【アナザーストーリー】イルミナートの想い
イルミナート国王視点の物語です。
彼は彼なりにクロエを愛していました。
僕は小さな国の王子として生を受けた。
国王だった父親が早くに亡くなってしまい、若くして僕が跡を継いだ。
威厳を示さなくてはいけないと思い、堂々とした態度を心掛け、喋り方も亡き父に倣って変えていった。
政にも力を入れ、僕なりに国民たちが幸せになるように、日々頑張った。
すると、徐々に慕ってくれる家臣も増えて、みなの上に立つ自信もついてきた。
けれど、いつも僕を悩ませることがあった。
国同士の戦争だ。
僕の国の周りでは、いつも戦争が起きていた。
1番小さな国である僕の国は、いつ巻き込まれて無くなってしまわないか恐れていた。
そしてとうとう、ある国が侵略してきたのだ。
知らせを聞いた時には遅かった。
敵国の兵士たちが、1番国境に近い町に到着したあとだった。
ーーけれど不思議なことが起こった。
「……どういうことだ?」
僕は報告を聞いて眉をひそめた。
「はい、どうやらその町の近くに〝呪いの魔女〟が住んでおり、敵国の兵士たちに呪いをかけて一瞬で消し去ったようです」
「…………」
僕は心の中では驚いていたけれど、表情には出さずに黙っていた。
そんな、お伽話みたいなことがあるのか?
本当なら、呪いの魔女ではなく、勝利の女神ではないか。
僕はその報告の真意を測りかねながら、険しい表情で告げた。
「その者を連れて参れ」
**===========**
数週間後。
呪いの魔女が城に連れて来られた。
知らせを受けた僕は、執務室で仕事をこなしながら彼女を待つ。
しばらくすると、部下がやってきて呪いの魔女と一緒に部屋に入ってきた。
部下が僕に礼をすると、小柄な魔女もペコリと頭を下げる。
なんだか思っていたのと違うと思いながら、彼女の前に立ち声をかけた。
「顔をあげろ」
魔女がゆるゆると顔をあげた。
可憐な少女のような女性だった。
悲しみをたたえた瞳で僕を見つめている。
城の者が身なりを整えて着飾った彼女は、どこぞの王女にも引けを取らない風貌だった。
ただ、口には喋らないように布の口枷がされていた。
呪いの魔女は喋った言葉が呪いになるらしく、不意にかけられなくするための当然の処置だった。
「口枷を外せ」
僕は兵士に指示を出した。
「ですが……」
「顔がよく見てみたいのだ」
兵士がしぶしぶ口枷を外した。
その間も魔女はずっとぼんやりしており、生気が無いように感じられた。
口枷を外した彼女は、ただの愛らしい女性だった。
僕に恨み言でも言おうものなら、すぐに口を塞いでやろうと意気込んでいたのに、拍子抜けするほど何もしなかった。
「おい、本当に隣国の兵士たちを一瞬で消し去るほどの魔法が使えるのか? ……何か言ってみたらどうだ?」
僕はあえて煽るように聞いた。
この魔女が何を喋るのか興味が湧いたからだ。
けれど下を向いただけだった。
この空気に居た堪れなくなったのか、兵士が代わりに説明する。
「彼女は極力喋ろうとしません。筆談なら応じます」
「……ふむ」
僕は机の上にあった紙の束とペンを魔女に差し出した。
彼女は戸惑いの目線を僕に向けると、おずおずと受け取った。
「お前の言葉が強力な呪いになると聞いた。本当か?」
魔女がペンを走らせる。
『はい。本当です』
紙には丸っこい文字が書かれていた。
「言葉が全て、魔法になるのか?」
『いいえ。負の言葉を発すると、魔法が勝手に発動します』
「ふーん……隣国の兵士を消し去った時は何て言ったんだ?」
『ルネアム国の兵士は消えろと言いました』
「そうか」
なるほど。
噂は本当だったようだ。
この魔女の能力は使える。
僕はふと気になって彼女に聞いてみた。
「名前は?」
「…………」
魔女がビクッとしてペンを落とした。
慌ててしゃがみ込んでそれを拾う。
そして立ち上がると、急いで文字を書き連ねていた。
……目尻に涙を浮かべながら。
『クロエです』
「……なぜ泣いている?」
クロエがピタッとペンを止めて、紙を見つめたまま動かなくなった。
じわじわと涙があふれ出し、彼女がたまらず下を向く。
ポロポロと雫がこぼれていくのが見えた。
綺麗な……とても綺麗な涙だった。
思わず見入っていると、不意に声が聞こえた。
「……ごめんなさい……」
それが、彼女の初めて喋った言葉だった。
なぜかその声が耳から離れなかった。
**===========**
クロエが喋れることを知った僕は、彼女と話してみたくなった。
僕の部屋を訪れるように命を出す。
その時に必ず口枷を外すようにとも言っておいた。
部屋に来たクロエが、しずしずと僕に近付く。
立ち止まって気まずそうに目を逸らしている彼女に、僕は言った。
「私と2人の時は、筆談ではなく喋るように」
「!?」
クロエが驚いたあとに顔を左右に振った。
「負の言葉を言わなかったらいいのだろう?」
「…………」
クロエがゆっくりと頷いた。
「じゃあ喋れるだろ?」
