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92 彼氏と彼女 ①

「ぎゃぁっはっはっは!!」


中庭から勝也と優奈の大きな笑い声が響いていた。


「冷たぁあっ!!」

「おっと、悪い悪い♪(笑)」


「だからさっきから俺にかかってるってば!!」

「え~っ?え~っ?なぁに~?!(笑)」


1本のホースを奪い合い、ついにはお互いびしょびしょに濡れながら大騒ぎしている。


「あ~ぁ…ゴミ箱1コ洗うだけなのに何でも遊びにしちゃうよね、あの2人」


「遊びにしちゃうっていうかなっちゃうんだろうね(笑)『一緒にいるだけで幸せ』とか堂々と言っちゃうヤツらだし」

「…あんな男どっかにいないかなぁ~」


「ここにいるじゃん」

「…人には言っていい事と悪い事ってあると思わない?」


「それ言ったらあんな女もなかなかいねぇぞ?」

「…確かにそれも認める(笑)」


午後からの授業が始まると


「はい出席取る………なんでお前ら2人だけ体操服なんだ?」


首からタオルを掛け正面を向いたたまま『こいつのせいだ!』と黙ってお互いを指さし合う勝也と優奈だった。


バイトは島村の店と居酒屋だけを残して辞めた上に頻度を減らしたとあって休み時間は寝っぱなしという事も減ってきた勝也。ときには購買まで2人で出歩くこともある。

それは校内でも2人の姿が人目につくようになるという事で


「あ…デートしてる♪」

「でもさ、あんなにお似合いのカップルってズルくない??」


「…次元が違い過ぎて羨ましいとかさえも思えない(笑)」


そんなある日、自販機まで水を買いに行くという優奈に無理矢理つき合わされた勝也。

するとランチルームの椅子に耕平の姿を見つけた。


後ろからソロ~ッと近づくと


「隙ありィッ!」


いきなりのヘッドロックをお見舞いする。


「わああっ!!!い、痛ああぁぁ!!!か、勝也さんっっ!!」


一緒に座っていた周りの友達は驚きのあまり固まっている。


「ホンットに毎回毎回…そのウチ首取れますって(泣)」


「わはは、取れねぇギリギリのライン守ってっから心配すんな」


イジメられるどころか今となっては2年を代表するほど有名人になってしまっていた耕平。本人はその事に対して奢ることなく、友人たちとようやく楽しい学校生活を送れるようになっていたのだが


「…あの人ってあんな明るい人なの?」


「え、いつもあんなんだよ」

「なんか想像と違うっていうか…もっと怖い人だと思ってた」


「あんなに優しい人いないよ。あのヘッドロック以外は」


自販機の列に並ぶ優奈の元へ戻っていった勝也の背中をみんなで見つめる。


「耕平はあの人達に人生変えてもらったんだよな」

「…うん」


 そんなある日の昼休み、勝也たちの教室にやってきた1人の女子生徒。


「…あの~すいません、優奈先輩って…」


「あ、沙耶ちゃんだっけ、久しぶり~♪今は向かいの公園でデートだよー」


今日はぽかぽか陽気な上に優奈の母が何を思ったか2人分の弁当を1つの大きめのお重に詰めて持たせてくれたため、向かいの公園にピクニックをしに行っているらしい。


校門を出てその公園に向かう沙耶。

すると奥の方の芝生の上に2人がいた。


優奈から勝也を奪い取ろうと画策し兄のベースを引っ張り出してきて教えてもらう振りをしたものの、勝也の中での優奈の圧倒的な存在感に屈して以来優奈に憧れる女子になった沙耶。

2人用ぐらいのレジャーシートに座り、もう食べ終わったらしくスマホをイジる優奈とそのヒザ枕で眠る勝也に近づいていくにつれ


「…やっぱ映えるなぁ」


呟きながら近くまで行くと


「ご無沙汰してまーす!」


「ん?…あ、沙耶ちゃんっ」

「お久しぶりです。相変わらず仲いいですね」


「そぉ?食べ終わったらあたしほっといてとっとと寝ちゃうような人だけど」


目を開けないところを見るともう勝也は夢の中に居るようだ。

2人が座るレジャーシートの横の芝生に沙耶がチョコンと座る。


「ここ座ればいーじゃん、勝也転がそっか?」


「いーですいーです。キレられそうだし」


するとそこから小さなため息をつく沙耶。


「どした?なんか悩みでもありそうな…」


「…う~ん…ちょっと優奈先輩に聞きたい事あって」

「あたしに?なぁに?」


少し言いにくそうにしてから小さな声で


「…あの…有名人と付き合うのって大変ですか?」

「え?」


「先輩のトコは2人とも有名人だからちょっと普通とは違うと思うんですけど」


「いや…普通だと思ってますけど」


「やっぱり松下先輩のファンの人からイヤがらせとかありました?」

「そういうのは無かったかなぁ…すっごい目で見られたりとかはあったけど」


「やっぱそうですよねぇ…」


「どしたの、好きな人出来た?」

「…はい……あ、松下先輩じゃないですよ」


「そうだったらあたしに相談しに来ないでしょ(笑)で、その人が有名人なの?」

「有名っていうか………そうですね」


「あたしも知ってる人?」

「…はい」


「え、だれだれ?」


しばらく黙ってから


「……嶋…クン」


「……嶋……シマ?……しま……え……ひょっとして耕平?!?!」

「…はい」


「へ~っ!!なんか意外ぃ!!へ~、耕平なんだぁ…あ、確かに今じゃ有名人だもんね」


だがふと気になった。

沙耶と言えばあの時、勝也と一言も話したことが無いにもかかわらずわざわざベースを持ち出し、どんな人間なのかも分からないまま「有名人だから」という理由で近づいてきた過去がある。

