第45話:案の定、冒険者に絡まれました
冒険者ギルドの扉をくぐると、まず感じたのは整然とした空気だった。
俺の中にあった冒険者ギルドのイメージ──荒くれ者たちが酒を片手にクエストの話に花を咲かせ、場末の酒場のような賑やかさに満ちている場所、とはまるで違う。
広々としたホールには、光沢のある木製の丸いスタンディングデスクが規則正しく並べられており、それぞれには冒険者たちが記入するための羽根ペンやインク壺が備え付けられている。机の表面には長年の使用による微細な傷が刻まれていて、ここで多くの契約や決断が交わされてきたことを物語っていた。
天井は高く、壁にはいくつもの棚が取り付けられている
そこには地図や冒険者向けの資料らしき書類や本が並び、ここが単なる冒険者のたまり場ではなく、ある種の公共施設としての役割を果たしていることが窺えた
しかし、軍の施設のように統制された雰囲気かというと、そうでもない
所々で楽しそうな笑い声が響き、仲間同士が雑談が交わされたり、情報交換をしているのが見受けられる。
俺はカウンターに目を向けた
そこでは、数人の冒険者が受付嬢と会話を交わしながら、何らかの手続きを進めているようだった。手元には紙束や報酬らしき小袋が置かれており、おそらくクエストの報告を行っているのだろう
その中には、人族以外の姿もあった
猫のような耳を持つ獣人の女性が、仲間とともにカウンターで談笑していたし、エルフらしき長身の男が静かに地図を広げてクエストの計画を立てている。その横では、小柄なドワーフの男が大きなリュックを背負いながら、受付嬢と何やら交渉していた。
ギルドの壁に冒険者が集まっている。そこには、木製の大きな掲示板が設置されていた
クエストの書かれた紙が無数に貼られており、それを興味深そうに眺めている者もいれば、仲間と相談しながら剥がしている者もいる
そんなギルド壁際の集団の中、一人の男がこちらを見つめているのに気がついた。
「おっと。セシリアちゃんじゃないの。さっき出ていったばっかりなのに何か忘れ物か~。相変わらずの間抜けっぷりじゃねぇか」
男の声がギルド内に響くと、場の空気が一瞬止まった。何人かの冒険者がこちらに視線を向ける。嘲笑を含んだ小さな笑い声がどこからか聞こえた。
男が歩み寄ってくる
三十代半ばくらいだろうか。乱雑に伸びた髪と無精ひげが目立ち、肌は日焼けして荒れている。傷のついた革鎧を身に着け、腰には使い込まれた短剣がぶら下がっていて、鍛えられた体つきをしているが、動きはどこかだらしなく、気だるそうな雰囲気を漂わせていた
そして何よりも特徴的なのは、その薄汚れた笑みだった
油断なく周囲を見回す狡猾な目つきと、何かを企んでいそうな口元が、人を小馬鹿にする態度を強調していた。
「なんだよ。無視すんなよセシリアちゃんよぉ。あれぇ? ボッチのセシリアちゃんに連れがいるなんて、珍しいことがあったもんだ」
男の目が美咲に移る。次いで、俺とレオンの方へと流れていった
コイツの視線には明らかにセシリアを見下す意図を感じる……。ムカつくな。
「邪魔だ、ガントス。貴様なんぞに要はない。失せろ!」
セシリアの返す声には、明確な苛立ちが滲んでいた
なるほど、こいつはガントスというのか。どうやら、セシリアをよくからかっている嫌なヤツっぽいな。
「つれないこと言うなよセシリアちゃん。そっか、お前一人じゃ、なーんにもできないもんな。お仲間作ろうとしたけど誰もいなくて、女の子を捕まえてきたのかなぁ? 泣けてくるぜ」
「チッ……」
「だめだよ、お嬢ちゃん。コイツはね、口ばっかり偉そうなだけで、Fランクから抜け出せない落ちこぼれだから。冒険者やるなら俺が面倒見てやるよ?」
ガントスが美咲の手を取ろうと、手を伸ばした──見過ごせるわけがない。
「いてててて! いてぇ! 離せコラ!!」
俺はガントスの手首を掴むと、そのまま握りつぶすように力を入れた。
「ちょっ!? 潰れる! ちぎれる! 何なんだテメェは」
ガントスが、腕をねじられながら顔だけを俺の方に向けて威嚇してくるが、全然恐くない。
「テメェこそ何だ。商人の俺の力にも敵わないのかな? 冒険者さんよっ!」
さらに握った手に力を込める
俺の指がガントスの手首に食い込んでいく感触が伝わってきた。
──このまま力を入れれば、折ることもできそうだが……
「やめっ!? 折れる……折れるって! 悪かった。謝るから離してくれよっ」
