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嘘から始まる異世界二重生活  作者: 遊坂ねこすけ
二回目の現実への帰還。そして社員旅行
29/45

第29話:若手社員の森山くん

 バスは那須インターチェンジを降り、ゆるやかな山道へと入っていった。

 車窓から見える景色は、いつもの都会で見ていた景色とはまるで違う。

 緑深い木々に囲まれた道沿いには、観光地らしい施設の看板が次々と目に入ってくる。


 『世界のおさるパーク』『りんどう湖家族ファーム』『テディベア美術館』などなど


 都心の喧騒から離れ、自然豊かな避暑地に足を踏み入れたことを実感させる光景だ。

 道はよく整備されており、観光地としての歴史があるにも関わらず、それほど寂れた雰囲気ではないのを、なんだか嬉しく思う。


「うわぁ~、見てください先輩! 面白そうなところがいっぱいありますね♪」


 窓の外を興味深そうに眺めていた美咲が、嬉しそうに指をさした。


「確かに、これだけ施設が揃ってるってことは、かなりの人気エリアなんだな」


「那須はな、海外からの旅行者の影響もあるんだろうけど、ここんとこ右肩上がりだったんだよ。コロナ禍で流石に一気に減ったけど、既に以前の水準に戻しているらしいぜ」


 田代も景色を眺めながら嬉しそうに頷いている。こいつも近郊の観光地に活気があるのは嬉しいらしい。つーか随分と詳しいな!


「でもやっぱり、こういう避暑地の非日常な雰囲気ってワクワクしますよね!」


 美咲の言葉に、俺も同意した。

 窓を少し開けて風を感じてみると、都心と比べて明らかに空気が違う。湿度が低く、肌に感じる風は爽やかだ。気温も体感で5度は低いだろうか。夏の灼熱から逃れてきた俺たちには、これ以上ないほど快適な気候だった。



 やがて、バスは「ホテルエルミナール那須」の正門へと到着した。


 ホテルの外観は、まさにリゾートといった趣で、広々とした敷地に建つ建物は、周囲の自然と調和するデザインで、木の温もりを活かしたナチュラルな造りになっている。


「おぉ~、なかなかいい感じのホテルじゃねぇか。なんて、何度か来たことあるけどな」


 田代がおどけた調子で胸を張った。


「おぉっと、田代さん。常連アピールですか?」


「そうとも言う! 何せ俺は、那須のスペシャリストだからな!」


 美咲がクスクスと笑いながら、なぜか俺の方をジッと見てきくる。


「ふふ。じゃあ、私たちのガイド役は田代さんですね!」


「はっはっは、俺に任せろ! ……とは言え、俺は家族旅行で来たことがあるだけだからな~。カップル向けの観光案内はできないぜ?」


 田代がからかうように言うと、美咲はサッと俯いてしまう。


「で、でも。リゾートホテルって感じでとても素敵です。空気もきっとおいしいでしょうし、最高ですね」


 美咲もテンションが上がっているようだ。

 俺もこの開放感に、思わず顔がほころんでしまうが、柄じゃない気がして、俺はぐいっと頬を持ち上げた。


 バスが完全に停車すると、社内旅行の運営担当者の一人がマイクを手に取り、軽く咳払いをした後、説明を始めた。


「皆さん、お疲れさまでした! ただいま、ホテルエルミナール那須に到着いたしました。これから皆さんに部屋番号が書かれた紙をお渡ししますので、まずは各自部屋に荷物を置いてきてください。その後、ロビーに集合です」


 バスのドアが開くと、高原の涼やかな風が吹き込んできた。

 番号が書かれた紙とルームキーを受け取り、部屋番号を確認する。


「12階か……結構上の階だな」


 エレベーターホールで上昇ボタンを押す。エレベーターが到着するまでの間、周囲の同僚たちはそれぞれの部屋番号を確認しながら、誰と同室なのかで一喜一憂していた。

 我が社の社員旅行は恒例として、部屋に入るまで誰と同室なのかわからないという趣向がなされている。そのため、エレベーター前の会話は自然と盛り上がっているのだ。

 ちなみに、この場で部屋番号を見せ合うのも厳禁である。


「先輩♪ 一緒の部屋だったらいいですね!」


 美咲が楽しそうに言ってくるが、男女が同室になることはあり得ません!


