置いていく。

 そして、レオンの前に来た時にオルカの視線が、ふと彼と重なる。


「──どこかで会った気がする」


 レオンがオルカの顔をじっと見つめ、かすかに首を傾げながら呟いた。

 こめかみに人差し指を当て、目を細めて記憶を手繰る。

 一拍置いたのちに、ハッとしたように目を見開く。


「城の入り口で会った男は、お前だったのか! あの攻撃を受けてなお、生きてるとは──」


「ふふふ──

 今頃気づいたのですか?

 相変わらずですね──」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 21.ボーイミツガール −永遠に語られる出会い−


「さて、勇者御一行は記憶力に自信がおありかな?

 歳をとって朦朧するのはかなわん。

 最近では人の名前ですらろくに覚えきれずに間違えてしまう。

 もし君たちの名前を呼び間違っても怒らないで欲しい。悪気があるわけではない」


「記憶力になら自信はあるぜ!

 年寄りと一緒にしてもらっては困るな」

「人並みには」

「神は全てを許します」


「そうだな。

 だがいくら記憶に自信があっても思い出す気がなければ覚えてないのも一緒だ。

 しかも、我々も人間も自分たちにとって都合のいい事は覚えておいて、都合の悪い事は忘れようとするからな」


「俺に関しては、余計なお世話だな」


「おやおや、勇者どのには昔、立派な婚約者がおられたと聞いたが。

 何でも不幸な出来事があって婚約解消になったという話だったが。

 今でも彼女の事を思い出せるのかな?」


「もちろんだ!」


「では時がたった今、成長した元婚約者殿と再会した時は一目でわかると?」


「当然だ、わかるさ」


「さすれば、今となれば立場も違う、環境も違う、再会の喜びを交わす事なく、ただ赤の他人なふりをすると?」


「俺が彼女にそんな薄情な事をするわけがないだろ?」


「声を掛けて救いの手を差し伸べると?

 亡国の王女様に?

 でも、あなたには新たなる婚約者や恋人がいるのではないかな?」


「もちろん救うに決まってるだろ!

 彼女にはきちんと話せばわかってもらえるはずだ。

 そういう事情を含めて、俺の妻となる身として、俺を支えてもらいたい」


 オルカは顔色を変えずに勇者一行を見つめていた。

 執事の服装を着ていたところで、身につけた気品とたたずまいは見るものが見れば一目でわかるはずだ。

 つまり、きちんとした教育、教養も社交経験もなく、部屋住として飼い殺しにされてきた結果が、今のこの体たらく。

 未成年なら親の躾のせいだが、成人して婚姻年齢に達し、同世代が家庭を持って子供もいるような年代では、本人たちの責任といえよう。

 ティーンエイジャー、十代とはいえ、十六歳で成人を迎え、それを越えればこの世界では婚姻可能な年齢だ。


 この世界の平均寿命はわりと短い。

 乳幼児の死亡率が高いせいでもあるが平均寿命は五十歳ほどだ。

 つまり、成人まで生き延びた者は一般的に六十歳前後で死に、長生きするものでも七十歳ほどで亡くなる。

 死ぬまで働く場合もあるが、世代交代は四十代で行われるのが普通であり、六十歳を超えるまで働く事は稀である。

 大きな戦乱が長く続いた場合は、平均寿命は四十歳程度まで低下する事もある。

 “死ぬまで働く”と第一線で頑張ることで、後継者にきちんと引き継ぎできずに起こる悲劇より、世代交代後に後方から支援する方が混乱は少ない。


 二十年前のシルヴァネア王国、通称“魔族”側からの平和協定の提唱及び協定終結により、世界から大きな争いは無くなった。

 だが、争いという無駄な消費行為により通常なら消費するはずの軍事力が各国に溜まり続ける事となり、平和ボケした各国首脳陣に気の緩みが出てきた。

 そして二十年という歳月は人を老いらせ世代交代を促し、数年前より戦争を知らない“ナチュラルボーン”“魔法世代”と呼ばれる、生まれながらに身近に“魔法”が存在していた世代への代替わりが世界各国で始まったのだった。


 魔法は便利だ。

 その仕組みすら知らなくても簡単に使用できる。

 従来の長々した詠唱をしなくてもよく、また、複雑怪奇な魔法陣を事前に用意しなくてもよい。

 誤発動防止の“宣言”を行い、その後に使用する“魔法名”を定められた“構文”(しかも、省略可能)で唱えるだけでいい。

 例えば、火球、いわゆるファイアーボールを三つ同時に発生させるためには

 “宣言”かの者を貫け、トリプルファイアーボール

 となり、

 省略する場合は、対象物を目視しながら、

 “宣言”トリプルファイアーボール

 だけで発動する。

 生活魔法で使われている着火魔法の場合は、全て省略できるので

 ”宣言”プチファイア

 もしくは、

 “宣言”着火

 と唱える事で、すべての人間が同様の火力で種火を発動させる事ができる。


 魔法は便利だ。

 日々新しい魔法が開発されていく。

 だが、その全ての存在が世間に知らしめられているわけではない。

 開発者への敬意とその行為への対価の支払い。本来ならばなされるべき行為であるが、公共利益の名の下に市井の民からは徴収しない事になっており、懐事情を鑑みれば支払ってなお、お釣りが来るはずの王侯貴族ですらきちんと支払いをしていない。

 そうした中で、制限もなく一般的に普及するのがまずいと判断された攻撃系の魔法は“魔塔”魔術師たちの管理下に置かれる事となった。

 また、彼ら教会が、神のみわざと称する“回復魔法”や市井の庶民にこそ普及すべき“生活魔法”と呼ばれる一般魔法は教会の管理下に置かれる事となった。

 “魔塔”も“教会”もそれぞれの存在が国からは独立しており、各国の思惑が魔法の普及に直接影響しないように配慮されている。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 22.世界会議終了 -全てが託される-


「今がダメだからと、未来まで否定する気はない──」


「どういう意味じゃ?」


「あなた方がダメだからと、未来の可能性まで潰すのは我の本意ではない。

 あなた方の未来の希望の先を見させていただこう──」


「だからなんじゃ? 何が言いたいのじゃ?」


「要するに──

 あなた方の教育のたまものである子どもたちの行動を見せてもらおう。

 その結果いかんでは“魔法停止”の解除も検討しよう。

 もちろん、駄目だと判断したら“このまま”だ」


「何!」

「その話、本当だろうな!!」

「ここにいる全員が聞いたぞ。あとで話をひるがえそうとしても無駄だからな」


「ああ

 “我の発言”を聞いた“全て”の者が証人だ。

 嘘など言わんよ」


「我が国の教育水準を甘く見るなよ」

「うちは道徳教育に力を入れているから──

「こちらは“最新魔法“を活用した先進IT教育を──」


 各国の教育自慢があちらこちらで始まる。


「今も駄目、未来も駄目となると、いよいよもって救いようがない──

 その場合は素直に諦めろ」


 レオナルドが静かに死刑宣告を行った。


「しかし、その前に──

 一つ言い忘れていたことがある」


「何じゃ、いまさら勿体つけるな」

「早く話を進めたまえ」


 ******


 今回の“世界会議”に備え、世界各地でレオナルドが用意した魔法投影装置が、世界会議での一部始終を生中継している。

 それを視聴している民衆たちにも緊張が走った。

 自分たちの国王の真実の姿を見せられただけではなく、もはや生活においてなくてはならなくなっている“魔法”が使えなくなった。

 この事実は彼らの心を折るのに十分だった。


『子どもたちの行動次第では』


 レオナルドの言葉は希望でもあり、不安でもあった。


『うちの子なら!』

『あの子たちならきっとやれる』

『未来があると信じたい』


 それぞれが抱く希望。だがそれらはただの願望でしかない。

 万が一の場合は──

 不吉な考えを頭をふって吹き飛ばす。

 そんな不安を抱える彼らの耳に、さらに秘密を暴露しようとしているレオナルドの声が響く


 ******


「うむ、この双方向通信魔法での世界会議なんだが──

 最初から全世界に生中継されていたんだ。

 ほら、今現在も」


 レオナルドが右手をあげ、振るうと画像が切り替わり、空に映し出された映像を見上げている民衆の姿が映る。

 彼らが見ている映像はまさに世界会議場であり、各国首脳陣が狼狽える姿が映っていた。


「──おのれ!」

「謀ったか、魔王!!」

「全て見られておったとは──」

「貴様──」


「ほう、喜んでもらえて何よりだ」


「許さぬぞ! 絶対に許さぬ──」

「貴様には地獄すら生ぬるい──」


「ああ、安心したまえ、情報漏洩ではないぞ。

 会議場と我が執務室を別回線で撮影しているだけだ。

 タネがわかれば簡単な話だろ?」


 その説明を受けた各国首脳陣たちは、怒りで顔を紅潮させる者もいれば、青ざめて立ち尽くす者もいた。

 世界会議場の混乱は、もはや収拾がつかない。


「さあ、そろそろ主役の登場だ。刮目して待つとしよう。彼らはいわば君たちの代表、教育の成果ともいえる存在だ。まさか、ただの無法者に育てたわけでもあるまい?

 期待と希望を託されて育てられたはずだ」


 再びレオナルドの映像が消え、別の映像が映された。



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 23.魔王城内部 -知らされた真実-


『それにしてもだいぶ歩いたぞ。城下町の規模からしたら割に合わないくらい大きいな』


 画面に映る人物たちの背丈から推測して、優に5mを超える高い天井、画面に映る四人が並んで歩いてもなお余る通路の広さ、どこからか照らされるほんのりと明るい空間をゆっくりと辺りを警戒しながら進んでいる。


『一応、一国を治めてる王様が住む城だから見栄をはって大きく建てたんでしょうね』

『うちの城に比べたら犬小屋みたいなもんだけどな』

『まあ、確かにそうだけど。あなたのところと比べるのは無茶よ。なにせ、世界有数の大国ですものね』

『それは確かに言えるな』


 集団の中でひときわ背の高い男が隣りに立つ男の方を叩いた。


『レオンの常識はどこかズレてるんだよ』


 男の口から世界で一番有名な名前が飛び出す。


『お前にだけは言われたくないぞ。

 この脳筋め、手加減くらいしろよ。

 魔獣よりお前からのダメージの方が大きいとか洒落にならないだろ』

『レオンが軟弱すぎるんだよ。

 リーダーなんだからしっかり頼むぞ』


 叩かれた肩を痛そうにさする男の顔がアップになった。


 ******


『あれは勇者さまでは!』

『これで我々は救われる!!』

『安心するのはまだ早いぞ。しかし、彼らなら──』


 映像を見つめる民衆たちから歓喜の声が上がる。

 その紅潮した頬は彼らの期待と興奮を表していた。


 ******


『なぜ、あやつらが──』

『そもそも、なぜ生きている──』

『殺されたはずでは──』


 突然、世界会議場に映し出された勇者一行の姿に驚いた各国首脳陣たちの口から、隠そうとしない本音がポロポロとこぼれ落ちる。

 自分たちの地位や命すら危ない現在、他人を思いやる気持ちも、今更外面を取り繕う余裕すらないのだろう。


 ******


「どういう事だよ? 詠唱に失敗したのか?」

「そんなはずはないわ」

「何かがおかしい」

「罠か!?

 くそ!

 小賢しい真似をしやがって」


 四人の顔に緊張が走った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 24.魔王執務室にて -淡い期待、勇者登場-


「ふむ、お客さんのようだ。

 下がっていなさい。

 ──時間通りだな」


 レオナルドが呟く。

 ほどなくして、突然扉が開かれた。


「魔王! 覚悟しろ!」

「貴様らの悪行もここまでだ!」

「罪を償いなさい、魔王!」

「悪は滅びるが定め。

 つまり、殺しても良い存在。

 魔法研究の役に立てる事を光栄に思いなさい」


「さて、諸君がどこのどなたかは存じないが、興奮した市民が王城に侵入してしまう事は往々にして、稀ではあるが、よくある事だ。

 嫌々ながら歓迎させてもらおう。

 我の執務室へようこそ!」


 レオナルドは両手を広げると歓迎のポーズを取った。


 ******


 モニターに映るレオナルドの射抜くような視線に民衆たちの身体が一瞬強張る。

 大広場で空を見上げ、中継される映像を見つめ続ける人々は数はだんだんと減っていく。

 日常の忙しさを理由に目を背けてきた現実を知ってしまった現在では、過度の期待を持つことに恐怖を感じる者も多かった。

 最後に残った淡い期待に胸を膨らませた結果、無惨に踏み躙られた後には救いようのない絶望しか残らない。

 それでも、残った人々は歯を食いしばり、拳を握りしめて空を見上げ続けていた。



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 25.魔王との対決 -正義のゆらぎ-


「さて、まずは自己紹介させてもらおう。わが国“魔国”の王をしているからと言って“魔王”呼ばわりされるのは心外だ。

 そもそも魔の森を切り開いて作られた国だから通称として“魔国”と呼ばれているだけであり、正式名称はシルヴァネア王国。

 そして、我が名はレオナルド・フォン・サテン。

 レオナルドでも王とでも好きに呼んでくれたまえ。

 “魔王”と呼び続ける気なら、それはそれで止める気はないよ。

 まあ、君たちの常識を疑ってしまうがね」


 そう言い放つと、作業中だった執務テーブルの上を片付け、部屋の中央に移り、応接セットの上座に座った。


「命乞いなら無駄だ。魔王ともあろう者が見苦しいぞ!」

「魔王──

 シルヴァネア王国の王ともあろう者が──

 剣を抜け、相手になってやる!!」

「騙されませんわ!」

「先制攻撃。

 撃たれる覚悟のある者だけが魔法を撃てるのだ」


「むき身の刀剣を持って人様の執務室に押し掛ける方が見苦しいのでは?

