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18.壮行会

殺人事件の謎は深まるばかりだが、日高社長に、息子の孝男のボディーガードとして鬼塚をつけることに成功した翼は、鬼塚と祝杯をあげる。

 (つばさ)と鬼塚のふたりの探偵は、社長秘書谷本の運転で、来たときと同じセンチュリーに乗り、街灯のない真っ暗な山道を、右に左に翻弄されながら、ふもとの街へと降りていった。

 翼は、谷本の手腕をほめた。運転席の谷本は、前方を見据えたまま、別にそれを誇るでもなく言った。

「僕も明日出発というのには、びっくりしたんですけどね。でも、船のほうが予定は変えられないということでね。社長も即決するしかなかったみたいです」

 翼が、鬼塚に、両手のひらを上に向けて見せると、鬼塚も同じ仕草で答えた。

 真っ黒な山影のあいだに、街の光が見え始めた。

 谷本はつづけた。

「それより驚いたのは、君が言ったように、社長が日高をかくまっていたことですよ。これで僕も、一蓮托生になっちまったってわけだ。今日、昼に、岸という女の刑事が僕のところに来たんですが、ちょうど社長から日高の日本脱出計画を聞かされた直後でしたので、もう冷や汗を見せないよう苦労しましたよ。その刑事と来たら、やたら日高のことばかり訊くんですから。しかし、どうもひとつ妙なことがある」

「妙なこと?」翼が訊いた。

「実はね、ここだけの話にしておいてほしいんですが、さっきの部屋で、あなたがたを待たせているあいだ、日高が僕に、いやみっぽくこんなことを言ってきたんです。『おまえは本当に運がいいな』って」

 車内が沈黙した。対向車のヘッドライトが闇の中に突然現われ、猛スピードですれ違って行った。運転席の谷本は、ハンドルを二、三度左右に振り、怒りの声を出したが、間が抜けて見えるほどすばやく冷静に戻ると、運転と話を続けた。

「僕はあまりの突飛な発言に、どういう意味だって訊けなかったんですが、感じからして、僕だけが殺人者に狙われなくて済んだっていう意味だとしか思えないんです。しかし、以前も話したとおり、僕は奴らとほとんど行動をともにしたことはないんですよ。少なくとも、あの軍艦島の一件以外、僕には何も心当たりがない。しかし、日高があの件のことを言ったのだとすると、犯人は誰なんだという話になる」

 また沈黙が訪れて、また谷本がそれを破った。

「ともかく、それはさておいても、きな臭いことが起こりそうな予感もしてきましたよ」

「日高社長が法に頼らず、私的な手段で、復讐者を返り討ちにするってこと?」

「ええ、しかし、僕はそれには関わりたくないですね。僕は相手が誰であれ、ただ単に命を狙われている人間を助けるのに力を貸しているというポジション以外は御免ですから。君たちだってそうでしょう?」

 いつの間にか、人家の門や玄関が、闇の中に浮かんでいるところまで車は戻って来ていた。車外のあかりが増えるにしたがい、車内の言葉は少なくなった。

 翼は、駅前のショッピング・モールで買い物をして帰るから、駅前で降ろしてくれと谷本に言った。鬼塚も同じところで降りるといった。駅のバスターミナルの端で、探偵たちは降ろされた

「上条さん、例の件、考えておいてくださいね」

 下げたウインドウ越しに谷本が笑顔で言うのに、翼も微笑んでうなずくと、谷本は敬礼するように手を挙げ、鬼塚にもそのまま別れの視線を向けた。鬼塚が軽く会釈をかえすと社長秘書は、窓を閉め、センチュリーを二車線道路に出して、走り去った。

「これで年が越せるわね」

「ええ、まあ……」

 そのとき鬼塚の膝の裏を小突く者があった。

「あ! なんだ。子供がこんな夜中に!」

 鬼塚にふんづかまえたられた明は、身もだえしながらこう返した。

「翼さんに呼ばれたんだよ! 一緒に皆でごはんを食べるから、ここで待ってろって」

 鬼塚は少年から手を離すと翼を見た。翼は意気揚々、宣誓するように言った。

「今日は、探偵一味に新しい仕事が入ったお祝いと、鬼塚庄之助君の壮行会を兼ねて、パーッと行きましょう。実弾ならいやってほどあるわけだし」

 翼は、200万円の入っている鬼塚のスーツの胸をバンと叩いた。

 明が歓声をあげる。が、すぐにきょとんとした顔になると、「ソーコーカイって何?」

「明日から庄之助さん、少しのあいだ、いなくなるの」

「え?」 

「すぐ帰ってくるさ」

「すぐってどれぐらい?」

「1年ぐらいかなあ」

「全然すぐじゃないじゃん」

 明はふくれっつらをした。

 10分後、3人は、近くのイタリアン・レストランにいた。

「庄之助さん、あのアルバム、あとで返そうか?」

 明がパスタをほおばりながら言った。

「いや、あれは俺が戻ってくるまで、アキ坊にあずけとこう」

「いいの?」

「もち」

「分かった。僕、大事にあずかっとく。男の約束だ」

「ああ、男の約束だ」

『壮行会』を終えると、3人はふたたび駅前に来ていた。

 駅前のシンボル・ツリーのケヤキは、クリスマスのイルミネーションで化粧されていた。その下をスーツ姿のサラリーマンの影が家路を急ぐ。コンパを終えた男女数人の大学生が輪になって、コメディアン役の青年のパフォーマンスに腹をかかえて笑っている。名物のたこ焼き屋のバンは、ひょうきんな蛸を描いたのぼりをたたみ始めている。

「明日はひとりで大丈夫?」

 翼が駅の改札の前で言った。

「やめてくださいよ。子供じゃあるまいし。あ、そうだ。忘れてた」

 鬼塚は、あわててスーツの上着の内側に手を差し入れた。翼の手が伸びて、その手をおさえた。

「それは、餞別」

「何言ってんですか!」

「前金もらうまでお金ないんでしょ」

 鬼塚は急にまじめな顔になったかと思うと、気をつけの姿勢になり、軍隊調に頭を下げた。

「ありがとうございます。先輩」

 駅の入線アナウンスに、翼があごをしゃくった。

「電車来るわよ」

「翼さん」鬼塚はちょっとうつむいた。

「ん?」

「谷本さんとうまくやってくださいね」

「え?」

「あの人、いい人ですよ」

 翼は目を伏せて苦笑した。

「それじゃ行ってきます。じゃあな、アキ坊」

 鬼塚は明の小さな肩に手をふれたあと、きびすを返し、改札に向かって行った。

「庄之助さん!」

 鬼塚が改札を越えた刹那、明が声をあげた。鬼塚は前に進みながら、手をふった。

 少年は青年の姿が見えなくなるまで、そこから動こうとしなかった。

次回、三度、岸刑事があらわれて、意外な展開になったことを告げる。

ご評価ありがとうございます。

短編『夜明けの晩に』のほうにいただいたご評価もこの場を借りてお礼申し上げます。

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