第7話:村の防衛策と直哉の知識
昨夜、見張り台で盗賊団の動きを確認した。
森の奥で動く影を見て、俺とセシリアは、早ければ今夜にも何かが起こると考えていた。
朝日が村の家々を照らし始める頃、俺とセシリアは村人たちを広場に集めた。
盗賊団への対応策を話し合うためだ。
「このままでは、いずれ村が襲われる可能性が高い」
セシリアはそう断言し、村の防衛策を考える必要性を村長に伝えた。
「さて、これから村の防衛を考えるわけだが……ナオヤ、君はどうすればいいと思う?」
セシリアが腕を組みながら俺に問いかけた。
◆
この話し合いを進める前、見張り台の上で必死に盗賊団への対応策を考えるセシリアに、俺はこんな問いかけをしていた。
「セシリアさん。あんた、どうしてこんなに必死なんだ?」
「……ん? 何のことだ?」
「いや、ギルドから受けたのは“調査依頼”なんだろ? なら、別に村を助ける義理はないんじゃないかって思ってね」
セシリアは一瞬、目を伏せたが、すぐに俺を真っ直ぐに見つめ返す。
「……確かに、私はただの調査のつもりで来た。だが、この村の現状を見て、それを放っておくことなどできるはずがない」
「それは……セシリアさんが優しいから、ってことか?」
「優しい……か」
セシリアは少し考えるように視線を泳がせた。
だが、すぐに彼女は小さく微笑むと、まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「強き者が弱き者を守るのは、当然のことだよ。それが、この村の人々であれ誰であれ、何も変わらないはずだ」
その言葉に、俺は何か違和感を覚えた。
“強き者が弱き者を守る”――それはただの冒険者のセリフじゃない。
「セシリアさん……あんた、本当にただの冒険者か?」
「な、なんだその疑うような目は!? 私はただの冒険者だ! ……とにかく、これ以上の質問は禁止だ! 村を守る策を考えねばな」
明らかにごまかしている。
だが、セシリアの言う通り、今はそれを追及する場面じゃないのも確かだ。
――そうか、こいつはそういう人間なんだな。
誰かが困っていたら、躊躇なく助けるような、そんなやつなんだ。
それだけ分かっていればいいやと思い、俺は小さく笑いながら頷いた。
「わかったよ、セシリアさん。だったら、俺も全力で手伝うさ!」
「——ありがとうナオヤ。共にこの村を守る策を練ろう!」
◆
「んー、俺は戦闘の経験はないけど、こういうのって大事なのは“戦う前に勝つ”ことじゃないのか?」
俺がそう言うと、村人たちが一斉に顔を上げた。
「戦う前に勝つ? なんですかな? それは」
「敵が”この村は落とせない”と思えば、戦わずして防衛できる可能性がある。だから、先んじて防御を固めて戦力があるように見せるのが重要ってことさ」
俺の言葉にセシリアも頷く。
「うむ。ナオヤの言う通りだな。単純な力押しでは勝てないかもしれないが、戦略次第では守りきることなら恐らく可能だ」
そうして俺たちは、村の防衛策を話し合い始めた。
◆
「まずは敵が侵入しそうな場所を特定し、余計な道を塞ぐ」
俺は、村人に地面書いてもらった村の簡易地図を指しながら、第一の防衛策を説明した。
「村の周囲には何本か道があるよな? 俺たちに都合の良い”この道”以外を塞げば、敵の動きは恐らく制限できる」
「塞ぐっていっても……どうやってです?」
「倒木や簡単な柵で余計な道を封鎖する。そうすれば、敵は特定の道しか使えなくなる。夜なら視界が悪いから、そこが行き止まりだと思わせることもできるはずだ」
村人たちは神妙に頷いている。
「次に、”この道”から侵入してきた敵を迎え撃つための場所を作る。敵は広い場所では自由に動けるけど、狭い通路なら動きが制限される。そこで、村の入り口をわざと狭くするんだ」
「具体的には?」
「木材や荷車を使って、村の入り口を一本の通路みたいにする。そこに長柄の武器を持った村人を配置すれば、敵は一度に大勢で攻め込めなくなるだろう」
続いて俺は第三の策を提示する。
「最後に、敵の士気を削ぐ作戦だ」
「士気を削ぐ……ですか?」
「村の至る所に松明を増やし、金属や鍋を叩いて、夜に“人の気配”を大きく見せる」
「なるほど……敵に錯覚させるのですか」
村人たちは俺の案に感心しながら”これなら我々でもできそうだ”と頷き合っていた。
腕を組みながら頷いていたセシリアも、感心したように微笑む
「ナオヤの知識、実に有益だな。まさかこんに有能だとは……森の中で出会えたのは、運命だったのかもしれない」
「そうかい? まぁ、戦闘は無理でも、こういう形で役に立てるなら、俺としても嬉しいけどな」
俺、セシリア、村人たちは、示し合わせたように目を合わせて頷く。
「よし……できる限りの準備をしよう!」
◆
こうして俺たちは村人たちと協力して、防衛の準備を進めていった。
倒木を運び、柵を組み立て、村の入り口を狭めるために荷車を押し運ぶ。
村人たちの手伝いをしながら、俺もセシリアも汗を流した。
土埃で袖は汚れ、手には小さな擦り傷ができてた。
夕方になる頃には、村の防衛策がほぼ整っていた。
俺は額の汗を拭いながら、大きく息をついた。
「ふぅ……なんとかなりそうだな」
隣で同じく額の汗を拭ったセシリアが、手についた泥を軽く払うと、満足げに頷く。
「ナオヤ、よくやってくれた」
彼女の顔には疲労の色があったが、それ以上に、充実感のある表情を浮かべていた。
村の安全を少しでも確保できたことが、彼女にとっては何よりの成果なのだろう。
「まぁな。でも、戦いはまだこれからだ。油断はできないぞ」
俺も腕の泥を払いつつ、周囲を見渡す。
村人たちもそれぞれ作業を終え、息をついていたが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。
「ああ……だが、準備は万全だ」
セシリアは拳を握りしめ、気合を入れるように一歩踏み出した。
俺もそれに倣うように頷く。
すべての準備を終え、いよいよ決戦の夜が近づいていた――俺たちは、夜の見張りに向けて最後の確認を進めていった。