 それとも無抵抗な者相手に暴力を振るうのが君たちの言うところの“正義”なのかね?

 親切に話しかけた村人に対して、彼らの顔を見、牙やツノに気付いた時点で攻撃を仕掛けていた君たちに、聞いたところで無駄かもしれないがね」


「そんな事はないぞ。魔族から攻撃されそうになったから、反撃しただけだ!」

「そうだ、我々からは手を出していない」

「神は全てを救います。罪深いあなたですら救うでしょう」

「撃たれる前に撃つ、それが魔法」


 後ろめたい所があるのか、問いかけが終わる前に食い気味に反論する。


「ならば──

 まずは交渉、会話からだろう?

 ほら丸腰だ。

 心配なら剣はしまわなくてもいい。

 “魔の森”の影響で多少外見が変わって見えるかもしれないが、犬歯が伸びたり、額に小さなコブができたりする程度だ。

 本質は何も変わらない。

 我々は君たちと変わらぬ“人”だと思っておる。

 だから、“魔族”や“魔王”呼びは少し気に入らないのだよ」


 レオナルドは敵対する意思がないとボディーランゲージで示すと、奥に向かって声を掛けた。


「オルカ、茶を。我は玉露でいい。

 客人たちには──そうだな、一番安い番茶を四つ」


「なっ!」

「そんな安っぽい挑発にはのらないぞ」


 顔を真っ赤にして勇者一行は苛立ちを隠せない様子。


「いいだろう、その挑発に乗ってやるよ」


 ドスン!

 レオンがソファーに腰を下ろした。


「俺は勇者レオン。本名はレオニス・タルクだ。みんなからレオンと呼ばれてる。あんたもレオン呼びでいいぜ」

「ハルク・オリバーだ。

 服に隠れて分かりづらいがよく見れば、貴様もなかなかいい肉体をもってるな。

 オレと筋肉で語り合おうぜ」

「私は教会から派遣されたソフィア・リーフレット。

 みんなからは聖女と呼ばれています」

「ルル・ココット。

 撃つは魔法、撃たれるは悪。

 悪は絶対許さない」


 四人の自己紹介が終わったタイミングでオルカが部屋に入ってきた。


「お待たせしました。お茶でございます」

「うむ、ご苦労。下がってくれ」


 お茶出しが終わったオルカをそのまま退出させると、目の前に置かれたお茶を手に取りすすった。


「それで、どういった要件で来られたのかな?」


「何をすっとんきょうな事を言ってる。

 決まってるだろ?

 魔王退治だよ」

「悪は滅びるべし」

「すべては神のお導きです」

「力こそパワーだ!!」


「我が討たれるのは──」


 レオナルドはわずかに笑い、指先で机を叩く。


「“理想のため”かな?

 それとも──

 “理想そのもの”を討つためかね?」


 沈黙。

 勇者一行は、意味を掴めず顔を見合わせた。

 だが、レオナルドの言葉はゆっくりと、胸の奥をえぐるように沈んでいった。


「訳のわからない事を言って煙にまこうとしても無駄だ!」


 我に返ったレオンは一度外していた手をもう一度剣に添えた。


「ほお、剣に手を添えるという事はこれ以上話し合う気がないという事かな?

 実に残念な事だ」


「そんな安っぽい挑発には乗らないぞ!」


「言葉を戦わせる場において、知力を用いることを諦めて、武に頼る時点で負けを認めたもの同然なのだが──

 はたして、それが貴殿らのいうところの“正義”であるのか?」


「そんな詭弁には騙されないぞ」


「ではどうするのかね?

 我らを武で制圧しようというのかね?

 では逆に問いかけよう。

 君たちにすればあり得ないことだろうが、“万が一“我らが君たちの国を力で制圧したとしたら」


「そんなことは万が一にもあり得ない」

「俺たち絶対にが阻止する」

「理不尽な力になんか屈しません」


「“力になんて屈しない“というだろ?

 それならばなぜその“力”で“武”で我々に対抗し、我々を押さえつけようとするのだ?」


「それは──」


「君たちのふるう“力”と我々のふるう“力”が別物で、君たちのふるう力が“正義”で我々がふるう力は“悪”だとでもいうのか?」


「そ、そうだ!」


「なるほど

 では、それを決めたのは誰だね?

 神か?

 君たちか?

 それとも全てが決まっていたのかね?」


「もとからに決まってるだろ!」

「全ては神がお決めになった事」


「君たちの立場からならそういうしかないのかもしれないが、我々の立場になって考えてくれないか?

 存在自体が“悪”だといわれ“加害”を受けるのが当然という立場を素直に受け入れられると思うかい?

 それに、そもそも我々の存在自体が“悪”ならばなぜ“神”は直接手を下して我々の存在を消さないのだ?」


「我々、人間に試練を与えるためだ」

「神を疑ってはいけません」


「自ら考えることを放棄して、先人の教えを無条件に正しいと信じ込む。

 はたして、それは正しいのだろうか?

 君たちは考えてみたことはないのか?」


「悪の言い訳なんて聞く耳持たないぞ」

「神の御言葉に素直に耳を傾けるのです」


「“力”だけに頼らず“理性”と“知性”を手に入れて発展したのが、我々や君たち、人族だと思うのだが?

 人族とひとまとめにした事に気を悪くしたのなら謝っておこう。

 すまなかった。

 だが、我個人としては、君たち人間も魔族といわれる我々も同じ種であると思っている」


「魔王、どういう魂胆だ!」

「口車には乗らないぞ」

「神は全ての懺悔を受け入れ、その罪を許します」


「魂胆も何も、先ほどから何度も言ってるように同じ人族として

 “こちらからは人間に危害を加える気はない”

 ただそれだけだ。

 まあ、そちらから危害を与えてくるなら甘んじて受け入れる気はないので、きちんとお返しはするつもりだ」



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 26.勇者一行との対決 -力こそ正義-


「もう一度問い直そう。

 君たちは何のためにここに、我が城に訪れた?」


「決まってるだろ?

 魔王退治だよ」

「年貢の納め時ってやつだ」

「観念してください、レオナルド国王!」

「不浄、滅せよ」


 ──これは話にならない。

 最初から会話が成り立つ相手ではない、と理解する。


 慌てて話を遮った。


「一方的に言われても困る。一つずつ確認させてもらおう」


「何を確認する必要がある?」

「いい訳無用、観念しろ」

「神は全てをご覧になってます」

「死ね、死んじゃえ」


 俺様、筋肉重視、敬虔なる者、魔法使いそのもの、御一行。

 歩く地雷、そのものといえる。


「まず、近いところから順に聞いていこう。

 この国への入国に許可を取ったかね?」


「なぜ必要?」


 勇者レオンが不思議そうに首を傾げる。


「そりゃあ、入国審査はどこの国でもあるだろう。

 誰でも彼でも勝手に出入りしていたら問題だ」


「魔王退治の為だからな」


 甲冑を着込んだハルクが鎧をガチャガチャ鳴らしながら、当然のように言う。


「今回、魔王呼びは横に置いておくとして──

 “退治のため許可は不要”という主張で間違いないか?」


「懺悔するには遅いのです」


 聖女ソフィアが両手を組み、祈るようなに呟く。


「何について懺悔を求められているのかね?」


「悪は滅びるが定め」


 魔法使いルルが右手の人差し指をレオナルドの顔に突きつけながら言った。


「まずは“悪”の定義を教えてもらわねばな。

 歴史を振り返れば、敵対する勢力全部を悪認定してきたのが人類。

 すなわち、敵対する全てを滅ぼしてきた人類が一番恐ろしい怖い存在になる。

 改めて問う、悪とは何だ?」


 一人ずつの発言に答えを返す。


「そもそも、我々と人類は敵対していた覚えはない。

 宣戦布告した覚えもなければ、された覚えもない。

 いつ敵対した?」


 わざとらしく首をひねる。

 観客がいる場合、こういう些細な仕草が結構効果を発揮する。


「魔獣がたびたび人間の街を襲う。魔王軍の仕業に違いない!」


「魔獣か。森で勝手に繁殖してる魔獣の管理を我が国がしてると言い、さらにそれに対する責任もこちらにあると言うのか?」


「当たり前だ。問答無用!」


「どうしてそうなる? 飼っているペットならまだしも野生の魔獣だ。どうしてその責任をわが国が取らねばならぬ?

 例えば、勝手に川の上流にダムを作って水を独占したり、大雨でダムが決壊して下流域が水没したりしたなら、ダムを作った国の管理責任を問うべきだと思うがね」


 自称勇者御一行の背後を鋭い視線で睨みつける。



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 27.魔王の憂鬱 -若さゆえの愚かさ、若さとは無慈悲だ-


「物流が止まってるだと?」

「嘘だろ?」


「先ほど言ったように、上流にあるダムの崩壊による河川氾濫で下流域は水没して大混乱。

 さらに復興するのもいつになるか未定。

 魔牛牧場も牛の体調管理や保護するのに手一杯で出荷まで人手を割ける状態じゃない。

 当然の事だが、有事ゆえに物流は被災地への救助物資や支援品が最優先。

 被災地の復興が落ち着き、物流が平常時と同様に元の状態に戻るまで、魔牛の出荷は止まる。

 いや、止めざるを得ないのだよ」


「じゃあ、それはなんだよ。

 どう見ても魔牛のステーキだよな?」


「これは税として“物納”された魔牛を王宮内で解体し、料理長が丹念に熟成させた最後の一頭で貴重品なのだよ。

 アポなしで来訪されて準備が間に合うはずないだろ?

 相手の為、ひいては自分の為に普通は事前にアポを取るものだ」


「そんな言い訳はよせ。

 あるだけ持ってこいよ」

「魔牛ステーキ、肉厚な濃厚ステーキ、よだれが止まらない」


「いやいや、勝手に押しかけてきて、あるだけ魔牛のステーキを出せとか意味不明な事を言われても困る。

 とにかく今は物流が止まってるんだ、勝手なわがままは許さん」


「使えないな」

「軟弱、軟弱!」

「悪は滅びるべし」


「被災地支援を応援するとかならまだしも、直接動かずに文句だけ言うとは、何様のつもりだ?

 君たちの国は契約を盾に取水を許可した河の最上流にダムを建設して、根こそぎ水を奪う。

 森を流れる川が干上がった為に水を求めて魔獣たちが森の外に移動。

 その際、森に隣接する人間の街にも魔獣が行く事もある。当然だろ?

 動物、魔獣に人間が決めた国境がわかるのか?

 そもそも魔獣たちの大移動の原因となった水不足は人間の仕業であり、その責任が我が国だという主張を受け入れるなど、到底できないという事をわからないのか?」


「四の五の屁理屈ばっかり言って、魔王ともあろうものが往生際が悪いぞ!」

「筋肉こそ全て」

「神のみ心のままに」

「魔獣滅びるべし」


 魔牛食わせろと言う口で“滅びろ”とは、これ如何に? 

 意味不明すぎる。



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 28.魔王の執務室 -無茶が通るのは勇者の特権-


「そうだ! 良いこと思いついたぜ!

 こちらでも育てればいいんだよ」

「どういう事だ、レオン?」

「つまり、我々の国で魔牛育成をすれば、物流が止まっていようがいまいが関係なくなる。

 いつでも好きな時に魔牛ステーキが食えるって訳だ」

「なるほど、いい考えだ! 冴えてるな」

「魔牛ステーキ、濃厚な肉厚ステーキ、よだれが止まらない」

「なら決定だな!

