4.(個室料理店パルム)
ヒュンッ、ヒュンッ!…
そこには一人の人影があり、身体を大きく前や後ろに動かし、剣の素振りを行っていた。
ミリシャだ
朝からよくもまあ素振りの稽古など律儀に行うものだと呆れながら俺は
遠くからおーい、と声を掛ける。
ミリシャはようやく気付いてこちらに視線を向けた。
俺はいそいそとミリシャに近付いていくと、
「今日の夜の~~時に町外れの個室料理店"パルム"でご馳走をしたい。
忘れないように必ず来るように…お前に話したいことがある。」
と早口で述べた。
ミリシャは驚いたような表情を見せ、
「良いのか?…特に断る理由も無いが、あの店はかなり値段が張る店だが…」
「問題ない、忘れるなよ・・・!」
「じゃあまた後でな・・・!」
そう言って俺は、後ろ手を振りながらその場を後にした…
その日の夜、町外れの個室料理店で白い丸テーブルを二人は囲んだ。
パルムのシェフお薦めの濃い赤ワイン色のビーフシチューと付け合わせのみずみずしい色のサラダが目前に並べられる。
フォークで口に運んでいく。
「それでだ、話というのはだな…お前には俺の売り仕掛けの手伝いをしてもらいたい。
実は昨晩に、森の外れのある木の根元の茂みに、大量のグリーンドラゴンの卵を発見した。
これがどうことだか分かるな?…」
俺はシチューのビーフを口に頬張りながら、問い掛けた。
「うん、やはりそれなりの値段の料理というものは、美味なものだな…。
卵?それは初耳だ・・・。だがグリーンドラゴンの卵がその売り仕掛けとやらに
どう関係しているんだ?さっぱり分からん・・・」
ミリシャは口に運んだ料理の美味しさに感嘆しつつ、そう返答した。
やはり予想はしていたが、武闘派で脳筋のこいつに空売りというやや高度な相場手法の概念を理解しろという方が
無理難題だったのだ。この俺ですら、相場を開始しても当初はなかなか理解できなかったくらいなのだから。
ハァ…と俺は軽くため息をついた。
俺は、しばし頭を捻り、どうやったら「空売り」の概念をこいつに理解させることが出来るの
だろうかと
考え込む…。
そしてはっとこいつらに合ったそれらしい説明の仕方を思い付いたので、
顔を上げて、視線を遣る。
「つまりは、こういうことだ。例え話で説明してやろう!
俺がプラチナソードを持っていたとする。
お前はそれを一か月ほど借りてモンスター狩りに使いたいと思った。
もし借りるとしたら一か月後にはプラチナソードをお前は俺に返さないといけない。
また使うと刃こぼれもするだろうからそれなりのレンタル料も必要となるだろう。
仮にレンタル料を一か月に1万で約束したとしよう…。
問題だ。
普通にそのまま借りて一か月後に返すことになったら、ミリシャが俺に支払うカネはいくらだ?」
「レンタル料の1万ゴールドを支払うことになるから…1万ゴールドか?」
ミリシャはきょとんとした表情でそう答えた。
「正解だ!
次のような事態も想定しよう。そのプラチナソードを借りている間にもし無くしてしまったら、買って返さないといけない。
仮に無くしたときに店で売っている値段が20万だとしたら
20万捻出してプラチナソードを買い入れ、期日に俺に返さないといけない」
「そして、ここからが本題だ…!
プラチナソードを返すまでには一か月の猶予がある。
もし途中で仮にプラチナソードが手元から離れたとしても、一か月後に何らかの形で買い戻して
返せばいいわけだ」
「プラチナソードの人気が出ていて、直近に高騰して仮に値段が50万くらいだったとしよう。
ただ何らかの理由で一か月後くらいには人気が無くなり、20万位に下がるだろうと予想したとする。
そこで俺から借りたプラチナソードを、借り受けたその日に50万で店に売り飛ばした。
その後、一か月ほど経って予想通り20万前後に下がっていたとする。
なら20万でプラチナソードを買い戻し、そのまましれっと俺に渡して返したら。
儲けは50万マイナス20万で30万だ!!
そこからレンタル料の1万を差し引いても29万もの儲けになる!
これが非常に簡略化したかたちではあるが、空売りの簡単なアウトラインだ!」
俺は勢い良く言い終えると、フウッと息をつき、
テーブルのコップを手に取って氷が沢山入った冷えた水をごくごくと飲み干した。
「なるほど…賢いやつは色んなことを考えるものだな。 そんな発想は全く無かった」
ミリシャは聞き終えると目を丸くし、感心したように頷いた。
「論より証拠だ。早速明日の晩、そのグリーンドラゴンの卵を確認してもらいたい。
また今日と同じ時刻に町外れの森の入り口で待ち合わせだ」
…ミリシャはコクリと頷いた。