10. (チン金融)
ふう、と俺は溜息をつき、とうとう奥の手を使うことにした。
この街の噂を聞いたことがある。このセルヌの、街の東の外れの大通りの裏手に、どんな相手にもカネを融通してくれる
街金屋が居るという噂を…ただカラスがカアと鳴けば、1割は利息をぼったくられるというとんでもない暴利だとも。
朝昼と再びモンスター退治にいそしみ、念のために取引所の電光掲示板へと
午後3時相場取引終了頃に向かう。微かな期待も虚しく、想定通り
グリーンドラゴンの株価は上限に張り付いたままで、ほんのわずかな売りの比例配分で終わっていた。
ハァ、と溜息をつき適当に時間を潰すと、辺りが暗くなり始めた夕暮れ時を見計らって俺は
静かに街を東へと歩を進めていった。
目星の通りの裏手へとそっと入り込み、少し歩くと「チン金融」とのぼろい表札が掛けられた怪しげな一館が目に入る。
俺は大きく深呼吸をすると、意を決したようにその館の入り口をノックする。
奥から「どうぞ」と無機質な返答が聞こえてくる。すっとドアを開け中に入ると、黒い丸眼鏡を掛けた小柄な白髪交じりの男が
回転椅子に座っており、向かっていた事務机からくるりとこちらに姿勢を向けると怪しげな笑みを見せた。
側にはガタイの良い、鋭い目つきをしたスーツ姿の男が2人ほど立ったまま待機していた。
「やあ、ようこそ我が館に。ワタシ、チン・マオ言います。どうぞ宜しくネ。」
中華風交じりの気さくな口調で俺に向かって語り掛ける。
「さっそくだがカネを用立てしてもらいたい。500万を所望する!」
俺は、相手の怪しげな雰囲気に気圧されないよう堂々とそう言い放った。
聞き終えると相手は口角を上げたまま返答する。
「勿論いいアルよ、それで担保はあるネ?金でも銀でも魔石でも、あるいはヒトの担保でも何でも受け付けてるヨ。」
「いや、担保は一切ない。ただ詳しくは言えんが、大金を100パーセント確実に、手にするアテが俺にはある。
1か月もすれば、500万が倍、いや数倍にはなっている!」
俺は自信たっぷりげに胸を張って、そう宣言した。
「なるほど、威勢の良い儲け話、ワタシも好きアルよ。ただ絵空話は担保には残念ながらならないアルね…
ただ安心して、アナタが担保になるという手もあるアルよ。」
チンはにっこりと俺に向かって微笑む。
「俺が担保というのは、どういう意味だ?…」
薄々は嫌な予感で、その意味に気付きながらも、俺は確認するように疑問を投げた。
「ちょうどノアブル港で船員さんを一人募集していたね
なあに、3年もあればシャバに戻れるよ
海難事故にあっても船員保険掛けてるからそれで全額返せるから安心ネ」
回転椅子で回りながら、ニコニコと楽しそうにこちらを見遣る。
冗談じゃない…要は遠洋漁業のマグロ漁船ということだ
素人の船員なんぞはひとたまりもない
遠洋の海には凶悪な海洋モンスターもうようよしているし、
真っ先に人柱にされるだろう…
つまりは船員さんとして働いて借金返済♪、というテイを取って
骨は拾ってやるから船員保険で返せ、という死亡宣告に等しい。
腹立たしい限りだが、背に腹は代えられん。
要は今回の空売りプロジェクトを成功させればいいのだ。
「ぐッ、分かった…その条件を吞もうじゃないか」
契約成立ネ♪おい、現物500万と、契約書を持ってくるネ」
チンは顎でくいとやると、側の手下の男に命ずる。
手下の男は、アタッシュケースに詰めた500万と、束になった紙の山を
すぐさま持ってきて、テーブルの上へと置く。
「じゃ、アナタにはこの契約書、誓約書一式を読んでサインやハンコ押してしてもらうね」
紙の束をさっと取り、目を遣ると、ウンザリするほど長くおどろおどろしい
文言と、サインとハンコ用の空欄のオンパレードが目に付く。
俺は忌々しそうに、ボールペンでのサインと据え置かれた朱肉での拇印の押印を
何度も繰り返していった…
「じゃ、返済期限は1ヶ月後、利息は一日1割が通常ダケレドモ、
今回は特別に!リーズナブルに一日8パーに負けてあげるネ、また1ヶ月後
気持ち良くお会いできること楽しみにしているヨ」
チンはさっと右手を差し出し、握手をしようとした。
俺はその差し出された手を無視し、アタッシュケースの500万をとっとと受け取ると
「ああ、耳を揃えて全額突きつけて返してやる!
俺は船酔いするんでな、遠洋での魚釣りなど 死んでもご免だ!」とだけ
吐き捨てて、その館を後にした。