 魔王よ、魔牛育成のノウハウを提供しろ」


 ******


「さすがは親子と言うべきですな」

「これぞ以心伝心!」

「そんな事を言ってる場合ではないぞ。よりによって空気を読まずに“魔牛”の育成方法を要求するなど──

 あやつらは状況をわかっておらぬのか?」

「見てる限りではそうじゃろう──」

「愚かな──」

「どの口で他人の息子を非難できるのじゃ──」

「いずれにしろ、彼らの行動次第に我々人類の未来が掛かってるのは変わりない──」


 勇者一行の映像を見つめる世界会議室にいる首脳陣たちの顔に、絶望ともいえる諦めの表情が浮かび上がった。


 ******


「ほう?

 では、その対価に何を支払う?」


「意味不明な質問だな。

 なぜ我々が対価を支払わなければならない?」


「それはどういう意味かな?」


「物流停止で魔牛が届かない。

 それを補う為に我々の国で魔牛育成してやるんだ。

 いわゆる損害賠償ってやつだよ。

 それなのになぜ対価を支払わなくてはならない?」


「一国の産業を奪い衰退させる発言をしてると、君たちは理解しているのかな?」


「それは俺たちには関係ない話だ。

 そんな小難しい話は国の大臣とか偉いさんとしてくれ──

 とにかく魔牛を早急に食べれるようにしろ」

「うむ、筋肉を育むためにも肉は必須」

「魔牛ステーキ──

 お腹すいた」


 彼らは自ら話す内容について、論理が破綻している事すら理解していないようだ。


 ******


「俺たちは何を見せられているんだ?」

「あの親父にしてこの子ありとはよく言ったものだ──」

「我々の希望の星が“これ”なのか──」

「いや、まだ始まったばかり、これからだ──」

「勇者様なら、きっと上手くやってくれるはず──」


 世界各地で勇者一行の映像を見つめる民衆は、祈るように彼らの姿を見つめ続けた。



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 29.ことわりの崩壊 -魔法の真実-


「君たちには言っておかないといけなかったな。

 残念だが、もはや魔法を使うことは叶わない。

 もう少し、世界が謙虚であれば違った結果になったかも知れぬがな──」


 遠くを見つめるレオナルドの視線は彼らを見ていなかった。


「魔法が使えない?

 そんな嘘には引っかからないぞ」

「筋肉があれば大丈夫!」

「神の名の下に皆平等です」

「死ね、死ね、死んじゃえ!

 ここに“宣言”する、エクスプロージョン!!」


 魔国から技術提供をしてもらい、使えるようになった魔術を使って、恩人であるはずの魔国民を傷付けようとする行為は、冷静に考えても常軌を逸している。

 恩を仇で返すとはまさにこのことであろう。

 技術提供した側がその技術を取り上げることなど、考えた事がないのだろうか?

 レオナルドもただ手をこまねいている訳ではなく、事前にちゃんと対策を練っていた。


 そもそも魔法の使用許可はいずれ取り上げるつもりだったのだ。

 世界会議を開催したのは事実確認。ただその為だけに開かれた。

 そして、結果は出たのだ。

 彼らに“魔法”は不相応。

 未来はわからないが、今の彼らには扱いきれない。

 手の届かない所で管理するのが制作者としての責任である。


 魔国民からは魔法の使用料は取らない。これは将来的にも変えるつもりはない。

 さらに、生活を豊かにする新しい魔法の開発は進んでおり、ライブラリーに登録された魔法の数は増えているが、これはまだ対外的にも、国内向けにも内緒だった。


 魔法発動の仕組みは、ライブラリーに事前に登録されている魔法が呼び出される事により作動する。

 その為に、ライブラリーと呼ばれる領域に、魔法の定義、構文ほか、使用の際の効果、範囲、持続時間、ベクトルから必要な魔素まで、規定値を与えてあげ、入力値については受け付け範囲まで定めておかなければならない。

 試行錯誤しながらきちんと想定した仕様で発動する様になるまで、地道なバグとりをするのはそれが趣味な人間か、マゾ気質の人間にしかできない作業かもしれない。

 もっとも、レオナルドが開発し、魔国民や人間に提供している魔法については簡易化しており、ほぼ発動に必要な数式が最初から組み込まれている。

 その為に、誤発動防止の“宣言”を行った後に魔法名を唱えるだけで規定の動作を行う魔法が発動する。

 それゆえ、魔法を発動させる者によって効果が違うということがなく常に画一的に一定の効果を発揮する。

 込める魔力量を誤って着火用の種火で前髪が燃えたりする事故も起こらない安心設計である。

 攻撃魔法については隠しオプションとして魔法名の前に数字を付けて唱えるとその数だけ魔法が発動する。

 その分余計に体内の魔素を消費するのでむやみやたらな連発はお勧めはしない。


 また、誤用に対する安全保護機能も備えている。

 魔法を発動できるのは意志を持って“宣言”を行える種族──人族と魔族に限られており、オウムのような単なる模倣で発声する動物は使用できない。

 さらに、攻撃魔法発動の対象に動物ではなく人、つまり人族や魔族が指定された場合は、その魔法自体の発動をキャンセルし、代わりに幻影魔法が発動し術者に魔法が成功したとの錯覚を起こさせる。それと同時に転移魔法も発動。攻撃対象者はあらかじめ指定された場所──魔王城の一室、保護官が待機している場所に転移される。

 そこで、どのような経緯で何者に、どのような魔法で攻撃されたのか、調書が作成される。

 その後は本人の希望を聞き、帰国するか魔国に残るかの選択が与えられる。

 帰国を選ぶ者は全体の二割ほどであり、その為、魔国の人口は確実に増加していた。

 オルカもその一人であった。


「そうか!

 城内で魔法や祝福が使えなかったのはお前の仕業か!!」


「やっと気づいたのか」


「つまり、元凶であるお前を倒せば元に戻るはず!

 覚悟しろ、魔王!」


 剣に手を掛けて立ちあがろうとするレオンをレオナルドが片手を上げて静止した。


「勇者とあろう者がそんな短絡的な思考でどうする?

 もっと思慮深く行動するものだ。

 これは年長者からのアドバイスとして受け取ってもらって結構。

 我を討つにしても最後まで話を聞いた方が良いのではないか?」


「そんな口車には乗らないぞ!」

「語るのは筋肉だけで十分だ」

「神は全てを知ってます」

「魔法こそ至高!」


「なるほど、勇者ともあろう者が丸腰の人間を撃つを厭わないと。

 それならば致し方ない──

 茶が切れたな。

 オルカ、新しいお茶を入れてくれ」


 レオナルドの指示で背後に立つ男は奥の部屋へと消えた。


「茶なんか、のん気に飲んでる場合か!

 誤魔化されないぞ!」


「多勢に無勢。さらにこちらは丸腰。

 討つなら好きに討てばいい。我も好きに語るだけだ。

 これがお互い様ってやつだよ──

 違うかね?」


「──」


 レオンたちはお互いの顔を見合わせた。

 魔法が使えないとの重大な発表をしたにもかかわらず、その後も態度を変えない。

 武器を突きつけられても平然としているその姿に不気味さすら感じ始めていた。


「よし、話は聞いてやる。

 その代わり、話終わったらちゃんと俺たちに討たれろよ」


「そうだな──

 君たちの気持ちが変わらないなら好きにすればいい。

 オルカ、客人たちにも熱いお茶を出してくれ」


 レオナルドが奥に向かって叫ぶと、しばらくしてお盆に五つの茶を乗せてオルカが戻って来た。

 順番にお茶を置いていく。

 そして、レオンの前に来た時にオルカの視線が、ふと彼と重なる。


「──どこかで会った気がする」


 レオンがオルカの顔をじっと見つめ、かすかに首を傾げながら呟いた。

 こめかみに人差し指を当て、目を細めて記憶を手繰る。

 一拍置いたのちに、ハッとしたように目を見開く。


「城の入り口で会った男は、お前だったのか! あの攻撃を受けてなお、生きてるとは──」


「──ふふふ」


 オルカはあえて声のトーンを落とし、中性的な響きで笑う。

 レオンが男だと思い込んでいるのを承知の上で、合わせている。


「──今頃気づいたのですか? 相変わらずですね──」


 その柔らかな声色の変化にレオンは全く気づいていない。

 ただ一人、レオナルドだけがその“芝居”の意図を静かに把握していた。

 オルカの瞳にかすかに宿る痛みも──



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 30.虚勢の崩壊 -虎の意を借りる狐-


「他にも君たちには言っておかねばならぬ事がある。

 “世界会議”という世界各国の首脳陣が集まる会議が本日開催された。

 そこで議題に上がったのが君たちの主張と同じだった。そこで面倒でも確認してもらいたい」


「どうして俺たちが?」


「どうして、って?

 それは君たちには“権限“がないからだよ──

 君たちには国を代表して物事を決定する“権限”があるのかね?」


「そりゃあ、あるに決まってるだろう!」


「ふむ、本当かな?」


「本当さ!」


「そうすると、君たちと国のトップ、彼らとの主張が違った場合はどうすればいい?

 勝手に決めて違っていた場合は、国のトップの決断をひっくり返した事になるぞ」


「──」


「そうならない為にも、君たちは“世界会議”の記録を見る必要がある。

 ここまでは理解できるかな?」


「──ああ」

「──確かに、そうかもしれない」

「神は全てをお見通しです」

「会議は退屈だから嫌い」


「それでは退屈かもしれないが、一緒に記録を見ていこう。

 きっと我に感謝するはずだ」


 ****** 


 広場の虚空に映し出された映像には、魔王と対決している勇者一行の姿が写っていた。

 魔王の言葉に反応して、立ち止まり空を見上げる人々。

 握りしめられた拳が彼らの気持ちを語っていた。


「おお、神よ!!」

「俺たちは悪くない、悪くない」

「くそ、魔王のくせに」

「我々の王があんな奴だったなんて」

「だが、俺たちに何ができたと言うんだ」

「間違ってる! 絶対に間違ってる──間違ってないなら何なんだよ──」


 行き場のないやるせない怒りに、

 その身を震わせるしかなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 31.閑話 −魔王の独り言2−


『ルーメリア商国やノクタリア王国において顕著だが、国民主体、民主主義などという言葉は議論を尽くすことを指すのであって、決して多数決、数の暴力を指す言葉ではないのだ、

 安易に言葉をそのまま受け取るのは、考える事を放棄するのと同義ではないかな?

 堕落し、システムが腐敗した時、金で数が買えるようになれば、金がモノを言う世界に変わるのだ。

 そして、力による恐怖が支配した時は力によって数を支配することができる。

 それは恐怖政治と何が違うのかね?』



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 32.世界会議 -守られたのは誰だったのか-


『最近、我が国内で傍若無人な振る舞いを行う一団がいる。

 あなた方の国からの来訪者みたいだが、穏便にお引き取り願いたい。

 それなりに地位の高い方達のご子息だという情報があるので、こちらとしても事を荒立てたくないのだよ。

 まあ、こちらの法に則って粛々と取り締まり、処分しても構わないなら話は別だがね』


 レオナルドは軽く唇を噛み、目を細める。


『最高刑は死刑だ。

 やらかした事を考えれば当然だろ?』


『それは困る』

『お互いの国の間にしこりができるぞ』

『教会としても賛同致しかねますな』

『魔塔としても反対だ』

『そもそも、貴殿がいうところの狼藉者が我々の息子、娘であるという確たる証拠はどこにある。

 勇者と呼ばれるほどの者が他国にてそんな行為を行うとはにわかには信じられん。

 もし、彼らに万が一の事があった場合は然るべき責任を取らせるぞ!』

『まさにその通り』

『言い訳無用、天は全てを見ています』


 矢継ぎ早に言葉を重ね、数の暴力でレオナルドの発言を封じ込めようとする。


『なるほど、言いたい事はわからんでもない。だが、今は時期が悪い。

 他国からの入国制限を──

 ほぼ、入国禁止といっても間違いではないがね──

 している現状、国民も警察機構も治安部隊もピリピリしている。

 そんな中で要らぬ刺激を与えると、正当防衛として身を守る為に反撃する者が出て来てもおかしくない。

 そうではないか?

