第25話:熊ワンパン計画、始動!
本日は朝にも更新です。
辺境の村カドアビの朝は早い。
(村に名前があることを、俺は今更ながらに知らされていた……)
鳥のさえずりと共に村人たちが畑へ向かい、牛や山羊の世話を始める。
清々しい空気が村を包み込み、朝霧がゆっくりと晴れていくなか、村の入り口には異様な存在感を放つ三人の男が立っていた。
中央には、赤鉤団の首領にして元エルバーディア王国軍の将校、ザガン・ヴォルク。その隣には副団長であり”切れ者”と噂のガルス・バラード、そして戦闘隊長であるベルク・ドラズ。三人とも、戦場を生き抜いてきた者特有の鋭い目つきをしているが、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
「おーい、ナオヤ! 昨日ぶりだなー」
ザガンが村の奥に向かって大声を張り上げる。朝の静寂が破られ、村人たちが次々と顔を出した。
「うわ、またあの赤鉤団の奴らが来たぞ……」
「ちょっと待て、もう盗賊じゃないだろ? ナオヤさんがそう言ってたし」
「そうだった。でも、あの筋肉は普通じゃねぇな。石柱かよ!」
「ほんと、マジで俺たちあんなのと戦ってたよな~。今になって寒気がしてくるわ」
村人たちの警戒心は薄れていた。
三日前に行われたザガンとの会談の内容は、すでに俺から村のみんなに伝えてあったからだ。
昨日は俺とセシリアとで赤鉤団の砦を訪れて、主要メンバーとの顔合わせを済ませていた。彼らはすでに奈落の森の奥での新たな生活に向けた準備を進めていて、解散後のひとまずの生活拠点として砦を改造しながら、少しずつ未来に向けて進もうとしていた。
「よぉザガン、よく来たな!」
俺は、三人に歩み寄りながら、軽く手を挙げる。
セシリアも隣に並び、軽く顎を引いて微笑んだ。
セシリアの目には警戒の色は既になく、むしろ親しげな光が宿っていた。先日、砦で交わした言葉と笑いが、すでに彼女と団のメンバーの間に信頼を生み出していたのだろう。
ちなみに俺も敬語は使わなくなっている。あれは会談用の礼儀というか演技みたいなものだったからな。
ザガンも軽いノリでこちらに手を振りながら村の入口へと足を進める。
「ちょっと話があるんだが……今からいいか?」
ザガンの言葉に俺が片眉を上げると、ザガンは酒場の方へ顎をしゃくる。
「酒場で話そうぜ」
俺はため息をつきつつ、肩をすくめた。
「お前、もう完全にここを会議室扱いしてるよな? いいけど、朝から酒は飲むなよ?」
ザガンは悪びれもせず、口元をわずかに持ち上げる。
「「便利な場所は活用すべきだ。あと、朝の一杯ってのもなかなか乙なものだぞ」」
ガルスが肩をすくめながら、苦笑混じりに俺の方を向いた。
「ナオヤさん。すんませんっす。なんか色々開放された感じで、ザガン様はっちゃけ中なんすよ……」
ガルスが肩をすくめて言うと、ベルクが腕を組んでため息をついた。
「団を解散したんだ。少しぐらい羽を伸ばしたくなる気持ちはわかるがな」
ベルクはザガンを一瞥し、わずかに微笑む。
「まぁ、団長のことだ。浮かれるだけで終わるわけがねぇだろ」
そんなやり取りを交わしながら、俺たちは酒場へ向かった。
村人たちが、興味津々といった表情でそれを見送っていた。
◆
酒場は、争いが終わったばかりで客足はまだまばらだが、それでもちらほらと食事を楽しんでいる客がいた。
俺たちに気付いた店主が、客を窓際の席へとう移動させてくれる。
先客には迷惑をかけてしまったが”今日は特別サービスだよ”と、店主が笑顔で一品追加しつつ、俺に軽くウインクを送ってきた。
その心遣いに、俺は小さく頷き返す。
これなら周囲を気にせず話ができるが——確かに酒場は、公然と会議室扱いされているようだ。
「さて、まずは報告がある」
ザガンは椅子に腰を下ろし、腕を組むと、すぐに店主へ視線を向けた。
「悪いが、酒を5つ頼む。軽いやつでいい。ナオヤが煩いしな」
店主は苦笑しながら頷き、俺は普通に呆れて口を開く。
「おい、話が終わるまでは控えろよな。ていうかなぜに5つ?」
「お前とセシリアの分も頼んでやったんだよ……断るなよ? それがこの世界の礼儀ってものだぞ”渡界者”よ」
「そんな礼儀は聞いたことがないが?」
セシリアが胡乱な目でザガンをみると
「そうっすよ、団長。いくらナオヤさんと酒が飲みたいからって、嘘はだめっす!」
ガルスも肩をすくめながらザガンをたしなめた。
「まあ、俺が今決めたってことでいいだろ」
ザガンはおどけたように手を広げてはケラケラと笑っている——ザガンってこんなやつだったか?
