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9.かわいい男の子ふたり

浜崎組の社長令嬢、涼香にフィアンセ探しを依頼された翼だが、殺人事件に巻き込まれたうえ、この件から手を引けとの脅迫を受ける。いったい誰が何の目的で動いているのか!?

 やっと上着を脱ぐと、翼はしばらくソファーに座り込んで、天井を見上げていた。

 窓の外はうす暗くなりはじめていた。信号待ちの自動車の列が一斉に動き出す音、私鉄の特急電車の通過する音が遠くに聞こえる。

 それらの音に廊下を駆けるあわただしい複数の足音がかぶさった。

 扉が開け放たれ、2人の男が飛び込んできた。翼が言った。

「何よ。私がひとりでモンブランでも食べてると、誰かに聞いてきたの?」

「脅迫に来た女はどこですか! 翼さん!」

 金剛力士像のような形相で鬼塚は叫んだ。手には紙バッグを持っている

「明!」

 翼は、鬼塚のうしろに隠れるようにしている甥をにらみつけた。少年はくちびるを内に巻きこむように引き締めている。

「ねえ! 脅迫者は!」

 鬼塚がきょろきょろしながら続ける。

「そんな人来てないわよ」

「じゃあ来たのは誰?」

「結婚相談所の人」

「えッ!」

 大小ふたりの男は同時に声をあげた。

「う、嘘だよ!」 明は法廷で答弁するように部屋の真ん中に歩み出た。「ぼく、壁に耳当てて聞いてたんだぞ! さっきの女の人、翼さんに『この事件から手をひけ』って言ったんだよ!」

 翼はため息をつくと、とがったあごを出口のほうに向けてしゃくった。

「あんたは先に帰ってなさい」

「やだよ! もう暗いのに。誘拐されたらどうすんだよ!」

「アキ坊。危ないから一人で帰るな」

 鬼塚は明の肩に手をかけ、真剣な顔でそう言うと、持っていた紙バッグを明の前に差し出した。「これ見て、待合で待ってな」

 鬼塚は、約束した自衛艦の写真だと言った。明は歓声をあげた。そして「ごゆっくり」と言うと、あっという間に紙バッグとともに、待合室に出た。

「やれやれ、兄貴も小さいころ、軍艦の本とか集めてたわ」

「そんなことより、翼さん!」

 鬼塚は子供を叱る母親のような顔になると、鍛えあげた腿の筋肉で張り切ったジーパンのポケットに無理くりのように指を差し込み、ソファーの背もたれの上に尻をあずけた。

「アキ坊も電話で必死だったんですよ。変な女の人が来てるって。俺、どういう種類の人間が来てるか、すぐ直感しましたよ。そもそもこの件は最初から、きな臭かったんだ」

「確かにきな臭いわね。もう一人死人が出たし」

「何が出たですって?」

 翼は、日高孝男の親友が殺された話をした。鬼塚は真っ青になった。

「つ、翼さんが、死体を発見したですって?」

「し!」

「やっぱりこの仕事、やばいですよ! 僕を雇ってください! いくら翼さんが優秀といっても、女性なんですからね。限界がありますよ!」

「男には限界がないのかな?」

「相対的な話をしてるんです!」

 するとレバーハンドルが回って扉が開いた。鬼塚は素早くふり向いたが、明だった。

「また、お客さんだよ」

「何ッ!?」鬼塚は身構える。

「あら、お邪魔だった?」

 浜崎涼香(りょうか)が、腰にベルトのついたグレイのヘリンボーンのジャケットといったいでたちで入ってきた。

「別の怖いお姉さんでした」

 翼は小声でそういうと、鬼塚がふき出すのを我慢しているのを尻目に、明るい顔をして立ち上がっていた。

「どうしたんですか。浜崎さん」

「ちょっと仕事のあと、近くを通りがかったもんでね」

「あれ? 涼香さん、今朝、今日はモデルの仕事はないって言ってませんでした?」

 鬼塚は、涼香ににらまれて、身をふるわせた。

「しかしこんな、かわいらしい男の子がいるなんて知らなかったわ」

 涼香は、横で大きなアルバムを両手でわしづかみにして立っている少年を見下ろしながら言った。明は、上目づかいで涼香をちらと見ると、真っ赤になった。

「ああ、この子は、翼さんの甥っ子なんです」

「ええ、今、聞いたわよ直接。最初は驚いたわよ。口元なんかそっくりだから。いいわね、上条さん。かわいい男の子に囲まれて」

「かわいい男の子に囲まれている?」

 翼は、口をぽかんと開けて、鬼塚のひげ面を見やった。涼香はふき出した。

「ボク、さっきの写真、伯母さんにも見せてあげてよ」

 明は、翼のデスクに歩み寄った。

「おい、アキ坊……」

 鬼塚は、恨めしげな視線を、明と、それから涼香に向けた。怖いお姉さんは鬼塚の狼狽振りを楽しんでいる。

 少年は指に挟んでいたところをデスクの上に広げた。翼はその上に上半身をかたむけた。

 それは、濃い青空の下、岸壁に停泊している3隻の潜水艦を近くから写したものだった。手前には、明より少し年長の少年がかわいらしい笑顔で写っている。

 翼は驚いた顔で、髭面の男と写真とを見比べた。

 突然、明がそのアルバムを閉じた。

「庄之助さん、行こ」

 少年はアルバムを小脇に抱えると鬼塚の手をとって外へ出ようとした。

「男同士だけで話をしよ」

 鬼塚は、「あ、ああ」と肯定とも否定ともつかぬ返事をしながら、翼と涼香を見た。

「明。あんたはここに鬼塚さんといなさい」

 翼はそういうと、デスクから出てきて、現時点での探査の報告のために、涼香を外へのお茶に誘った。

「あ、それなら俺も……」

「男だけで話するんでしょ」翼はすげなく言った。

「かっこいいぼく、可愛いなんて言ってごめんね」 

 翼と並んで出ていきながら、涼香はプラチナの指輪をはめた白い手のひらを明にむけてふった。明も、笑みをうかべ、同じ仕草をし返した。鬼塚は不満顔で手をこまねいた。

次回、翼と涼香は衝突。

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