 彼らの身を守る為にも早めの回収をお願いしたい。

 不幸な事故が起きてからでは遅いだろ?』


『彼らは無事であろうな?』

『万が一の場合は、貴国にはきちんと責任を取ってもらうぞ』

『当然、犯人の引き渡しを要求する』

『貴国には来訪者の身の安全を保証する義務があるはずだ』


 回収を急ぐという発想より、すでに死んでいるという前提で発言が進む。

 いや、彼らが生きている方がまずいのだろう。

 勇者一行がヴァルグレイス帝国の第三皇子、ノクタリア王国の第二王子、エルドラム王国の第三王女兼、セラフイルム教会の聖女、ルーメリア商国の末の王女である魔塔の1番弟子の四人から構成されている事は、シルヴァネア王国の諜報部により事前に判明していた。

 そして、彼らは本人たちに知らされてはいないが派手に動く陽動部隊であり、その裏では各国の暗殺部隊が暗躍していた。

 宣戦布告もなく少数の王族たちが領内で乱暴行為を働く、ただそれだけを理由とし処分を下したなら、国際的な非難はシルヴァネア王国に向くだろう。

 死んでくれた方がありがたい、国の為に、いや自分たちの欲望の為に死ね。

 実の親たちからそう思われている。

 そんな事は知らずにいる方が幸せだろう。

 それゆえ、レオナルドは彼ら勇者一行を放置する事にしたのだ。

 だが、暗殺部隊については話は別であり、因果応報、目には目を、きちんと責任を取らせるつもりである。


『それではとりあえず平和条約の契約書に基づく契約を履行しようと思う──』


『何を言っておる?』

『いや、まさか?』


『──契約書にはこう記載されている。

 ・お互いに悪意を持って互いを攻撃しない。

 ・もし違反した場合は、同等の行為をやり返されても文句は言わない。

 やり返す事を認める。我々の友好を象徴する一文だ』


『それがどうかした?』

『今回の件に何が関係あるというのだ?』


『勇者を名乗る一行が我が領地内の各地で問題行動を起こしている傍ら、それを隠れ蓑に破壊行為や我を暗殺しようとする者たちがいた。

 心配無用、すでに首謀者含め全員を捕らえており、背後関係や誰が指示を出したのかまで突き止めている』


『な、な、なんだと』

『そんな話は初耳だぞ』

『濡れ衣だ! これは罠だ。

 魔王の言葉に耳を貸すな』


『信じようが信じまいがどちらでもいい。

 今話したのは確認したかっただけだ。

 契約書にもあるように、同等にやり返すのは許可されている。

 こちらは未然に塞いだのだ、そちらも未然に防げばいい。エルドラム王国の大臣、そうは思わぬか?』


『知らん知らん、わしは知らんぞ。

 そんな指示は出した覚えはない』


『信じようが信じまいがどちらでもよい。

 そちらの城内で管理してる解毒剤は全て破壊してある。

 今から急いで準備しないと解毒が間に合わなくなるぞ。

 “魔法”──

 教会では“祝福”と呼ぶのだったな──

 すら治療不可能な毒物を使うとは、なんとも念入りな事だよ』


『な、な、なんという事を』


『もっとも、本当に何もしてないのなら、何も起こらないだろう。

 侵入した暗殺者が持っていた毒物をそのままお返ししただけだからな』


『ぶふっ!!』


 言葉を吐き終わる前に、エルドラム王国の大臣は口から泡を吹くとその場にひっくり返った。


『どうやら他に解毒剤がないようだ。

 残念だが因果応報。

 そもそもなぜ我が国にしか存在しない植物から抽出した毒物を使用しようと思ったのが不明。

 確かに人間界に存在しない物質ゆえにその毒性の確認と証明は困難、さらに入手すら困難。

 その上に、解毒剤作用のある植物も我が国でしか採取できないとなれば、物流が完全に止まった現在、救いたくても手助けできる事は何もない』


『そんな!!』


『我が国で魔獣への麻酔薬として使用されている薬物が、まさか人間界で要人暗殺に使われるとは誰が想像する? 

 素晴らしい発想力に感服したよ』


 泡を吹いて倒れているエルドラム王国の大臣に向かって、レオナルドはうやうやしく頭を下げた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 33.世界会議 -踊る世界会議、踊らされる世界-


『さて──

 ちらほらと小耳に挟んだのだが、各地で魔獣が出没し、被害が出ているとの話だが、それがなぜ我が国への非難に繋がるのか教えていただきたい』


『とぼけるでない!』

『すでに尋常ならざる被害が出ておる』

『村ごと全滅した所すらある。嘆かわしいことだ』


『それが我がシルヴァネア王国と何の関係が?』


『何を白々しい──!

 貴国の魔の森より流出した魔獣が各国あちこちで被害をもたらしておるのじゃ。

 この責任をどう取るつもりじゃ?

 言い逃れはさせぬぞ』


『もちろん言い逃れなどする気はない。

 ただ、一つずつ事実確認をさせてもらいたい。

 よろしいかな?』


『ふん、見苦しい言い訳など聞かぬ──続けよ』


 投影された幻影だとわかっていながら、レオナルドにジロリと睨まれノクタリアの王は口をつぐんだ。


『では、我からも言わせてもらおう。

 今我がシルヴァネア王国は大洪水に見舞われ、その復旧を最優先にしている為に余力はない。

 これは各国共に周知の事だと思う』


 レオナルドは一度言葉を区切ると参加者の顔を見渡した。

 遠隔地にいるはずのレオナルドがまるで眼前にいるかのような仕草をする様子に誰も微動だにせずにいる。


『これは魔の森の上流に建設されたダムが決壊した結果であり、大雨の影響とはいえ施工した者たちの責任を追求したいと思う』


『それと本件は関係ない話では──

 いや、続けたまえ』


 話に割り込もうとしたルーメリア商国王はレオナルドの視線に射抜かれ沈黙した。


『魔の森より魔獣が氾濫したのもこのダムの影響だと判明している。近年の少雨による慢性的な水不足、人道的な見地から近隣諸国へ水を分け与える事を許可し、水路を設置するまでは承認したが、ダム建設まで許可した覚えはない』


『それは──』

『契約書をきちんと読まぬものが悪いのじゃ、取水の手段については規定されておらぬ』

『分水路を設置するだけでは取水がうまくいかず、複数にわたる各国の民が使用する必要量が確保できなかったのじゃ。その為に大小、

 その大きさに関わらず水を蓄えておくダムは必要だったのじゃよ』


『そちらの言い分はわかった。それではなぜ──』


 淡々と静かに語るが、その間がレオナルドの怒りを表していた。


『──ダムに貯めた全ての水を水路に流したのかな?

 かの河の下流は干上がり、動物たちの水飲み場すら無くなった』


『水量についても、規定はなかった──』


『常識の範囲という文言を“規定なし”と解釈するのならそうなのだろう。

 我の認識とは大きな齟齬があるようだ』


『魔国──

 いや、訂正する、シルヴァネア王国には水源として利用してる河川がもう一つ存在しており、主にそちらが利用されていると聞き及んでいる』


『だから、全ての水を横取りしても問題ないと?

 無断で水を盗んだ盗人の言い分を飲めと申すのか?』


『それは──』

『こちらにも国民を守る義務がある』


 ****** 

 事前根回しと謀略と密議


『水不足で森が枯れ、魔獣たちがいなくなれば将来的に領土を切り取りやすくなるな』

『さすがは名宰相ですね』

『さらに“魔物”まで出現したとすれば、どんなに取り繕ったところで世界から孤立するより他ない。

 わざわざ魔国を擁護する国など出てこまい』

『孤軍奮闘したところで世論はこちらの味方。

 反撃してきたところで、全てを滅ぼしてしまえば、治める民のいない国など無意味ですからな』

『そうだ。

 さらにこちらには新しく開発された“魔法”技術がある。

 旧式の“魔法”技術しか持たぬ“未開な土人”どもには──

 いや、魔族どもは手も足も出ぬわ』


 彼らは自らのやりとりがバレている事を知らない。

 さらに記録され、全世界に向けて暴露されるなど、夢にも思っていなかった。



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 34.世界会議室 -世界は搾取する者、される者に分かれる-


『今回は人道的な見地から目をつぶろう。

 だが、魔の森の河がその方たちが建てたダムによる人為的な渇水におちいり、そこに住む動物たちは水飲み場を失った。

 そうすると彼らはどうすると思う?』


『さあ?』

『勝手にするのでは?

 所詮は動物』


『そうだな。

 彼らも生きる為に水を求めて移動する。

 なら魔獣たちもそうだとは思わぬか?

 水不足に陥った魔獣たちが水を求めて、水路による供給で水が潤沢にある近隣諸国の村や町に行くのは自然な流れではないかな?』


 レオナルドの問いかけに誰も答えられずに沈黙が続く。


『その責任を我がシルヴァネア王国が取れという。

 それがどれほど滑稽な事かそちらには分からぬのか?

