2.弟子入り志願の青年
社長令嬢、浜崎涼香からフィアンセの行方さがしを頼まれた翼だったが、プライベートは騒々しい男たちに囲まれていた。
「しかし翼さん、やりましたね、ボーナス200万円! さすがの翼さんだって、滅多にないおいしい仕事でしょう? それを僕が紹介したわけですよ。お分かりですか?」
「1割ってとこね」
翼は不愛想にこたえた。
「お金じゃないですよ」鬼塚は口を尖らせた。「分ってるくせに……」
「あなた、浜崎さんの社長さんのところの仕事があるんでしょ?」
「あっちは、あと2日で契約満了ですよ。もう、株主総会も終わったしね。結局、僕はビール瓶の手刀切りを余興で見せただけで、仕事を終えることができたってわけです。ま、あの仕事もギャラは高かったですけど、これで終わるかと思うとせいせいしますね。だって、僕は用心棒なんて仕事、本当はしたくないんだから。体力のあるうちの仕事ばかりやってたんじゃ、歳いってから通用しなくなりますからね。だから翼さんについて、ちゃんとした探偵業のノウハウを覚えたいと考えてるんです」
「それだったら、私が、あなたからお金をいただかなくっちゃね」
鬼塚は口を不満そうにひん曲げたが、続けた。
「そう言わないでください。200万の分け前なんて要りませんから、俺にも仕事手伝わせてくださいよ。とにかく涼香さんも、ちょっととっつきにくいけど、人の気持ちの分からない人じゃないんです。今日ひとりでここに来たのだって、翼さんに興味があったからですよ。不機嫌になったのは、家が老舗なもんだからいろいろ縛りが多くて、翼さんみたいにひとりでやってる女性にうらやみもあったからじゃないですか。あの人、ああ見えて、本当はお父さんのために必死なんです。だから俺もフィアンセを見つけてあげたいと思ってるんですよ」
「ふーん」
「しかし、本当、おかしな話ですよ」鬼塚はたくましい腕を組んで続けた。「だって、涼香さんもあれだけ美人でしょ。なんせファッション雑誌の現役お嬢さんモデルとして看板の人なんですから。そんな美人と結婚できるんだから、日高さんも、この結婚に相当乗り気だったらしいのに、消えてしまうんですからね」
そのとき、また入り口の扉のひらく音がした。
10歳ぐらいの少年が、部屋のドアを覗き見するようにそっとあけて顔を出した。カーキ色のハーフパンツをはき、ランドセルを背負っている。
「おう! アキ坊!」
鬼塚が、快活な声をだしたが、部屋の主人は少年をにらみつけていた。
「明! ここには来るなって言ってあるでしょう」
「だってうちに帰っても一人だもん」
明は上目遣いで翼を、そして鬼塚を見た。
「そうか、アキ坊、少年探偵になりに来たんだな、じゃ、俺の弟子になるか」
鬼塚は大きな手のひらで、少年の頭を乱暴に撫でた。
「ううん、なるんだったら、翼さんの弟子になる」
「何!」
鬼塚は、あながち冗談でもないような怒った表情を見せると、太い両腕で少年をいきなり羽交い絞めにした。
「なんでだよ! 伯母さんのほうが優しくしてくれるから、いいってのか?」
「オバさんじゃないよ。翼さんだよ!」
「お父さんの妹は、伯母さんって言うんだよ! そう決まってるんだ」
「知らないよ! わッ! 痴漢!」
明がふざけた声を出した。翼は、読んでいた書類から目をあげて叱ろうとした。が、もう、青年は少年から手を離していた。少年はきょとんと、斜め後ろに鬼塚を見上げたが、すぐに『伯母さん』の叱責を恐れるように肩をすくめた。
「遊ぶなら、外へ行きなさい」
「じゃあ、アキ坊、プラモデル屋でも行こうか」
「うん」
少年は青年の提案に目を輝かせた。鬼塚は翼に向かって言った。
「アキ坊はえらいですよ。今時、テレビゲームより手作りのプラモデルのほうが好きなんて、将来は大物になるにちがいない」
「鬼塚さん。勝手に買い与えたりしないでよ」
「僕は動物園の猿じゃないよ」
と明がつぶやく横で、鬼塚は胸を張った。
「大丈夫、そんなお金持ってませんから」
「プラモデルを買うお金もないの?」
明が哀れみの顔でつっこむ。
「じゃあアキ坊は持ってるのか」
明は「ない」と答えて、翼のほうを見た。翼「ない」
「そうだよね。僕の新しい自転車を買うお金もないんだもんね」
少年はませたため息をついたが、鬼塚が、今度、自分が撮った自衛艦の写真見せてやろうかと言うと、顔を輝かせ「見せて、見せて」と飛び跳ねだした。鬼塚は貫禄を見せながら、明日、持ってくると約束した。
「じゃあ、翼さん、アキ坊のおもり代として、助手の件、よろしく!」
鬼塚は右手をあげて翼に敬礼をした。翼はじろりと後輩をにらんだが、鬼塚は、「何がおもりだよお」とクレームをつける小さな機関車に引っ張られて、出て行った。
扉が閉められると、翼は腰に手を当てて、ため息をついた。
次回、翼は、調査の先で、殺人遺体にに遭遇。事件に巻き込まれていく。