店主が手際よく酒を並べると、ザガンは嬉しそうに杯を手に取り、軽く揺らした。
俺もそれを真似てみると、淡い紫色を帯びた液体がゆるりと波打ち、甘酸っぱい芳香が鼻をくすぐった。奈落の森で採れる果実を発酵させた酒だったかな? ザガンは満足げに口元をほころばせると、静かに杯を持ち上げた。
「まぁ、まずは一杯だな。乾杯!」
そう言ってザガンは俺たちの方へ杯を向ける。
「何に対してだかわからんが、とりあえず乾杯!」
5人の杯が合わさり、朝っぱらから奏でるべきじゃない音が鳴った。
杯を置いたザガンは、ふと遠くを見るような目つきで呟くように言った。
「解散後の俺たちだが、とりあえずは動揺も混乱も起きていない。まぁ今までの緊張が解けてはっちゃけだすヤツがちらほらいて、始末に困っているが……」
「それはあんただろうが!」
ガルスとベルクの声が綺麗に重なった。セシリアも頷いているし、もちろん俺もそう思う。
「いやいや、そんなことはないだろう」
ザガンは苦笑しつつ杯を揺らしながら肩をすくめる。
「いや、最近のザガン様、ちょっとテンション高いっすよ? イメージ壊れるんすけど……」
ガルスがジト目で指摘すると、ベルクも腕を組みながら頷いた。
「まぁ、団長が気を張り続けてたのは分かってる。ようやく肩の力を抜けるようになったってことだろ」
「ベルクはいいことを言う。ガルスは昔から小言が煩くてかなわん」
「嘘言わんでくださいよ。今まで言った小言の10倍くらい、ここ数日で言ってる気がするっす」
ガルスは大げさに肩を落としてて、ぐったりとした表情を浮かべるが、ザガンはニヤリと笑って、杯を揺れして遊んでいた。
そんな気楽なやりとりを聞き、俺は改めて実感する——赤鉤団の戦いは本当に終わったんだな
「そういや、解散するとなって、団員からの反対意見はなかったのか?」
「意外にもなかったな。むしろ賛成の声が多かったよな?」
ザガンが隣のガルスとベルクを見やる。
「まあ、戦場で食う飯より、なんの心配もなく食う飯の方がうまいっすしね。朝から酒飲んでも怒られないですし」
ガルスは実感を込めたように頷き、ぼやくように言いいつつ杯を煽る。
ベルクも腕を組んで、ウンウンと頷いた。
「命を賭けるよりも、守るものがある生活の方がいい……ってのは、案外みんな同じ考えだったんだろうな」
「こんな感じさ。皆、いつ終わるとも知れぬ戦いよりも、安寧に暮らしたいと、どこかで思っていたらしい」
ザガンの言葉には、己の実感がこもっているような気がした。
「まぁ、そんなもんなんだろうな……」
肩の力が抜けたようなザガンや、満足そうに杯を傾けるガルスとベルクを見ていると、俺は妙に納得してしまった。
「傭兵上がりの連中が多いとはいえ、命のやり取りが続けば、心が削れるのも当然だ」
セシリアが同情の目を向けると、ガルスは肩をすくめ、ベルクは腕を組んで深く頷く。
「俺は戦闘狂だの、鉄の猛牛だの言われているが、かなり限界まで心が疲弊していたのが、今になって良く分かった……俺も正直、肩の荷が下りた気分だ」
そういえば……と、セシリアが首を傾げる。
「確か、一人だけ団を去った者がいたのだろう?」
「ああ。斥候部隊長を任せていたミラさんのことっすね」
「『私は好きに生きる』って言って、ふらっといなくなったんだよな」
「元々勝手にどこか行くやつだったしな」
ガルス、ベルク、ザガンが順番に遠い目をしながら呟く…。
恐らく出ていった仲間のことを偲んでいるのだろう。
「「「美人だったんだけどなぁ~」」」
「色々台無しだよ!」