 それともわかった上で難癖を付けておるのかな?』


『決してそのような意図はない』

『民衆たちが騒いでおるだけで──』

『だが、実際に魔獣の襲撃による被害が出ているのは事実だ』

『しかも、魔獣だけではないぞ。

 上位種である“魔法”を使う“魔物”も出没して、被害が増加しておる。

 これらはそもそも魔国以外にはおらぬ存在じゃ!』


 興奮して突き出した腕でレオナルドの幻影を指差す。


『“魔法”を使う生き物──

 我は人族以外では知らぬな──』


『そんな戯言で言い逃れできると思っておるのか!』


『いや、動物は人語を話さぬ。

 真似する物もいるやも知らぬが、教え込まねば無理だ。

 それに──』


 悪戯が見つかった子供のような顔を一瞬見せると、レオナルドが言葉を続ける。


『知らぬなら教えてやろう。

 魔法の“発動者”は“人“に限定されている。

 つまり、人族以外がいくら上手にモノマネした所で発動するはずがないのだよ』


『そんな馬鹿な──』

『実際に被害が出ておるのだぞ!!』


『ほう──

 知りたくば、その被害の真実を見せてやろう』


 レオナルドが右手を振るうと彼の姿は消え、別の映像が投影された。


 ****** 

 魔物被害 -自作自演の裏側-


『もったいないな、いい女なのに』

『やめておけ、バレたら殺されるぞ。魔物は女に手を出さないだろ』

『そりゃそうだが、ええい、この──

 クソ女め!』


 若い娘を襲おうとした男は同僚に咎められ、腹いせ紛れに刀を振るった。

 赤い筋が宙を裂き、夜の静寂が悲鳴に塗りつぶされる。

 月明かりが、地に広がる鮮血を白く照らしていた。


『せっかくのいい女なのに手も出せずに殺すとか腹立たしいな』

『仕方ないさ。

 さっさと終わらせて馴染みの店にしけ込もうぜ』

『ああ、わかった』

『一人も逃すなよ。

 生き残りがいたら偽装工作が大変だ」

『刀傷があるのに“魔物の仕業”は無理があるだろ』

『火を放てばいい。

 魔物が暴れて炎を吐いたことにするんだ。

 骨まで焼けば、死因なんて誰にも分からない』

『なるほど、頭のいい人間は考える事も汚え』

『違いない、はっはっはっ』


 二人は笑いながら、逃げ惑う村人を追い、斬り殺していった。

 ──そして、誰もいなくなった。


 ******


 映し出された映像に誰も何も言わなかった。

 沈黙だけが辺りを支配していた。


『──これは偽造だ。加工されて映像に違いない!』

『そうだ、そうだ。魔族が変装して人を襲ってるに違いない!!』

『こんな物には騙されないぞ』


 一人が口火を切ると次々と否定的な意見が飛び出して来た。

 実際に自分の目で見ても“嘘”だと拒絶する。

 再び投影されたレオナルドの映像が冷ややかな目で世界会議の面々を見つめている。


『“魔物”被害が真実でないとしても、“魔獣”被害が出ているのは紛れもない事実──』


 “被害“

 彼らの口からその言葉が飛び出すのを待っていたかのようにレオナルドの言葉のトーンが変わった。


『──そう、被害だ。

 我が国におけるダム決壊による下流域の水没被害は甚大である。

 余力を残す事なく持てる全てを投入して復興作業中だが、それでも足りない。

 インフラを維持する力もない為に、主要な輸出品の魔牛の提供が滞っているのは心苦しいが寛大な心で待ってて欲しい。

 話がそれたな、本題に戻ろう。

 各国への支援要求、救助要請がことごとく断られている。

 これはどういう事かな?』


『我が国も懐事情が苦しいのだ、他国に支援するだけの余裕がないのだ。

 心苦しいが許して欲しい。

 こんな老ぼれの頭で良ければ何度でも下げるぞ』


 議場がざわつく。

 どの国も似た様な言い訳を心の中に用意していたからだ。


『そもそもダム建設はルーメリア商国、さらには辺境伯が独断で行った事であり、その責は辺境伯が負うべきであり、我々は関係ない』

『そうだそうだ』

『いかにも』


 責任を押し付けられる相手が見つかったのでこれ幸いとみんなしてそれに便乗する。


『水路の水は使うが責任はない。

 ダム建設に使う資材も金も出すけれど、被災地に回す支援も金もない。

 魔獣がはびこる原因を作るが、責任はシルヴァネア王国に押し付ける──』


 レオナルドの言葉に会議場が静まり返る。


『──責任を取る気のない相手にいくら話しても無駄のようだ。

 これ以上は水掛け論になるのでこの話題は一度中断して休憩を取ろう』


 ため息を吐き出すとレオナルドは頭を左右に振った。


『簡単なものだが食事を用意させてもらった。ご賞味していただこう』

 レオナルドの言葉と共に扉が開き、次々と料理が運ばれて来た。



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 35.世界会議は止まらない -歩み寄る余地なし-


 《各国は己が行った行動について、何らかの不都合が生じた場合には、その責を負う》


『我々が結んだ不可侵友好条約に明言されていたはずだが、ルーメリア商王国が建設したダムが崩壊した事による河川の増水、氾濫で下流域が甚大な被災を受けた。

 これについての救助要請にも応えない上に、責任も負わないと?』


『貴国の領土内で起こった災害であり、自然現象に起因するものであり、その責任を我が国が取る必要はないと考えている。

 支援については別の話だ』


『なるほど、ルーメリア商王国の主張はわかった。

 では、ルーメリア商王国が建設したダムが原因で魔獣が森から溢れ出しているのに、我が国がその損害を補償しろとはどういう了見かな?』


『言葉通りだ。

 大量の魔獣が貴国が領有する魔の森より我が国に侵入し、甚大な被害を出している。

 当然、補償してもらわねば困る』


『原因は貴国のダム建設では?』


『その点については複数の調査機関が“関連性なし”と結論を出している。

 無関係な話を持ち出すのはやめていただきたい』

『そうだそうだ』

『魔国はきちんと責任を取れ』

『世界に対して誠意を見せろ!』


『では、ダムが無関係だという証拠は?』


『資料が膨大すぎて、今回の会談には持ち込めなかった。後日、改めて提示しよう。

 もちろん、第三国──名前は伏せるが──が公平に審査した結果だ。

 その判断は尊重すべきだな』


『なるほど、話し合いという名の恫喝ですな』


『恫喝とは失礼な。

 本来、外交とは利を奪い合う場だ。

 ぬるま湯外交で腑抜けてる奴らが間抜けなのだ』


 事前の根回しが功を奏し、各国がルーメリア商王国の肩を持つ発言をした事に気をよくしたのか、国王からは驕った発言が飛び出した。


『お得意の魔法でも使うかね?

 魔王様よ──』


 してやったりと得意顔を見せる。


『──だがその時点でお主の負けじゃ。

 国際会議の場で、言葉の刃ではなく、武力を振るった時点で負けなのじゃ。

 さあ、反撃なら受け付けるぞ。

 お主の口撃など痛くも痒くもないわ』


『ふう、そう来たか──』


 レオナルドは深いため息をつくと、右手を挙げると背後にいる執事に声をかけた。


『オルカ、茶を入れてくれ。

 うんと熱いやつを頼む』


『無駄な時間稼ぎを』

『まあ、哀れな魔王に情けをかける意味でも少しくらい待つのもやぶさかではないですよ」

『ふふふ、これまでだな』


 色めき立つ各国首脳陣を尻目に、レオナルドが額に右手を当てている姿が映され続けた。

 そして待つ事数分後、再び執事が現れた。


『我が王よ、御所望のお茶でございます』


 レオナルドからズームアウトした画面は、優雅な仕草で彼にお茶を出す執事の姿を映し出した。

 そして、改めて画面がズームインするが、今度はレオナルドではなく執事を映し続けた。


『どういう事だ?』

『いや、まさか──』

『そんなはずはない』

『瓜二つというよりも本人にしか見えないぞ』


 さざなみのような囁きが次第に広がり大きくなると、ざわめきは止まらなくなった。



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 36.歪んだ社会 -支配される者と支配する者-


 堕落するのは簡単だ。

 開発された未発表の魔法の存在を一番に知りうる立場におり、そして、その利用の許可が降り、さらにはその普及に関して責任を一任される。

 “選民思想”

 まさに、選ばれたと勘違いし思い上がるのは簡単だった。

 本来、等しく平等に公開するべきであっても、同時に公開する必要はない。

 手心を加え、公開するのにあたり順番を設け、寄付金が少ない、あるいは彼らに異を唱える勢力を一番最後に回す。

 それだけで十分だった。

 理を信じる“魔塔”は理を盾に、神を信じる“教会”は神の名を盾にし、虎の威を借る狐の如く両者は世界に向かい、自らへの優遇を当然の権利と主張した。

 そして“魔法”の影響力を知っている者ほど、彼らを無視できずに便宜を図った為に“魔塔”“教会”ともに奇妙な特権意識を持つ集団に成り果てた。

 理と信仰の名のもとに、魔法は一部の者の特権となり、平等は失われていった。


 教会は非常に賢かった

 等しく広めよと定期的に提供される“生活魔法”と“回復魔法”そのどちらも有効に活用した。

 着火魔法のプチファイアなどの“生活魔法”は無償で庶民に教えたが、引き換えに“神の偉大さ”“神の慈悲”に感謝を表す為に週に一度教会に礼拝するように勧めたのだ。

 手ぶらで礼拝するわけにもいかず、貧しい庶民ですら教会への礼拝ごとにいくばくかのお金を寄付していく。

 さらに“回復魔法”においてはその存在を隠蔽する事にし、聖女と名乗る者たちが“神の祝福”により病や怪我を治すという建前で寄付金を募った。

 各国に等しく、小さな町にまで教会を建てる事により、誰もが治療を受ける事ができると拡大解釈で利権を守った。

 魔法発動に必要な宣言と魔法名を聞こえないような小声で、さらに特殊な訓練により口を動かさずに発言する事により、信者たちには彼らが魔法発動時には神への感謝の祈りを捧げていないようにしか見えなかった。


 魔塔も同様だった。

 大規模魔法に関しては一般開示を止め、魔塔及び関連機関を各国の主要都市に展開する事により平等を保っていると主張。

 さらに教会同様に附属的な詠唱を表に出し、肝心の宣言及び魔法名を口に出さないことにより、外部への流出を防いだのだ。

 さらに王侯貴族に普及した攻撃魔法は一般への使用を禁ずる事により、拡散を防いだのだ。



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 37.世界の不平等 -連帯責任という名の枷-


 すでに調査は済んでいた。

 当初、ヴァルグレイス皇帝はノクタリア王国に皇族の子どもの誰かを配偶者として送り、将来的にノクタリア王国を傀儡化する計画を練っていた。

 チャンスがあれば、不慮の事故を起こして王太子、ノクタリア王国の国王を暗殺し、息子の配偶者の王女に王位を継承させる。その後、女王の王配として自身の息子に支配権を移すプランも立てていたが、もっと直接的、暴力的な手段を用いることにしたのだ。

 短期間に国を変える。すなわち、民衆の自発的なテロを装い国王夫妻とその一族を殺害。その後の混乱、革命軍を名乗るテロ集団たちを鎮圧した王国騎士団の団長が次の支配者として選ばれる。


 “民意を反映させる”


 と言いながら、その実、国民投票の票すら影で操作されていた。

 そして、新たなノクタリア王国の国王となった元騎士団長は、野心以外には優れた能力も政治的手腕も何も持たなかった為、ヴァルグレイス帝国の傀儡になるより他に道はなかった。


 また、魔の森の影響で凶暴化した“魔獣”だけでなく、魔法を扱う“魔物“の出現を自作自演し、自国民を殺害することにより“魔物の脅威”を偽装していた。

 そして、それを根拠として、根本的原因である魔国を攻め滅ぼせと主張している。

 これらの事実をレオナルドはすでに掴んでいた。


 《この契約についてはシルヴァネア王国側が一方的に破棄する事が可能》


 この一文だけはシルヴァネア王国の文字で書かれている。

 契約終結前にゴリ押しで入れた一文だった。

 当時、各国は“魔法技術”という喉から手が出るほどの宝が手に入ると、シルヴァネア王国の顔色を伺い下手に出ていた為に、急に一文書き足したいと言い出しても強く反対できなかったのだ。

 当時のレオナルドはまだ十代でしかなく、見た目が子どもだった為に子どものわがままと受け止められた。

 そして、それがシルヴァネア王国文字で書かれていたため、その場にいた通訳含め、誰も読む事ができなかった。各国は解読する手間を惜しみ、また、他国語が“読めない”という事実が露呈してプライドが傷つく事を拒んだ結果、ただの一文ならばと追加することを許可した、という経緯がある。


『先ほど取水量について、契約書に書かれていないと言っておった。

 なら、水の使用料についても支払う気はないようだな?』


『何の事を申しておるのか、理解しかねますな』

『契約書には書かれておらぬ』

『そもそも人道的支援であろう。それを対価を求めるとは人の心をお持ちでないのか?』


『人道的支援──

 うむ、聞こえはいいが、その実、貴国は何をしているのかね?

 工場への給水は立派な商業活動ではないのか?

 使うなとは言わぬが、経済活動ならばその対価として金を払うのは当然の事だ。

 しかも、庶民に対しては水道の利用料金を三倍以上に吊り上げているそうだな?』


『インフラ整備には金が掛かるのだよ』

『施設使用料というものがあってだな──』

『人道支援というのなら無償で提供するべきだろう?』

『他国の内政に干渉するのはいただけない』

『さよう、さよう』

『若い、若い。

 青臭くてたまらんな。

 綺麗事だけでは国を運営していく事はできぬのじゃよ』


『それならば、きちんとロイヤリティを支払う約束をしている魔法の使用料が支払われていない件はどうなんだ?

 魔塔も教会も未払いなんだが?』


『ほほほほ、確かに魔法の使い方については貴国から学びましたが、それを根拠に使うたびに魔法使用料を支払うなんて馬鹿げてます。そもそも使用回数をどうやって数えるのです?

 自己申告でいいなら、0回です。

 すなわち支払いはありません』

『神より賜りし奇跡の御業を金銭に変えることなどできません』


 信者から治療費と称して金品を納めさせてる聖職者が宣う。


『世界の役に立つ魔法は独占するものではなく世界で共有するべきものだ。

 魔塔は断固反対します』


『魔法使用料については契約書にも書かれているが──

 踏み倒す、という認識でいいのだな?

 それならそれでこちらにも考えがあるぞ。

 ライブラリーを書き換えればいいだけの話だ』


『うん?

 いったい、どういう事だ?』

『ちょっと待ってくれたまえ』

『知識は万人に等しく開かれた門戸であり──』


『そもそも動作原理を理解していないハイテクに対して、提供者を無視していつまでも自由に使えると思ってる考え方が理解できないね』


 レオナルドは外部の雑音を無視して処理を進めた。


『ほら、これでおしまいだ──

 以後、人間界においても、魔国においてもロイヤリティを支払っていない人間は我々が提供した魔法は使えなくなったので悪しからず。

 逆恨みはよしてくれ。我は警告したぞ。

 支払い拒否したのはお前たちの方だ』


『ななな』

『神の御名の下に奇跡を起こせ“キュア”──

 偉大なる神の御業よ顕著せよ“ヒール”──

 なぜじゃ!?

 なぜ何も起こらぬ──』

『“宣言”我に応えよ、ファイヤボール!

 パレット!

 サンダーボルト!

 アイスキャノン!

 嘘だ──』


 確認の為とはいえ、室内で攻撃魔法を発動させようとするとは、やはり魔塔とは理解しあえなさそうだ。

 狂犬か何かだろか?


『なぜじゃ?

 なぜ使えぬ!』

『貴様らが開発した“魔法”ではないか、なぜ使えぬのじゃ?

 原因くらいはわかるであろう?』

『魔塔で開発した口述だけで発動する“魔法”は──

 今のところ存在しない。残念ながら』

『教会において“魔法”などという下賎なものは使わぬ。

 全ては神が起こす奇跡、神の御業』


 魔塔、教会ともに“開発者ではない”と断言した。


『ぐぬぬ──つまり、全ての魔法は魔国で開発されたというのか──』


 ヴァルグレイス皇帝の口から抑えきれないうめきが漏れ、その後吐き捨てるように叫ぶ。


『ああ、その通りだ』


 画面に映る魔王の答えを聞いた瞬間、ルルが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。


「師匠!!