「それはないぞ。男女は基本的に別室だ」


 俺がそう言うと、美咲は”ですよねぇ……”と拗ねたように笑った。



 12階に到着し、部屋の前でカードキーをかざすと、電子音とともにロックが解除される。


「さて、誰と同室なのか……な!」


 ドアを開けると、中から聞き覚えのある声が飛んできた。


「おおっ、藤倉さんと同室ですか! いやぁ、これは楽しい旅行になりそうっスね。2泊3日、よろしくお願いします!」


 そこにいたのは、若手社員の森山淳史もりやまあつしだった。


「おう、森山か! よろしくな」


「憧れの先輩なんで、こうしてゆっくり話せるのは嬉しいっス!」


 森山はにこやかに笑いながら、ベッドの上にドカッと腰を下ろした。

 森山淳史——28歳、俺より年下の若手社員で、ちょっとお調子者なフレンドリーな男だ。マーケティングやプロモーションを担当する部署に所属していて、俺とは仕事での接点はあまりないが、社内の飲み会では何度か顔を合わせている——だけなので”憧れ”られる理由がちょっと分からなかった。多分おべっかか何かだろう。


 ちょっとだけ居心地が悪いような気がして、部屋の窓側に移動して外を眺めてみる。那須の美しい山々が一望できる、素晴らしい景色だった。

 窓を開けてみると、爽やかな風がカーテンを揺らし、開放感のあるツインルームは、思った以上に快適そうだった。


「すげぇ景色ですね! いやー、こういうところ来るとテンション上がりますよね!」


「ああ。わかるよ」


 ドラムバッグをベッド脇に置き、軽く背伸びをする。


「それにしても、朝の荷物運び、マジですごかったっす! あ、オレも荷物運びやってたんですよ。先輩ってば片手でひょいって」


「いや、別に大したことじゃない」


「いやいやいや、ぜっんぜん、普通じゃないっすよ!」


 森山は目を輝かせながら言った。


「あの……よかったらツリートレッキングに一緒に行きませんか?」


「え?」


「自由参加らしいですけど、せっかくの機会なんで!  藤倉さんと一緒なら絶対楽しいと思うんです!」


 俺はホテルでのんびり過ごす予定だったのだが、森山の押しに負け”まぁ、いいか”と頷いていた。



 昼食はホテルのレストランで、社員全員で取ることになっていた。

 レストランの一角がリザーブエリアとして抑えられていて、テーブルにはすでに料理が並べられている。


「藤倉さん、こっちこっち!」


 田代と一緒に席に着くと、森山と美咲が呼びもしないのに、まるで子犬のように駆け寄ってきくる。森山は満面の笑みを浮かべ、美咲はそっと俺の隣の席を確保している。


「北沢ずっる。藤倉さんの隣は、同室のオレの権利なんだけど?」


「なんですかそれ? そんなルール知らないんですけど?」


 なぜか、守山と美咲のいがみ合いが始まった。何だこれ?


「おいおい。俺の隣は嫌だってか?」


 冗談っぽく田代が凄むと、森山が慌てて


「いえ! 全くもってそんなことはないっス! いや~田代さんの隣も最高っすよ」


 と、調子の良いことを言って、森山が田代の隣に腰を落ち着けた。

 フォローする訳では無いが、面倒見が良くて包容力のある田代は、若手からかなり慕われているのだが、なぜか今日は、俺の隣が大人気らしい……。これが、モテ期ってやつか? いや、これもまた異世界の影響なのだろうか??


「藤倉、お前、森山と仲良かったっけか?」


「あんまり付き合いなかったはずだから、正直戸惑ってるんだよ。いい奴なのは知っているから、悪い気はしないけどな」


 そういって、森山に笑いかけると、嬉しそうな笑顔を返してくる。この爽やかボーイめ! 美咲が少しムスッとしているのが気になったが、俺たちは食事を楽しむことにした。



 ホテルエルミナール那須のランチは、期待以上だった。

 前菜の三種盛りは、那須御養卵の半熟キッシュ、とちぎ和牛のローストビーフカルパッチョ 、そして那須高原豚のリエットとカンパーニュのブルスケッタ。一口サイズだが、どれも絶品だ! スープは濃厚な野菜のポタージュで、素材の甘みが存分に引き出されていて、移動で凝った体をほぐしてくれるようだった。