「…………」
クロエが僕をじっとみて考え込む。
「何の言葉が……魔法になるか、分かっていません……国王様が危ないです」
クロエの鈴を転がすような声が聞こえた。
思ったとおり、彼女の声は耳に心地良い。
「私を心配しているのか……見たところ嫌々来たようだが、帰りたくないのか?」
僕は正直に思ったことを聞いた。
ずっとずっと悲しそうにしているクロエ。
僕を消して、帰ってしまえばいいのに。
「…………い、いえ。町のみんなに……避けられていますから……」
クロエがうつむいて辛そうに言った。
…………
〝呪いの魔女〟だと忌み嫌われて、森の中でひっそり暮らしていたと聞いた。
それなのに、敵兵が攻めてきた時は町を守ったんだな。
僕には目の前のクロエが、心優しい普通の女性にしか見えなかった。
**===========**
今度は隣接するクレイドル国が攻め込んできた。
ーークロエの呪いを試す時がきた。
僕は意気揚々と馬車に乗り込んで、戦地へと赴いた。
隣にはもちろんクロエが座る。
これから何をするのか薄っすら理解している彼女は、ずっと浮かない表情をしていた。
1日ほどかけて、戦場が見渡せる小高い丘に到着した。
僕とクロエが降り立ち、遥か前方に目を向けると、熾烈な戦いが繰り広げられていた。
……やはり、数で不利な我が軍が押されている……
駆けつけるのが遅くなってすまない。
そんな気持ちで戦場を見ていると、不安げに僕を見上げるクロエに気付いた。
彼女に振り向き、命を出す。
「さぁ、クロエの力を見せつけろ! 敵を滅ぼせ」
「っ!!」
クロエはフルフルと顔を左右に振った。
思わずこんな時にと眉をひそめた。
「……なぜだ? 町の人たちを守るために、隣国の兵士を消したのだろう? 今度はこの国の人たちを守るために、呪いをかけろ」
「…………」
クロエが僕をジッと見たまま固まってしまった。
彼女は呪いをかけることを極端に嫌がる。
町が危ない時にはかけたのに。
忌み嫌われていても、町の人たちを助けた慈悲深い女性だと思っていたけど……
その気持ちが敵にも向くのか?
やっかいだな……
……町には……住んでいた場所には……大切な何かがある?
…………
「……そうか。やはり呪いをかけられるのは嘘だったんだな。国王である私に嘘をついた罰として、町の人たちもろとも処罰してしまおうか」
僕はニヤッと笑ってクロエを見た。
「!?」
案の定、彼女は目を見張って動揺し始めた。
その大きな瞳にみるみる涙がたまり、小刻みに震える。
「…………ぁ……」
何か言おうとしたのか、クロエが声を出したが、口を引き結んで戦場に目を向けた。
上手くいった。
クロエのような純粋な人の考えることなど、手に取るように分かるさ。
僕はクロエに耳打ちした。
「……消すな。捕虜にしたい。そうだな……〝クレイドル国の兵士は死の淵をさまよえ〟と言うんだ」
彼女は戦場を向いたまま、しばらく躊躇していた。
けれど覚悟を決めてゆっくり口を開く。
ボロボロ涙をこぼしながら。
「クレイドル国の兵士は……死の淵をさまよえ!」
戦場に不似合いなクロエの可愛らしい声が響いた。
僕はその呪いの威力を目の当たりにして、驚愕した。
クレイドル国の兵士がみなバタバタ倒れて、もがき苦しんでいる。
戦いで気が昂ったままの我が軍の兵士が、勢い余ってトドメを刺す。
「……そんな!?」
隣からクロエの声が上がった。
青ざめた彼女が、フラッと後ろに倒れる。
僕は慌てて抱き止めた。
腕の中にすっぽり収まった彼女は、気を失っていた。
大勢の惨殺場面なんて刺激が強すぎたのだろう。
そんな悲惨な戦場に僕は視線を戻す。
「……素晴らしい。クロエの魔法があれば、我が国が大国になるのも夢じゃないな」
やはり、呪いの魔女では無く、勝利の女神だ。
「本当に……良い者を見つけた」
**===========**
それから僕は、今まで高圧的な態度を取られていた周りの国々に、次々と戦争をしかけていった。
そしてクロエの魔法を駆使して勝利を収めていく。
呪いをかけることを嫌がる彼女のために、いつも言葉を選んであげた。
僕の言葉を言っただけにして、クロエの苦しみを軽くしてあげたい優しさからだった。
僕はただ、自分の国を守りたいだけだから。
他国の兵士がどうなろうと何も思わない。
それが国王としての、正しい一面だとさえ思っている。
ーークロエの魔法は凄い。
長年我が国を悩ませていた国同士の争いを、終わらせてくれる勢いだ。
このまま、我が国が大国になって周りを制圧すれば、平和な世の中が築かれるだろう。
僕はクロエにとても感謝していた。
兵士たちも、大臣たちも、陰ではクロエを讃えていた。
最小限の被害で国が大きくなれたのは、彼女のおかげだとみんな分かっていた。
今日もいつものように、クロエが僕の部屋を訪れた。
ベッドの縁に座って待っていた僕の前まで、彼女がゆっくりと歩いてくる。
「おいで。今日もその声を聞かせて」