 今日からよろしくお願いします!!」


 そのまま魔王の前まで歩み寄ると、ストンと隣に腰を下ろし、勢いよく腕に抱きついた。


「な、何をしている!?」

「何って、弟子入りです! 一生ついていきます、師匠!!」

「弟子を取った覚えはない!」


 背後ではオルカがジト目で睨んでいた。


「魔王様──また厄介なのが一人、増えましたね」

「我が人類から魔法を取り上げた今、世界において誰も何もできない。弟子入りなど無意味だ」


 魔王の言葉にルルは首をかしげる。


「えっ?

 だって師匠について“魔法そのもの“について学べるんですよ?

 使えるとか使えないとか──そんなの関係あります?」


 本気でわからないという顔で、何度も首を傾ける。


「なるほど、なるほど、これは我の負けじゃな。

 使えるかどうかではなくて、真理そのものを学ぶ──か。探求者とは本来そうあるべきだ」


 ルルの頭に軽く手が置かれる。


「ただし、三年経って背が伸びてなかったら追い出すぞ。

 飯もろくに食わさないと思われたら敵わんからな」

「私がコロコロになるまで太らせます」


 どちらとも取れる発言を表情ひとつ変えずにオルカが宣言した。

 流れが変わるかと誰しもが思った。

 だが、次の瞬間、魔王の声音が低く響いた。


「──さて」


 レオナルドの発言に全てが沈黙した。


「弟子入りの話はここまでだ──

 肝心の事柄はまだまだ残っている」


 笑いかけた者たちの表情が一斉に凍りついた。

 その冷たい気配を打ち消すように、オルカが静かに口を開く。


「続けましょう。

 真実は、まだ序章にすぎません」


 魔王の低い声が響いた瞬間、場の空気が張り詰めた。

 笑い声は掻き消え、誰もが息を呑む。


「貴様らは知らぬだろう。

 魔法とは、本来“人を救うため”に編み出された術だ。

 我らが流浪の果てに、飢えと寒さに倒れる者を救うために作った。

 炎は暖を取り、水は喉を潤し、光は闇夜を照らした。

 それがいつの間にか、“兵器”と呼ばれるようになっただけのことだ」


 淡々と語られる声の奥には、深い哀しみが滲んでいた。


「貴様らの国々が、我らを“異形”と呼び、

 その技を奪い合い、果てには“神の逆鱗”と恐れた。

 だが──恐怖は罪ではない。

 恐怖に屈し、知を歪めたことこそが、貴様らの罪だ」


 その言葉に、場内の重鎮たちが沈黙した。

 オルカが静かに目を伏せ、わずかに頷く。


「我は征服を望まぬ。

 ただ、忘れるな。

 この世界で“魔”と呼ばれる者たちは、かつて“人”であったということを──」


 最後の一言を告げると同時に、魔王はゆっくりと席へと腰を下ろした。

 その動作だけで、場の全員が姿勢を正した。

 沈黙。

 その中で、オルカが穏やかに微笑みを浮かべ、そっと口を開いた。


「──これで、理解していただけたでしょうか?

 “魔王”とは、恐怖ではなく、生き様であり、誇りの名なのです」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 38.自我の崩壊 -現実は無慈悲-


『今がダメだからと、未来まで否定する気はない──』


『どういう意味じゃ?』


『あなた方がダメだからと、未来の可能性まで潰すのは我の本意ではない。

 あなた方の未来の希望の先を見させていただこう──』


『だからなんじゃ? 何が言いたいのじゃ?』


『要するに──

 あなた方の教育のたまものである子どもたちの行動を見せてもらおう。

 その結果いかんでは“魔法停止”の解除も検討しよう。

 もちろん、駄目だと判断したら“このまま”だ』


 引き続き世界会議での内容が投影される。


『ああ

 “我の発言”を聞いた“全て”の者が証人だ。

 嘘など言わんよ』


 “全て”とは今、録画映像を見ている自分たちも含んでいたのだと、レオンたちも気がつく。

 最初からレオナルドの手のひらの上で踊っていたのだ。


『今も駄目、未来も駄目となると、いよいよもって救いようがない──

 その場合は素直に諦めろ』


 レオナルドの“死刑宣告”がレオンたち四人の心にざわめきをもたらした。まさか?


『うむ、この双方向通信魔法での世界会議なんだが──

 最初から全世界に生中継されていたんだ。

 ほら、今現在も』


 レオナルドが右手をあげ、振るうと画像が切り替わった。

 空に映し出された映像を見上げている民衆の姿が映る。

 彼らが見ている映像はまさに世界会議場であり、各国首脳陣が狼狽える姿が映っていた。


『──おのれ!』

『謀ったか、魔王!!』

『全て見られておったとは──』


『──タネがわかれば簡単な話だろ?』


 レオナルドの説明でも各国首脳陣たちの混乱は収まらない。


『さあ、そろそろ主役の登場だ。刮目して待つとしよう。彼らはいわば君たちの代表、教育の成果ともいえる存在だ。まさか、ただの無法者に育てたわけでもあるまい?

 期待と希望を託されて育てられたはずだ』


 レオナルドの映像が消え、見覚えのある映像が映った。


『それにしてもだいぶ歩いたぞ。城下町の規模からしたら割に合わないくらい大きいな』

『一応、一国を治めてる王様が住む城だから見栄をはって大きく建てたんでしょうね』

『うちの城に比べたら犬小屋みたいなもんだけどな』

『まあ、確かにそうだけど。あなたのところと比べるのは無茶よ。なにせ、世界有数の大国ですものね』

『それは確かに言えるな』

『レオンの常識はどこかズレてるんだよ』

『お前にだけは言われたくないぞ。

 この脳筋め、手加減くらいしろよ。

 魔獣よりお前からのダメージの方が大きいとか洒落にならないだろ』

『レオンが軟弱すぎるんだよ。

 リーダーなんだからしっかり頼むぞ』


「どういう事だ、魔王!」

「ナイス、筋肉。さすがは俺様だ」

「ああ、神よ──」

「師匠、凄いです!!」


 いきなり自分たちの姿が映されて、レオンたちに動揺が走る。


「ああ、言ってなかったな。世界会議は君たちが来る直前に終わったんだよ」

「そんな事じゃない、これはどういう事だ?」


 レオンが自分たちがシルヴァネアの王宮内を歩く映像を指差し、レオナルドに詰め寄る。


「ご覧の通りだよ、君たちの映像も世界に向けて生中継されている。ほら今現在も。後ろを振り返るといい」


 レオナルドの言葉に従い、四人が後ろを振り返ると、扉の上部に設置された複数の大型モニターがあり、そこには“世界会議場”や世界各地にある広場に投影された映像を見つめる民衆の姿が映しだされている。

 それと同時に聞き取れなかった音声も次第に大きくなり、彼らの耳にも聞き取れる大きさになった。

 小さいながらも画面の中にレオンたちの姿を確認できた。

 その姿を見つめている民衆の興奮がレオンたちの肌に伝わるようだった。

 しかし、それも束の間──


『なぜ、あやつらが──』

『そもそも、なぜ生きている──』

『殺されたはずでは──』


 突然、映し出されたレオンたちの姿に各国首脳陣たちの口から、信じられない言葉が飛び出した。


「嘘だろ?」

「親父──なぜだ──」

「神を疑ってはいけません。乗り越えられない試練などないのです──」

「師匠、回線制御の方法について質問が!」


 脳が追いつかない。

 自分たちの存在までが世界への“証拠”に使われている──その事実は冷たい手でレオンたちの心臓を掴かんでいるようだった。


「──静まれ。

 時に真実は残酷だ。

 だが、だからといって目を背けてよいものではない。

 過去を知らず、真実を見ずして、

 未来を語るなどという寝言──許すつもりはない。

 君たちは、そして世界は、これから“知る”のだ。

 我らの歩んだ道を。

 そして、貴様らが犯してきた罪を」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 39.世界会議 -魔国の誕生の真実-


「さて──三十年前の事だ。

 魔の森の近隣に、居場所を失った流浪の民が棲みついた。

 国とも呼べない状態の彼らは迫害の対象となるべき“異端”とされた。

 だが実際はどうだった?

 守るものもない、奪うものもない。

 ただ生きる事だけを願った者たちだ。

 それを“同じ人族”が狩り立て、奴隷として売り払った。

 老いも、子も、女も、家畜のように。

 世代が変われど、その事実は消えぬ。

 王族を名乗る者ならば、当然知っていよう?

 まさか、都合よく“歴史の再編”でもしたか?

 あるいは、耳障りな真実を教育の名で塗り潰したのか?」


 レオナルドの問い掛けに沈黙が返ってくる。


「──まあ、いい。

 二十年前、国として形を整えた我々は、世界に協定を求めた。

 争いの終焉を。

 代償は──世界の平和と、技術の共有。

 だが今の世界はどうだ?

 魔国を脅威と呼び、討伐の密議を開くとはな。

 寝ぼけているのか?

 魔国が何をした。

 攻めたか?

 侵したか?

 奪ったか?

 我らはただ、隣人として共に在ることを望んだだけだ。

 どこに“脅威”がある?

 それとも、理解できぬものは排除する──それが人族の“平和”の形か?」


 レオナルドの問い掛けにまたもや沈黙が返った。


「さあ、誰か。我の言葉に、間違いがあるというなら言ってみるがいい」


「そ、それは貴殿の思い過ごしだ」

「そうそう、被害妄想も甚だしい」

「ここは各国の首脳陣が集まる場であるぞ。もっと建設的な話を──」


「ああ、魔国を脅威とみなしている理由についても心当たりはある。

 単純に魔国が保有している技術を奪いたいだけであろう?

 魔国を滅ぼしてその技術を手に入れて、さて、それからどうするつもりだ?

 魔法論理自体解明できていない貴公らの国でどうやって扱うというのだ」


「すでに公開されている魔法の使用を止める事はできまい?」

「そうだ、“魔法“はすでに我らの手にあるのだ。発動方法も教わっておる」


「まあ、その辺りはすでに話し合いが済んでおるのかもしれぬが──

 政治家は技術に疎いとはよく言うが、ここまで酷いのは話にならぬぞ」


 レオナルドの言葉に各国首脳の顔に恐怖と焦りが同時に浮かぶ。


「何を──」

「挑発したところで、いまさら、何が変わるわけでもなかろう」


「その通り、貴様らにも分かるように噛み砕いて説明してやろう。

 御者を失った馬車はどうなると思う。すぐに止まる事はないだろうが、永遠に走り続ける事はない。考えれば分かる事である。

 “魔法”も同じこと。今発動している“魔法”は持続効果が切れるまでは具現化しておるが、効果が切れればそれでお終りだ。

 新たに魔法が“発動”する事はない。

 “宣言”して発動する魔法に関しては我が管理しておるから、例外はないぞ」


「な、何だと!!」

「そんな重要な事がなぜ──」


 各国首脳の混乱は止まることを知らない。


「なぜ知られておらぬのかな? 魔国では子どもですら知っておる事だがな」


「謀ったな──」

「全ては魔王の手の上か──」


「詐欺師の口車に簡単に乗って、既存“魔法”であればいかなる状況でも使えると唆されたのであろう?」


 彼らは“発動済み”魔法と“新規発動”魔法の違いを理解していない事を、レオナルドにより暴露された。


「それでも、新しい魔法開発が止まるという点では致命的だと思うが?

 気付いておるかは知らぬが、この双方向通信も新しく開発されて供与される予定の技術だった。

 他にも奥の手があると思い至らなかったか?

 詰まるところ、詐欺師に騙されたのであろうな。

 魔法技術の開発者、または、関係者と名乗る人物でも出現したのであろう?

 そ奴らの口車に乗って、魔国抜きで魔法技術が手に入るとの腹づもりじゃろう?」


「そんな事はない──」


「何? 違うと申すのか?

 それならば、この双方向通信魔法についても何か言っておったか?

 何も知らされておらぬだろ?

 ならば、他の奥の手についても何か聞き及んでおるか?

 まったく浅はかな。揃いも揃って無能である」


 大きなため息が静まり返った空間に響いた。


「一国の未来が双肩にかかっておる事を理解しておらぬのか?

 嘆かわしい。

 己の立身出世や虚栄心を満たすために、無辜の民を犠牲にする事も厭わないと?

