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4.銀色のライター

浜崎組の令嬢、涼香のフィアンセ、日高孝男を探すうちに、翼は日高の遊び仲間、奥井の死体を見つけ、警察に尋問を受けるも、依頼人の名は明かさなかった。翼は涼香の家に、重大な手がかりをもって報告に向かう。

 翼が、豪邸の立ち並ぶ地域にある浜崎邸のインターホンを押したのは、刑事との「取引」を終えてから2時間後のことだった。

 水に濡れた飛び石のアプローチを、翼は歩いていった。古い和洋折衷の建物だった。

 玄関に近づくと、幾何学模様の彫りこまれた木製のドアが勝手に開いた。

「いらっしゃい」

 柔らかい声とともに、垢抜けた中年の婦人が顔を出した。赤茶色のカーディガンに紺のスカート、そして、白い靴下に木のサンダルをつっかけている。

 翼が素性を示すと、婦人は、涼香(りょうか)の母ですと名乗った。ふたりは、通り一辺倒の挨拶を交わしたが、婦人の目線は、腰の低さとは裏腹に、翼のアタマのてっぺんから足のつま先まで、ぶしつけに駆け巡っていた。

 古い家独特のかびたにおいがする応接間に通された。

「上条さんは、もう探偵のお仕事は長いのですか」

 涼香の母は、その場にとどまって訊いた。

「5年になります」

「ずっと、このお仕事を?」

「はい」

「女ひとりで大変でしょう」

「ひとりのほうが気楽ですから」

「ご結婚は……」

「ちょっと、お母さん!」

 開けっぱなしの扉の向こうに、涼香が立っていた。白いタートルネックのセーターに、ダークグレーのストレッチパンツ。化粧はしていなかった。

「私へのお客さんなら、早く呼んでよ!」

「今回のことは、あなただけの問題じゃないでしょう」

「いいの! この件はわたしが全部やるから」

 娘に睨まれた母は、何か言おうとしたが、翼のほうに向き直ると、愛想笑いを浮かべて、なごり惜しそうに部屋を出て行った。

「ふん」

 半開きのままにされた扉を強く閉めると、涼香は大股にソファーへ移動してきて座った。

「何の話をしてたの」

「身の上話です」

「あなたの? それとも、母の?」

「私の」

 お手伝いさんがコーヒーを運んできた。涼香は、コーヒーに手を伸ばすと、苦笑しながら言った。

「うちの母ったら、わたしの興味をもったことには、なんでも興味を持つのよ」

「興味を持つって、事件に? それとも、私に?」

 涼香は、口に運びかけたカップを止めたが、とりすますと、

「事件に、に決まってるでしょう」

 と答えて、コーヒーを口に含んだ。翼は笑った口元を手で隠した。

「で、今日来てもらえたのは、さっそく進展があったということかしら」

「進展したというより障害がでてきたと言うべきかもしれません」

「障害?」

 翼は奥井猛が殺されたこと、それを自分が発見するまでのいきさつを話した。

「警察には知らせたの?」

 驚きながらも咎めるような口調で涼香が言った。

「もちろん」

「ちょっと!」いきなり涼香が声の調子をあげた。「わたしに先に知らせるべきじゃないの? もしかしたら、孝男さんが、やっ……」

 涼香は言いかけたことを気まずそうに飲み込むと、浮かしかけた腰をソファーに戻した。そして、俄かに視線をあちこちにさまよわせだすと、こういった。

「そ、そうよね。まだ、彼がやったと決まったわけじゃないわよね……」

 そのとき翼が、丸めたハンカチをラウンジテーブルの上に置いた。ゴトッという音が、涼香の目をひきつけた。

「何よ。これ?」

「死体のすぐ横に落ちてました」

 翼はハンカチをひらいた。エッジの部分を金色に縁取った銀色の直方体が現れた。

 涼香の目が大きく見開かれた。涼香はひったくるようにそれを手に取ると、すぐさまその底を自分のほうに向けた。

「これ、わたしが、日高さんの誕生日祝いに贈ったライターよ。ほら、底にT・Hという刻印があるでしょ。これが殺人現場に落ちていたですって?」

 涼香は顔からみるみる血の気を引かすと、右の手のひらで両目を覆っていた。

「なんてことを! 確かにあの人、カッとなりやすそうなところがあった」

「ちょっと待ってください。これが落ちていたからといって、日高さんがやったと決まったわけじゃありません」

 涼香は顔から手のひらをはがした。翼は続けた。

「むしろ、このようなあからさまな物が落ちていたということは、真犯人が他にいて、日高さんを冤罪に陥れようとしている可能性も考えられます」

 すがるように見つめるクライアントに翼は続けた。

「あなたのことも、日高さんのことも、警察には言ってません。確かに、じきに日高さんまで話が及ぶと思います。けれど、このライターを現場から取りのぞいたので、時間稼ぎはできます。とにかく私が警察より先に、日高さんを見つけるのがいいかと思います」

「あなた、そんなことできるの?」

「見ものだったんじゃないんですか?」

 翼は微笑んだ。依頼人は、落ち着いた様子の探偵を黙ってじっと見て答えた。

「分かったわ」

 探偵は続けて、刑事と交わした交換条件の話を依頼人にした。

 涼香は、探偵のやり方に狼狽した様子だったが、依頼人としての自分の名を出すことを了承した。

 涼香が、玄関まで翼を送ろうとすると、また涼香の母が出てきた。

 令嬢は横目で母親をうるさそうに見ながら、探偵を見送った。


次回、翼は、行方を捜している社長御曹司の危ない話を知る。

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