僕はクロエの腕を引っ張って手繰り寄せた。
ーーーーーー
「クロエ」
僕は腕の中に収まって横たわっている彼女を呼んだ。
うつむいているクロエの頬に手を添えて、僕の方を向かせる。
彼女の大きな瞳に、穏やかに笑う僕の顔が映った。
「君の特別な魔法のおかげで、この国は立派な大国にのしあがった。1番の功労者はクロエだ。それを評して私の妃にしてやろう」
僕は結婚を申し込んだ。
いつのまにか僕は、クロエを深く愛していた。
**===========**
この国が大国になった祝賀会と、クロエのお披露目が一緒になった催しが開かれることになった。
その数日前、ある兵士から報告を受けた。
クロエに近付けるように画策する者がいると……
僕がクロエを溺愛しているのは、城にいる者ならみな知っていた。
クロエには極力男性を近付かせない。
彼女には庇護欲をかきたてるものがあるからだ。
クロエを城に連れてきた兵士も、道中で甲斐甲斐しく世話をしたようだ。
その報告を受けたあと、僕は兵士を彼女の護衛から外した。
それからクロエに何か必要な時は、僕が応じることもある程だった。
なのに祝賀会当日に、クロエの警護に当たると言った兵士がいるらしい。
話を聞いて小さな違和感を抱いたその兵士の部下が、僕に密告してくれたのだ。
それから細かく調べ上げると、確かにクロエに近付けるように手筈が整えられていた。
巧妙に進められており、もし密告した兵士が気付かなかったら……誰も分からなかっただろう。
けれど近付いて、そのあとはどうするつもりなんだ?
彼女を襲う?
僕を脅す材料にする?
…………
「泳がせてみるか……」
今の所、相手の目的が分からない。
僕は気付かれない範囲でクロエの警護を厚くして、彼女に危険が及ばない限り相手の出方を窺うことにした。
祝賀会当日。
会場にいた僕は当初の予定通り、クロエたちの動向の報告を従者から受けた。
「は? 連れ去ろうとしている?」
「はい」
「…………」
僕はたまらず駆け出した。
大胆なことをする相手だ。
けど、それが僕にとって1番の痛手だ。
クロエが危なくなったら、すぐに助け出せるように警護の者を配置したのに……どうなっているんだ!?
この時、僕はまさかクロエみずから城を出て行こうとしているとは、少しも疑っていなかった。
ギリッと奥歯を噛みしめながら、秘密の通路を通り門へと急いだ。
王宮の敷地を出るためには、この門を通るルートしかない。
「……クロエ」
僕は愛しい人に向かって思う。
…………
絶対、助けてあげるから。
**===========**
「ハァ……ハァ……」
僕が先に門に着いたらしく、まだ誰も通っていないと門番から聞いた。
ひとまず安心して、ゆっくり呼吸を整えながら夜空に浮かぶ月を仰ぐ。
すると、遠くから走ってくる2人の人影が見えた。
白いドレスを身にまとった麗しい姫君と、ナイトのように辺りを警戒しながら姫の前を進む兵士。
2人は仲良く手を繋いでいた。
だんだん近付いてくると、2人の顔がハッキリと見えた。
その姫君はやはりクロエだった。
クロエは……
幸せそうにその兵士を見つめて、笑い泣きを浮かべていた。
ーーーーーー
ずっとずっと心の隅で気になっていることがあった。
クロエが笑わないのは何故なのか。
町にある大切なものって何なのか。
……君の純潔を奪っていたのは誰なのか。
僕はクロエの笑顔を見た瞬間に理解した。
それと共に、彼女から笑顔を向けられている兵士にどうしようもなく嫉妬する。
殺意を乗せて、僕はその兵士を鋭く睨んだ。
「!! イルミナート様……」
僕に気付いたクロエたちが立ち止まる。
「……誰かがクロエを連れ去ろうとしている、と報告を受けて泳がせていたのだが……お前か」
僕はゆっくりと2人に近付き、腰に携えている剣を鞘から引き抜いた。
そしてルカという兵士に向ける。
彼の名前は密告された時から知っていた。
顔を見て見知った奴だと気付く。
第一部隊の隊長の1人だ。
そのルカが僕に向かって剣を向けた。
彼は国王である僕を睨みつけながらも、背中越しにクロエに囁いた。
「下がってて」
ルカはクロエに気遣いながら、彼女と距離を置いて僕と対峙した。
そんなルカの背中に向かってクロエが声を張り上げる。
「ルカ! 戦わないで!」
彼女がフルフルと顔を振った。
瞳にたまっていた涙が飛び散ってキラキラと輝いて見えた。
僕は生き生きとしているクロエに驚き、思わず呟いてしまった。
「……別人みたいだな」
クロエに告げたはずなのに、何故か目の前のルカが答える。
「当たり前です。クロエは国王の前では死んだ人形のようでしたから」
「…………」
僕は純粋な怒りをルカに目線でぶつけた。
クロエを知ったような口ぶりの彼が、無性に腹立たしかった。
剣を握り直した時、クロエが僕に向かって懇願した。
「イルミナート様、やめて下さい! いくら貴方でも、私の特別な魔法を……かけますよ!」
…………
彼女は気付いているのだろうか?