もし耕平に対してもあのJUNCTIONのボーカルだからというだけの理由だったら…


「耕平のどんなトコが好きなの?」


「どんなトコって……あ、ほら…歌もうまいしカッコいいし…その…」

「…そこだけ?」


何か言いにくそうに見える。

だがその口ぶりは取ってつけたような言い方に見える。


「ホントは?」


するとようやく本音を話し始める沙耶。


「あたし、中3の時に引っ越してきたんです。お父さんの仕事の都合で…受験前の時期だったんですけど。で、みんな受験勉強で忙しい時だったから相手にしてもらえなくて友達とかも一人も出来なくて…。まぁあたしが髪も黒でメガネかけてて暗いタイプだったからいるのに気づいてもらえなかったっていうのもありますけど」


「え…沙耶ちゃんが?」


髪も栗色で明るいキャラ。

スカートも短くしていてどちらかと言えばギャル系な風貌の今の沙耶からは想像もつかない言葉だった。


「でも一人だけ…同じクラスの嶋クンだけは『今授業はこの辺まで進んでるよ』とか『これ買いたいなら店はどの辺にあるよ』とか色々教えてくれて、頼れるの嶋クンだけだったんです」


「…へぇ~~…」


「この学校受けたのも嶋クンが受けるって聞いたからだし…」

「じゃあずっと前から好きだったんだ」


「好きってつもりはなかったけどもし何かあったら相談できるの嶋クンだけだったから」


「じゃあなんであの時勝也に…」


「高校入っていきなりこんなカッコするようになったのも友達作りたかったからっていう理由なんです。色んな中学から集まってくるんだから、みんなイチからのスタートだし。で、この学校で一番有名な松下先輩に近づけば向こうからみんな寄ってきてくれるかなぁって…ホントにバカでした」


「そっか…」


「優奈先輩見て目が覚めたんです。こんなに綺麗で誰からも好かれてるのに先輩は松下先輩しか見てないし松下先輩も優奈先輩しか見てない。でもそれってこんなに信頼し合える2人だからこそなんだって。だから男の人がどうのよりまず自分が女として優奈先輩に少しでも近づけるようになろうって」


「そんな…あたしなんか目標にしちゃダメだよ」


「そう思ってるのは先輩本人だけですよ」


沙耶の目はあの時とは別人のように透き通っていた。


「…どうして耕平に気持ち伝えないの?」


「高校入ってからイジメられるようになっちゃったでしょ?でもそれでも嶋クンに対して『カッコ悪…』とかは無かったんですけど…。でももしあたしが中学の時みたいに色々話しかけたり相談とかしていって、もしそれが原因で余計にイジメがヒドくなったりしたらって思っちゃって…」


「そっか…そりゃこんな可愛いコに頼られてたらみんなヒガんだりするよね」

「いやそういう意味じゃなくて…」


「でも今の耕平ならもう大丈夫じゃない」

「ソコなんですよ…あの文化祭以来あっという間に今度は人気者になっちゃって、いつも女の子がくっついてたり友達と一緒にいたり…一人でいる事ってほとんどないから」


「あ~……」

「今更あたしなんかが想い伝えたってもう必要ないだろうなぁって」


確かにたった一日でイジメられっこから人気者へと変わった耕平。

だがその陰で耕平が遠くに行ってしまったと感じている人がいたのを初めて知った。


「ねぇ、あたしになんかできる事ない?」

「…え?」


「耕平に気持ち聞いてみるとか2人で会える時間作るように頼んでみるとか」

「いえ…やっぱ人に頼んでキッカケつくってもらうなんて…」


「そっか…そうだよね、ごめん」


「謝らないでください(笑)優奈先輩はそのままあたしの目標でいてくれればいいんです。…なんか聞いてもらってスッキリしました♪じゃ、お邪魔しました~!」


そういうと立ち上がって学校へ走っていく沙耶。

本当は過ぎるほど純粋なコだったんだと改めて沙耶への見方が変わった。

その後ろ姿を見つめながら


「頑張れ、沙耶ちゃん…」


そのヒザの上では寝返りを打った勝也の顔。

そして寝ぼけながら優奈のスカートに手を入れてくる。

その頭をペシッと叩き


「ドコだと思ってんのよバカ」


ムクッと顔だけ起こしてキョロキョロすると


「…ん?…ん?」


どうやら本気で熟睡していたらしくここがどこだかわかっていない様子。


「はぁ…ホンットに…なんでこんな人に惚れちゃったんだろ」


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