6. (シニアマネージャーロイド)
翌朝、俺とミリシャは、喫茶店ブランにて、窓際のテーブルで額を寄せて話し合っていた。
午前の穏やかな日差しが窓からテーブルのアイスコーヒーのグラスをきらきらと照らし、光が綺麗に反射している。
「で、だ・・・
空売りを成功させるためには、なるべくグリーンドラゴンの魔石が高値の時を狙って売りを仕掛ける
それから値段が暴落し、なるべく安値の時を狙い買い戻す
これが基本戦略だ。
もう少し時期をうかがい、グリーンドラゴンの魔石がもっと上がるところを狙う
卵の存在を公にするのは、売りを仕掛けた後だ」
ミリシャは顔を寄せて真剣に聞き入りながら、コクリと小さく頷いた…
その時、不意に店のウェイトレスが俺たちのテーブルへとやってきて、
ショコラのケーキを二人の前にトレイからそっと置いていく。
「このケーキは? 俺たちはアイスコーヒーしか頼んでないぞ」
喫茶店のケーキは高くつく。たとえセットでもだ
確かドリンクだけを頼んだはずなんだがと困惑した。
ウェイトレスは笑顔を作り、「あちらのお客様からです」
と手の甲をそっと中央付近のテーブルに向ける。
ウェイトレスの示すほうのテーブルに視線を向けると
徐にそこに座っていた二人の人物が立ち上がって、
コッコッとこちらのテーブルに足を運んできた。
「やあ、初めてお目に掛かります。
私はこういう者です…あなたがたに少しお話ししたいことがございまして」
そう話す男は痩せぎすった黒のスーツ姿で、オールバックの焦げ茶色の髪に、同じ色の豊かな髭を
貯えている。
作り笑いを浮かべるが、その青色の目から感じる冷たい印象を隠しきれていない。
男から差し出された名刺をがばっと乱暴に受け取り、表面を見る
そこには、”カイザー証券会社 セルヌ領管轄チーフインベストメントシニアマネージャー ロイド…”
という仰々しい肩書の文字がつらつらと並べられている。
「そのチーフマネージャーとやらが、俺に何の用だ?」
俺は顔を上げて、きっとそのロイドとかいう輩に向き直った。
「なあに、大した用ではありませんよ。
アナタ方は例の卵のことを気にされているようですが、アレの存在は誰にも口外しないで欲しいのです…」
ロイドはやや声の声量を落として、そう囁くように言った。
「なに?…何故、そのことをお前さんが知っているんだ?…」
訝し気に俺はロイドを睨みつける。
「まあ、色々と調べはついておりましてね…
おい、イリス 例のものを…」
「はい、ボス」
そのイリスと呼ばれたロイドのすぐ後ろに立っていた、同じく黒スーツ姿の女性は、
側のキャリーケースを開けると、大きい袋を取り出す。
そしてつかつかと俺の前まで移動すると、そっと袋を差し出した。
ウェーブのかかったブロンドの長い前髪が片目を隠しており、紫がかった色の一方の瞳をこちらに向け笑みを浮かべている。
俺は乱暴にその袋を奪い取ると、袋を縛っていた紐を解き、中身を確認する。
そこには銀貨が目いっぱい詰め込まれており、ざっと概算で50万にはなろうかというところだった。
「些少で恐縮ですが、口止め料です…」
ロイドはうかがうような表情をこちらに向け、そうこっそり呟いた。
「なるほど…」
俺は袋の中に手を入れ、じゃらじゃらと銀貨を暫くいじくりまわし、そう低い声をこぼす。
その後突如、袋を持ち上げ、中身をロイドに向かって勢いよくぶちまけた。
ジャラジャラと金属音が音を立て、周りの客は何事かと騒然としてこちらを見る。
ロイドは袋の中身をぶちまけられ、コトンコトンと身体にあたった銀貨が地面に落ちるさまを
一瞬何が起きたか分からないという様子で茫然と眺めた。
「それが俺の返答だ…どうやら桁の数を一桁間違ったようだな!!」
俺はそう高らかに言い放った。
ロイドはようやく表情を取り戻し、引き攣った笑顔をこちらに見せ、平静を装った。
「ハハハ、面白い人だ アナタの考えはよく理解出来ました。
ただあまり賢いとはいえないようですね 欲を張り過ぎると相場では大やけどのもとです。
おい、イリス 行くぞ…」
ロイドは踵を返し、こちらに背を向けて足早に去っていった。
「はい、ボス…」
イリスはそそくさとちらばった銀貨を拾い集め、袋に収めるとキャリーケースに戻した。
そしてキャリーケースに手を携えると続いてこちらに背を向け、
優雅な歩き方で去っていく。
その歩の途中、イリスは不意にこちらを振り向いた。
「ラ・ディーゼ…デュ・マルシェ…ナパ・デ…シュヴーオン・ナリエ…」
囁くような小声でそう呟き、口元に妖しげな笑みを浮かべると
またフッと顔を前方に戻し、喫茶店を後にした。
「今あの女は、なんて言ったんだ?…」
茫然とした様子でことの顛末を眺めていたミリシャはそうこぼした。
「俺にも分からん…が、もううかうかしていられないな。」
俺はゴクリと唾を飲み込むと、危機感を募らせた。
昨晩の人影は、ロイドの差し金に違いなかった。
大方グリーンドラゴンの魔石を大量に保有しており、値崩れをふせぐために卵を破壊しようとしているのだろう。
「今すぐにでも例の場所にすっとんで行きたいところだが、日中に目立つわけにはいかない。今晩また例の時間に森の外れの入り口で待ち合わせだ…」
ミリシャは緊張した面持ちで、コクリと頷いた。