クロエがスラスラ喋れるのは、僕と喋っていたからだ。
僕に喋りかけるうちに、口に出しても安全だと分かった単語が増え、知らず知らず彼女は学んでいった。
頭の中でよく考えなくてはならない単語と、そうじゃない単語が振り分けられる。
〝呪いの魔法〟も僕にとっては全然呪いじゃなかったから『特別な魔法』と名付けてあげた。
……ただ、僕にたくさん喋りかけて欲しくてそうしていたのにな。
今までのクロエとの日々を思い出して、僕はフッと苦笑を浮かべた。
「そう言いながら、クロエがなかなか呪いをかけられないのは知ってるさ」
僕は剣を振り上げた。
そして呆然としているクロエだけを見つめて、彼女へ向かっていく。
クロエは青ざめながらも、僕の剣先を目線で追っていた。
そんな彼女めがけて僕は剣を振り下ろした。
ーーーーーー
間一髪の所、クロエは斬られずにすんでいた。
ルカが彼女を庇ったからだ。
クロエを抱きしめるようにして守った彼は、僕に背中をざっくり斬られていた。
大量の血があふれだし、ルカの足元に血だまりが出来る。
…………思った通りに動いてくれた。
純粋な奴の考えることなど、手に取るように分かる。
ルカの腕の中にいるクロエが僕を見つめる視線を感じ、ニッコリと余裕の笑みを返した。
僕はこうなることが分かっており、わざとクロエに斬りかかった。
「…………ルカ?」
クロエの震えた声が聞こえた。
すると力尽きたルカが地面に崩れ落ちる。
彼女は泣きながらルカに必死にしがみついた。
ーー僕は国王だから。
僕が望む物は、この国では全て僕の物だ。
だからクロエも、僕の物になるべきなのに。
「離れろ、クロエ。とどめを刺す」
そう言っても彼女は動かなかった。
あろうことか、僕を無視してルカだけを見つめ言葉を交わしている。
僕の言うことを聞かないクロエに少し動揺する。
そんなにそいつがいいのか?
致命傷を負ったから、もう無理なのに。
……僕の元に戻るしかないのに。
思わずクロエに近付き、彼女の腕を引っ張りあげた。
「クロエ、こっちに来い。こいつは放っておいても、じきに死ぬ」
クロエは目を見開いて僕を見ていた。
綺麗な涙が頬を流れ落ちている。
泣き濡れた彼女の瞳には、ルカを失ってしまう深い深い悲しみが宿っていた。
……なんだ。
分かってるじゃないか。
僕は思わず口の端を上げた。
「これで君の身も心も私のものだ」
しばらくすると、クロエの様子が変わった。
僕が掴んでいる腕を振り払う。
初めてクロエが示す拒絶の反応に、僕は思わず驚いた。
クロエは泣きながら僕を睨みつけた。
そして息を吸うと、聞いたことのない意志の強い言葉を発した。
「消えてしまえ! ルカと私以外、何もかも、消えてしまえ!!!!」
ーークロエが、特別な魔法をかけた。
〝僕を消して、帰ってしまえばいいのに〟
いつか僕も思った方法。
あの時、かけてくれれば良かったのに。
そうしたら僕は、君をこんなにも愛さなかったのに……
僕は目の前から世界が消えていく中、空虚な空間に向けて、ほほ笑みながら一粒の涙を流した。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
この物語が、あなたに届いたことを嬉しく思います。