 さてさて、このような指導者を国のトップに据えておく国民も国民であるな。

 聞こえのいい誇張された成果をさも事実であるかのように受け取り、自分の事のように錯覚して、驕りたかぶる。

 疑う事も自ら考える事も謙虚さも全てを投げ捨てて、他人に身を任せる。

 汝らに魔法の恩恵は過分であると言えよう。

 責任も罪も己の行為に対する因果であると知れ」


 レオナルドの言葉と共に、最後まで灯っていた街灯の明かりが消え、街は暗闇に包まれた。

 かすかに残るのは、各地の広場に映し出された世界会議場と魔王の執務室の中継映像──そして、それを照らす空中灯だけだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 40.ボーイミツガール −永遠に交わらない邂逅−


「さて、勇者御一行は記憶力に自信がおありかな?

 歳をとって朦朧するのはかなわん。

 最近では人の名前ですらろくに覚えきれずに間違えてしまう。

 もし君たちの名前を呼び間違っても怒らないでほしい。

 悪気があるわけではない」


「記憶力になら自信はあるぜ!

 年寄りと一緒にしてもらっては困るな」

「人並みには」

「無論です」


「そうだな。

 だがいくら記憶に自信があっても思い出す気がなければ覚えてないのも一緒だ。

 しかも、我々も人間も自分たちにとって都合のいい事は覚えておいて、都合の悪い事は忘れようとするからな」


「俺に関しては、余計なお世話だな」


「おやおや、勇者どのには昔、立派な婚約者がおられたと聞いたが。

 何でも不幸な出来事があって婚約解消になったという話だったが。

 今でも彼女の事を思い出せるのかな?」


「もちろんだ!」


「では、時がたった今、成長した元婚約者殿と再会した時は一目でわかると?」


「当然だ、わかるさ」


「さすれば、今となれば立場も違う、環境も違う、再会の喜びを交わす事なく、ただ赤の他人なふりをすると?」


「俺が彼女にそんな薄情な事をするわけがないだろ?」


「声を掛けて救いの手を差し伸べると?

 亡国の王女様に?

 でも、あなたには新たなる婚約者や恋人がいるのではないかな?」


「もちろん救うに決まってるだろ!

 彼女にはきちんと話せばわかってもらえるはずだ。

 そういう事情も含めて、俺の妻となる身として、俺を支えてもらいたい」


 オルカは顔色を変えずに勇者一行を見つめていた。

 執事の服装を着ていたところで、身につけた気品とたたずまいは見るものが見れば一目でわかるはずだ。

 髪の色と髪型くらいで、元婚約者を見分けられないとは実に情けない。

 というより、覚える気も、思い出す気も、最初から持ち合わせていないのであろう。

 過去の事より今、今より未来の事を夢見て夢想するだけの存在。

 足下を見ぬ者には、現実も見えおらぬのだろう。


 ******


「なぜ気づかない?」

「あれだけの至近距離で気づかないものか?」

「やはり、偽物なのか──」

「馬鹿は休み休み言え。

 あの気品や所作は簡単に身につくものではないぞ。

 彼女は王女以外の何者でもない。

 隣国の王女を見間違えるものか」

「教育を間違えたとしか──

 いや、そう教育したのか」

「そうはいっても、我々はしょせん同じ穴の狢。他人の事は言えまい?」


 親として、為政者として、何か思うところがあったのか、最後の一言に全員が沈黙した。



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 41.元婚約者に気付かない勇者 -語られていなかった一幕-


「では側妃にでもする気かね?

 魔王退治の英雄様となれば引くて数多。

 娘を娶って欲しいと売り込んでくる諸外国や王侯貴族は、星の数ほどいるだろうね。

 順当であれば公爵。

 上手く転べば新たに興した王国の国王か、今いる皇太子を差し置いて新たな皇帝になれるかもしれない」


「そんな事は──」


 言い淀むがまんざらでもない顔で、頬が緩んでいるのが見てとれる。


「だが、何もなしえなかったただの皇族が、愛人を優遇するのは世間的には風当たりが強いぞ」


「貴様、言うことに事欠いて!」


 勇者一行の背後にあるモニターに映る世界会議の会場も騒然としていた。

 ヴァルグレイス皇帝は息子の行動に頭を抱えて下を向いている。

 当事者ともいえるノクタリア国王は怒りに握りしめたこぶしがぷるぷると震えていた。

 亡国の王女様が生存しており、ヴァルグレイス帝国の皇族が保護すると宣言するならば、新たに即位した国王の足元を揺るがしかねない。

 王女支持派が大々的に活動し始めるならば国内は混乱するだろう。

 そうならないように両国間で事前に話し合い、事実が公開された時に大多数の国民の賛同得られるような彼らが納得できる理由、両国間の落としどころを模索する。

 皇族であれば、子どもあっても理解する事ができる程度の話だ。

 この件で、我が子に対してきちんとした教育が施されていない事が露呈した形となった。


「あれから三年、いまだに痕跡すら見つからないなら死んでいるのだろう」


「そんなはずはない!」


「もし、万が一生存していたとして、誰にも気付かれない、もしくは気付かれないように生きているなら、世に自分の存在を明らかにする気はないのだろう。

 探さずに放っておいてあげるのが彼女の為かもしれないぞ」


「そんなはずはない!

 きっと今でも救いが来るのを待っているはずだ──」


 “待ってるはず”

 そんな無神経な言葉に反応して、世界会議、及び各国に中継している映像が勇者一行から魔王側への姿、正確には魔王の傍に控えるオルカにピントを合わせたズーム画像が中継された。

 確認して理解したのか、画面の向こうでノクタリア国王が顔色を失うとそのままバタンと倒れた。

 また、各地で動揺が走っているのが中継映像から見てとれた。

 殺し損ねた、死んだはずのノクタリア王国の元王女が魔国に保護され、魔王付きの執事をしている姿が世界に流れたのだ。

 気付かないのは、元婚約者なのに口だけの勇者と、世界の情勢に興味がなくて疎い勇者一行くらいだろう。


「彼女が待っているのは君たち勇者一行?

 救済?

 憐れみ?

 同情?

 それとも自由か?」


 魔王は小さくため息をついた。


「──彼女の意思はどこへ行ったのだろうね?」



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 42. ノクタリア王国の革命の真相 -不思議に思わないのかね-


「亡国の王女が生きていた!?」

「正当なる王位継承者か?

 一度革命により国が倒れるも、結局はすぐに王政に戻った。

 それゆえ、あれはただのテロだと言われているのだから、正当なる後継者が現れたのなら?」


 各国代表たちに動揺が走る中、ヴァルグレイス皇帝が大声で叫んだ。


「偽者だ!

 偽物に違いない。

 万が一、本物の王女だとして、今更定まった秩序をひっくり返されては困る──

 さては、魔王、貴様の策略だな!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶのをやめない。


「保護した王女の御旗に掲げ、武力により世界の秩序を乱すつもりだな」


「愚かな事を。

 よりによって貴殿がそれを言うのか?

 自分の吐いた言葉に責任は取れるのであろうな?」


「な、何を言う、世界は武力に屈しない──」


「では、諸君たちに問おう。

 たった三年前にあった出来事だ。

 皆の記憶にも残っておるだろう。

 ノクタリア王国の王族が無惨に殺されるという惨劇──」


 その場には居ないはずの投影された魔王が静かに辺りを見回す。

 その視線に射られた者は思わず視線を外した。


「王宮の近衛兵が武器を持った庶民如きに負けたのか──

 誰も不思議に思わないのか?

 武器を持った相手が庶民だという理由だけで手を出せず、守るべき者を守れなかった?

 そんなはずがなかろう?」


 静寂が会場を包む。

 魔王はゆっくりと視線を巡らせ、一人ひとりの顔を射抜くように見つめた。


「信頼していた仲間に背後から襲われる、あるいは、近衛兵以上の力を持つ者たちに襲われたと考える方が、よほど妥当ではないか?

 近衛兵を倒すほどの力を持った“何者か”が、確かにそこにいたはずだ。」


 一拍置いて、魔王は薄く笑う。


「そしてその“何者か”を討伐したと称して現れたのが──騎士団。

 なるほどなるほど、素晴らしい活躍だ──

 それで、彼らはその瞬間までどこにいたのだ?

 王族が襲われる瞬間、いやその前、王宮が襲撃されるよりも前。

 彼らは“敵の存在”を知っていながら、何をしていたのかね?」


 会場にざわめきが走る。

 だが魔王は構わず、静かに言葉を重ねた。


「国王軍が国を守り、騎士団が王都を守り、近衛兵が王宮を守る。

 その三層構造のうち、最後の盾である近衛兵は王と共に皆殺し。生き残りは一人もいない。

 ──だが、騎士団には死者すら出ていない。」


 魔王は天を仰ぎ、深い息を吐く。


「それでも、誰もおかしいとは思わぬのか?

 まるで台本でもあったかのように、騎士団が“秩序の回復者”を名乗り、国を掌握する。

 実に──滑稽だよ」


 その瞬間、空気が凍りついた。

 呼吸をすることすら忘れた聴衆たちの中で、魔王の声だけが澄み渡るように響く。

 オルカは目を伏せ、指先を震わせていた。

 誰もが知っている“真実”を、誰も口にしなかった。

 それを、異界の王が代弁してしまったのだ。

 魔王は静かに目を細め、言葉を締めくくる。


「──この茶番を“正義”と呼ぶのなら、貴様らの神はきっと、笑い転げておられるだろう」



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 43.亡国の王女オルカ -結局は捨てられたのです-


「残念ながらというか、予定通りお前の存在を世界が知ったのだが、今後どうするかね?

 お前の父母が大切にしていた国を取り戻すかね?」


 魔王の言葉に、オルカは静かに目を伏せていた。

 その瞳には怒りも悲しみもなく、ただ深い決意だけが宿っていた。

 やがて彼女は小さく息を吸い、静まり返った執務室に声を落とす。


「──結局、私は捨てられたのですよ。国からも、そして民からも。

 あの時、一緒に死ねていればよかった──そう思ったこともありました。

 けれど、命を賭して私を守った近衛兵たちの尊厳を、私が踏みにじるわけにはいきません。

 泥をすすってでも生き延びる。そう決めたのです。

 ──なのに、私はこの穏やかな暮らしに甘えていた」


 オルカは一拍置き、顔を上げた。

 その声には、もはや迷いの影はなかった。


「ここに宣言します。

 私が前ノクタリア国王の娘、オルカ・グレイス──正当な王位継承者です。

 ですが、あの方が言ったように、私は“茶番劇”によって国からも民からも見捨てられた人間。

 だからこそ、私は“かつてのオルカ”をここで葬ります。

 これからの私は、亡国の王女ではなく、一人の人間として生きる。

 忠義に殉じた近衛兵とその家族に、心より哀悼の意を捧げます」


 そう言って彼女は深く頭を垂れた。

 執務室の空気が震えるように揺れ、誰一人として言葉を発せられなかった。

 世界も同じだった。

 中継を見つめる民衆は、誰一人として身動きができなかった。


「おめでとう、今この瞬間に生まれ変わったのだ。

 新たな人生の門出を祝福しよう。

 この後はどこにでも好きな所に行くがいい」


「あら?

 助けるだけ助けて、それで満足?

 保護のない乳飲子を路上に放置したらどうなるかくらい、魔王と呼ばれるお方なら想像できるでしょう?」


 レオナルドを見つめるオルカの視線は微動だにしない。


「一度餌付けをしたのなら、死ぬまで飼うのが飼い主の責任ではなくて?」


「──死ぬまで?」


「そうね、死ぬまで。簡単に逃れられるとは思わないで。

 わたくしは死ぬまであなたの専属でしてよ」


 世界を破滅に導いた魔王と呼ばれる存在ですら、彼女には頭が上がらないらしい。


「ふう──我が地獄に落ちるとしたらどうする?」


「止めませんよ。どちらの道でもあなたのお好きな方へどうぞ。

 ただ、どちらへ行くとしても、私を振り切ることも逃れることもできない。

 私は死ぬまでずっとあなたの後ろにいます、あしからず」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 44.魔王の正体 -権利と言われると困る-


「さて、ヴァルグレイス皇帝、貴殿が裏で元ノクタリア国王を操ってクーデターを起こさせた黒幕という証拠は押さえているが、何か申し開きはあるかな?」


「そんな与太話、誰が信じると言うのだ」


「オルカ王女が生きてる時点で、他の事件関係者も生きいるとは思わないのか?

 大した自信だな」


「ふん、全員始末した。

 この目で確認したのだから──

 貴様、計ったな!!」


「自ら自白しておいて計られたも何もないだろう?

 耄碌したな」


「ぐぬぬ。

 今は国民に認められて正当な王が治める安定した国だ。

 引き続き彼らが治める権利があるはずだ。

 そうだろ?

