7.女刑事 岸
浜崎組の社長令嬢、涼香から極秘にフィアンセ日高孝男の行方探しを依頼された翼は、奥井殺しの担当刑事、岸と情報交換を行いに警察にふたたび赴く。
「なるほど、そういうことだったの」
岸刑事が、うなずきながら言った。
警察。
翼は、はじめて岸に会ったときと同じ部屋、同じテーブルの同じ位置で、岸刑事と向かい合って座っていた。
翼はたった今、自分を雇ったのが、浜崎組の社長令嬢であること、依頼内容は、失踪した婚約者、日高孝男の探査であることを話したところだった。
「しかしその日高孝男さん、行方不明とは、奥井さん殺しと無関係だなんてとても言えないわね。とにかくその人、見つけなきゃいけないな」
岸があごに手をあててそう言うと、探偵はうなじをかいた。
「困ったことになっちゃったなあ」
「何が?」
「それはそうですよ。私は、その人を見つけて初めて報酬がもらえるのですから。あなたがたに日高さんを先に見つけられたら、私、明日からカップ麺ですごさないといけません」
「こんな危ない状況になっても、まだ契約は継続中なの?」
「依頼人は、日高さんが、人殺しをしたなんて信じてないので」
「それじゃあ、あなたと私で競争ってことね。日高孝男氏をどちらが先に見つけるか」
岸はにやりとした。
「それでしたら、その前に、約束どおり、少し情報を与えてもらいたいのですけど」
翼は物欲しそうな上目遣いで刑事を見た。
「ああ、そうだったわね」
岸は、黒表紙の手帳をめくった。
「奥井猛さんの死亡に関して。まず死因は後頭部陥没。金属の棒で一撃。凶器は現場になかったので、計画的犯行かもしれない。推定時刻のほうは残念ながら特定不可。時間がたちすぎていたからね。だいたい、あなたが発見する4、5日前ぐらいってところ。これぐらいかな。あとは、こっちもこれから。ところで、上条さん」
岸は手帳をしまうと、横に向けていた体をやおら翼のほうに向けてきた。顔には好奇の色が表われている。
「あなた、結構、この世界じゃ有名人なんですってね」
「岸さんは、今まで知らなかったのでしょう?」
「謙遜しなさんな。調べさせてもらったわよ。腕のいい探偵さんなんだ」
「どこの馬の骨とも分からない女です」
「馬の骨じゃないでしょう。県警の警部、いえ、2階級特進だから警視正か、その妹ならね」
刑事は、翼の刹那驚いた顔を見て、満足そうににやっと笑った。
「最初から、そのこと言ってくれればよかったのに」
「言ったら、少しは容赦してもらえたのかしら」
「少なくとも、あなたを疑う手間は省けた。お兄さん、お気の毒だったわね。でも立派だわ。あなたは警官になる気はなかったの? 向いていると思うけど?」
「向いてないから、退学したんです」
岸は目を見開いた。「何期?」
「忘れました」
「どうして退学したの」
「刑事になってしまった人の前では、言いにくい理由で」
「官僚機構が好きじゃないといったところ?」
翼は答えなかった。
「どうして探偵なんてやってるの?」
「探偵やっちゃおかしいですか」
「女ひとりじゃ大変でしょ?」
「刑事さんだって、警察という男社会の中で大変でしょう?」
岸が図星をつかれたように上半身を少し引かせた。
「だから協力させてもらっているんですよ」
翼は笑みを見せた。
次回、翼のところに「この件から手を引け」との脅迫者がやってくる。