 そして、お楽しみのメインは、那須牛フィレ肉のロッシーニ風だ! 見るからに高級感漂う一皿だ……。

 分厚くカットされた那須牛のフィレ肉。その上には、こんがりと焼き色のついたフォアグラが鎮座し、仕上げに濃厚なソースがたっぷりとかけられている。


「先輩? ロッシーニ風って何なんですか?」


「北沢。なんでそんなこと藤倉さんに聞くんだよ?」


「え~森山さん知らないんですか!? 先輩はプロ級の料理人でもあるんですけど~」


「なにっ! 細マッチョだけではなく、料理属性まであるとは!? なんて素晴らしい……」


「ロッシーニ風ってのは、簡単に言うと牛フィレ肉にフォアグラをのせて、トリュフや赤ワインソースで仕上げたフレンチの高級料理ってとこだな。元々は、イタリアの作曲家・ジョアキーノ・ロッシーニがこよなく愛した料理らしいぞ。会社も奮発したもんだ」


「ね? 先輩すごいでしょ!」


 俺の説明に美咲が得意げに胸を張っているのが意味不明だ。

 森山が悔しそうにハンカチを噛んでいるのは、もっと意味不明だ。

 アホ二人は無視して、メインディッシュを楽しむことにしよう。


 ナイフを入れると、肉は驚くほど柔らかく、刃がすっと入っていく。

 断面からはほんのりとしたピンク色が覗き、肉汁がじわりと滲んだ。

 肉を一口頬張ると、驚くほどの柔らかさと、上品な甘みを感じる。

 那須牛のフィレ肉は、脂肪が控えめなぶん、肉の旨味がぎゅっと詰まっていて、赤身のコクがダイレクトに伝わってくるのだ。

 さらにそこに、フォアグラの濃厚なコクとバターのような滑らかさが加わって、ひと噛みごとに贅沢な味わいが広がっていく——実に美味い! その至高の味をじっくり堪能する間もなく、なぜか美咲と森山が火花を散らしていた。


「先輩! ロッシーニ? ってのも美味いですけど、やっぱりお肉はシンプルに塩で食べるのが最高っスよね!」


「ちょっと待ってください、森山さん。赤ワインソースがこの料理の決め手なんですよ? これがあるから、肉とフォアグラのコクが引き立つんです!」


「いやいや、そんなソースに頼らなくても、この肉の旨味をダイレクトに味わうのが通の食べ方ですよね?」


「ソースがあるからこそのロッシーニ風なんですよ! そんなことも知らないんですか?」


「北沢だって、さっき藤倉さんに教わるまで知らなかったくせに!」


「いや、どっちも美味いから落ち着けって……」


 俺が困惑しながら返すと、二人の視線がギラリと交差し、空気がピリつく。まるで決闘前のカウントダウンが始まったかのような視殺戦だ。俺はフォークを持ったまま、できればこの争いには巻き込まれたくないと切に願った。


「ははは! お前、なんだか随分と愛されてんな!」


 田代の言葉に、俺が何も言えないでいると、森山が思い出したように口を開いた。


「そういえば、藤倉さん。 ツリートレッキング。ランチの後すぐに行きますか?」


「……え? 先輩と森山さんが一緒に?」


「せっかくの機会なんで、楽しみましょう! 朝の荷物運びを見た感じ、絶対すごいパワー発揮できますって!」


「じゃ、じゃあ、私も行きます!」


 美咲が勢いよく手を挙げた。


「え、自由参加だから無理に行かなくても……」


「いいえ、行きますので!」


 美咲の意思は、なぜなのか固い。


「ふーん。藤倉がどんな動きするのか気になるし、運動不足解消も兼ねて俺も行くか」


 田代も微笑みながら参加表明してくる。


「おい、見世物じゃねぇぞ……」


 そんな流れで、結局俺たちは全員でツリートレッキングに参加することになった。


「先輩、パワーの見せどころですよ!」


「……パワーでどうにかなるもんじゃないだろ」


 俺は美咲の期待に満ちた視線を受け止めながら、心の中でため息をつく。

 確かに、今の俺の身体能力なら普通の人よりは楽にこなせるかもしれない。

 でも、ツリートレッキングって筋力だけでどうにかなるアクティビティーなのか?


 足元は不安定な吊り橋、ロープでの綱渡り、バランスを要求される足場……考えれば考えるほど、純粋な筋力勝負ではない気がしてきた。


「……まぁ、無理はしない方向でいくわ」


 そうぼやくと、美咲はキラキラした目で俺を見ていた。


「私は楽しみです!」


「俺たちゃ、もういい歳なんだから無理せんどこな?」


 田代の言葉に、俺は”それもそうだな”と頷いた。


 こうして食事を終えた俺たちは、高原の森の中を進みながら、ツリートレッキングの会場へと向かっていくのだった——。

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