 そうは思わぬか?」


 ヴァルグレイス皇帝が賛同を求めるように周囲を見渡し、助け舟を要求する。


「これ以上の余計な混乱は避けたい」

「確かにきちんと治めている以上、引き続き治める権利があるように思う」


 何国かが小声ながら、会議後のヴァルグレイス皇帝からの追及を交わす為に、擁護する言葉を発した。


「そうだ、彼らには権利がある。

 あの国を治める権利が!!」


「“権利”とはこれまた面倒な事を言い出したな──」


 してやったりと得意顔になるヴァルグレイス皇帝。

 だが、魔王の発言に一瞬にして顔色が反転して真っ青になった。


「──だがよい、話をしよう。

 お主の“権利”とやらが、いかなる積み木の上に積まれておるのかを」


 魔王は微笑を浮かべる。

 だがその笑みには、冷ややかな理性と、どこか痛みのような色が混ざっていた。


「知らないとは言わせないぞ、ヴァルグレイス帝国の皇帝よ。

 三十年前──

 お前の父は我が父より皇位を簒奪した。

 本人たちには簒奪の自覚はないのだろう。

 “摂政として一時的に皇帝を補佐する”などと、見え透いた口実を並べてな。

 だがその実、幼い我が父を追放し、その臣下たちをもろとも国外へと放逐した。

 そして他国へ通達を出した。

 “亡命者を受け入れるな”と。

 生まれ育った土地を追われ、行く宛のない民がどうなるかなど、想像に難くない。

 皇族の名を冠する者として、貴様には責任という言葉の意味を知らぬのか?」


 魔王の声が徐々に低く、静かに沈む。

 しかしその一言一言が、会議場の空気を鋭く削り取っていく。


「本来なら、摂政として幼き皇帝を補佐し、皇座を守るべきだった。

 それを“一代限り”の約束で譲り受けたのではなかったか?

 しかも、次代には皇座を返すとの誓約書まで交わしておる。

 ヴァルグレイス帝国の年寄りなら誰でも知っていよう。

 いくら史書を改ざんしようとも、人の口に戸は立てられぬ。

 さすれば、ヴァルグレイス帝国の正当なる皇位継承者は誰であるか明らかだ。

 我が父──そして、その子であるこの我だ」


 会議場が、ざわり、と波打つ。

 ざわめきが伝染するように拡がる。


「だがな、ヴァルグレイス帝国の皇帝よ。

 その地位など、今さら欲しくもない。

 我が父はこの地に根を下ろし、追放された民たちと共に国を築いた。

 彼らは己の命を賭して忠義を体現した。

 彼らを異形と罵る者もおるだろう。

 だが我にとっては、誰よりも尊き民だ。

 貴様の言う“権利”などというものを、軽々しく持ち出さぬことだ。

 その言葉一つで、歴史の土台が崩れるやもしれぬぞ」


 噛み締めるように魔王は言葉を吐き出した。


「ついでに申しておこう。

 ルーメリア商国とノクタリア王国においては、“奴隷狩りという名目で保護”などと、茶番を演じていたな?

 奴隷という名の保護、とは聞いて呆れる。

 自由を奪われ、生きて祖国へ戻れぬ者が真の奴隷でなくて何だ?

 それを“神の定め”として許可したのはどこの誰か──

 教会であろう?

『神から祝福を受けぬ異形の民には、人としての権利はない』と宣言し、太鼓判を押したのは貴様らの神の代弁者たちだ」


 静まり返る会議場。

 誰もが息を飲み、目を逸らすことしかできなかった。


「その同じ教会が、十年後には手のひらを返した。

 “奴隷”などという非人道的な制度は“神の教えに背く”と唱え、その見返りに──

 “回復魔法の独占権”を要求した。

 ああ、なんと神聖な取引であろうな?

 世界平和の名のもとに、己の欲を隠し、他国を罪人に仕立て上げる。

 それが今、貴様らが掲げる“正義”の正体ではないのか?」


 どよめき、怒号、沈黙、動揺。

 それらすべてを飲み込むように、魔王は最後に静かに言葉を落とす。


「さあ──それでもなお、“正当な権利”を口にするか?

 言葉は刃より鋭く、誓約は魔法より重い。

 その意味を知らぬまま口を開くのは、無知の罪というのだよ。」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 45.勇者一行の苦悩 -結局、最後に残るのはそれだけだ-


 《騎士ハルクの苦悩》

「“筋肉は裏切らない”──そう教えてくれた親父が、実は裏切り者だった?」


 自嘲するように笑いながら、ハルクは拳を握り締めた。


「そんな馬鹿な話があるか? 一体全体、俺は何を信じればいいと言うんだ?

 今まで通り筋肉を信じればいい?

 それすら根底から揺らぐような事実を知らされて──どうしろというんだ!」


 その声には、笑いも怒りもなく、ただ“素の男”の叫びが滲んでいた。


「俺は何も知らなかった。いや、知ろうとしなかった。

 知ることを拒絶して、筋肉に逃げていたんだ──

 今さらそれが分かったところで、俺に何ができる──?」


 言葉が途切れた瞬間、辺りが凍りつく。

 仲間たちは息を呑み、誰も軽はずみに声を掛けられなかった。

 そのとき──


「だが、まだお前には筋肉が残っているだろ?」


 静かに立ち上がったのは、勇者レオンだった。

 窓から差し込む月明かりを背に受け、わずかに笑みを浮かべる。


「お前の筋肉は裏切ってない。あの時、俺たちを守ったのはその筋肉だ。

 最後まで信じてやらないと、誰が信じてやるんだ?

 ──まさか、お前まで筋肉を裏切る気か?」


 ハルクは顔を上げた。

 レオンの瞳には、からかいの色も同情もない。ただまっすぐな信頼だけが宿っていた。

 一拍の沈黙。

 やがて、ハルクが低く笑い始める。


「──ははっ。筋肉を裏切るなんて、俺には無理だな」


 その肩がわずかに震える。

 涙か、笑いか、それは誰にも判断がつかなかった。

 けれどその背中には、再び“騎士”としての誇りが宿っていた。


「よし、決めた。俺は筋肉を信じる。

 たとえ親父が裏切り者でも、俺の筋肉だけは──裏切らない!」

「そうこなくちゃな」


 レオンの笑みを合図に、室内の空気がようやく動き出した。

 緊張で張り詰めていた面々が、それぞれ小さく息を吐く。

 ハルクは涙を拭うでもなく、ぐいと胸を張った。


「よし、もう一度言わせてくれ。

 筋肉は──裏切らない!」


 その言葉に、なぜか拍手が起こった。

 もはや誰が最初に叩いたのかもわからない。

 ただ、全員がその一言に救われたように、笑いながら手を鳴らしていた。



 《聖女ソフィアは苦悩する》

「“癒し”とは神の慈愛、神を信じ、神に全てを捧げたものに与えられる奇跡の御業。

 世界中に数多ある教会の最深部で敬虔な祈りを捧げる聖女たち、さらにその聖女たちから選ばれた数少ない大聖女だけが扱える“ホーリー”“プロテクト”ですら魔国から提供された魔法技術だったというのですか?

 それでは私たちはこれから何を信じて神に祈りを捧げればいいのでしょう!?」


 ソフィアの嘆きは会場──いや、世界中の視聴者の心を貫いた。

 多くが半ば諦め、受け入れるしかないと肩を落とすなか、彼女だけはまだ抗っていた。

 祈りにすがるだけでなく、別の道を模索しようとしていたのだ。


「世界の理とは都合よく曲がってはくれぬ」


 魔王は諭すように語る。


「それでも、人は責任を持たなければならない」


 オルカは冷静に言葉を紡ぐ。


「俺は信じる。人の意志を」


 レオンが熱く叫ぶ。


 ──沈黙。


「──つまり、結局は私がやる事は変わらないのですね。

 魔法があろうがなかろうが、天地が逆さまになった所で、

 私は私が救える命を救いたい」


 そのソフィアの揺るぎない声は彼女の決意を表していた。


 静寂。

 そして誰も否定しない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 46.最終話 -救われるのは自ら動く者のみ-


「君たちの行動は褒められたものではないが、それらは“世界を救う者”として持ち上げられ“容認”されてきた結果だとすると、君らだけを責めるのは酷というものだ。

 大人たちが正しいことと間違っていることをきちんと区別をつけるように子らを教える、それが本来のあるべき姿ではないのかね?


 身分が高い?

 世界を救う勇者?

 そんな肩書きの前で善悪が入れ替わるのかね?

 善悪とはそんなあやふやなものなのかね?

 そんな曖昧な基準で我々が“悪”だと認定された?

 ──実に不愉快だ。大いに不満だ。当事者としてクレームを入れさせてもらおう。

 そして、君たちの蛮行を正さず見逃して、あまつさえ応援していた庶民たちは、今度は世界を救えなかったと君たちを非難するであろう。

 君たちは甘んじて受け入れるべきだ。


 だが、一方的に被害者ぶるのはそろそろよさないか

 傍観者気取りの態度に反吐が出るよ。

 国の指導者が悪い?

 勇者一行が悪い?

 いや、根本的に制度を変えたこの我、魔王が悪い?

 寝言は寝てから言うべきだ。

 変わるチャンスはあった。

 間違いを正すべきタイミングもあった。

 全ての局面で、何も行動を起こさなかったのは一体誰であろう?

 我が変えた?

 いや、変わるべくして変わった世界。

 今まで通り、何もせずに受け入れるがいい。

 争うものだけが変化を手に入れる事ができるのだ」


 ひとしきりの沈黙ののち、魔王は大きく吸い込んだ息と共に吐き出した。


「君たちは見ているだけで、何も選ばない。

 選ばないことを選んだ者に、どんな未来が残るというのだろう?

 ──そうだ、最後まで他人事でいた。

 今ですら他人事のまま現実から逃げている──

 君たちの事だよ」


 語りかける魔王の視線は勇者たちの先、彼らの背後にあるモニターを見つめていた。

 彼が弾糾しているのは勇者一行でも世界会議のメンバーでもない。

 それを見ていた世界そのものだった。


 魔法通信が一斉に沈黙した。

 続いて、それを照らしていた空中灯の光が消え、夜の街が静まり返る。

 それは文明そのものの息が止まったような光景だった。



『20年前、人の世には“魔法”などという便利な道具は存在しなかった。不便だろうがそれが本来の姿だ。

 人は“あること”に慣れるのも早いが“なくなること”にもいずれ慣れる。慣れてもらわないと困る。

 共存共栄の光を拒み、退化の闇を選んだのは彼ら自身なのだから──

 新たな道を選びなおすのも、また彼ら自身だ』



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 47.エピローグ的な何か -物語は終わらない-


「いつから気がついておった?」

「何のことでしょうか、師匠!」

「明らかに魔法攻撃に切り替えていたな。勇者一行による被害が激減したからな」

「それは秘密。女には秘密の一つや二つある方がいい──」

「まあ良い──」

「──けど、師匠となれば話は別」


 ******


「まずは宣言。

 この部分は他との区別、差別化の為と思っておいてよい」

「はい、師匠!」

「誤発動を防止する意味でも日常的に多発する用語は避ける方がいい。

 我は“宣言”としたが、本来ならば

 “発動せよ”でも、“魔法よ具現化せよ”でも、“我の願いに答えよ”など、何でもよい」

「個性?」

「そうだ。

 そして、自分が発動させるのに必要な情報を事前に登録することにより、オリジナルの“魔法”が使えるようになる」

「難しい──」

「だからこそ、やりがいがあるだろ?」

「当然です、師匠!!」


 ******


「師匠は師匠、それ以外の何者でもない」

「師匠ゆずりの頭脳をもつ子ども──それは絶対に賢い」

「師匠、子作りしましょう──ダメならオルカでいいから子作りしましょう」

「大丈夫、責任は取る。弟子として育てる。なんなら婿に貰ってもいい」

 頭の中が魔法のことしかないココットは、いつまで経っても変わらないようだ。


 その無邪気さに、魔王はふと微笑んだ。

 世界は変わっても、人はやっぱり面白い。


 ******


「さて、どう思う?」

「どの件でしょうか?」

「あのような小物にこれだけ大規模な計画を練れると思うかね?」

「まず、無理でしょうね──」

 ──つまり、やはり背後に黒幕がいると考えるのが妥当だろうな」

「ご明察でございます」

「冷やかすな。

 さて、どうするのが最善の一手であろうか?」

「どのような選択肢であっても、間違いではございません。

 あなた様の後ろに道ができるのです」

「では、そろそろその黒幕とやらの正体を拝みに行くとするか──」

「私はどこにでもついて行きます」

「師匠!

 どこかへお出かけ?

 もちろんついて行く。

 留守番は退屈」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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