「おっと。思いのほか物わかりが良いなお前……ガントスだっけか? セシリアさんは俺の大切な友人だ。馬鹿にするとただじゃおかねぇ」
「すまん。セシリアちゃん! 悪かっ」
「セシリア”さん”な!」
「すいませんした。セシリア”さん”」
ガントスの手首を離してやると、俺の指の形に赤く痣のようになっていた
ふむ。やはり身体能力がだいぶ上がっているな。
ガントスは手首をさすりながら、一歩後ずさった
先ほどまでの尊大な態度は消え失せ、顔色は青ざめ、唇はわずかに震えている
周囲の冒険者たちの視線を感じてか、焦ったように視線を泳がせたが、誰一人として助ける素振りは見せなかった。
「な、なんでアンタみてぇな人が、セシリアなんかと……」
俺の言葉を待たずに、ガントスはまた一歩後ずさる。
「セシリア”さん”だっつーの!」
俺はガントスの尻を蹴り上げた。
「うぎゃっ」
尻をさすりながら俺を見上げるガントス。完全に涙目だ。
ざまーみろてんだ。
◆
セシリアを先導に、俺たちはギルドのカウンターへと向かう
目の前には数名の受付嬢が対応しており、それぞれの窓口で冒険者たちとやりとりをしていた。
その中で、ひと際元気な声が聞こえた。
「セシリア、見てたよ~!」
嬉しそうな声に視線を向けると、赤みがかった茶髪の女性がセシリアに向かって手を振っていた
彼女の髪は肩口で軽く跳ねていて、全体的に柔らかな印象を与えている。そばかすがちらほらと散らばる顔立ちは愛嬌があり、大きな瞳が特徴的だ。笑うと唇の端がきゅっと持ち上がり、明るく快活な雰囲気を醸し出していた。
セシリアはため息混じりに答える。
「見てたよ~ではない、エミリー。そちらは止めるべき立場なのではないか?」
エミリーというらしい受付嬢は、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべながら、軽く肩をすくめた。その表情にはまるで悪びれる様子はなく、むしろ楽しげな雰囲気さえ漂っている。彼女の大きな瞳が好奇心に輝き、どこか飄々とした様子でセシリアを見つめていた。
「あの程度じゃギルドは止めないよ。けが人が出ているわけでもなし」
エミリーの隣の受付嬢が咎めるように視線を送っていることから、ギルドが止めるか止めないかのギリギリのラインだったのかもしれないな
苦笑いしながらその様子を見ている俺を見て、エミリーは首を傾げた。
「そこの人、ずいぶんと強いみたいだね。うちの冒険者じゃないみたいだけど……?」
エミリーの目は好奇心に満ちている
不審そうな目線でなくてありがたいが……。
「セシリアの知り合い?」
「私の友人のナオヤだ。商人……でいいんだよな?」
セシリアがこちらを見て確認を取るので、俺は頷く
だが、友人の職業が疑問形なのは問題があるぞ?
「ふーん……。まぁいいや。セシリアを庇ってくれてありがとうございます」
エミリーが俺に頭を下げてくる。
「別に庇ったわけではない。やりたいことをしただけだが……なぜ貴方が礼を?」
俺の問いにエミリーはきょとんとする。
「えっと。アタシもセシリアは頑張っていると思っていたから……ですかね?」
「そうか。ありがとう」
「なぜ貴方が礼を?」
エミリーはわずかに首を傾げ、目をぱちくりとさせながら俺を見つめる
同じセリフで意趣返しされてしまい、俺は思わず笑ってしまった。
「ははは。確かにそうだ。おかしいな」
エミリーもくすくすと笑い、俺たちは短い会話で互いの信頼を感じ取ることができた。
「これからもセシリアをよろしくお願いしますね」
「ああ。任せろ」
意気投合する俺たちを、セシリアは理解できないといった表情で見ていた。
「それで? セシリアは何の用で戻ってきたのかな?」
「あ、ああ。そうだった。こちらのミサキの冒険者登録をお願いしたいのだ」
美咲が一歩前に出る。
「ミサキ・キタザワです。よろしくお願いします」
エミリーは美咲をじっくりと見てから、にっこりと微笑んだ。
「あら。セシリアにもとうとう仲間ができるのね! 良かったじゃない」
「うむ。私の友人であり、後輩になるのだ。エミリーも是非、良くしてやってくれ」
「いいよ~。よろしくね! ミサキ」
エミリーの遠慮のない距離感に、美咲は少し驚いたようだったが、エミリーの無邪気で親しみやすい雰囲気に、次第に表情を和らげて微笑んだ
どうやらエミリーは美咲のお眼鏡に叶ったらしいな。
「はい。よろしくお願いします。エミリーさん」
「じゃぁ、ちゃっちゃと登録しちゃおうか!」




