第43話:浦島太郎
「アッチに戻れたらな」
思わず呟いた言葉に、美咲がちらりと俺を見た。
今回の転移からの帰還方法に目途が立っていない以上、しばらくの間はこの世界で生きていくしかない
今回の転移のきっかけは、“俺には金髪の好きな人がいる”という嘘だった
つまり、金髪の人を好きになれば、恐らくは現実世界に戻れるのだろうが、その判定基準が不明瞭すぎる。
さらに厄介なのは、美咲を一緒に戻すという条件が絡んでいることだった
俺が”金髪の人を好きになった”と判定された時点で、美咲を背負うなり抱きかかえるなりしていないと、おそらく彼女だけが取り残されるだろう
いや、仮にそれをしていたとしても、美咲が本当に戻れる保証はどこにもない。
俺は美咲が帰還できなかった場合に備えて、彼女がこちらの世界で生きていくための環境を整える必要がある
それが目下の最優先事項だった。
「私は、もう少しこの世界に居てもいい気がしているんですけどね」
思わぬ発言に、俺は美咲を見た
美咲はテーブルに頬杖をつきながら、ニコニコと周囲の人々を観察している。
この発言――もしかしたら、美咲は“帰れない可能性”を考え、俺が責任を感じないように配慮しているのかもしれない。
美咲はそういうやつだ。
だからこそ、何とかして彼女を現実世界へ帰したい
もしも美咲だけでも帰す方法があるのならば、俺はこの世界に留まることになったとしても、必ずそれを選ぶだろう。
「ときに先輩? こちらからアチラに戻るときって、時間的にはどうなるんですか?」
美咲がふと疑問を口にする。
「ああ、その辺り話していなかったかもな」
俺は今までの経験則を基に、美咲に転移と時間の関係について説明を始めた。
「今までの経験上だが、アチラに戻った場合は、転移が発生した時間と寸分違わない時間に戻る。だから、今回俺たちが帰還したとしたら、登山中のあの場面に戻るだけだな」
「へぇ。だったらなおさら、もう少しこの世界を楽しみたいですね」
「逆に、現実の世界で過ごした時間は、こちらにも反映される。ただ、現実世界で過ごした時間の1/3が、こちらでも経過するといった差異があるな。あくまでこれも経験上だが」
「なるほど……」
「ってことは、今回ナオヤさんは、2/3日こちらの世界から消えていたので、元の世界には……えっと……」
レオンが考え込みながら言葉を探す。
「その3倍、つまり6/3日。大体2日間、元の世界で過ごしているな」
「ややこしいですね~」
「まぁ、こちらでどれだけ過ごしても、現実世界に影響はない。コチラのためにアチラの世界で活動したとしても、多少時間的余裕が増える。くらいに考えれば良いと思うな」
「でも、コチラで例えば10年過ごして、アチラに戻ったとしたら、見た目的にはどうなるんでしょうね?」
美咲が興味深げに問いかけた
確かに、それは怖い話だ
例えば俺がこちらで10年過ごして45歳になったとしたら……現実世界に戻った瞬間、俺の見た目はどうなるのだろうか?
