2.(ランド公国セルヌ領)
俺は意識がいつの間にかはっきり目覚めてしまっていた。
その時俺は、騎士とおぼしき鎧をまとった風貌の…ショートの銀髪の髪にエメラルド色の瞳の女を眼前にし、
「大丈夫か?・・・」と声を掛けられていたのだ。
「こ、ここは一体?!・・・」
俺は混乱した表情で、自分の顔を上から覗き込んでいるその女に問い掛けた。
「お前は、そこの川に溺れていたんだ。私が飛び込んで助けてやったんだから感謝しろ。
とりあえず、気が付いたようで良かった。」
その女が目をやった近くの川の方を見る。
その川も含めて、自分が今まで居た景色とは全く違う。
別世界の様な雰囲気だった。
「ここはどこだ?! 何て名前の地域だ? 海外か?国はどこだ?」
俺は慌てふためいて質問を浴びせかける。
「落ち着け・・・ここはランド公国、セルヌ領だ。その黒い髪に黄色い肌、
変わった服装、お前は東方から来た異国人なのか?…」
その女は訝しげに俺を見つめている。
ランド公国だと?! そんな国は地球上のどこにも無い。
俺は、川に飛び込んで溺れて息絶えたと思ったのに、異世界にでも飛ばされたのか?!…
混乱しつつ、その女にぶっきらぼうに告げる。
「助けてもらったことは、感謝する・・・だが俺は人に借りを作りたくない。
そのうち必ずこの借りは返すことを約束しよう!
ときにこの世界の仕組みや地理を一から教えてくれ・・・」
……あれから数か月後……
「クソっ・・・異世界に来てまで肉体労働をこの俺がしなければならないとはな・・・」
俺は、貧相でさび付いた銅の剣を右手に、そして左手にところどころ綻びたボロボロの皮の盾を
持ち、目の前に居る粘性で緑色のスライムに向かって、剣を振り下ろしながらそうぼやいた。
あれから、俺を助けたあの女騎士は、突飛な質問に一瞬驚いた表情を見せたが
記憶喪失にでも陥ったのだろうと思い込んだらしく、丁寧にこの世界の仕組みや地理についての情報を教えてくれた。
この世界ではモンスターなるものが存在しており、そのモンスターを倒すと
魔石と呼ばれる水晶のような結晶を落とす・・・。
その魔石は取引所で、この世界の貨幣と交換できる。
基本的には強いモンスターほど、また出会うのが難しいレアなモンスターほどその魔石は高額で交換できる。
そして弱く倒しやすいモンスターほど魔石の相場も安い。
モンスターごとの魔石の相場は、取引状況や需給によって日々変動する。
この仕組みを聞いて、俺はまるで自分の居た世界の株式投資やFXの仕組みとほぼ同じじゃないかと思った。
要は企業の株式や国ごとの通貨が「モンスター」に変わっただけのことだ。
「だいぶこの国にも慣れてきたようだな、セイヤ・・・」
側に居る俺を助けた女騎士ミリシャは、目前で襲い掛かってくるでっぷりした体格のオークに向かって
背中に携えた大柄の騎士剣をひょいと手に取ると
勢い良く振り下ろし、一刀両断にした。
「ああ、まあな・・・。」
俺はへなへな振り下ろした剣がヒットし、消滅してポトンと落ちたスライムの魔石に手を伸ばしながら、力なく答えた。
あれから俺は、公国公設の安いボロ賃貸アパートに身を寄せ、日銭をモンスターを倒すことで稼ぐような
その日暮らしをしていた。
自分の非力さと、更にカネが無いので安い武器や防具しか購入できないために、
こういった雑魚モンスターの出現地域でせこせこ魔石を集め、安いレートで換金し、カネを得るしか無かったのだ。
ミリシャは普段は公国の騎士団に所属し、俸給を貰っているものの、
平民出身のため、その金額
は雀の涙ほどであり、こうして片手間に余力で雑魚モンスターを倒して収入を得ているらしい。
そのうえ、騎士の務めと自分から名乗り出て、ボランティアで街の見回りを無収で定期的に行っている。
俺がこいつに助けられたのもその見回りの時の出来事だということだ。
一銭の得にもならないことを、よくもまあ律儀にやるもんだ・・・。
俺は初めてその話を聞いて、呆れたようにそう思った。
またお人良しが度を過ぎており、知り合いや親戚からお金の工面を泣きつかれると断れず、
快く保証人になったりしており
、かなりの借金を抱えている。
そして腕は立つようだがレート計算など頭を使うことはめっぽう弱いようで、
取引所でも魔石の貨幣への交換を両替商にいつも丸投げし、決して少なくない手数料代をボッタクられている。
しかし、俺はそんな他人のことはどうでも良い…
俺の生き方の信念でもありポリシーでもある、「働かずに投資で儲けたカネで一生を安楽に暮らす。」
この信条をひとかけらも達成できずに日々卑しい肉体労働まがいに従事していることにはそろそろ我慢がならなかった…
「クソッ・・・今日も大して稼げなかった上に、全身が泥のように疲れた…」
辺りが暗くなり始めると、モンスター狩りから切り上げ、途中の道程にある露店で特売の干しパンとチーズを晩飯用に購入し
重い足取りで住まいに戻る。