四十を超えてなお、鋼の肉体を誇る孤高の武人ザガンを筆頭としたこの三人を『三馬鹿』呼ばわりする日は、案外すぐそこなのかも知れない。
「あのさ、三馬鹿」
「三馬鹿? 何だそれは?」
「いや。なんでもない。忘れてくれ」
思った以上に早かった……。
それはともかく、聞いておきたいことがあったんだった。
「お前らって、結局盗賊行為に身を落としてもいたんだよな? ちゃんとそこは反省しているのか?」
俺の言葉に、場の空気がピリッとしたものに変わる。
「むぅ。耳が痛いが、確かにその通りだ。我々が戦うためにも、存続するためにも物資が必要だったのだ」
「そうっすね。言い訳にもならないと思うっすけど……」
「いや待ってくれ。この二人はそう言っているが、なるべく悪徳商人とか、そういう輩を狙うようにしてたんだぜ」
ベルクが焦ったように言うが、ザガンは首を振ってそれを諌めた
「それは言い訳だベルクよ。我々は傷つけた者たちに贖罪しなければならん」
まぁ反省しているようなので良しとしよう。
贖罪は……うん。した方がいいんだろうな。
「で、贖罪ってやつはどうやってするのさ」
俺が問いかけると、ザガンが真剣な目で俺を見つめた。
「それだよ。今日、俺がお前に相談したかったのは」
「そうなん?」
「ああ。贖罪のためにも、我々はまず、自分たちの生活の目処を立てなければならない」
「まぁそうだろうね」
「うむ。生活の基盤を整え、財を蓄え、それを返しに行かねばならん」
「殊勝な心がけだね。良いと思うよ」
「なので……」
「「「早く元の世界に戻ってください!」」」
「あ……はい」
「だがなザガン殿よ。そのためには、ナオヤは”熊をワンパンで倒す”必要があるのだ」
セシリアが、俺をフォローするように言ってくれた。
「そうなんだよな~。その上、それで元の世界に帰れるかどうかだって、確実とは言えないんだよ。予測でしか無い」
結局そこに戻るのだ。
赤鉤団が生活するにせよ、贖罪を行うにせよ、俺が元の世界に戻らないと何も始まらない。
「どうやったら熊をワンパンで倒せると思う?」
俺が問いかけると、皆が一様に腕を組んで頭を捻る。しばしの沈黙の後……
「はいっ!」
「はい。ガルス君。どうぞ」
「熊であればいいんすよね。小っさい子熊を捕まえて、それをぶん殴るのはどうっすかね」
「ガルス君……それはないよ」
「ガルスよ。お前に人の心はないのか?」
「子熊を殴るなど……ガルス殿……見損なったぞ!」
「ひでぇよ。そりゃぁねぇわ……。ウチの副団長の言葉とは思えねぇ」
ボロカスに言われたガルスは、すごすごと引き下がった。しばらく立ち直れまい。
「では、みんなで熊を弱らせた後に直哉がとどめを刺すのはどうだろうか?」
ふむ。このセシリアのアイデアは悪くない気がするが……
「それ、ワンパンじゃなくないっすか?」
復讐に燃えるガルスによって却下された。
どの案もダメ出しされる中、ベルクが腕を組んで頷く。
「ナオヤ殿を鍛えて、戦士にするしかねぇな!」
「……待って、すごく嫌な予感がするんだが」
「俺が鍛えてやろう!」
「熊をワンパンするまで強くなるって、どんだけ鍛えんのよ!? 俺は嫌だぞ! っていうか無理!!」
「大丈夫っすよ。為せば成るって言うじゃないっすか」
「まぁそれしかなかろうな。頼んだぞベルクよ」
「やってみる価値はあるかもしれん。私も微力ながら協力するぞ。頑張れナオヤ!」
俺はこうして、なし崩し的にベルクに鍛えられることになってしまった。なってしまったのである。
いや、流石に無理があるってば——