「浦島太郎みたいに突然老けたり、そういうふうになるのだろうか?」
「う~ん。浦島太郎みたいになるのは困りますけど、こちらの世界では歳をとらないとか、時間の流れが3倍遅いとも考えられますよね。だから、3年過ごしても、1歳分しか歳をとらない説もありますよね」
「なるほどなぁ。ミサキは賢いな」
「ラノベ的発想ですよ」
美咲は笑いながら言ったが、あながち否定できない説ではある
というか、何一つ確証がないというのが本当のところで、あらゆる可能性を考えておく必要があるな。
◆
「そろそろ飯も食い終わりますけど、どうします? 冒険者ギルド行きますか?」
レオンの言葉にテーブルを見れば、俺たちの皿はすっかり空になっていた。食べ物の残りかすすらないほど綺麗に平らげている
俺も美咲も、無意識のうちに完食してしまったらしい。胃の中から満たされる感覚に、俺は思わずため息をつく。
「勢いで冒険者ギルドに! って言っていたが、よく考えたら本当に勢いだったんだよなぁ」
俺がぼやくと、美咲が苦笑しながら申し訳なさそうに手を挙げた。
「すいません。私がはしゃいじゃったせいです……」
確かに、美咲の冒険者ギルドへの興味は強そうだ
ギルドの話が出たときの彼女の目の輝きといい、先ほどの興奮気味の様子といい、もともと異世界に憧れのようなものがあったのかもしれない。
「レオンさん。冒険者ギルドに登録するメリットって、例えば何があります?」
俺が尋ねると、レオンは少し考えてから指を折りながら答えた。
「もう身分証はありますしね。でも他にも結構あるかもです。”依頼を受けられる”、”獣や魔物の素材を卸せる”、”ランク上がれば信用も上がる”、”訓練施設の利用”、”治療所の利用”、”仲間を作れる”、”情報を得られる”って感じでしょうかね」
なるほど……。
冒険者ギルドに登録すれば、安定して仕事を得られることで収入源が確保できる。 仕事を重ねて信用を得れば、つまりは社会的な信用度が上がる。 戦う術を学ぶ場所や師を得ることができる。 ギルドにある専用の治療所を利用できる
必要ならば、冒険者の仲間を作ることができる。これは、そいつがどんな奴によるかで、デメリットにもなるが……
最後に、ギルドでしか得られないような情報に触れられる
ってところか
悪くないというか、それらが金貨1枚で手に入ると思えば安いものかもしれないな。
冒険者ギルドには、美咲を登録しておくか
仕事も危険なモノばかりとは限らないし、人当たりが良い美咲なら、良い仲間を作ることも出来るかもしれない
観察眼があるから、俺と違って、容易に騙されたりもしないだろう。
「それじゃあ、ミサキが登録してみるか?」
「いいんですか!? 正直冒険者への憧れは強くてですね……魔法使いになってみたかったり?」
美咲がキラキラした目で俺を見てくる。
「そういや、魔法っぽい道具は見ているが、魔法そのものは見る機会が無かったが……」
「魔法を使える人間は、それなりに希少ですからね~。すごく珍しいってほどではないんですけど、魔法が使えると貴族とか商会とかのお抱えになれるんで、普通の人は目にする機会があんまりないって感じです」
「へぇ。特殊技能持ちが就職に有利になるのは、コチラも同じってわけですか」
「そういや冒険者ギルドには、魔法の素質を計る道具があるって話ですね。冒険者になれば使えんのかな……そこはギルドの人間に聞いてみないと、分からないっすね」
ふむ
レオンがよく分からないってことは、普通の人間は魔法の素質を計る機会は、基本的にないわけか
となると、案外、潜在的魔法使いは、この世界に多いのかもしれないな。測定してないだけってことで。
「俄然、冒険者になりたくなってきました!」
「だな。気持ちは分かる」
「先輩……じゃなくて、そろそろ頑張って”ナオヤさん”って呼びますね。ナオヤさんも一緒に登録します?」
「先立つものがなぁ……。金を作れないわけじゃないけど、急ぐ必要もないから、まずは美咲からでよいんじゃないか?」
「そうですね。メリットが多かったらで考えましょうか?」
俺が美咲の提案に頷くと、レオンが立ち上がる。
「そしたら、冒険者ギルドに行きましょう!」
俺はレオンに金の入った革袋を渡し、支払いを済ませてもらい、店を出た。
「では! いざ冒険者ギルドへ!」
美咲のテンションは最高潮だった
楽しそうに歩く彼女の背を見ながら、俺はふと、異世界という環境が彼女にとってどれほど新鮮で、どれほど心躍るものなのかを実感する
もちろんそれは、俺への気遣いからということもあるのだろうが、彼女を見ていると、俺は慎重になりすぎているのかもしれないとも思う
美咲のように、もう少しこの世界を楽しむ気持ちを持ってもいいのかもしれないな。




